悪女、チャレンジします!

私は今、常盤君の隣に座っている。

まだ一言も話していないのにすでに心臓はバクバク状態。

放課後、学校から少し離れた公園に移動したんだ。

ここはバス停からも離れているから他の生徒に見つかる心配もない。

二人で集まったのはいいけど、お互い黙ったまま時間ばかり過ぎていく。

うう、話を切り出すのが難しすぎるよ……。

よし、こうなったら。私から行くしかない。

「あのさ。常盤君に聞きたいことや話したいことがいっぱいあるの。今日は思ったことをちゃんと言い合える日にしたい」

もしかしたら明日から常盤君と話せなくなるかもしれない。

それでも今のままがずっと続くのは嫌だ。

常盤君が好き。

だから常盤君の気持ちを聞きたいし、自分の思っていることを伝えたい。

「何で私のことあんな風な記事にしたの?」

「あれはごめん。俺が悪かった」

すぐに常盤君が深々と頭を下げた。

思ってた反応と全然違って逆に私がドギマギしちゃう。

「あの記事を書いたのは桃井なんだ」

予想もしてなかった答えに頭の中でクエスチョンマークが浮かび上がる。

意味がわからない。

常盤君と桃井さんは険悪な関係だったはず。

なのに、どうして。

「桃井から一色を困らせたいからこのネタを新聞に載せてくれって頼まれたんだ」

桃井さんは生徒会をやめた後もずっと一色君のことを見ていたんだ。

すごい執念……。

「でも桃井さんが書いた記事を常盤君が載せてもいいと思ったんでしょ」

「正直、あんな風になるとは思ってなかった。平井を少し困らせればいいかなって」

「私を困らせるってどう言うこと?」

「平井は一色のこと俺に隠れて校内新聞に書いただろ。それが腹立ったんだよ」

ぶっきらぼうに常盤君が呟く。

「常盤君は私が困っても手伝ってくれなかったでしょ。あれは生徒会の新聞なんだから一色君のことを書いてもいいじゃない」

「それはそうだけど、平井がわざわざ一色のこと書くことないだろ」

一色君のこと書いていいって言ったり、嫌だって言ったり。

常盤君が何に怒っているのか全然わからないよ。

「一色のことは他のやつが新聞に書けばよかったじゃねーか」

常盤君が怒っているのって一色君の記事を新聞に載せたことじゃなくて私が一色君の記事を書いたから?

「桃井が言ってたぞ、平井と一色が何度も二人で仲良く話しているって」

「べ、別に一色君と仲良くしてたわけじゃないよ」

もしかして、桃井さんのその言葉を間に受けたの?

「へえ、それで桃井さんのことを信じたんだ。常盤君のためにいっぱい頑張ってきたのに」

「平井だって俺の人気が上がっても全然嬉しそうじゃなかっただろ」

不意の一言にどきりとした。

「俺の支持率が上がったら平井はもっと喜んでくれると思ってた。だけど喜ぶどころか嫌そうな顔をしてたから」

全部、常盤君には見られていたんだ。

常盤君の人気が出れば出るほどモヤモヤしてた。

好きな人が人気者になったら妬いちゃうに決まっているでしょ。

そんなこともわからないなんて、常盤君のばか。

でも本当のことを言っちゃったら元の関係には二度と戻れない。

やっぱり怖い。常盤君ともう話せなくなるのは怖いよ。
「……平井が喜んでくれないのは結構ショックだったんだぜ。ずっと一緒に頑張ってたパートナーだって思ってたのにさ」

