ふたり暮らしヘタ民

スタジオを借りた日はお金がなくて、もやしと豆腐を入れたインスタントラーメンになってしまう夕食だけれど、
ふたりでこたつで向かいあって食べるだけでごちそう。

おたがいの頭や肩や背中にこつんと頭をぶつけながら洗い物をしているうちにそんな気分になって、きみの部屋へ行った。パソコン2台と数々のデバイスとともに暮らしているきみの部屋、なんか安心する。
黒いカバーのかかったシングルベッドの上に座って、軽く唇を合わせるだけでもうとろけそう。これは恋かな。愛かな。(欲望かな)。
キスのとき、きみは私の頬をくすぐるクセがある。永遠に見つかりっこない3つのホクロを探しているんだろうか。自分の顔にはあるから。
(そのホクロを見ていると、不安や焦りがすうっと消えていく)

30代女性でもなく、地味子会社員でもなく、コスプレイヤーでもない私が、きみの腕の中で声を上げた。
そのなき声はすぐにきみのキスに吸い取られ、私はきみにしっかりしがみついてその背中に爪を立てた。

「きみの写真加工するの楽しみ」
「変態だな」
「え!?」
今日撮ったばかりの輪私の写真を見ながらムフムフしているパートナーを、私は目を半分にして見る。
「綺麗に撮れてるよ、見て!!」
「あ、うん。
なんで撮られてる私より、きみのほうがテンション高いの」
「綺麗だから!!」
(あ)

思い出した。私がコスプレを始めたきっかけを。
- すっごい!! 本物みたい!!
同人誌のイベントで観たそのひとは、今も現役でコスプレをしている。本業は会社員らしい。
「俺、そのイベントにいたよ。
そのレイヤーさんのこともよく覚えてる」
「は?」

パートナーが、ニコニコしながら私を見る。
「ほんっとに綺麗なひとでさ、俺、つい、言っちゃったんだよね。
写真撮らせてくださいって」
「え」
「レイヤーさんたちの写真撮ってたら、自分でもコスプレしたくなって、気がついたらダンサーになってた」
「え」
そ、そんな話、初めて聞いたぞ。
「そんで、
今、そのひと、うちの従兄弟のリアルお嫁さん」
「はぁー!?」

いやいや、どっから情報を整理すれば良い!? え? 私の運命を変えたコスプレイヤーさんを、きみも同じイベントで見ていて、そんでそひとに影響されてコスプレも始めて、気がついたらダンサーになってて、しかもそのひとと親戚になった、だと?
「ずるい!!」
「ははは。
きみ、俺と結婚すれば、そのひとと親戚になれるよ」
「その手には乗らないぞ」
「あっ、ツンデレ。すき」

まだまだ、きみと、のんびり同棲生活をしたい。
失敗したり、ケンカしたり、そのたびにアップデートしながら。

「寝る」
私がそう言ったら、パートナーが、私を胸にぎゅうっと抱きしめてくれる。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
あぁ、なんか、ほっとする。この低めの体温と遅い鼓動、胸の厚さ、太い腕。
「明日の朝ごはんの材料ない」
「あ」
「朝、ひとっ走り、コンビニ行ってくるね。おやすみ」
「ありがとう」は、柔らかくて心地の良いキスに吹き消された。

「あ。
こないだ上げたダンス動画、
100万回再生超えた。
わーい」

私を起こさないように、小さく喜んでいるパートナーの声、好き。ちょっと特徴のあるテノール。安心する。
(寝たふり、バレてんだろな)

「きみのショート動画もバズってるよ。
おめでとー」
耳元で甘くささやかれて、どうしようもなく照れくさくなった。耳、赤いのバレてる。絶対に。
「いつかは結婚しようね」

うっかり「うん」って言いそうになった。まずいまずい。極甘のムードを作ってYesに誘導してくるのずるすぎ。
(まぁ、いつかは結婚してやるかぁ)
私はパートナーの胸に左頬をうずめる。気分も良いままぐっすり寝たら、明日は「Yes」って言うかもしれない。(言わないかもしれない)
天気次第だな。


2025.03.28
蒼井深可 Mika Aoi