初恋相手が優しいまんまで、私を迎えに来てくれました。

○野茂家・居間
   訪問着に着替えている英恵。
   座布団の上に座っている。
   小さな鞄に荷物を入れていく。
   襖の所に立つ野茂と純黎。
   2人も余所行きの格好をしている。
野茂「こんな格好で行っていいのかな」
純黎「問題ないと思うわよ。私も、学校に行くのは苺佳の入学式以来だから、変に緊張しちゃって」
野茂「そうだな。それだけ学校行事を見に行かなかった、ということだな」
純黎「そうね」
   机に手を突きながら立ち上がる英恵。
英恵「親が2人とも緊張してどうするの。苺佳の晴れ舞台よ。私たちは静かに見届けるだけよ。緊張していては、身体が持ちません」
   そわそわしている英恵。
野茂「母様が一番緊張しているじゃないですか」
英恵「うるさいわね。日高、早く車回してちょうだい」
野茂「はい」

○竹若高校・外観
   来訪者で賑わいを見せている。
生徒A「ただいま3年2組のブースにて、焼そばを販売しています。お昼にいかがでしょうかー?」
生徒数人「いかがでしょうかー?」
   子供の手を引いている母親。
子供「ねえママ、お姉ちゃんってどこにいるの?」
   40代に見える髭面の男の横を通り過ぎる。
女性「南館の2階だって。お姉ちゃんに会いに行こうか」
子供「うん! 行く!」
   男は帽子を目深に被り、薄汚れた服を着ている。
男「(顎を触りながら)ここか」

○同・廊下
   歩いてくる黒川。
   すれ違う人の波。
   その横。空き教室に続く列ができている。

○同・空き教室
   料理を運ぶ女装した男子生徒。
   真玲は上級生の男子に、愛想を振り撒く。
真玲「そんなことないですよ。全然イケメンじゃないですっ」
   デレデレしている男子たち。
雄馬M「アイツキモ過ぎんだろ。何男に媚び売ってんだ。バカか」
   腰を低くし、来訪者目線で話す苺佳。
苺佳「お会計ですね。こちらへお願いします」
   苺佳は視線をちらっと雄馬に向ける。
   瞬間、来訪者に視線を写す。
   料理を運んできた小鳥。
   廊下から顔を覗かせる黒川。
黒川「盛況やな」
小鳥「はい。そう言えば、もうすぐ材料が無くなりそうなんで、買い物行きたいんですけど」
黒川「ほんなら職員室きてや。お金は渡すから」
小鳥「分かりました」
   小鳥に気付く雄馬。
   手招きで呼ぶ。
雄馬「そっちはどんな感じ?」
小鳥「今注文入っている分は、これで全部。でも、これから買い出しに行くから、その分、少し待ってもらうかも」
雄馬「了解。伝えとく」
小鳥「よろしく。じゃあ」
   小鳥から受け取った料理を机に置く雄馬。
雄馬「お待たせしました。こちらが――」

○同・廊下
   台を押しながら出てくる小鳥。
   開いた窓から料理を眺める黒川。
黒川「美味そうやな」
小鳥「あとで先生も来てください。他の先生たちも誘っているので」
黒川「せやな。お昼ついでに寄らせてもらうわ」
小鳥「はい。待ってます」

○同・空き教室
   入って来る数人の足音。
柊「次のお客様が来店です」
生徒たち「いらっしゃいませ」
   振り返る苺佳。
   来客を見て、目を丸くする。
英恵「あちら席、座ってもいいかしら」
苺佳「どうぞ」
   対応を終え、振り返る雄馬。
   英恵たちを見て、笑みを浮かべる。
   野茂、純黎の耳元で囁く。
野茂「苺佳って、案外男装すると似合うんだな」
純黎「そういうことは、直接言ってあげなさい」
   純黎は野茂に笑いかける。
   4人掛けのテーブル席に座る英恵たち3人。