それは常盤君が私のことを選挙を一緒に頑張るパートナーとして思っているからだよ。

私は常盤君のことをただのパートナー以上に思っている。

それが届かなくて、それが苦しいの。

常盤君を好きになるのをやめたらもっと楽になれるのに。

それができなくて困っている。

常盤君には迷惑な話かもしれないけど、私は常盤君が好きなんだ。

「何で平井は俺のこと、喜んでくれないんだよ」

「そうじゃないけど」

「……一色に告白されたんだろ。嬉しいだろうな、あいつは俺と違って学校一の人気者なんだから」

常盤君がどんどん不機嫌になっていく。

「一色君に返事はまだしてないから」

「そ、そうか」

常盤君がため息をつく。

少し安心して見えたのは私の気のせいかな。

「どうするのか決めてるのか」

「それは常盤君に関係ないでしょ」

「パートナーがライバルに告白されたんだぞ? 関係なくはないだろ。引き抜きもいいとこだ」

まだ私のことパートナーだと思ってくれてたんだ。

ほんの少し嬉しくなる。

こんなことで喜んでいる場合じゃないのに。

「一色君に告白されて戸惑っているんだ。私なんかのどこがいいんだろうね」

学校一の人気者から好かれて嬉しくないわけがない。

でも一色君に好かれるって自覚するほど自分に自信がないよ。

みんなが言うように私は周りを騙している悪女だ。

「平井に告白する気持ち、少しわかるけどな」

え? 

今、何て言った?

聞き間違いじゃないよね?

心なしか、常盤君の顔が赤くなっている気がする。

何々、どうなっているの?

もしかして常盤君も私のこと……。

いや、まさかね。常盤君、恋愛とか興味なさそうだし。

「っていうかさ、常盤君、咲良と姫華とも仲良くしてたじゃん。何で私の友達と仲良くなっているの。あれ見て常盤君が私のことどうでもいいのかと思ったのに」

「何でそうなるんだよ」

険しい顔をさらに不機嫌にしたようにして言う。

「むしろその逆っていうかさ」

「逆って何。二人が一色君派から常盤君派に乗り換えた話でも聞いたんでしょ」

「は? そんなわけないだろ。バカかよ」

「バカって言うことないでしょ!」

常盤君って本当は優しいのに、口が悪いんだから。

でもいつの間にか怒りの気持ちが少しずつ薄らいでいた。

言いたいことが言えて少しスッキリした。

それは常盤君も同じみたい。

とりあえず、仲直りできたってことでいいんだよね?

常盤君は私のことを傷つけたけど、私も知らず知らずのうちに常盤君のこと傷つけてたみたいだし。

お互い様ってやつかな。

「さっき咲良と姫華が何か言ってたよね」

常盤君が分かりやすくぎくっとした顔をする。

「あれ、教えてよ」

口元がキュッと閉まる。そんなに言いたくないことなのかな。

「大したことじゃないんだけどさ」

常盤君が大きく深呼吸をする。

「クラスの人から責められて平井が教室で倒れたことがあっただろ。あの時、保健室まで平井を運んだのは俺なんだよ」

ドキッと心臓が大きく音を立てる。

それじゃあ、あの時からもう常盤君は私のことを気にしてくれたってこと?

「二人には本当のことを話して、平井のことを頼んだんだ。俺が平井を運んだって言うなてあれだけ言ったのに」

頬を真っ赤にして常盤君が照れたように口をすぼめる。

そうか、だから二人は保健室で待っていたんだ。

それも常盤君のおかげだったんだね。

ドキドキがおさまらない。

「常盤君、ありがとうね」

「別にお礼を言われることはしてねーよ。元はといえば俺が悪いんだし」

常盤君が私のことをそんなに心配してくれるなんて知らなかった。

気がついたら空は夕焼けの赤に染まり始めていた。もうそろそろ帰る時間だ。

常盤君の照れた顔を他の人に見せたくない。

咲良や姫華とか、他の女子と話している姿を見て不安になりたくない。

私は常盤君が好き。常盤君を独り占めしたい。

日本三大悪女の一人、北条政子さんのことが頭に浮かんだ。

政子さんは夫の源頼朝の浮気に嫉妬して、愛人の家を焼き払ったの。

すごい行動力。それが政子さんが悪女って言われる理由だけど、それだけ夫のことを愛していたってことだよね。

夫が亡くなった後も、鎌倉幕府を守るために尼将軍として頑張り続けた。

悪女のやることは度が過ぎて迷惑をかけることもある。

でもね、悪女は自分の思いにとっても素直。

そして自分の気持ちに嘘をつかない。

今が私にとって大事な時かもしれない。

もう、常盤君への思いを黙って抱えているだけなんて無理だ。

こうなったら私の中の悪女全開で突っ走っちゃえ!

