〇学校・教室(昼休み)
冬休み明け。
一つの机に互いの弁当を広げ、向かい合わせに座る朱音と榎木(えのき)花鈴(かりん)(朱音の高校からの友人)。
(花鈴:肩につくくらいのふわふわの茶髪、垂れ目)

花鈴「朱音と雫石くんの関係性って、な~んか不思議だよねぇ」
朱音「……そう?」
怪訝そうに首を傾げる朱音。
花鈴「独特の空気感っていうか」
朱音「幼なじみだから」
花鈴「めちゃくちゃ仲良しで付き合ってるようにも見えるのに、付き合ってないし全然進展しないし……」
朱音「幼なじみだからね」
花鈴はやれやれというふうに、わざとらしく大きく首を振る。
花鈴「朱音……それは魔法の言葉じゃないんだよ」
朱音「……そんなふうに思ってないよ」
少し目を逸らす朱音。
花鈴はきょろきょろと辺りを見回し、自分たちの会話を聞いていそうな人がいないことを確認してから、声を潜めて身を乗り出す。
花鈴「それじゃあ、朱音は雫石くんのこと、どう思ってるの?」
朱音「どう、って……」
言葉が続けられず、顔を赤くする朱音。
花鈴(あんまり顔に出ない朱音が、こんなわかりやすく……!)
きゅーんとときめき、生温かい笑顔でうんうんうなずく花鈴。
朱音「だ、誰にも言わないで」
花鈴「言わないよぉ」
のほほんと答える花鈴に、赤い顔のまま硬い表情で口を開く朱音。
朱音「……どうこうなるつもりもないの」
花鈴「え~、絶対脈アリなのになぁ」
朱音「幼なじみとしては絶対好かれてるけど、それとこれとは別だから。勘違いして……違ったら、怖い」
うつむく朱音。
花鈴はうーんと首を捻り、いつ見ても朱音大好きオーラ全開の成を思い出す。
花鈴(勘違いの可能性……ないよねぇ? でも朱音がこう言うなら、余計な口出ししないで見守るか~)
花鈴「かわいいねぇ、朱音ちゃん」
朱音「……からかわないで」
花鈴「ごめん、もうこういうの言わないから~」
へらりと微笑む花鈴。

〇市街(放課後)
一緒に帰る朱音と成。

成「あ、家帰る前に買い出しもしたいんだけど。もちろんそこから時給発生させる!」
朱音「仕事ってことなら、成は先帰っててよ。買い物リスト送って」
スマホを示す朱音に、成は少し黙り込む。
成「……リストは俺の頭の中にしかないから、一緒に行く」
朱音「それを書き出してくれればいいだけなんだけどな」
成「…………」
目を逸らす成を、じいっと見上げる朱音。
朱音がふっと微笑む。
朱音「一緒に出かけたいだけなら、そう言ってくれれば一緒に行くよ」
成「へ!? い、いや、う、えっと……朱音と一緒に出かけたい」
あたふたしてから、気恥ずかしそうにぼそりと言う成。
朱音「ふふ、私も」
にっこり笑う朱音に、成は愕然とする。
成「はあ!? なら最初から何も言わずに付き合ってくれてもいいだろ!?」
朱音「ならそっちも、バイトとしてじゃなくて普通に誘えばいいのに」
成「……朱音、全然家来てくれなくなったし、他の人がいるとこじゃなんかちょっと距離あるし……」
ふてくされたような表情を浮かべる成。
成「バイトってことにしなきゃ、こういうのも付き合ってくんないかなって思ったんだよ」
朱音「私が成くんのお願い断ったこと、今までにあった?」
成「何回もあるだろ」
朱音「あれ。そうかも、ごめん」
成に小突かれ、くすくす笑う朱音。
朱音「まあ少なくとも、嬉しいお願いは断らないよ」
成「……嬉しいんだ」
朱音「嬉しいよ」
隣を歩く成の表情を覗き込み、目を細める朱音。
朱音「……成くんも嬉しそうだね?」
成「……当然だろ」
照れ隠しにむすっとした顔をする成。
あはは、と思わず大きく笑う朱音を、成がまた小突く。

〇デパート・入口付近
少し戸惑う朱音。
朱音(買い出しって言うから、スーパーとかだと思ってたけど……)
朱音「それで、何を買いたいの?」
成「……朱音、欲しいものある?」
少し気まずそうな成に、ぱちりと目を瞬く朱音。
朱音「まさかリストは頭の中にもない? 本当にただ、私と出かけたかっただけ?」
成「そうだよ」
ぶっきらぼうに言う成。
(えー……)と思いながら、にやけそうになる口元を手で隠す朱音。
朱音「……そう」
朱音は咳払いをして、にこっと完璧な笑みを成に向ける。
朱音「では参りましょうか、ご主人さま」
成「こ、こういうときだけおまえ……! つーか制服でそういうのは違う!」
朱音「こだわり細かいね」
雑貨を見たり、試着をしたり、楽しそうに見て回る2人。
朱音は値札をこっそり見て困った顔をする。
朱音(でもここの商品、普通の高校生にはハードル高いんだよなぁ)