苺佳「来ていただいて、ありがとうございます」
   3人に頭を下げる苺佳。
英恵「ええ、まあ、このあとが本題ですけどね」
   注文票を手に取りながら言う英恵。
苺佳「すみません、お見苦しい格好で」
英恵「そこまで酷い格好ではないわ。もっと自信を持ちなさい」
   苺佳とは視線を合わせずに言う英恵。
   苺佳は一礼する。
苺佳「ありがとうございます」
   やり取りを笑顔で見ている雄馬。
   英恵から注文票を受け取る野茂。
   苺佳に向かって、挙手をする。
野茂「苺佳、注文していいかい?」
苺佳「はい。ご注文、お伺いします」
    ×    ×    ×
   (時間経過)
   英恵たちが座るテーブル席。
   空の皿が並ぶ。
   微笑み合っている純黎と野茂。
   英恵は紅茶を嗜みながら飲む。
   3人に近づき、立ち止まる雄馬。
   そのまま軽く礼をする。
雄馬「どうも、ご無沙汰しています」
純黎「あら」
野茂「おお、美人だ」
   ニヤニヤとする純黎と野茂。
   英恵は首を傾げる。
英恵「はて……、どちら様かしら」
純黎と野茂「……」
   純黎と野茂は顔を見合わせる。
雄馬M「メイクすると、意外と分からないもんなんだな」
   出て行く来訪者に頭を下げる苺佳。
   すっと頭を上げ、雄馬の方を見る。
苺佳M「メイクってすごいな。私には無縁だけれど」
純黎「雄馬君ですよ、お義母様」
   英恵は目を丸くさせる。
英恵「あれま。雄馬君かい。ほほほ、美人さんだこと」
雄馬「お言葉、ありがたく頂戴します」
   フッと優しく英恵に微笑む雄馬。
   純黎は雄馬のことを見る。
純黎「このあとは、苺佳と?」
雄馬「はい。バンドでの演奏が終わり次第、一緒に回るつもりです」
野茂「そうか。苺佳と楽しんでくれ、雄馬君」
   雄馬の腕をポンと叩く野茂。
雄馬「ありがとうございます」
   3人に向かって一礼する雄馬。
英恵「そろそろお暇しますよ」
野茂と純黎「はい」
   立ち上がる野茂と純黎。
英恵「お会計、よろしく頼むわ」
   伝票を雄馬に手渡す英恵。
   その後、ゆっくりと立ち上がる。
   雄馬はレジのある方向を掌で指し示す。
雄馬「はい。あちらへ、お願いします」

○タイトル
   「1時間後」

○竹若高校・空き教室
   レジ付近に集まっている苺佳たち。
   苺佳の隣に雄馬と皐月が立っている。
   来訪者は誰もいない状態。
伊達「みんな、お疲れ様。ここからはメンバーチェンジするから」
薮内「了解」
伊達「午前中やってみて、何か改善するところはあった?」
   全員に視線を向ける伊達。
薮内「いや、俺はないな」
皐月「それは、裏方のほうでも言える」
伊達「そうか。分かった、じゃあ、俺らはリーダーを決めておこう」
羽七「はーい」
   溜め息を吐く真玲。
   笑顔の慧聖を睨みつける。
伊達「それじゃあ、午前組は自由行動で、放送があればここに集合ということで」
薮内たち「了解」

○同・廊下
   並んでいる来訪者たち。
   その中に、男の姿。
   顎や髭を触る男。
   次に手指の関節を鳴らす。

○同・空き教室
   続々と出て行く午前組の生徒たち。
   皐月は慧聖と楽しく会話している。
苺佳「雄馬、一旦着替える?」
雄馬「この格好で歩くのは勇希いるからな」
苺佳「そうだね。私も着替えないと」
雄馬「先にお昼食べたらどう? バンドの衣装汚れたら大変だろ?」
苺佳「うん、そうする」
雄馬「じゃあ、行こっか」
   手を差し出す雄馬。
   その手を握り返す苺佳。
   ラブラブなオーラを放つ。
   男装した真玲。
   妬ましそうに2人のことを見ている。
真玲M「なんなのよ。雄君にぴったりなのは、この私なのに」

○同・廊下
   列の中央に立つ小鳥。
小鳥「皆さん、少しよろしいでしょうか」
   手を大きく振り、視線を集める小鳥。
   来訪者たちは小鳥に視線を向ける。
小鳥「お待ちいただいている皆さん、申し訳ありませんが、メンバー変更に伴い、3分間だけお待ちいただけますでしょうか」
   頷く来訪者たち。
来訪者A「3分なら待てるね」
来訪者B「そうだな」
   ホッと息を吐く小鳥。
   列に並ぶ男。
   小鳥に視線を向け、手を挙げる。
男「あの、俺このあと用事があるんで、通してもらえないっすかね」
小鳥「すみません、個人様のご要望にはお応えできないことになっていまして」
   小鳥に鋭い視線を向ける男。
男「おるんやろ」
小鳥「は、はい?」
男「出してくれや」
小鳥「えっと、どなたを……」
   焦り、困惑する小鳥。
   男は小鳥に詰め寄る。
   ざわつき始める来訪者たち。
   身構える小鳥。
男「加藤雄馬や。ここにおるんやろ。さっさと出せ」
小鳥「しょ、少々お待ちください」