「私もね常盤君に言わなきゃいけないことがあるんだ」

「な、何だよ」

「私、本当は悪女じゃないの」

目を大きくして常盤君が私を見る。

「常盤君の好きなタイプが悪女って聞いて、それで悪女になろうって決めたの。悪女になって常盤君のパートナーになりたいって思って生徒会に入った。でもね、それだけじゃ嫌になった」

「俺じゃ生徒会長は無理だと思ったのか」

「そういうことじゃないよ」

ビクビクしている常盤君の顔を見ると可愛くてつい笑っちゃいそうになる。

「私、常盤君のただのパートナーじゃ嫌だ」

ぽかんとした顔で常盤君が私を見る。

「生徒会として常盤君のことは助けたい。だけどそれ以外でも、私はもっと常盤君と一緒にいたい」

この思いはもう止められない。

悪女パワー全開だ!

「私は常盤君のことが好き。だから生徒会に関係なく常盤君と一緒にいたい」

やばい、言っちゃった! 

常盤君がぼーっと私のことを見ている。

すごく無防備でいつも険しい顔しているのが嘘みたい。

もう後には引き返せない。そう思ったら言葉がどんどん溢れ出す。

「常盤君の人気が出たら嬉しいけど、嫉妬しちゃう。だから嬉しいのに、喜べなかった」

常盤君は私のことを守ってくれた。見守ってくれた。

そういう優しいところが本当に大好きだ。

「常盤君がすごく優しくて親切なのは知っているよ。それを学校のみんなに知ってほしいと守っている。……だけどね、常盤君の優しさを独り占めしたくなる時もあるの」

こんなこと思うなんて私はやっぱり悪女だ。

でも、これでいい。

だってこれが私の素直な気持ちだから。

悪女になったとしても自分の気持ちに素直に生きたい。

「悪女のふりして騙してごめん。どうしても常盤君の近くにいたかった、味方になりたかったの。これは嘘じゃない」

常盤君と目が合う。

どこまでも真っ直ぐできらりと輝いている綺麗な瞳。

その綺麗な瞳でずっと私のことを見てほしい。

「あのさ、すごく言いにくいんだけど……」

常盤君がボソボソと話し出す。

「俺、悪女が好きなわけじゃないよ」

え、ええー!?

嘘でしょ!!

それじゃあ、私は今まで何をしてたの?

「でも、塩田君に好きなタイプを聞かれて、それで悪女って……」

「あの時は恋愛とか興味なかったからさ。悪女みたいな勢いある人がそばにいたら助かるなって」

なんだー、そういうことか。

悪女が好きなんておかしいと思ったよ。

で、でも。悪女に挑戦したおかげで常盤君のパートナーになれたってことだよね。

だったらこれでよかったのかな。

……あれ、ちょっと待って。

今、あの時は恋愛に興味ないって言ってたよね。

それじゃあ、今は。

「今、常盤君は私のことどう思っているの?」

「どうって……」

急に常盤君が黙る。

心臓の音がはっきりと聞こえる。

ドキドキで音がいっぱいになりそう。

「俺も、平井のことが好きだ」

顔を真っ赤にしながらぼそりと常盤君がつぶやいた。

木と木の間から太陽の光が差し込んできた。

これって両思いってことだよね?

嘘でしょ、信じられない。常盤君も私のこと好きだったんだ。

「何、顔真っ赤にしているんだよ」

「それはこっちの台詞なんですけど」

常盤君と話していると思わず笑っちゃう。

「私たち、両思いなんだよね?」

「そう、みたいだな」

これは夢じゃない、現実なんだ。

信じていたら思いは叶うんだね。

「これで堂々と嫉妬していいんだ」

「やれやれ、人気者は辛いぜ」

「誰のおかげで人気が出たと思っているのさ」

常盤君が無邪気に笑う。怖い顔より笑ってる顔の方が似合っている。

もっと常盤君の笑顔が見たい。

それが私の喜びになるから。

これから私が本当の常盤君のパートナーになるんだ。

「これからもパートナーとしてよろしくね」

「こちらこそよろしく」

改まって言うと何だかおかしくて笑っちゃう。

そう言って私と常盤君はぎゅっと手を握った。