〇糸瀬家・キッチン(夜)
髪をきっちり結び、エプロンをしてチョコサンドクッキー作りをする朱音。
ガナッシュをサンドして完成したクッキーをじっくりと見てから、一つ手に取ってかじる。
朱音(うん、美味しい)
満足そうにうなずく朱音。
母親の葵がひょっこりとキッチンを覗いてくる。
葵「あら、クッキーもできたの? お母さんも一つ食べていい?」
朱音「うん、もちろん」
クッキーをつまみ上げて口に入れ、笑み崩れる葵。
葵「うーん、美味しい。朱音はほんと、お菓子作り上手よねぇ。料理はまだまだ負けないつもりだけど、お菓子作りは勝てないわ」
朱音「ありがとう」
葵「謙遜しないのかわいい~」
葵ににこにこと撫でられ、困惑しながらも「あ、ありがとう」と再び言う朱音。
葵「もっと食べたいけど……この時間にいくつも食べるのは怖いから、お母さん今夜はこれでやめておくわ……。朱音もほどほどにしなさいね」
葵は悔しそうに言い、手をひらりと振ってキッチンを去っていく。
それを見送り、乱れた髪を整えてからクッキーに視線を落とす朱音。
朱音(花鈴ちゃんへの友チョコはこれでいいかな……。余裕があったら粉糖とか何かのパウダートッピングしよ)
ふう、と一息ついて、片手に持ったままだったクッキーを食べきってから、口元に手を当てて考え込む。
朱音【――問題は成くんへのチョコだ】
【バレンタインまであと一週間】
【そもそも私が冬休みにバイトをしようと考えたのは、今年のバレンタインのチョコはいろいろ試作したかったからだ】
【材料にこだわると、お菓子作りはだいぶお金がかかる……】
難しい顔で、今までに試作したもの(ガトーショコラ、ブルッキー、カヌレなど)を思い浮かべる朱音。
朱音【成くんはモテる。甘いものだと飽き飽きするだろうから、やっぱりしょっぱいものがいいだろうか】
【だけどチョコじゃないと本命感が薄い……】
朱音(本命とバレたくはないけど、それはそれ、これはこれだ)
さてどうしようか、と朱音は首を傾げる。
朱音【成くんは既製品しか受け取らないと明言しているらしい】
【私の手作りならもちろん受け取ってくれるにちがいないけど、既製品に味で勝負をするのは分が悪い】
【つまり、他の人が確実に渡さない種類のものにしたほうがいい……?】
眉根を寄せて考えていたが、ふと冷蔵庫に視線を向ける朱音。
ぴこん、とひらめく。
朱音【家に直接持っていけるというのは、幼なじみならではの反則技】
【――冷蔵保存向きのお菓子を作れば、他の子とは確実に被らない!】
朱音「……テリーヌ、とかかな」
るんるんした表情でつぶやく朱音。
残りのチョコサンドクッキーをジップロックに保存し、さっそく試作の準備を始める。
〇学校・教室(バレンタイン当日・昼休み)
ざわざわとした教室で、クラスメイトたちとチョコ交換をする朱音と花鈴。
一通り交換を終えてから、いつものように二人で弁当を食べ始める。
朱音「女子全員と交換することになると思ってなくて焦った……」
冷や汗をかきながらつぶやく朱音に、花鈴がにこっと笑う。
花鈴「余ったらわたしが全部食べるから、とりあえずクラス全員分の数持ってきなよ~って言って正解だったねえ」
朱音「うん、ほんとにありがとう」
朱音(なんか全然知らない他のクラスの女子とも交換したし……危うくただもらうだけになるところだった)
『雫石くんの幼なじみさんじゃん!』というノリできゃっきゃと話しかけられたことを思い出し、困惑の表情を浮かべる朱音。
そこに、どこかそわそわとした様子の成がやってくる。
クラスの女子たちがテンションを上げて成に駆け寄っていく。
クラスメイト1「わ~っ、雫石くん、よかったらこれもらって! コンビニのやつだけど」
クラスメイト2「これもよかったら! ちゃんと買ったやつだよ!」
成「おー、ありがとう。ホワイトデーにお返しするからな」
にこやかに礼を言いながら受け取る成に、顔に出さないようにしつつももやりとする朱音。
受け取ったチョコを大事そうに抱えて、成は朱音のもとへ来る。
朱音「成くん、なんで来たの?」
朱音(やばい、ちょっと嫌味っぽかったかも)
つんとした口調で言ってしまったことに焦る朱音と、しゅん……とする成。
成「ご、ごめん、朱音のチョコ待ちきれなくて……」
朱音はさりげなく周囲を確認する。
