〇雫石家・成の部屋(放課後)
一般家庭のリビングよりも広い部屋で、雫石 成が糸瀬 朱音の顔のすぐ横の壁に勢いよく手をつく。
(成:色素の薄い髪の毛と目、王子のような外見)
(朱音:胸の下ほどまである黒髪、切れ長な目。現在は低い位置で髪の毛を一つにまとめ、クラシックなメイド服を着ている)
成「何回言えばわかるんだ!」
呆れ顔をする朱音に、成ははっとしたように少し距離を取り、こほんと咳払いをしながら耳の先を赤らめる。
成「……いや壁ドンはよくなかったな、ごめん」
朱音「耳元で大声もよくないよ」
成「ええっ!? そんなデカい声は……」
朱音にじいっと見つめられ、「……ごめんなさい」としょんぼりしながら謝る成。
しかしすぐに拗ねたように朱音を軽く睨む。
成「でも、その格好してるときはご主人様って呼んでくれって言ったのに……!」
朱音「これが三回目だから正直に言うけど、そのお願い気持ち悪いよ、成くん」
成「ぐっ……じゃあ適当に流さずに、最初っからそう言えよ! そしたら俺だってしつこく言わなかったのに!!」
ぷんすこ、という擬音が似合う怒り方をする成に、朱音は「ごめんごめん」と小さくくすりと笑う。
〇(回想)朱音と成のこれまで
朱音【――成くんは雫石商事の御曹司だ】
【私、糸瀬朱音は平々凡々な一般家庭の人間だけど、成くんとは幼なじみで……もはや家族みたいな存在である】
【というのも、私のお母さんは雫石家の家政婦兼ベビーシッター。唯ちゃん(四歳上の成の姉:一人暮らし中の大学生)が生まれる前から働いていて、信頼が厚く】
【育休中、おばさま(成の母親)から「保育園に入れなかったら朱音ちゃんをうちに連れてきて仕事していいし、幼稚園に入れるとしても、降園後はうちにいていいわよ」と提案されたらしい】
【そうして私は、成くんときょうだいのようにして育ったというわけだ】
【おまけに、成くんはお金持ちの人たちが行くような学校に行くと思っていたのに、社会勉強?とやらで高校までずーっと私と同じ学校だし……】
(回想終了)
朱音(……まあ、成くんといろんな思い出を共有できるのは嬉しいんだけど)
成を見ながらさらに笑みを深める朱音。
朱音「でも私だって、雇用主権限を振りかざしでもされたら呼んだよ?」
成「俺がそんなのしないってわかって言ってんだろ……」
朱音「バレた?」
成「バレバレだよ」
悪戯っぽく目を細める朱音に、まったく、という顔をする成。
朱音【今私は、成くんに雇われてバイト中だ】
【冬休みバイトでもしようかな、とこぼしたら、それならうちで、お母さんみたいに働いたらどうかって言われて】
【とはいっても、雫石家全体の家事はお母さんの仕事。私は成くんの部屋の掃除とお茶の準備、成くんの夕飯作りだけ受け持つことになった】
【メイド服はたぶん成くんの趣味】
朱音(お母さんは着てないし……)
朱音「さ、部屋掃除するから出てって成くん」
腰に手を当てる朱音に、成はソファにどかりと座って腕を組む。
成「やだ。見学する」
朱音「やじゃない。どうせ最後には折れてくれるんだから、無駄な時間を使わせないで」
成「お、俺に甘やかされ慣れすぎてる……!」
朱音「甘やかすのも甘やかされるのもお得意な成くん、今は私が甘やかされるターンなのでさっさと動く」
成「別にそんなターン制じゃねえのに……くそー……」
しぶしぶ部屋を出ていく成。
朱音はてきぱきと掃除を終え、お茶の準備をする。
二人分の紅茶と、昨日のうちに作っておいたウィークエンド・シトロン(←バイト中に食べるものなので材料費は成持ち※株で稼いだお金)。
成はぱくりとケーキを口に運び、相好を崩す。
成「爽やかな味でいいな~、美味い!」
朱音「よかった」
ほっとして微笑む朱音を、成が窺うように見る。
成「……毎日違うお菓子作んのも大変だろ? まだこれ余ってるだろうし、明日とか明後日もこれでいいよ」
朱音「いろんなお菓子作れるの楽しいから、私としては毎日違うお菓子のほうが嬉しいんだけど……」(←お菓子作りが趣味)
成「えっ、ならそれがいい、毎日違うやつ作って!」
朱音(……ほんとに私を甘やかすの上手なんだよなぁ、成くん)
慌てて前言撤回する成に、しみじみと思う朱音。
