悪女、チャレンジします!

昼休みになっても気分が晴れる気配はなし。

時間が経ってくるとふつふつと怒りのようなものが込み上げてきた。

いくら私のことを避けたいからって、私の友達に声をかけるのっておかしくない?

「舞奈、一緒にご飯食べましょ」

姫華がいつものように私を誘う。

咲良と姫華が悪いわけじゃない。

常盤君に声をかけられたら誰だって反応しちゃうよね。

それはわかる。

わかるんだけど、今は二人の顔を見るのもちょっとしんどい。

「ごめん、今日あんまり食欲ないんだよね」

ぐーっとお腹が鳴るのを必死に堪えて答える。

そうだ、花壇のそばにベンチがあったはず。

天気もいいし外に行くのも悪くないかも。

弁当箱を持って教室を出る。

花壇のそばのベンチには誰もいなかった。

桃井さんに荒らされた花壇も今は花が咲いている。

諏訪会長や常盤君たちと協力して花壇を直したんだよね。

大変だけど、いい思い出だったな……。

って、また常盤君のこと考えちゃう。

一人だとすぐに弁当も食べ終わっちゃった。

昼休みが終わるまでまだ時間はある。

もう少しベンチに座ってゆっくり時間を潰そうかな。

日の光に当たりながらぼーっとしていると、聞き覚えのある声が聞こえた。

桃井さんが三人の女子を連れて歩いている。

昨日のことがフラッシュバックする。

今、桃井さんに会うのは危険だ。

下を向いて座っていれば私のこと気づかないよね?

桃井さんの声がどんどん遠くなる。

よし、何とかかわせたみたい。

そう思ったら、コツンと何かが私の頭に飛んできた。

コン、コンと音を立てて空のペットボトルが道に転がる。

「あ、ぶつかちゃった? ごめんね」

桃井さんが薄気味悪い笑みを浮かべながら私を見ていた。

「ゴミ箱に向かって投げたつもりだったんだけど、平井さんにぶつかっちゃった」

ベンチのそばにゴミ箱なんてない。

桃井さんは最初から私に向かって投げたんだ。

「ゴミ箱なんてここにないけど」

「おっかしいな、さっき歩いている時は見えたんだけど」

桃井さんの周りの女子もくすくすと笑っている。

私、完全にバカにされている。

ゴミ箱と同じように扱わされるなんて許せない。

本当はすぐにでも立ち上がって声を上げたいのに。

今の私には桃井さんに怒り返す気力もない。

ペットボトルを拾い桃井さんに渡す。

「これ、ちゃんとゴミ箱に捨ててね」

こう言い返すのが今できる精一杯だ。

すると桃井さんは血相を変えて私の頬をバチンと打ってきた。

勢いに圧倒されて思わずその場に倒れ込む。

「ゴミくらいあんたが捨てなさいよ! 調子に乗らないで」

倒れた私を囲うように周りの女子が立ち並ぶ。

「あんた、ゴミ拾い好きなんでしょ? 特別枠は掃除するのがお似合いだわ」

頭上からケラケラと笑い声が聞こえてくる。

鬼のような顔をした桃井さんが私を睨みつける。

逃げ場がない。すごく怖い。

どうしよう、誰か助けて……。

「おい、何しているんだ!」

桃井さんたちをかき分けるように常盤君がやってきた。

嘘。どうして? 

もしかして私を助けるためにきてくれたの?

「平井、大丈夫か」

常盤君が私に手を差し伸べる。

初めて常盤君の手を握る。ひんやりと冷たい手だ。

「お前ら、何やっているんだ?」

ぎろりとした視線で常盤君が桃井さんたちを見る。

「あらあら、誰かと思ったら常盤じゃない」

常盤君の顔を見ても桃井さんの強気な姿勢は変わらない。

「悪女を見つけたからボランティアのお手伝いをしてあげてたの」

「俺にはお前が平井をいじめているように見えたが?」

「急に正義の味方のふりなんかしちゃって。あんただって私の共犯だってこと忘れてないわよね?」

常盤君がちっと舌打ちをする。

常盤君が桃井さんと共犯? 

「あんたは知らないだろうけど、平井はね昨日一色君に告白されたわよ」

「そ、そうなのか!」

常盤君が振り返って私の方を見る。

今まで見たことないくらい顔を真っ赤にして焦っている。

そんな顔で見ないでよ。

急に見せられたらドキッとするじゃない。

「そ、そうだけど……」

って今はそんなの関係ないでしょ!

「残念だったわね」

「俺にはそんなの関係ねえ」

「まあ、いいわ。行きましょう」

プイッと桃井さんたちが向き直るとその場を立ち去った。

私と常盤君が二人、その場に取り残される。

「あ、ありがとね、常盤君」

常盤君のおかげで助かったんだよね。

常盤君と話をするのはずいぶん久しぶりのことのように思える。

毎日のように話してたのが随分前のことみたい。

「別に平井のためじゃねーよ」

そう言って常盤君は桃井さんの捨てたペットボトルを拾う。

こういうさりげなく親切なところは変わっていない。

こんなに常盤君は優しいのに。

どうしてあんなひどい記事を書いたんだろう。

今ならそれが聞けるかも。

なのに、いざ聞こうとしたら声が思うように出てこない。

常盤君がゴミ箱をキョロキョロと探る。

このままじゃ、いなくなっちゃう。

せっかくのチャンスなのに……。

「そこの二人、何しているの?」

ビクッとして声の方を見ると、咲良と姫華がニヤニヤしながらこっちを見ていた。

「言いたいことがあるならちゃんと言いなさい」

「い、言いたいことなんて何もないわよ」

あーあ、どうしてこんな風にしか言えないんだろう。

常盤君と話したことや聞きたいがいっぱいあるのにー!

「お、俺だって平井と話すことなんかねえよ」

やっぱり常盤君もそうなんだ……。

ストレートに言われるとダメージもでかいよね。

「本当にないの? 常盤君があのこと言わないんだったら私たちが舞奈に言っちゃうわよ」

そう言われて常盤君が顔を真っ赤にして狼狽えている。

その姿がちょっとだけ可愛く見える。

っていうか、あのことって何?

「あー、わかった。わかったよ」

髪をかきむしりながら常盤君が私を見る。

ボサボサの髪の毛。

それがちょっとワイルドでどこか可愛い。

私、やっぱり常盤君のことが好きなんだ。

どこって言われたらわからないけど、どうしようもなく好きなんだ。

「平井、あの……」

キーンコーンカーンコーン。

常盤君が口を開きかけた瞬間に予鈴が鳴った。

ドラマだったらめちゃくちゃいいところだったのに。

そりゃ、ないよ。

「そろそろ、戻らなきゃだね」

「そうだな」

咲良と姫華までうーっと悔しがっている。

「あのさ、常盤君」

歩き出そうとした常盤君を呼び止める。

「今日の放課後、時間あるかな。話の続き、聞きたいんだけど」

「いいけど」

心臓がドキドキと鳴る。

私から、常盤君を誘っちゃった!

どんな話をするんだろう?

気になって授業なんか集中できないよ。

咲良と姫華もニヤニヤ笑っているし。

常盤君の歩く後ろ姿を見つめながら、私も教室に向かって歩き出した。