〇学校・教室(3話の翌日の昼休み)
一人で弁当を広げる朱音。(花鈴は部活の友達と食べている)
卵焼きを口に運び、静かに咀嚼して呑み込む。
ぼんやりとアスパラのベーコン巻も箸で持ち上げる。

朱音【私の交友関係は狭く深い】
【でも成くんには、友達が多い。きっと今も、私とは違って誰かとお昼を……】

購買から戻ってきたクラスメイトの女子が、友人の女子へ楽しそうに話しかける。
クラスメイト1「ねぇ、雫石くん今中庭で一人でお昼食べてるっぽい!」
クラスメイト2「えー! 一人? 珍しい~、今から行ったらワンチャン一緒に食べれたり……」
クラスメイト1「するかも~? ま、でも、一人で食べたい日なのかも?」
クラスメイト2「あー、ね。ほっといたほうがいっかぁ」
そこで二人は声を潜め、ちらちらと朱音のほうを窺う。
クラスメイト1「糸瀬さんと喧嘩でもしたんかな」
クラスメイト2「いやなくない? あの仲の良さで何をどうやったら喧嘩になるの?」
クラスメイト1「や、でもめっちゃ元気なかったんだよね」
クラスメイト2「はあ? 元気ない人話題に出すテンションじゃなかったじゃん、ワンチャンとか言っちゃってハズいんだけど」
クラスメイト1「ごめんごめーん」
クラスメイト2「もー。早く仲直りできればいいねぇ」
クラスメイト1「んね、雫石くんって糸瀬さんの前が一番かわいいし」
ねー、とこそこそ笑い合う二人。

朱音(……これ私に聞こえていい会話なのかな)
気まずそうにしながらアスパラを口に入れる朱音。
朱音(そんなふうに見られてたんだ……っていうか、成くん元気ないんだ……?)
朱音【この状況で、原因は私ではないと思うほど馬鹿じゃない】
【成くんを落ち込ませてまで、嘘をつく必要があるのか?】
【『いつか』のときに、私が傷つきたくない、という勝手な理由で】
朱音「……」
考え込みながら、朱音は黙々と弁当を食べ進める。

〇雫石家・成の部屋(放課後)
落ち込んではいてもきびきびと掃除を終わらせる朱音。
ミルクティーとプリンアラモード(←プリンだけ手作り、他はバニラアイス・バナナ・いちご・缶詰の桃とさくらんぼ)を準備する。
困惑と驚きが混じった表情でそれを見つめる成。

成「なんかすっげぇ豪華だな……?」
朱音「今日の成くん、元気がなかったって聞いたから」
成「えっ、何それどこ情報?」
朱音「クラスメイト情報」
成のために椅子を引く朱音。
成は「ありがと……」と椅子に座り、朱音が向かいに座るのを待ってからおそるおそる口を開く。
成「その、確かに朱音と昼一緒に食べれねぇんだな、とか、一緒に帰れないんだ……とか考えて落ち込んでたかもしんないけど、それを人伝いに聞かせてやめさせようとしたわけじゃなくて」
朱音「それはわかってる」
ほっとする成。
朱音「でも、成くんをしょんぼりさせてまでやることじゃないかもって」
成「や、で、でも……うー、あー……」
成(正直やめてくれたほうが嬉しいけど、ここで応援できないのはどうなんだ? いや本心じゃ応援なんてできねぇけど!)
しゅんとする朱音の向かいで、うーんうーんと難しい顔で考える成。
成「っ…………彼氏、は……まだ先でもいいんじゃないかなと思います……」
朱音「うん、そうだね」
苦渋の顔の成に、あっさりとうなずく朱音。
成はぱあっと顔を輝かせる。
朱音(卑怯なことはやめよう。いつこの関係性が壊れてもいいように、覚悟だけ決めておかなきゃ)
(……少なくともまだ、今の関係性のままでいられそうだし)
嬉しそうな様子を隠しきれていない成を見つめる朱音。
成はプリンアラモードを、朱音はただのプリンを食べ始める。
成「桃缶好きだろ? 食べるか?」
朱音「……ありがとう、もらおうかな」
成は朱音のほうに皿を押そうとし、はっとした様子で一瞬固まる。
首を傾げる朱音。
成は少し悩んだ後、フォークで桃を刺して朱音の口の前に差し出す。
成「あ、あーん」
照れた様子の成に目を瞬いてから、朱音はぱくんと桃を口に入れる。
朱音「……ん、おいしいね」
さらに照れたように視線を泳がす成に、ふっと吹き出す朱音。
朱音「恥ずかしがるなら最初からやらなければ……いや、待って。私も……遅れて恥ずかしくなってきたかも」
じわじわ赤く染まる顔に朱音は手を当てる。
二人して少しの間沈黙する。
朱音「で、でも懐かしいね、割と昔はやってたよね。成くん食べるのへたっぴだったから」
成「朱音が食べさせる側はあったけど、これは初めてだろ……」
朱音「そういえばそっか。だからこんな照れるんだ」
照れ笑いを浮かべる朱音に「んん……!」と何かを耐えるような顔をする成。
朱音「なんで急にあーんしようと思ったの?」
成「な、なんとなく……」
朱音「ふーん……はい、あーん」
自分の皿からすくったプリンを成に差し出す朱音。
成はぎょっとし、ためらいながらもそれを口に入れる。
朱音「美味しい?」
成「そりゃあ当然美味いよ……」
朱音は満足げに笑い、またプリンをすくう。
それを今度は自分で食べようとして、一瞬手を止める。
朱音(これ、あーんだけじゃなくて間接キスでもあるのか)
(……まあ今さらだな)(←幼少期を思い出しながら)
成(…………間接キス……)
平然と食べ進める朱音と、間接キスを気にして照れたまま食べ進める成。

