悪女、チャレンジします!

あれから、私の頭の中は悪女のことでいっぱい。

悪女って悪いことをしたから歴史に名前が残っているんだよね。

まさか、悪女になりたいなんて咲良や姫華に言えないし。

こればっかりは誰にも言えない悩みだよ。

本を読んでいる常盤君を見る。

読書をする横顔が今日も綺麗。

常盤君は他の人がいなくても生徒会室で黙々と仕事をしているんだよね。

みんな、常盤君の健気な努力に気がついていない。

常盤君のこと応援したいけど、私じゃ何の力にもなれないからな。

そう思っていたある日。

放課後になるとまた常盤君は生徒会室で仕事をしていた。

隣にはまたあの男子がいる。

「なあ、将貴。もっといい方法があるんじゃないのか?」

あ、盗み聞きしたわけじゃないよ。

ちょっとばかし生徒会室のドアが開いていたから、中の声が聞こえてきたの。

……声が聞こえるくらい、ドアの近くにはいるけどね。

「何事も地道な道のりが大切なんだ」

常盤君、すごくいいこと言う。

常盤君のことクールでちょっと怖いっていう人も多いけど、普段は見せないさりげない優しさを見せられるとドキッとしちゃうよね。

「でもよ、本当にこんなこと続けて意味があるのか?」

もうちょっとだけ近づいて聞いてもいいよね?

半歩だけ、ドアに近づいた。

何の話をしているのか、すごく気になる。

常盤君のことだから、生徒会活動のことに決まっている。

私にも何かいいアイデアがあればサポートできるんだけどな。
 
そんなことを考えていたら、無意識に体がドアに寄りかかっていた。

まずい、このドアちゃんと閉まってない!

気がついた時には遅かった。

ドアがガクンと開いてしまう。

「誰かいるのか!」

ピシッとした常盤君の声が聞こえてきた。

「あの、ごめんなさい」

「お前、俺たちの話を聞いていたのか」

常盤君じゃないほうの男子が食ってかかるように聞いてくる。

そんなテンションで言われも、困るんですけど。

「い、いや話、聞いてないですよ」

本当はちょこっと聞いてたけど、そんなこと言えないよね。

「お前、まさかスパイだな」

「え、スパイ?」

ちょっとちょっと、どういうこと? 

急展開すぎて頭がついていけないよ。

「君は普通枠の生徒か?」

常盤君が私の目を真っ直ぐに見て聞いてくる。

「……特別枠の生徒ですけど」

なんで常盤君がこんな質問してきたのか、わからない。

もしかして、常盤君も特別枠には厳しいタイプの人かも。

そうだったらショックだな。

なんてことを思ってたけど、常盤君は「そうか、だったらいい」とだけ呟いた。

何とかスパイの疑いは晴れたって感じ。

っていうか、何のスパイだと思われたんだ?

「そうだ、せっかくだから君に聞いてみたいことがある」

常盤君の声にドキッとする。

「な、何でしょうか?」

「例えばの話だけど。もし誰かと戦わなければならない時、圧倒的な人数差で勝ち目がほとんどないとわかっているとする。でも、その戦いに勝てば人生がガラッと変わる。その場合、君だったらどうする? 戦わずに諦めるか、負けるとわかっていても戦うか」