○同・空き教室
   教室を出て行こうとする苺佳と雄馬。
   そのドアから教室に入ろうとする小鳥。
   緊張と恐怖から荒い息遣いをする。
苺佳「小川さん、どうしたの?」
小鳥「加藤君、少しいい?」
雄馬「ん?」
小鳥「あのね、40代ぐらいの男の人が、加藤君を出してくれって言ってるんだけど」
雄馬「え、お、俺?」
小鳥「背が高くて、髭面で、黒川先生みたいに関西弁使ってるみたいなんだけど、知り合い?」
   ハッと息を呑む雄馬。
   苺佳の表情が曇る。
   雄馬は前のめりで小鳥に尋ねる。
雄馬「その人、どこにいる?」
小鳥「並んでる人の中にいるよ」
雄馬「分かった。ありがと」
   小さく頷く小鳥。
   そのまま教室を出て行く。
雄馬「ごめん、苺佳。先に着替えて、教室で待っといて」
   嫌悪の表情を浮かべる雄馬。
   心配そうな苺佳。
苺佳「もしかして……、おじさん?」
雄馬「ああ、多分な。まだ分からんけど」
苺佳「会って大丈夫なの? 雄馬、逃げてきたって言っていたよね? 暴力振るわれない?」
   苺佳の両肩に手を乗せる雄馬。
   大きく頷く。
雄馬「大丈夫」
苺佳「でも……」
雄馬「ちゃんと迎えに行くから、な?」
   唇を震わせる苺佳。
   小さく頷く。
   そして雄馬の目を見る。
苺佳「分かった。待っているね」
   教室を出て行く苺佳。
   雄馬は覚悟を決める。

○同・廊下
   周囲を見渡しながら歩く雄馬。
   行き交う来訪者、生徒の波。
雄馬「親父、俺だ。親父」
   雄馬の背後、肩に手を乗せる男。
   薄汚れた服。髭面。高身長。
   加藤は雄馬を見下すような目を向ける。
加藤「フッ、醜い格好しとんなあ。まあええ、人目につかんところ連れてけ」
雄馬「分かった」

○同・階段下
   物置状態の空間。
   向き合って立つ加藤と雄馬。
   雄馬はカチューシャを外し、手に持ち直す。
   視線はつま先を向いている。
雄馬「何か用事があって来たんだろ。親父がいきなり学校に押しかけて来るなんて、一度もなかったからな」
   視線を上げ、加藤を睨む雄馬。
加藤「言わなくても分かるだろ」
雄馬「親父のことだ。どうせ帰ってこいとかって言いてえんだろ」
加藤「フンッ」
雄馬「でも俺は、何言われようが帰らねえよ。俺の将来は、もう決まってるからな」
加藤「何言ってんだ、テメエ。将来が決まってるだと!? ふざけるな!!」
   雄馬の頬にビンタする加藤。
   雄馬の右頬に付く手形。
雄馬「痛ぇっーな、何すんだ」
加藤「テメエに自由な将来なんてもんはねえ。全部、俺のいいなりだ、ボケ」
   加藤は雄馬の髪を掴む。
   顔を顰める雄馬。
   だが、雄馬はその手を力づくで離す。
雄馬「なんで、全部親父に敷かれたレールの上を歩かなきゃなんねえんだ。親父は、俺がどこで道を踏み外したか分かるか? あー、分かんねえか。俺はな、そうやって何もかも親父に従い続けたから狂ったんだ」
加藤「ああ?」
雄馬「俺は今まで、散々されてきた。親父に暴力振るわれるし、それが嫌で母さんは逃げた。再婚しても、すぐ逃げられた。それだけじゃねえ。再婚した相手からは相手にすらされなかった。もう嫌なんだよ、親父と、その再婚相手と一緒に過ごすのが」
加藤「テメエ、自分が何言ってるか分かってんのか、あ?」
雄馬「分かってるよ。俺は俺。親父の所有物でも占有物でもねええ!」
加藤「コノヤロー!」
   雄馬の口元を殴る加藤。
   後ろに姿勢を崩す雄馬。
   雄馬、生唾を吐く。
雄馬「チッ。クソが」
   加藤は雄馬を睨みつける。
雄馬「俺は、もう親父には従わないと決めた。自分で決めた道を進む。だからもう邪魔するな」
   唇からの流血を手で拭う雄馬。
雄馬「せいぜい今の妻と子供と楽しく暮らすんだな。じゃあな」
   走って離れる雄馬。
加藤「分からん奴め」