食べ終わって片付けをし、朱音は部屋の時計に視線を向ける。17時過ぎ。
朱音(そろそろ夜ごはん作り始めたほうがいいけど……)
【バイト中、掃除と料理以外の時間は好きにしていいと言われている】
【甘やかしてもらったんだから、今度は私が甘やかす番だ】
朱音はソファに座り、別の椅子に座っている成に両手を広げて向ける。
朱音「成くん、おいで」
びくっと体を跳ねさせ、目をあちこちに動かす成。朱音は気づかないが、耳が赤くなっている。
成は目をつぶってため息を吐いてから、朱音をジト目で見つめる。
成「……それ、いつか俺が朱音に言いたかったセリフ」
朱音「『おいで』が? いいよ、じゃあ今言って。やりたいことは変わらないし」
成「いやそう言われて言うのはちょっとちげぇんだけど……つーかやりたいことって何……」
うぅ、と小さく呻き、それでもおそるおそる両手を広げる成。
成「朱音……お、おいで」
朱音(……かわいい人だよなぁ)
黙ったままじいっとその様を見つめる朱音に、成はやがてぷるぷると震え始める。
成「おい! 言わせておいてなんで無反応なんだよ!」
朱音「ああ、ごめん」
朱音は立ち上がり、座ったままの成をぎゅっと抱きしめる。
成「…………な、な、なに、なに!?」
朱音「ハグしてる」
成「なんで!?」
目をぐるぐるさせる成を放さないまま、淡々と説明する朱音。
朱音「私の好きなことするタイム」
成「ああ、その謎タイム……」
(これまでの好きなことするタイム:ひたすら成を見続ける、成に下手な子守歌を歌ってもらう、成とソファに一緒に座ってテレビを見る……etc.)
朱音「好きなことしていいって言ったのは成くんだよ」
成「はい俺です……」
諦めて受け入れる成に、目をつぶって抱きしめ続ける朱音。
朱音(付き合いが長いから、こんなことしてもあんまり緊張しなくてよかっ――)
どきどきと心臓が走る音が聞こえた気がして、朱音は目を瞬く。
朱音(……私、どきどきしてる? これくらいの接触で?)
(それはちょっと……恥ずかしい、かも)
実際は成の鼓動の音だが、気づかずに頬を少し赤らめる朱音。
それでもじゅうぶん満喫してから、「そろそろごはん作るね」と離れる。
少し残念そうな顔をする成。
成「……冬休みってみじけぇよな。朱音のバイトもそろそろ終わりかぁ」
朱音(なんか……寂しそう?)
朱音「成くんさえいいなら、学校始まってもバイト続けるよ」
成「え!? いいの!?」
はしゃぐ成。
成「じゃあ、朱音の好きなときに来て」
朱音「そんなこと言われたら毎日来ちゃうけど」
成「えっ」
朱音「あー、でも……それ全部に時給発生するのは、なんか嫌だな。だからって、ただ遊びにくるのも……」(←中学生あたりから『男女』を意識して、家に行くのを遠慮していた)
口元に手を当てて考え込む朱音に、成は意を決したように口を開く。
成「理由なんてなくても来ていいよ! っていうか、来てほしい……!」
その勢いと真剣さに、朱音は目を丸くする。
そこできゃんっ、と犬の鳴き声が聞こえてくる。
二人してびっくりしながらドアのほうを見る。
少し気まずそうにしながら成がドアを開けにいくと、ポメラニアン(雫石家のペット:バニラ)がしっぽを振りながら突入してくる。
成「ほ、ほら! 朱音も家族の一員みたいなもんだし! バニラだってそう言ってる」
バニラを抱き上げる成に、硬い笑みを浮かべる朱音。
朱音「……ありがとう。私も、成くんのこと家族みたいに思ってるよ」
朱音(嘘じゃない。本心だ)
朱音「まあなんにしても、自分で言い出しといてって感じだけど、毎日はきついね。お互い用事がないときに、無理のない範囲で、だね。一週間ごとに、ゆるく決めていっていい?」
成「うん」
〇雫石家・キッチン
腕まくりをする朱音。
朱音【幼馴染として――家族みたいな存在として好かれている自信はある】
【私だってそういう意味で『も』大好きだ】
手際よく野菜を切ったり味見をしたりしながら、朱音は夕飯を作っていく。
【だけど、違う意味でも好きになってくれたら嬉しいなって思うのは……】
〇雫石家・成の部屋
にっこにこで「美味い!」と料理を食べる成を見て、愛しそうに微笑む朱音。