興味津々にこちらを見ているクラスメイトたち。
朱音【……こんなところで、成くんのは別に作ってあるからまた後で渡すね、なんて言えない】
朱音「はい」
友チョコであるクッキーを渡すと、成はぱあっと顔を輝かせる。
成「ありがと! 大事に食べる!」
朱音「……うん」
成「榎木さん、お昼邪魔しちゃってごめんな」
花鈴「気にしないで~」
るんるんで帰っていく成の背中を、微妙な顔で見送る朱音。
花鈴はそんな朱音を見ておおよそのことを察し、小さく笑う。
花鈴「朱音」
朱音「……何?」
花鈴「ちゃんと渡さなきゃだめだよ~」
一瞬呆気に取られてから、困ったように笑ってうなずく朱音。
〇雫石家・成の部屋(放課後)
うきうきとした成が、お茶の準備をする前の朱音にチョコサンドクッキーの袋を見せる。
足元にはワンワン鳴きながら駆け回るポメラニアンのバニラ。
成「朱音朱音、今日はこれ食べる!」
朱音「……他の子からもいっぱいもらってたけど、私のだけでいいの?」
別のテーブルに載せられたチョコの数々にちらりと目を向ける朱音。
成「大事に食べるって言っただろ。他のも大事に食べないわけじゃねーけど……朱音のは、朱音のだけで味わいたいから」
朱音(特別扱いはなはだしい……)
朱音はにやけてしまいそうな唇を引き結ぶ。
朱音「……ちなみに」
こほん、と咳払いをする朱音に成は「?」と首を傾げる。
真似をするようにバニラも首を傾げる。
朱音「冷蔵保存すべきものは学校には持っていけないけど、どうせなら他の人と被らないお菓子のほうが飽きずに食べられるんじゃないかな、という私の気遣いにより、今この家の冷蔵庫には手作りのチーズショコラテリーヌがあるんだけど」
成「!?」
朱音「……ふふ。そっちも食べる?」
表情をふわりと緩ませる朱音。
成は全力でうなずく。
成「食べる食べる!」
皿に載せられたテリーヌ(←フリーズドライストロベリー、ピスタチオ、ココアパウダーがトッピングされている)に目を輝かせる成。
かたわらにはボールでひとり遊びをするバニラ。
成「――すっげぇ~! プロみたい!」
朱音「張り切ってデコレーションしました」
少しドヤ顔をしながら切り分け、お茶を淹れる朱音。
テーブルの準備が整うと、成はすぐさまいただきますと手を合わせ、テリーヌを一口食べる。
成「あ~……美味い…………ありがとう朱音……」
じーんと感動を噛みしめるように礼を言う成に、朱音は小さく笑う。
朱音「本当は成くんには、テリーヌだけの予定だったの。なのに成くんが……昼休みに来たから、渡さないわけにはいかなくて」
成「ご、ごめん。えっ、でも他の子がもらってるクッキー、俺はもらえないとこだったのか!? うわあ、危なかった……」
焦ったようにチョコサンドクッキーの一つを口に入れる成。
成「こっちも美味い! これも食べられてよかったぁ……」
朱音「そんなに言うほど? 私のお菓子なんて、成くんにとっては珍しくもないのに」
成「だとしても、朱音の友達はみんなもらってるのに俺だけもらえない、っていうのは寂しいだろ」
成は拗ねたように唇を尖らせる。
朱音は虚を突かれたように目を瞬き、嬉しそうに微笑む。
朱音「……欲張りだね」
成「…………」
朱音の微笑みに見惚れる成。
我に返ったように、成はテリーヌをもう一口食べ、飲み込んでからそうっと朱音を窺うように見つめる。
成「……なんで俺の分だけ、別に作ってくれようと思ったの?」
朱音「幼なじみ特権で成くんちの冷蔵庫が使えるから、どうせなら冷蔵のチョコのお菓子作ってみたいなって思って。いろいろ作れたほうが楽しいし」
朱音(――よかった、訊かれると思って用意してた答えだからすぐ言えた)
ほっとしながら、流れるように嘘をつく朱音。
ふーん、と成は納得したそぶりを見せつつ、何か言いたげの表情のままクッキーを食べ、コーヒーを飲む。
成「……ホワイトデー、俺も今年は手作りしてみようかな~」
朱音「え、全員分? 大変じゃない?」
成「朱音の分だけ。他の子たちには買って返す」
朱音「そっか……」
驚いたような表情のまま、ぼんやりと相槌を打つ朱音。
朱音(……あの膨大な量、誰からもらったかちゃんと覚えて、ちゃんと全員に返すんだから、罪作りだよなぁ)
成(……朱音だけ特別扱い、をアピールしたつもりなんだけど伝わってるかこれ……!?)