○同・廊下
   行き交う人の間をすり抜ける雄馬。
   口元を押さえている。
   雄馬のことを見る生徒たち。
   密かに話す声が聞こえる。

○同・2年2組教室
   窓に背を預ける苺佳。
   クラスTシャツになっている。
   机の上。雄馬の上着に目を遣る。
   教室に入って来る皐月。
   苺佳と同じ格好。
   手をハンカチで拭いている。
   皐月は壁掛けの時計を見る。
   時計の針。12時20分をさす。
皐月「苺佳、そろそろお昼食べないと間に合わないよ」
苺佳「うん。でも、もう少しだけ待つ。迎えに来るって言っていたから」
   軽く息を吐く皐月。
   苺佳は軽く微笑みかける。
苺佳「私のことは気にせず、先に天ちゃんとお昼食べて。2人とも空腹に弱いから、その状態で演奏できないでしょう?」
皐月「分かってる。でも、そういう苺佳だって、空腹で来るのは禁止だからね。何かしらは食べて。じゃないと歌えないでしょ?」
苺佳「よく分かっているね。大丈夫、何かしらは食べるから。ふふ」
皐月「なら良いけど。45分には音楽室集合だからね。遅れないでよ」
苺佳「うん。じゃあ、またあとで」
   首を小さく傾け、微笑む苺佳。
   手を振り、教室を出て行く皐月。
   廊下で待っている関本。
   手を振り、2人は歩いて去っていく。
   頬杖を突き、窓の外を眺める苺佳。
苺佳「いつまで待たせるの」
   溜め息を吐く苺佳。
   駆けてくる足音。
   苺佳の顔が晴れる。
雄馬「ヒーローってのは、遅れて登場するほうがカッケーだろ?」
苺佳「雄馬!」
   苺佳は雄馬に抱き着く。
雄馬「おおっ」
苺佳「待ちくたびれた! 何していたの? どれだけ心配したと思う?」
雄馬「悪かった。ちょっと手間取ってさ」
   苺佳の頭を撫でる雄馬。
   雄馬から離れる苺佳。
   そのまま見上げる。
苺佳「……!」
   苺佳、驚きと恐れの表情。
苺佳「それ、どうしたの」
   雄馬の顔。口元。一部が赤紫色に変色している。
雄馬「ああ、まあちょっと、な」
   頭を掻く雄馬。
   苦笑いを浮かべる。
雄馬「まあ早くお昼食べに行こうや。もうお腹ペコペコやねん」
   廊下を指す雄馬。
   その腕を掴む苺佳。
苺佳「もしかして、殴られたの?」
雄馬「ん? ちゃうちゃう。スカート慣れてへんから、階段でコケてん。そのとき口打ってさ。俺ってドジ。ハハハ」
   苦笑いを続ける雄馬。
   苺佳の目は笑っていない。
苺佳「雄馬、嘘言っているよね」
雄馬「ホンマのことやで」
苺佳「やっぱり、雄馬を呼んだのっておじさんだよね。私、見たの。おじさんが手首を痛がりながら歩くところを」
   雄馬の表情が曇る。
雄馬「え」
苺佳「お願い、本当のことを言って」
雄馬「うっ……」
   真剣な眼差しを雄馬に向ける苺佳。
   雄馬は頭を下げる。
雄馬「ごめん。嘘言った」
苺佳「どうして嘘ついたの?」
   雄馬の視線が揺れ動く。
雄馬「苺佳に心配かけさせたくないっていうかさ……」
苺佳「雄馬が可哀想だよ、それじゃあ」
雄馬「え」
苺佳「嘘を言ったら、心が泣いちゃうよ」
    ×    ×    ×
   (フラッシュ)
   ランドセルを背負う雄馬と苺佳。
   涙を流している苺佳。
   雄馬は苺佳の目を見ながら話す。
雄馬「嘘を言ったら、心が泣いちゃうよ」
   (フラッシュ終わり)
   目を細める苺佳。
   ハッと息を呑む雄馬。
苺佳「私、この言葉を大事にしているからこそ、嘘を言わないようにしているの。だからね、雄馬。私のためだと思っても、嘘をつくことはやめて。これ以上、雄馬の心が泣くところ、私、見たくない」
   雄馬は頬をゆるめる。
   そして頷く。
雄馬「苺佳の言う通りだな。言った本人が実行しないなんて、カッコ悪いやんな」
   ニカッと笑う雄馬。
   苺佳の頭を撫でる。
雄馬「苺佳、ごめんな」
苺佳「もう謝らなくていいよ。ねえ、早くお昼食べに行こうよ。私、45分には音楽室に集合だから」
   壁掛けの時計を指す苺佳。
   雄馬、時計に視線を向ける。
雄馬「45分……って、あと10分しかないやん!」
苺佳「だから、ちょっとだけ走らない?」
雄馬「でも、結構人いるけど、離れたりせーへん?」
   苺佳は雄馬の左手を握る。
苺佳「手を繋いだら、離れないでしょ?」
雄馬「ハハッ、せやな。ほんなら、離れんようにぎっちり繋いだる」
   しっかり恋人繋をする2人。
   満面の笑みの苺佳。
   そのまま2人は駆け出す。