朱音(まあ、贅沢だよなぁ)
一般家庭のリビングよりも広い部屋で、雫石 成が糸瀬 朱音の顔のすぐ横の壁に勢いよく手をつく。
(成:色素の薄い髪の毛と目、王子のような外見)
(朱音:胸の下ほどまである黒髪、切れ長な目。現在は低い位置で髪の毛を一つにまとめ、クラシックなメイド服を着ている)
成「何回言えばわかるんだ!」
呆れ顔をする朱音に、成ははっとしたように少し距離を取り、こほんと咳払いをしながら耳の先を赤らめる。
成「……いや壁ドンはよくなかったな、ごめん」
朱音「耳元で大声もよくないよ」
成「ええっ!? そんなデカい声は……」
朱音にじいっと見つめられ、「……ごめんなさい」としょんぼりしながら謝る成。
しかしすぐに拗ねたように朱音を軽く睨む。
成「でも、その格好してるときはご主人様って呼んでくれって言ったのに……!」
朱音「これが三回目だから正直に言うけど、そのお願い気持ち悪いよ、成くん」
成「ぐっ……じゃあ適当に流さずに、最初っからそう言えよ! そしたら俺だってしつこく言わなかったのに!!」
ぷんすこ、という擬音が似合う怒り方をする成に、朱音は「ごめんごめん」と小さくくすりと笑う。
〇(回想)朱音と成のこれまで
朱音【――成くんは雫石商事の御曹司だ】
【私、糸瀬朱音は平々凡々な一般家庭の人間だけど、成くんとは幼なじみで……もはや家族みたいな存在である】
【というのも、私のお母さんは雫石家の家政婦兼ベビーシッター。唯ちゃん(四歳上の成の姉:一人暮らし中の大学生)が生まれる前から働いていて、信頼が厚く】
【育休中、おばさま(成の母親)から「保育園に入れなかったら朱音ちゃんをうちに連れてきて仕事していいし、幼稚園に入れるとしても、降園後はうちにいていいわよ」と提案されたらしい】
【そうして私は、成くんときょうだいのようにして育ったというわけだ】
【おまけに、成くんはお金持ちの人たちが行くような学校に行くと思っていたのに、社会勉強?とやらで高校までずーっと私と同じ学校だし……】
(回想終了)
朱音(……まあ、成くんといろんな思い出を共有できるのは嬉しいんだけど)
成を見ながらさらに笑みを深める朱音。
朱音「でも私だって、雇用主権限を振りかざしでもされたら呼んだよ?」
成「俺がそんなのしないってわかって言ってんだろ……」
朱音「バレた?」
成「バレバレだよ」
悪戯っぽく目を細める朱音に、まったく、という顔をする成。
朱音【今私は、成くんに雇われてバイト中だ】
【冬休みバイトでもしようかな、とこぼしたら、それならうちで、お母さんみたいに働いたらどうかって言われて】
【とはいっても、雫石家全体の家事はお母さんの仕事。私は成くんの部屋の掃除とお茶の準備、成くんの夕飯作りだけ受け持つことになった】
【メイド服はたぶん成くんの趣味】
朱音(お母さんは着てないし……)
朱音「さ、部屋掃除するから出てって成くん」
腰に手を当てる朱音に、成はソファにどかりと座って腕を組む。
成「やだ。見学する」
朱音「やじゃない。どうせ最後には折れてくれるんだから、無駄な時間を使わせないで」
成「お、俺に甘やかされ慣れすぎてる……!」
朱音「甘やかすのも甘やかされるのもお得意な成くん、今は私が甘やかされるターンなのでさっさと動く」
成「別にそんなターン制じゃねえのに……くそー……」
しぶしぶ部屋を出ていく成。
朱音はてきぱきと掃除を終え、お茶の準備をする。
二人分の紅茶と、昨日のうちに作っておいたウィークエンド・シトロン(←バイト中に食べるものなので材料費は成持ち※株で稼いだお金)。
成はぱくりとケーキを口に運び、相好を崩す。
成「爽やかな味でいいな~、美味い!」
朱音「よかった」
ほっとして微笑む朱音を、成が窺うように見る。
成「……毎日違うお菓子作んのも大変だろ? まだこれ余ってるだろうし、明日とか明後日もこれでいいよ」
朱音「いろんなお菓子作れるの楽しいから、私としては毎日違うお菓子のほうが嬉しいんだけど……」(←お菓子作りが趣味)
成「えっ、ならそれがいい、毎日違うやつ作って!」
朱音(……ほんとに私を甘やかすの上手なんだよなぁ、成くん)
慌てて前言撤回する成に、しみじみと思う朱音。
