学校・教室(昼休み)
一つの机で向かい合って弁当を食べる朱音と花鈴。

朱音「関係性が壊れることに怯え続けるくらいなら、いっそ自分から壊そうかなって」
花鈴「なになにいきなりなんの話?」
真顔で切り出した花鈴に、花鈴が困惑する。
朱音「どうせどっちかに……というか、向こうに恋人か好きな人でもできたら、今のままじゃいられない」
花鈴「んん~……?」
生温かい笑みを浮かべて、パックジュースを吸う花鈴。
朱音「だったら、自分のタイミングで壊したほうがいいと思って」
花鈴「んんん~~」
朱音「それで花鈴ちゃん、私が好きになれそうな男の子、知り合いにいない?」
花鈴はおもむろにパックジュースを机に置き、言葉選びに迷うような百面相をする。
花鈴「朱音と友達になって一年も経ってないけど……朱音って、たまに……だいぶよく……かなりの頻度で、変な方向に突き進もうとするよねえ」
朱音「そう……?」
花鈴「朱音のそういうところ好きだよお」
朱音「ありがとう。私も花鈴ちゃんのこと好きだよ」
花鈴「えへ、ありがと」
にこりと微笑んでから、花鈴は頬杖をつく。
花鈴「朱音が好きなれそうな男子、ねえ。そもそも実際に誰かを好きになる必要、あるかな? イマジナリー好きな人作ってその人の話したら?」
朱音「…………本人の話になる気しかしない」
花鈴「あちゃあ、べた惚れだねえ」
ほっこりと笑う花鈴に、しゅんと落ち込む朱音。
朱音「せっかく提案してくれたのにごめん」
花鈴「全然いいよぉ。気にしないで」
人差し指をあごに当て、花鈴が少し上に視線をやる。
花鈴「そうだなぁ。彼氏が欲しいから距離取りたいって言ってみるのはどう? それなら具体的な人物像とか用意しなくていいでしょ」
朱音「……それいいかも」
朱音はぱっとわずかに顔を輝かせる。
花鈴「ふふ、うまくいくことを祈ってるよ~」

〇雫石家・成の部屋(放課後)
メイド服でホットミルクとお菓子(←手作りアメリカンチョコチップクッキー)を準備する朱音。

成「わ、こういうクッキー好きなんだよなぁ。美味そー!」
クッキーを見てご機嫌で椅子に座る成。
朱音も向かいの椅子に座り、小さく深呼吸をする。
朱音(嘘だってバレないように、慎重に……いつもどおりを意識)
成「いただきまーす……うまっ」
さっそくクッキーをほおばって顔を輝かせる成。
朱音はきりっとした顔で口を開く。
朱音「成くん。私、彼氏欲しいから成くんと距離取りたい」
成「は!? っげほ、げほ……!」
激しく咳き込む成。
朱音「だ、大丈夫? 食べてるときに話し始めてごめんね……」
成「だい、だいじょうぶ、大丈夫……」
ある程度落ち着くのを待ってから、いまだ心配そうな顔のまま朱音は続ける。
朱音「バイトは続けるし、いろんなところに一緒に行くっていうのも約束したばっかりだから、それはするつもりでいるんだけど」
朱音(こんな勝手な理由で、約束を反故にはできない)
真剣な顔をする朱音。
朱音「学校の人にもわかる接触……お昼食べるのとか、一緒に帰るのとかは、なくせたらなって。つ、付き合ってると思われたりしたら、彼氏できるチャンス逃すかもしれないし」
朱音(しまった、噛んだ。変に思われませんように……)
噛んでしまったことに焦りながらも、朱音は成の返答を待つ。
呆然としていた成が、言葉を探すように口を開け閉めする。
成「かっ、彼氏が欲しいなら! 欲しい、なら……お、俺――」
必死な顔で勢いよく言い始めるも、視線を少し落とし、冷や汗をかく成。
成「――との距離は、確かにどうにかしたほうがいいな…………」
朱音「でしょ」
乾いた笑いを漏らす成に、ほっとすると同時にちくりと胸が痛む朱音。
朱音【私から言い出したことなのに、納得されるとショックなんて勝手すぎる】
成は少し沈黙するも、焦ったように視線をさまよわせる。
成「いやでも彼氏が欲しいなら、その、ほら……みっ、身近に!」
朱音「……私の身近にいる男の子は成くんくらいだけど」
怪訝な顔をする朱音に、成はすーっと息を吸う。

成「……そう! 俺がいるだろ!」
顔を赤く染めながら叫んだ成に、朱音は目を見開く。
成「俺にしておけば変な男に捕まる心配もないし!」
朱音「成くんに『しておく』なんてやだよ」
朱音(あっ、つい反射的に……)
一気にしょげる成。
成「そっか……やか……」
朱音「で、でも心配してくれてありがとう」
成「ウン……いや……どういたしまして……」
元気のなくなった成に朱音は少しおろおろとする。
何か声をかけようと口を開きかけて、しかしそのままそれを閉じてうつむく朱音。
朱音【――そんな提案をしてくれるのは、ただ心配してくれたから、じゃなくて】
【私のことが好きだから?】
【なんて自惚れるのは、怖い。本当に、怖い】
成が気合を入れるように息を吐き、笑顔を取り繕う。
成「どういう彼氏がいいの」
朱音「え、どういう、って……」
成「紹介できる奴がいるかもしれないだろ」
朱音(……紹介)
一瞬ショックを受けるも、すぐに朱音も取り繕った笑みを浮かべる。
朱音「うーん……具体像は今のところないんだけど。一緒にいて楽しい人がいいな」
成「それだけ?」
朱音「あとは……私のことを大切にしてくれる人で、私も大切にしたいって心から思える人」
成「ふーん……。今んとこ、紹介できそうな奴はいないな」
なんでもない顔をして、コーヒーのカップを傾ける成。
成「……でも、たぶん、その。割とすぐ見つかると思うぞ」
朱音「……そうかな」
成「うん。朱音は可愛いし優しいし料理も上手いし、こーんな美味いクッキーだって焼けるし!」
クッキーを食べ、笑ってみせる成。
朱音「……ありがとう」
力なく笑い返す朱音。

〇雫石家・成の部屋(夜)
ソファに座り、ぼんやりとテレビを眺める寝巻姿の成。
朱音に言われた言葉を思い返す。
【一緒にいて楽しい人】
【私のことを大切にしてくれる人で、私も大切にしたいって心から思える人】

成「……そんなの俺じゃん!」
頭を抱える成。
成(あ~~~もう一押しできてれば……!)
ソファのクッションをぼふぼふと殴る。
やがて気が済んだように手を止め、ふう、と息を吐く成。
成【朱音は自分の気持ちに素直な子だ。やりたいことはやるし、言いたいことは言う】
【……だから、もし俺のことが好きなら、すぐにそう言ってくるはずなんだ】
成(つまり今は脈なしってこと)
成「……ぜってぇ誰も紹介したくねー……応援もしたくねぇ……」
ぱたり、力なくソファに倒れ込む成。
深々とため息をつき、体を起こして気合を入れる。
成(……がんばろ。まずは朱音の彼氏の選択肢に入るところから!)