○同・中庭
   人で溢れかえっている。
   4張りのテント。
   1年1組フランクフルト、と書かれている看板。
   1年2組駄菓子屋、と書かれている看板。
   3年3組おにぎり、と書かれている看板。
   それぞれのテント前に列ができている。
   辺りを見渡しながら歩く苺佳と雄馬。
   雄馬は口元を隠すように手で覆っている。
苺佳「雄馬は何食べる?」
雄馬「俺は何でも。ただ、駄菓子は現状ないな」
苺佳「そうだね。列が短いのは……」
雄馬「おにぎり、だな」
   雄馬が指す先。
   3人しか並んでいない列。
苺佳「じゃあ、おにぎりにしよう」
雄馬「分かった。俺買ってくるからさ、飲食スペースにおって」
苺佳「うん。飲食スペースにいるね」
   飲食スペースの一角。
   腰かけている皐月の姿。
   苺佳は座る席を探しながら歩く。
   皐月は苺佳に気付き、手を振る。
皐月「苺佳~!」
苺佳「あっ、皐月!」
   皐月の所へ駆ける苺佳。
   苺佳用のスペースを空ける皐月。
皐月「今からお昼?」
苺佳「そうだよ。皐月は?」
   座るようにサインする皐月。
   苺佳は素直に腰を下ろす。
皐月「食べてきたよ。男装女装喫茶で」
苺佳「いいね。それで、ここにいるのは何で?」
皐月「天龍がまだ食べれるからって、フランクフルトの列に並べさせられてさ。ホント呆れる」
   呆れ顔の皐月。
   苺佳も苦笑いを浮かべる。
苺佳「天ちゃんって結構量食べるからね。
あれ、それで、その天ちゃんは?」
皐月「駄菓子のとこ並んでる。仲のいい後輩のクラスの出し物だからって」
苺佳「そっか」
   苺佳が視線を向ける先。
   それは、駄菓子屋の看板が吊るされているテント。
皐月「苺佳は雄馬君と一緒だよね?」
苺佳「うん。雄馬が、私を待たしたからって、並んでくれているの」
皐月「なるほどね。それで、苺佳は何選んだ?」
苺佳「時間あんまりないから、おにぎり」
皐月「いいじゃん。あんまり並んでないみたいだし」
苺佳「そうそう」
   人の間を縫うように歩く雄馬。
   両手におにぎりが入るパックを持っている。
苺佳「雄馬! ここだよ!」
   腰を上げ、大きく手を振る苺佳。
   雄馬は気付き、右手を挙げる。
   苺佳は座り直す。
雄馬「何とか間に合いそうやな」
   雄馬はテーブルの上におにぎりのパックを置く。
苺佳「ありがとう」
   雄馬の口元ばかり見ている皐月。
   目が合い、逸らす皐月。
雄馬「この痣のことやろ? さっき、階段上がってるとき、スカート慣れてないから躓いて、コケてさ」
皐月「それで口元打ったの?」
雄馬「そう。慣れてない服で走ったらアカンな、ハハハ」
   皐月は苦笑いを浮かべる。
   ポケットの中を漁っている苺佳。
雄馬「いいよ。奢る」
苺佳「でも……」
雄馬「さっき苺佳を待たしたお詫びやと思って」
   雄馬の優しい眼差し。
   苺佳はフッと笑って頷く。
苺佳「じゃあ、うん。ありがとう」
雄馬「時間もないし、早く食べや」
苺佳「うん。いただきます」
   苺佳はおにぎりを頬張る。
   満面の笑み。
   雄馬も嬉しそうに微笑む。
雄馬「それ食べて、演奏楽しめよ、苺佳」
苺佳「ありがとう、雄馬」