食べ終わって片付けをし、朱音は部屋の時計に視線を向ける。17時過ぎ。
朱音(そろそろ夜ごはん作り始めたほうがいいけど……)
【バイト中、掃除と料理以外の時間は好きにしていいと言われている】
【甘やかしてもらったんだから、今度は私が甘やかす番だ】
朱音はソファに座り、別の椅子に座っている成に両手を広げて向ける。
朱音「成くん、おいで」
びくっと体を跳ねさせ、目をあちこちに動かす成。朱音は気づかないが、耳が赤くなっている。
成は目をつぶってため息を吐いてから、朱音をジト目で見つめる。
成「……それ、いつか俺が朱音に言いたかったセリフ」
朱音「『おいで』が? いいよ、じゃあ今言って。やりたいことは変わらないし」
成「いやそう言われて言うのはちょっとちげぇんだけど……つーかやりたいことって何……」
うぅ、と小さく呻き、それでもおそるおそる両手を広げる成。
成「朱音……お、おいで」
朱音(……かわいい人だよなぁ)
黙ったままじいっとその様を見つめる朱音に、成はやがてぷるぷると震え始める。
成「おい! 言わせておいてなんで無反応なんだよ!」
朱音「ああ、ごめん」
朱音は立ち上がり、座ったままの成をぎゅっと抱きしめる。
成「…………な、な、なに、なに!?」
朱音「ハグしてる」
成「なんで!?」
目をぐるぐるさせる成を放さないまま、淡々と説明する朱音。
朱音「私の好きなことするタイム」
成「ああ、その謎タイム……」
(これまでの好きなことするタイム:ひたすら成を見続ける、成に下手な子守歌を歌ってもらう、成とソファに一緒に座ってテレビを見る……etc.)
朱音「好きなことしていいって言ったのは成くんだよ」
成「はい俺です……」
諦めて受け入れる成に、目をつぶって抱きしめ続ける朱音。
朱音(付き合いが長いから、こんなことしてもあんまり緊張しなくてよかっ――)
どきどきと心臓が走る音が聞こえた気がして、朱音は目を瞬く。
朱音(……私、どきどきしてる? これくらいの接触で?)
(それはちょっと……恥ずかしい、かも)
実際は成の鼓動の音だが、気づかずに頬を少し赤らめる朱音。
それでもじゅうぶん満喫してから、「そろそろごはん作るね」と離れる。
少し残念そうな顔をする成。
成「……冬休みってみじけぇよな。朱音のバイトもそろそろ終わりかぁ」
朱音(なんか……寂しそう?)
朱音「成くんさえいいなら、学校始まってもバイト続けるよ」
成「え!? いいの!?」
はしゃぐ成。
成「じゃあ、朱音の好きなときに来て」
朱音「そんなこと言われたら毎日来ちゃうけど」
成「えっ」
朱音「あー、でも……それ全部に時給発生するのは、なんか嫌だな。だからって、ただ遊びにくるのも……」(←中学生あたりから『男女』を意識して、家に行くのを遠慮していた)
口元に手を当てて考え込む朱音に、成は意を決したように口を開く。
成「理由なんてなくても来ていいよ! っていうか、来てほしい……!」
その勢いと真剣さに、朱音は目を丸くする。
そこできゃんっ、と犬の鳴き声が聞こえてくる。
二人してびっくりしながらドアのほうを見る。
少し気まずそうにしながら成がドアを開けにいくと、ポメラニアン(雫石家のペット:バニラ)がしっぽを振りながら突入してくる。
成「ほ、ほら! 朱音も家族の一員みたいなもんだし! バニラだってそう言ってる」
バニラを抱き上げる成に、硬い笑みを浮かべる朱音。
朱音「……ありがとう。私も、成くんのこと家族みたいに思ってるよ」
朱音(嘘じゃない。本心だ)
朱音「まあなんにしても、自分で言い出しといてって感じだけど、毎日はきついね。お互い用事がないときに、無理のない範囲で、だね。一週間ごとに、ゆるく決めていっていい?」
成「うん」
〇雫石家・キッチン
腕まくりをする朱音。
朱音【幼馴染として――家族みたいな存在として好かれている自信はある】
【私だってそういう意味で『も』大好きだ】
手際よく野菜を切ったり味見をしたりしながら、朱音は夕飯を作っていく。
【だけど、違う意味でも好きになってくれたら嬉しいなって思うのは……】
〇雫石家・成の部屋
にっこにこで「美味い!」と料理を食べる成を見て、愛しそうに微笑む朱音。
朱音(まあ、贅沢だよなぁ)