成「……そうだ、今週の日曜はバイトなしでいいから」
朱音「うん、わかった」
すぐさま了承した朱音に、成は少し探るような顔をする。
成「……理由聞かねぇの?」(※後に判明することだが、お見合いのような食事会に行かなくてはいけないため)
朱音「聞いてほしいの?」
成「いや別にそういうわけじゃなくて! 雇用主側が理由も言わず勝手にシフト減らすのはよくないじゃん!」
朱音「そうだね。だから、言いたくないことじゃなかったら普通に自分から言ってるでしょ」
淡々と返す朱音に、成はばつが悪そうに少し黙り込む。
成「……うん。わざわざ言う必要ないことだと思う」
朱音「じゃあ聞かないよ」
成「……朱音のさぁ、そういうとこ」
穏やかな微笑みを浮かべる成。
成「そういうとこが――す、」
朱音(……す?)
朱音は目を丸くして、少しどきどきしながら続く言葉を待つ。
成「優れてるところ、のひとつだと思う」
途中で勢いを失い、成は耳を赤く染める。
きょとんとしてから笑い出す朱音。
朱音「……んふ、ふふ、優れてるところ」
成「なんだよそんな変なこと言ってないだろ!?」
朱音「変じゃない変じゃない、ありがとう。会話だとなかなか聞かない単語だから、ちょっと面白かっただけ。翻訳文みたいだね」
からかうような口調で言う朱音を、照れ隠しで軽く睨む成。
ひとしきりくすくすと笑ってから、朱音は成にちらりと視線を向ける。
朱音「……好きって言われるのかと思っちゃった」
朱音【大丈夫、これくらいなら普通の雑談の範疇】
【だって実際、翻訳文よりはそっちのほうが自然な流れだったし】
朱音(……大丈夫、だよね?)
少し不安になりつつ、成の様子を窺う朱音。
成は言葉に詰まってから、そうっと、上目遣いに朱音を見る。
成「……い、言っても、よかった?」
朱音(――予想外の返し)
目を見開く朱音。
朱音【なんて返すべき? どう言えば正解?】
【わざわざ一旦ごまかしたってことは……私に誤解してほしくなかったってこと】
【――つまり成くんが言おうとした『好き』に特別な意味は、ない】
朱音は密かに息を吐き、なんでもないふうを装って微笑む。
朱音「……いいに決まってる。私だって成くんのこと好きなんだから」
成「そっ……かぁ……」
ぎこちなくうなずきながら、顔も首も真っ赤に染まっていく成。
朱音(え)
朱音【なにその反応】
【『好き』くらい私割と普通に言って……】
【いや確かにここ数年言ってなかったかもしれないけど】
【でも、だって】
【ただの幼なじみだったら、こんなに照れることじゃない、よね……?】
朱音が呆然と考えている間に、成は平静を取り戻していく。
耳の赤みだけを残し、へにゃりと笑う成。
成「俺も好きだよ」
朱音「………………うん」
花を飛ばすような様子の成に対して、朱音はまだ動揺したままプリンを口に運ぶ。
朱音(――こんなの)
朱音【自惚れちゃってもいい、って思いたくなる】