○同・廊下
   廊下を走っている苺佳、皐月、関本の3人。
   苺佳と関本はケースを背負っている。
皐月「天龍、立ち話し過ぎ!」
関本「しょうがねえだろ! 雅がガンガン絡んできたんだから」
苺佳「逃げられなかったの?」
関本「無理だよ。雅の奴、喋り出したら止まらねえから」
   怒りを表情に滲ませる関本。
   先頭に躍り出る。

○階段
   駆け下りる3人。
   ケースが背中で跳ねる。
苺佳「そうだった。あの子、お喋り君だったね」
皐月「まあもう過ぎた時間は戻らないから、急いで準備すれば何とかなるっしょ!」
苺佳「そうだね」
関本「そうなったら、誰が一番早く体育館着けるかの競争な!」
   ダッシュで階段を駆け下りる関本。
皐月と苺佳「待ってよ!」
   後を追う皐月と苺佳。
   笑顔を浮かべている。

○同・体育館中
   ステージ上。セッティングされている楽器。
   センターにドラム、右側にベース、左側にギターとスタンドマイク。
   ステージ下。集まっている観客たち。
   後方の席に座っている野茂一家。
   雄馬は中間の席に座っている。
   その横を歩いてくる真玲。
   雄馬を見つけ、わざとらしい笑みを浮かべる。
真玲「あっ、雄君! こんなところにいたんだ」
   雄馬の左隣の空席を見ている真玲。
   スッと視線を逸らす雄馬。
雄馬M「最悪」
真玲「ここにいるってことは、もしかして演奏聴きに来たの?」
雄馬「それ以外、ここにいる理由はねえだろ」
   面倒そうに頭を掻く雄馬。
   真玲は雄馬の腕をツンツン触る。
真玲「え~、当たり方キツイ~。もうちょっと優しくしてよ~」
   雄馬は真玲のことを睨む。
雄馬「は? 無理」
真玲「え~、ケチ」
雄馬「ケチで結構。俺は純粋にDRAGON15のバンド演奏を見に来てん。マジで邪魔すんな」
   怒りを露にする雄馬。
   真玲は小首を傾げる。
   そして、パッと顔色を明るくする。
真玲「私だってそうだよ。ふふっ、あ~あ、せっかく聴きに来たのに、空いてる席なさそうだなぁ~。あっ、雄君の隣空いてるじゃん! ここしかなさそうだな~」
   厳しい眼差しを向ける雄馬。
   真玲はあざとい表情。
   溜め息を吐く雄馬。
   ゆっくりと腰を上げる。
雄馬「もういい。俺は別の空いてる席探すから、座りたいならここ座れば?」
真玲「え~、雄君の隣だから良かったのに」
雄馬「は? 我儘言うなよ」
真玲「え~。いいじゃん、一人分の席空いてるんだし、隣に座らしてよ」
   雄馬は辺りを見渡す。
雄馬M「何や、空席ねえのかよ」
雄馬「チッ。下手な真似したら許さねえからな」
真玲「はあい。うっふふ」

○同・体育館中・ステージ裏
   円形に並ぶ苺佳、皐月、関本の3人。
苺佳「ふぅー。よしっっ。皐月、天ちゃん、
今日も頑張ろうね」
皐月「当ったり前じゃん」
関本「任せとけって」
   グッドサインをする関本。
   頷き合う苺佳と皐月。
   前に右手を差し出す3人。
苺佳「それじゃあ、今日も掛け声いくよ」
皐月と関本「うん」
苺佳「DRAGON15、行くぞ~!」
3人「おぉー!」

