悪女、チャレンジします!

次の日の放課後。

用事もないのに、トボトボと廊下を歩く。

一色君が手伝ってくれたから、今日残って作業をする必要はない。

明日の定例会後に新聞をプリントアウトして貼ればオーケーだ。

咲良と姫華も校内新聞を楽しみにしてくれている。

そうやってみんなから反応をもらえるとまた頑張ろうって思えるよね。

常盤君は帰りの会が終わるとすぐに荷物を持って教室を飛び出した。

どこかに行く用事でもあるのかな?

今週で八月も終わり。来週からはいよいよ九月だ。

天聖学園の前期があと一ヶ月で終わる。

それはつまり、次の生徒会総選挙が近づいているってこと。

ここからかがラストスパート。

一気に支持率を上げて一色君に勝っちゃうんだもんね。

常盤君が生徒会長になった後の生徒会を想像してみる。

生徒会だけじゃなくて学校のみんなが積極的にボランティアをするのかな。

それに校内新聞を通じて嬉しいことや楽しいことを共有したりするかも。

特別枠だからとか、普通枠だからとかそんなの関係ない明るい学校になる。

きっとすっごく楽しい未来が待っている。

そんな未来が待っていると思うとワクワクする。

それなのに。ちょっとだけそれを嫌がる自分がいる。

生徒会長になるってことは常盤君が今よりもっと人気者になるってこと。

それがちょっとだけ寂しいんだ。

……本当はちょっとだけじゃない。

常盤君のことは好きだし、応援したい。

好きな人の望んでいることを叶えてあげたい。

けどその先に私の幸せはあるのかな……。

そんなことばかり考える自分のことが嫌になっちゃうよ。

「あ、平井さんだ」

名前を呼ばれて後ろを振り返ると、塩田君がこっちに向かって走ってきていた。

「今日は生徒会室に行かないの?」

「うん、昨日で何とか記事はまとまったんだ」

「それはよかったね」

塩田君はやけに楽しそうだ。

何かいいことでもあったのかな。

「昨日は平井さんがいないからつまらなかったな。将貴も寂しそうにしてたんだぜ」

「もー、塩田君っていつも調子がいいんだから」

塩田君がお調子者なのはいつものことだ。

それはわかっているけど。そういうこと言われるとちょっとだけ嬉しくなる。

でもすぐにそんなことないって思ってショック受けるんだけどね。

「いやいや、本当だってば」

塩田君がやけに慌てたように言い返す。

「将貴、ゴミ拾い中ずーっとふてくされてたもん」

まさか。常盤君に限ってそんなことはない。

「嘘だー。いつも無愛想なだけでしょ」

「でもあいつ、意外と気持ちが顔に出やすいんだぜ」

本当に楽しい時や嬉しい時は気持ちよさそうに笑うけど。

それ以外はむすっとした顔ばかりで全然区別ができないよ。

「まー、これも平井さんのおかげかもな」

「ちょっと何言い出すのさ」

「いや、マジだぜ。あいつとは付き合い長いからよくわかるんだ」

急に真面目な顔して、塩田君がこっちを見てくる。

「平井さんが生徒会に入ってから変わってきてるよ。前より笑うようになったし、なんか生き生きして見える」

「それは、生徒会長になるためだからでしょ」

私が生徒会長になるにはもっと愛想良くした方がいいって言ったから。

だから、常盤君はそうしているだけだ。

もし言ったのが私じゃなくても、そうしていたに違いない。

「あいつの代わりってわけじゃないけどさ。生徒会に入ってくれてありがとうな」

そう言いながら塩田君は笑っている。

「それじゃあな。あと一ヶ月、選挙まで頑張ろうぜ」

そう言って塩田君はまたどこかに行ってしまった。

塩田君って本当に常盤君のことが好きだよなーって見ててすごく思う。

二人が喧嘩しているところって見たことないかも。

こういうほっこりしたエピソードも今度、校内新聞の記事にしようかな。

……ついつい、支持率上げることを考えちゃう。悪女の考え方が染み込みすぎだ。

明日は一色君の特集なんだけどね。

いつもは常盤君の話ばかりだから、たまには一色君のことも記事にしないとね。

……本当は昨日の態度がムカついた腹いせなんだよね。

さっきの塩田君の話聞いたら少しだけ悪いことした気になっちゃうよ。

ごめんね、常盤君。

でもたまにはこういうのもいいよね。

そう心の中で呟いて、玄関に向かう階段を降り始めた。