悪女、チャレンジします!


荷物を運び終わると、葉山先生がジュースを一本渡してくれた。

結局、三階と一階を三往復もした。

もう、腕も足もクタクタだよ。

「手伝ってくれありがとう、おかげですごく助かったよ」

爽やかな声が聞こえてパッと振り返ると、生徒会長の諏訪常朝《すわつねとも》先輩が笑顔で私の方を見ていた。

百八十センチ以上あるモデルみたいにピシッと高い身長。

たくましくがっしりとした筋肉。

爽やかにニコッと笑う笑顔がま、眩しすぎる!

諏訪生徒会長は天聖学園一の有名人で人気者。

体全身から放たれるオーラが私と違いすぎるよ。

「べ、別にこれくらい大したことじゃありません」

「君のような素敵な生徒に囲まれて僕はとっても幸せな生徒会長だ」

ドッキーン。諏訪生徒会長から話かけられてドキドキしない人なんていないよ。

しかもキラッとしたウィンクのおまけ付き。

この人が学園の生徒会長でよかった。

やっぱり生徒会長ってこういう人じゃないとね。

教室に戻ってプハッとジュースを飲む。

やっぱり疲れた後のジュースは美味いね。体に糖分が染み込んでいくよ。

生徒会ってどんなことしているのかよくわからなかったけど、地味なことも結構しているんだね。意外と大変だ。

さて、今日はそろそろ帰ろうかな。

「この書類の整理、俺やっておきますね」

教室を出ると、生徒会室から常盤君の声が聞こえてきた。

「それは助かる。ありがとう、常盤」

鞄を持った生徒会のメンバーが階段を降りていく。

生徒会室のドアが微妙に開いていた。

ちょっとくらいなら別にいいよね。

よくないことってわかっているけど、こっそり中を覗く。

生徒会室の中を覗くと常盤君ともう一人男子生徒が中にいて何か話している。

きっと生徒会執行部の人だ。

天聖学園の生徒会は大きく二つの所属に分かれている。

一つは生徒会役員。これは生徒会選挙でそれぞれの役職が選ばれるんだ。

生徒会長や副生徒会長は選挙で選ばれた生徒会役員。

そしてもう一つが生徒会執行部。こっちは部活の一つで生徒会役員と一緒に生徒会活動をしたい人が入部する部活なんだよね。

教室で無口な常盤君が誰かと話すなんて滅多に見れない光景だ。

これ、もしかして超絶レアな現場だったりして。

耳を澄ますと中の二人の声が小さく聞こえてきた。

「なあ、こんなことまで将貴がやらないといけないのかよ」

「これも生徒会長のためだ」

常盤君ってやっぱりすごく優しい。

この学校のために、自分だけ残って生徒会の仕事をしているんだね。

やばい、常盤君のそんな健気な姿を見ていたらドキドキしてきた。

もう少しだけ見ていても、大丈夫だよね。

へえ。常盤君もこうやって楽しそうに話す友達がいるんだ。

もう少しだけ。あと、ほんのちょっとだけ。

そう思いながら、なかなか生徒会室のドアを離れられない。

常盤君の無防備な笑顔をこのままずっと見ていたい。

でも勝手に部屋を覗くのってよくないよね。

諦めて生徒会室から離れようとしたんだけど。

「なあ、将貴ってどんな人がタイプなの?」

聞き間違いじゃないよね? 将貴君の好きなタイプを聞いたよね?

ドアから離れかけた体をピタッとくっつける。

これを聞かずに帰るなんてできるものか!
「俺、恋愛とか興味ないんだけど……」

ああ、もう焦ったい!

常盤君が恋愛に興味がなさそうなのは薄々わかっていた。

でも、それって今は彼女がいないってことだよね。

だったら私にだってまだチャンスはあるはず。

「そういうのいいから。な、教えてくれよ」

ナイスアシスト! 名前も知らない誰かさん、ありがとう。

「うーん、強いて言えば……悪女かな」

今、何て言いました?

「悪女が好きなの?」

「強いて言えばね」

私の聞き間違いじゃなかった!

何だか、ショック。好きな人が悪女が好きって素直に喜べない。

それに仮にもいいこちゃんを目指していた私とタイプが違いすぎる。

この恋、もう終わったかも……。

ふらふらっと生徒会室のドアから離れると「平井、まだ学校に残っていたのか」と葉山先生に声をかけられた。

「ごめんな、荷物重かったよな」

トンチンカンなことで謝る葉山先生を置き去りにして、トボトボと玄関に向かって歩き出した。