密かに冷や汗をかく成。
成(もっと攻めたほうが……いやあんまギリギリを攻めすぎんのも……)
悩みながら、成はクッキーとテリーヌをちまちまとゆっくり食べ進める。
成(いや、やっぱりもうちょっとだけわかりやすく――)
きゃん、と吠えて成の脚に前脚でタッチするバニラ。傍にぽとりとボールを落とす。
その様子に朱音はほっこりと微笑む。
朱音「遊びたいみたいだね。遊び相手、私でも大丈夫かな。成くんゆっくり食べたいよね?」
成「あ、ああ、うん、そうだな。任せてもいいか? バニラ、朱音ちゃんと遊んでくれる?」
成がボールを朱音に手渡すと、しっぽを振りながら朱音の足元ではしゃぐバニラ。
遊ぶ一人と一匹を見ながら、少し眉を下げつつも笑う成。
成はテリーヌをゆっくりと口に運ぶ。
成(……これが本命ならいいのになー)
無言でバニラと遊ぶ朱音。
朱音【今までのホワイトデーは、いつも高そうなお菓子だった】
【今年は、わざわざ私の分だけ手作り……】
【ただの気まぐれかもしれない】
【でも】
朱音(――そろそろ自惚れそう、なんだけど)
ボールを投げるときに、赤くなった顔をさりげなく成から隠す。
髪をきっちり結び、エプロンをしてチョコサンドクッキー作りをする朱音。
ガナッシュをサンドして完成したクッキーをじっくりと見てから、一つ手に取ってかじる。
朱音(うん、美味しい)
満足そうにうなずく朱音。
母親の葵がひょっこりとキッチンを覗いてくる。
葵「あら、クッキーもできたの? お母さんも一つ食べていい?」
朱音「うん、もちろん」
クッキーをつまみ上げて口に入れ、笑み崩れる葵。
葵「うーん、美味しい。朱音はほんと、お菓子作り上手よねぇ。料理はまだまだ負けないつもりだけど、お菓子作りは勝てないわ」
朱音「ありがとう」
葵「謙遜しないのかわいい~」
葵ににこにこと撫でられ、困惑しながらも「あ、ありがとう」と再び言う朱音。
葵「もっと食べたいけど……この時間にいくつも食べるのは怖いから、お母さん今夜はこれでやめておくわ……。朱音もほどほどにしなさいね」
葵は悔しそうに言い、手をひらりと振ってキッチンを去っていく。
それを見送り、乱れた髪を整えてからクッキーに視線を落とす朱音。
朱音(花鈴ちゃんへの友チョコはこれでいいかな……。余裕があったら粉糖とか何かのパウダートッピングしよ)
ふう、と一息ついて、片手に持ったままだったクッキーを食べきってから、口元に手を当てて考え込む。
朱音【――問題は成くんへのチョコだ】
【バレンタインまであと一週間】
【そもそも私が冬休みにバイトをしようと考えたのは、今年のバレンタインのチョコはいろいろ試作したかったからだ】
【材料にこだわると、お菓子作りはだいぶお金がかかる……】
難しい顔で、今までに試作したもの(ガトーショコラ、ブルッキー、カヌレなど)を思い浮かべる朱音。
朱音【成くんはモテる。甘いものだと飽き飽きするだろうから、やっぱりしょっぱいものがいいだろうか】
【だけどチョコじゃないと本命感が薄い……】
朱音(本命とバレたくはないけど、それはそれ、これはこれだ)
さてどうしようか、と朱音は首を傾げる。
朱音【成くんは既製品しか受け取らないと明言しているらしい】
【私の手作りならもちろん受け取ってくれるにちがいないけど、既製品に味で勝負をするのは分が悪い】
【つまり、他の人が確実に渡さない種類のものにしたほうがいい……?】
眉根を寄せて考えていたが、ふと冷蔵庫に視線を向ける朱音。
ぴこん、とひらめく。
朱音【家に直接持っていけるというのは、幼なじみならではの反則技】
【――冷蔵保存向きのお菓子を作れば、他の子とは確実に被らない!】