な、何だろうこの質問。

もしかして歴史クイズ、とかかな。

「え、えーっと……」

どう答えていいかわからずしどろもどろしていたら、茶々さんのことを思い出した。

この質問にもし悪女っぽい答えをしたら。

常盤君は私のことを悪女だと思ってくれるかな。

常盤君が興味深そうに私を見つめる。

やめて、そんなに私を見ないで。

常盤君に見つめられたらドキドキしちゃう……。

ってそうじゃない。常盤君の質問に答えないと。

こんな時、茶々さんだったらどうするかなって考える。

どんなに自分がピンチになったとしても。きっと自分の信念は諦めないはず。

戦国の時代で茶々さんは必死に戦ってきたんだ。最初から諦めるなんてしないはず。

「答えは出たかな?」

「わ、私だったら」

憧れの常盤君を前にして声が震える。

こんなに近くで常盤君と話すなんて初めて。

「勝ち目がないとわかっていても戦いを諦めることはしません。人数で負けたとしても、勝てる方法を探します」

「ふーん、そうか」

常盤君がニヤッと笑う。ちょっと悪い笑顔がかっこいい。

「ではどうやって勝てる方法を探す?」

嘘、追加の質問きた。

えーっと、えーっと茶々さんだったらどうするかな。

ピカッと真っ暗闇の中で光が輝くように名案が思いついた。

「ひ、人を集めます」

「人を?」
「はい。今は味方が少なくても、昔、助けたことをある人を頼ったり、人望を集めてまずは人を集めます」

茶々さんだったらきっとこうする。それで大坂の陣を戦ったんだもんね。

「なるほど、人望か」

どうだろう? 歴史好きの常盤君に私の答えはささったかな。

「やっぱり人望は大事だな、将貴」

常盤君じゃないほうがくすくす笑っている。

「うるさい、わかっている」

この二人の雰囲気、どうもさっきの質問はただの歴史クイズじゃなそう。

「ありがとう。君の答えは参考になったよ」
「ど、どうもです」

何がどう参考になったのかわからないけど常盤君にありがとうって言ってもらえたのは嬉しい。

「劣勢とわかっていても諦めずに自らの人望で人を集めて戦う。まるで大坂の陣だな」

じろっと常盤君が私を見る。

もしかして私が茶々さんの作戦を真似したのがバレてる?

「なかなかいい考えだ」

普段は険しい常盤君が不敵に笑う。

少し怖いけど、常盤君の笑顔を見ていると不思議と安心してしまう。

「君、名前は何て言うんだ?」

あれ。まさかとは思うけど……。

常盤君、私が同じクラスだってこと覚えてない?

「えっと、平井舞奈です」

「君の名前、覚えておくよ」

「あ、あの。常盤君」

急に名前を呼ばれたからか、きょとんとした顔でこっちを見てくる。

「私、常盤君と同じクラスだよ」

ぽかんと間の抜けた顔で二人が私を見る。

「マ、マジで?」

普段はとっつきにくい常盤君がびっくりするくらい力の抜けた声を出す。

常盤君にもこう言う一面があるんだ。

すると、常盤君じゃないほうの男子がぎゃははと笑い出した。

「おい、将貴。そういうところだぞ、お前に人望がない理由は」

「だって誰も俺に話しかけてこないから」

あなたが誰も寄せ付けないようなオーラを出しているんでしょ、とは言えないよね。

「いやいや、人から話しかけるの待ってるなよ」

「だって自分から人に話しかけるのって、ちょっと」

もしかして常盤君って人見知りなの?
 
そう思ったら常盤君が可愛く見えてきちゃう。

「将貴のことだから、どうせ教室では怖い顔して本でも読んでいるんだろう?」

さすがは常盤君の親友。クラスが違ってもよくわかっているんじゃない。

「正直に言うとまさにその通りです」

がっくりと常盤君がうなだれている。あれ、無自覚だったんだ……。

「人望を集めるには笑顔が大切かなっと思ったりします」

今のはちょっと言い過ぎだったかな。

「笑顔か……。これも人望のため、俺たちの大願のためだ」

ニコッ……とは言い難い笑顔を常盤君が向けてくる。

一色君のような眩しい笑顔じゃないけど、私はこの笑顔が好きだ。

「ありがとな、平井」

常盤君に急に名前を呼ばれてドキッとしちゃう。

そういうの、ずるいよ。

「同じクラスなんだから私の名前くらいちゃんと覚えてよね?」

こう言い返すのが、今の私には限界だった。