○同・ステージ上
   暗転しているステージ。
放送「お待たせしました。DRAGON15のステージです。どうぞ、お楽しみください」
   拍手の音。
   ステージ上。出てくる苺佳たち3人。
   歓声が上がる。
   それぞれの位置に立つ3人。
   マイクに口元を近づける苺佳。
   拍手・歓声が鳴りやむ。
苺佳「みなさん、こんにちは! 私たち、スリーピースバンドとして活動している、DRAGON15です。今日は文化祭に足を運びいただき、また、皆さまの貴重なお時間をいただき、ありがとうございます」
   頭を下げる3人。
   再び拍手が鳴る。
苺佳「えー、本日は新曲を含め、5曲を披露させていただきます。ぜひ、最後までお楽しみください」
   深呼吸をする苺佳。
   皐月がドラムを叩く。
   苺佳はギターを、関本はベースを弾いていく。
   雄馬の目は輝いている。
   苺佳はマイクに口を近づけ、歌う。
   拳を突き上げたり、拍手をしたり、各々で盛り上がる観客たち。
   苺佳、皐月、関本の表情は明るい。
苺佳M「あぁ、やっぱり楽しい。この瞬間こそ、まさに私が輝ける瞬間だ」
   ステージ下。観客席。
   演奏を聞いている野茂一家。
   英恵は野茂に耳打ちをする。
   純黎は微笑み、苺佳を見続ける。

○同・空き教室
   客足が減り、誰もいない室内。
   暇そうにしている生徒たち。
伊達「まさか、ここまで来ないとは」

○同・廊下
   女装をしている男子B。
   男装をしている女子B。
   互いに中庭を眺めている。
男子B「他のとこも客足途絶えてるみたいだな」
女子B「だね~。やっぱみんな体育館に行ってる感じだよね、これ」
男子B「しゃーねーよな。DRAGON15がライブしてんだし」
女子B「あーあ、私も行きたかったな~」
男子B「俺も。何の曲やってんだろ」

○同・体育館中
   飛び跳ねたり、拳を突き上げたり、始まりより盛り上がっている観客たち。
   溌剌としている苺佳たち。
   苺佳のことを見て嬉しそうにする雄馬。
   落ち着いて鑑賞している野茂一家。
   英恵の手にはハンカチ。
   演奏が終わる。
   巻き起こる拍手。
関本「皆さん、楽しんでいただけましたか?」
   ドラム演奏で煽る皐月。
   観客たちは声援と拍手を送る。
関本「ありがとうございます! では、最後の締め、リーダー、よろしく!」
  深呼吸をする苺佳。
  観客たちは静かになる。
苺佳「次が、このライブ最後の曲です。これは、私たち3人の思いが歌詞やメロディに詰まった一曲になっています。この曲が、誰かの希望になることを願って。それではお聞きください。『Sing for you』」
   苺佳のギターソロで始まる。
   雰囲気に黄昏る観客たち。
    ×    ×    ×
   (時間経過)
   歌い終わり、拍手が鳴る。
   楽器を持ったまま一歩下がる苺佳と関本。
   皐月は椅子から腰を上げる。
   皐月、関本と目線を合わせる苺佳。
   軽く微笑み合う。
苺佳「皆さま、本日はお越しいただき、誠にありがとうございました」
   同じタイミングで頭を下げ、そして上げる3人。
   湧き上がる歓声と盛大な拍手。
   晴れ渡る表情でステージを下りる3人。
   ステージ下の客席。
   ゆっくりと腰を上げる英恵。
   英恵を支える純黎と野茂。
英恵「混み合う前に帰るわよ。日高、車回してちょうだい」
野茂「はい」

○同・体育館ステージ裏
   ハイタッチを交わす3人。
   満足そうな表情の皐月。
   目を輝かせる関本。
   安堵の表情の苺佳。
   ドアを開け、入って来る我妻。
   3人は我妻を見て、満面の笑みを浮かべる。

○同・廊下
   ぞろぞろと歩いている観客たち。
   その中に雄馬と真玲の姿。
   雄馬の至近距離を歩く真玲。
   うざがっている雄馬。
真玲「ねえ、離れないでよ」
雄馬「くっついて来とるの、あんたのほうやん」
真玲「だってぇ、離れたくないんだもん」
雄馬「鬱陶しい。近づかれると歩きにくいねんけど」
真玲「じゃあ、こうすれば、私の隣歩くの嫌じゃなくなるかもよ?」
   雄馬の右頬に真玲がキス。
   真っ赤に染まる雄馬の耳。
   雄馬の耳元に近づく真玲の口。
   そのまま囁く。
真玲「ね?」