朱音「……テリーヌ、とかかな」
るんるんした表情でつぶやく朱音。
残りのチョコサンドクッキーをジップロックに保存し、さっそく試作の準備を始める。
〇学校・教室(バレンタイン当日・昼休み)
ざわざわとした教室で、クラスメイトたちとチョコ交換をする朱音と花鈴。
一通り交換を終えてから、いつものように二人で弁当を食べ始める。
朱音「女子全員と交換することになると思ってなくて焦った……」
冷や汗をかきながらつぶやく朱音に、花鈴がにこっと笑う。
花鈴「余ったらわたしが全部食べるから、とりあえずクラス全員分の数持ってきなよ~って言って正解だったねえ」
朱音「うん、ほんとにありがとう」
朱音(なんか全然知らない他のクラスの女子とも交換したし……危うくただもらうだけになるところだった)
『雫石くんの幼なじみさんじゃん!』というノリできゃっきゃと話しかけられたことを思い出し、困惑の表情を浮かべる朱音。
そこに、どこかそわそわとした様子の成がやってくる。
クラスの女子たちがテンションを上げて成に駆け寄っていく。
クラスメイト1「わ~っ、雫石くん、よかったらこれもらって! コンビニのやつだけど」
クラスメイト2「これもよかったら! ちゃんと買ったやつだよ!」
成「おー、ありがとう。ホワイトデーにお返しするからな」
にこやかに礼を言いながら受け取る成に、顔に出さないようにしつつももやりとする朱音。
受け取ったチョコを大事そうに抱えて、成は朱音のもとへ来る。
朱音「成くん、なんで来たの?」
朱音(やばい、ちょっと嫌味っぽかったかも)
つんとした口調で言ってしまったことに焦る朱音と、しゅん……とする成。
成「ご、ごめん、朱音のチョコ待ちきれなくて……」
朱音はさりげなく周囲を確認する。
興味津々にこちらを見ているクラスメイトたち。
朱音【……こんなところで、成くんのは別に作ってあるからまた後で渡すね、なんて言えない】
朱音「はい」
友チョコであるクッキーを渡すと、成はぱあっと顔を輝かせる。
成「ありがと! 大事に食べる!」
朱音「……うん」
成「榎木さん、お昼邪魔しちゃってごめんな」
花鈴「気にしないで~」
るんるんで帰っていく成の背中を、微妙な顔で見送る朱音。
花鈴はそんな朱音を見ておおよそのことを察し、小さく笑う。
花鈴「朱音」
朱音「……何?」
花鈴「ちゃんと渡さなきゃだめだよ~」
一瞬呆気に取られてから、困ったように笑ってうなずく朱音。
〇雫石家・成の部屋(放課後)
うきうきとした成が、お茶の準備をする前の朱音にチョコサンドクッキーの袋を見せる。
足元にはワンワン鳴きながら駆け回るポメラニアンのバニラ。
成「朱音朱音、今日はこれ食べる!」
朱音「……他の子からもいっぱいもらってたけど、私のだけでいいの?」
別のテーブルに載せられたチョコの数々にちらりと目を向ける朱音。
成「大事に食べるって言っただろ。他のも大事に食べないわけじゃねーけど……朱音のは、朱音のだけで味わいたいから」
朱音(特別扱いはなはだしい……)
朱音はにやけてしまいそうな唇を引き結ぶ。
朱音「……ちなみに」
こほん、と咳払いをする朱音に成は「?」と首を傾げる。
真似をするようにバニラも首を傾げる。
朱音「冷蔵保存すべきものは学校には持っていけないけど、どうせなら他の人と被らないお菓子のほうが飽きずに食べられるんじゃないかな、という私の気遣いにより、今この家の冷蔵庫には手作りのチーズショコラテリーヌがあるんだけど」
成「!?」
朱音「……ふふ。そっちも食べる?」
表情をふわりと緩ませる朱音。
成は全力でうなずく。
成「食べる食べる!」