〇デパート・トイレの近く
成のトイレを待つ間、近くの雑貨屋をふらりと覗く朱音。

朱音(あ、この値段なら買える……)
スタイリッシュなデザインのボールペンを手に取る。
朱音(持ちやすい、し……成くんが好きそうなデザイン)
難しい顔でじいっと見つめてから、ため息をついて元の位置に戻す。
朱音(……特別なお出かけってわけでもないし、わざわざ買うのも変か)
朱音は早足でトイレの入口のほうに戻り、ちょうど出てきた成と合流する。

〇市街・デパートを出たところ(18時ごろ)
夜道、雑踏の中二人で帰る朱音と成。
朱音はマフラーに口元を埋めながら、隣の成を見上げる。

朱音「結局本当に何も買わなかったけど、よかったの?」
成「一緒に出かけたかっただけって言ったろ」
朱音「……言われたけど」
さらりと言う成に、朱音は少し照れてマフラーをさらにぐいっと上げる。
成「それに、一個だけ買った」
朱音「え、いつのまに?」
驚く朱音に、成は鞄の中から小さな紙袋を取り出す。
成「高いもんだと嫌がると思って! 気にしないでいい値段帯のやつ買ったから! その、今日付き合ってくれたお礼ってことで……」
早口で言いながら、成は朱音に紙袋を押し付ける。
成「ハンドクリームなら、もらって困ることもないだろ。家事やらなんやらで、朱音結構水触るし」
朱音「……ありがとう」
まだ少しぽかんとしながらも、受け取って礼を言う朱音。
紙袋をしげしげと見つめる朱音の様子を、成は少し緊張した面持ちで窺う。
朱音「……今日のバイト代、なしで」
成「えっ!?」
朱音「ウィンドウショッピングただ楽しんだだけだし、こんなものまでもらって、それで仕事したなんて言えないでしょ」
きっぱり言う朱音に、おろおろする成。
成「で、でも、それじゃほんとに俺の買い物に付き合ってもらっただけになっちゃうし……」
朱音「私と一緒に出かけたかっただけなんでしょ? 何か問題ある?」
真顔で首を傾げる朱音。
成は小さくうなって、やがて決まりが悪そうに笑う。
成「なんも問題ないな」
朱音「でしょ」
成「うん。……ありがと」
へにゃっと微笑む成に、綺麗に微笑み返す朱音。
笑みの裏で、朱音は密かに後悔する。
朱音(……私も買えばよかった)
朱音【私は結構、やりたいことをやる人間で、言いたいことを言う人間で】
【成くんに対してだって、基本はそうなのに――どうしても臆病になってしまう】
小さくため息をつく朱音に気づかず、にこにことしている成。
成「中学までは、こうやって子どもだけでどっか行くとかだめだったしさー」(←学校に禁止されていた)
朱音「……(成くんって、そういうところ偉いんだよなぁ)」(←こっそり女友達とちょくちょく遊んでいた)
成「高校生になったら朱音といろんなとこ行きたい! って思ってたんだよな」
怪訝な顔をする朱音。
朱音「……もうすぐ高校生になって一年経つけど」
成「いざとなると誘いづらかったんだよ……」
朱音(私も成くんを遊びに誘うって発想、なかったな。遊ばなくたって一緒にいるだけで楽しいし、そもそも違うクラスなのに一緒に過ごしてる時間も結構長いし……)(←二人とも帰宅部なので毎日一緒に帰っている&週二で一緒にお昼※週三は花鈴と)
成「けど、朱音も一緒に出かけたいって思ってくれてたんなら、これからいろんなとこ誘っていいってことだよな!?」
期待のまなざしを向けられて、うっ、と心の中だけで呻く朱音。
朱音(そんなのますます成くんのこと好きになっちゃって大変なことに……)
しかし成の様子から犬の耳やぶんぶん振られるしっぽを幻視して、朱音は耐え切れずにぷっと吹き出す。
仕方なさそうに眉を下げながら笑う朱音。
朱音「うん。いろんなとこ行こ」
成「へへ、やった」
心底嬉しそうに笑う成に、朱音は一瞬見惚れてから少しうつむく。
朱音【もしかしてって思うことが、ないわけではない】
【でも、それで勇気を出した結果、この関係性が壊れたら?】
手袋をはめた手を密かに握りしめる朱音。
朱音(そんなの絶対嫌)
朱音【だけど、私が何もしなくても――成くんに好きな人ができたら。誰かと付き合ったら】
顔を上げて、ぼんやりと成を見つめる朱音。
朱音(一緒にいろんなところに行く、なんてできなくなるんだなぁ)
そう想像して足を止める。
すぐに気づいて立ち止まり、きょとんとする成。
成「朱音? ……疲れた?」
朱音「……ううん。大丈夫、ありがとう」
再び歩き出す二人。