皿に載せられたテリーヌ(←フリーズドライストロベリー、ピスタチオ、ココアパウダーがトッピングされている)に目を輝かせる成。
かたわらにはボールでひとり遊びをするバニラ。
成「――すっげぇ~! プロみたい!」
朱音「張り切ってデコレーションしました」
少しドヤ顔をしながら切り分け、お茶を淹れる朱音。
テーブルの準備が整うと、成はすぐさまいただきますと手を合わせ、テリーヌを一口食べる。
成「あ~……美味い…………ありがとう朱音……」
じーんと感動を噛みしめるように礼を言う成に、朱音は小さく笑う。
朱音「本当は成くんには、テリーヌだけの予定だったの。なのに成くんが……昼休みに来たから、渡さないわけにはいかなくて」
成「ご、ごめん。えっ、でも他の子がもらってるクッキー、俺はもらえないとこだったのか!? うわあ、危なかった……」
焦ったようにチョコサンドクッキーの一つを口に入れる成。
成「こっちも美味い! これも食べられてよかったぁ……」
朱音「そんなに言うほど? 私のお菓子なんて、成くんにとっては珍しくもないのに」
成「だとしても、朱音の友達はみんなもらってるのに俺だけもらえない、っていうのは寂しいだろ」
成は拗ねたように唇を尖らせる。
朱音は虚を突かれたように目を瞬き、嬉しそうに微笑む。
朱音「……欲張りだね」
成「…………」
朱音の微笑みに見惚れる成。
我に返ったように、成はテリーヌをもう一口食べ、飲み込んでからそうっと朱音を窺うように見つめる。
成「……なんで俺の分だけ、別に作ってくれようと思ったの?」
朱音「幼なじみ特権で成くんちの冷蔵庫が使えるから、どうせなら冷蔵のチョコのお菓子作ってみたいなって思って。いろいろ作れたほうが楽しいし」
朱音(――よかった、訊かれると思って用意してた答えだからすぐ言えた)
ほっとしながら、流れるように嘘をつく朱音。
ふーん、と成は納得したそぶりを見せつつ、何か言いたげの表情のままクッキーを食べ、コーヒーを飲む。
成「……ホワイトデー、俺も今年は手作りしてみようかな~」
朱音「え、全員分? 大変じゃない?」
成「朱音の分だけ。他の子たちには買って返す」
朱音「そっか……」
驚いたような表情のまま、ぼんやりと相槌を打つ朱音。
朱音(……あの膨大な量、誰からもらったかちゃんと覚えて、ちゃんと全員に返すんだから、罪作りだよなぁ)
成(……朱音だけ特別扱い、をアピールしたつもりなんだけど伝わってるかこれ……!?)
密かに冷や汗をかく成。
成(もっと攻めたほうが……いやあんまギリギリを攻めすぎんのも……)
悩みながら、成はクッキーとテリーヌをちまちまとゆっくり食べ進める。
成(いや、やっぱりもうちょっとだけわかりやすく――)
きゃん、と吠えて成の脚に前脚でタッチするバニラ。傍にぽとりとボールを落とす。
その様子に朱音はほっこりと微笑む。
朱音「遊びたいみたいだね。遊び相手、私でも大丈夫かな。成くんゆっくり食べたいよね?」
成「あ、ああ、うん、そうだな。任せてもいいか? バニラ、朱音ちゃんと遊んでくれる?」
成がボールを朱音に手渡すと、しっぽを振りながら朱音の足元ではしゃぐバニラ。
遊ぶ一人と一匹を見ながら、少し眉を下げつつも笑う成。
成はテリーヌをゆっくりと口に運ぶ。
成(……これが本命ならいいのになー)
無言でバニラと遊ぶ朱音。
朱音【今までのホワイトデーは、いつも高そうなお菓子だった】
【今年は、わざわざ私の分だけ手作り……】
【ただの気まぐれかもしれない】
【でも】
朱音(――そろそろ自惚れそう、なんだけど)
ボールを投げるときに、赤くなった顔をさりげなく成から隠す。
