初恋相手が優しいまんまで、私を迎えに来てくれました。

○竹若高校・2年2組教室(夕)(曇り)
   体操服姿の生徒たち。
   椅子に座り、会議する生徒数人。
   床に座り、段ボールで工作していく生徒数人。
苺佳N「喫茶店での担当が決まった翌週から、私たちは放課後の時間を使って、文化祭の準備を始めた」
   立ち話をしている苺佳と柊。
   その横から、話し掛ける皐月。
皐月「ねえ苺佳」
苺佳「何?」
皐月「演奏の練習、いつする?」
苺佳「今日は無理そうだから、明日はどう? 文化部の人たちも明日は部活って人多いから」
皐月「りょーかい。天龍にもあとで伝えとく」
苺佳「うん。お願い」
    ×    ×    ×
   椅子に座り、向かい合って話をしている小鳥と羽七。
小鳥「衣装はどうする?」
羽七「やっぱり、買いに行ったほうが早いんじゃない? イチから作れる人いないだろうし」
小鳥「でも、オリジナリティは出せないよね」
羽七「そっか」
   俯き、考えている小鳥と羽七。
   退屈そうな表情の真玲。
   一人、椅子に座っている。
   真玲の後ろ姿を、諦めの表情で見ている小鳥。
   羽七の後ろから近づく慧聖。
   恐る恐る小鳥に話かける。
慧聖「衣装のこと、私に任してもらえないかな」
小鳥と羽七「え」
   振り返る羽七。
   立ち上がる小鳥。
慧聖「イチからお洋服を作る時間はないから、装飾だけになるけど、服やアクセサリーで、より華やかに、カッコよく、変身させられると思う」
   自信なさげに立っている慧聖。
   その後ろから、苺佳が声をかける。
苺佳「あっ、そうだった。戸崎ちゃん、中学の頃は手芸部で、同級生の中でも手先の器用さは誰にも負けなかったよね」
慧聖「ちょっと大げさな気もするけど、うん。だから、よかったら私に任せて欲しい。駄目、かな?」
   顔を上げる慧聖。
   立っている皐月が手を挙げる。
小鳥「どうしたの?」
皐月「私も、慧聖ちゃんが装飾品作るべきだと思う!」
   目を輝かせる慧聖。
   慧聖に近づく皐月。
   そのまま慧聖の肩に手を乗せ、笑う。
皐月「慧聖ちゃん、料理は私らに任せて。当日は料理で頑張ってもらうけど」
慧聖「ありがとう」
   皐月は慧聖に笑いかける。
   慧聖も微笑み返す。
   苺佳も表情をゆるくする。
慧聖「全員のこと、カッコよくも可愛くもさせるので、お願いします!」
   潔く頭を下げる慧聖。
小鳥「うん! 任せちゃう。衣装は買ってくるから」
羽七「それなら、私も付いていく。一人じゃ持ちきれないでしょ?」
小鳥「ありがとう。じゃあ、早速先生に外出の許可取りに行こ」
   羽七と頷き合う小鳥。
   その輪の中に飛び込む薮内。
薮内「それなら、俺らも買い物の許可取りに行こうぜ。苺佳、買う物まとめてるんだろ?」
苺佳「うん。でも、黒川先生に見せてからじゃないと」
薮内「じゃあ早く確認取って、買い物行こうぜ。明日雨らしいし、色々面倒じゃん」
   空模様を確認する薮内。
   クスッと笑う柊。
柊「薮内君って、女子みたいなこと言うんだね」
薮内「うるせー。ほら、さっさと行こうぜ」
   唇を尖らせ、顔を真っ赤にさせる薮内。
柊「はーい。苺佳ちゃんも、行こ」
苺佳「うん」
   苺佳の後ろに歩み寄る雄馬。
   雄馬は苺佳の耳元で囁く。
雄馬(囁き)「苺佳」
   驚き、目を丸くさせる苺佳。
   雄馬の表情を見て、笑顔になる。
雄馬「行ってらっしゃい」
苺佳「行ってきます」
   手を振り、見送る雄馬。
   その様子を笑顔で見ている皐月。
   慧聖は小鳥と会話を交わす。
真玲M「何なの。アイツも、アイツも、雄君も。マジで腹立つ。いつか復讐してやるんだから」

○同・職員室(夕)
   黒川が座る席。
   その周りに立つ苺佳と柊と薮内。
   黒川の手にはメモ紙。
黒川「ん。金はこれだけあったら足りるやろ。と言うか、足りる範囲内で買うんやで、ええな?」
   苺佳にメモ紙と札を渡す黒川。
   受け取り、頷く苺佳と柊。
苺佳「はい」
柊「ありがとうございます」
黒川「薮内、リスト以外のもん、買ってくんなよ」
薮内「分かってます!」
   大声で笑い合う黒川と薮内。
黒川「あ、伝え忘れとった。領収書貰ろうてきてくれ。頼んだで」
柊「はーい」
苺佳「それじゃあ、行ってきます」
黒川「はいよ。気ぃつけて」

○ホームセンター・店内(夕)
   店の中を歩く苺佳、柊、薮内の3人。
   カゴを持っているのは柊。
   苺佳の手にはメモ紙。
   それを覗き込む薮内。
薮内「何買うんだ?」
苺佳「ガムテープと木工用ボンド、あとはペンキが数種類。色の指定はないよ」
柊「でも、店のコンセプトはクールでキュートだから、ダークな色と淡い色を目安に買えばいいんじゃないかな」
苺佳「確かに、そうだね」
薮内「俺、ガムテとボンド探してくる。ペンキは2人に任せた」
苺佳「分かった」

○竹若高校・2年2組教室(夕)
   駆けてくる足音が微かに聞こえる。
   瞬間、バンッという物音。
   振り返る生徒たち。
   ドアと柱の間に手を伸ばし、立っている薮内。
   軽く息を切らしている。
薮内「いた! 職員室行ったのに、無駄足だったぜ」
生徒たち「おかえり」
   薮内の後ろから顔を覗かせる苺佳と柊。
苺佳と柊「ただいま」
   笑顔を振りまきながら教室に入る。
黒川「ちゃんと買うてきたか?」
苺佳「はい。確認お願いします」
   苺佳は袋を黒川に手渡す。
   柊は釣銭と領収書を黒川に差し出す。
   中身を確認する黒川。
   瞬間、顔を上げ、苺佳と柊を見る。
黒川「え、ガムテープぐらい貸せるのに、わざわざ買うてきたん?」
   唖然とする苺佳と柊。
   袋の中から包装されているガムテープを取り出す黒川。
黒川「これ、必要ないからお店に返してきてや。ついでに、お金ももろうて。あと、謝罪も忘れんなよ」
苺佳と柊「すみませんでした」
   頭を下げる苺佳と柊。
   薮内は目を点にしている。
   黒川に向けて挙手する伊達。
伊達「黒川先生、少しよろしいでしょうか!」
黒川「おう。今行くで」
   苺佳と柊は立ち尽くしている。
苺佳「ガムテープって、貸してくれるって、黒川先生言っていた?」
柊「ううん。言ってなかったよ」
苺佳「そうだよね。どうしようかな……」
柊「私、職員室行って、借りてくる。今日の作業、少しだけ必要でしょ?」
苺佳「分かった。お願い」
   柊は教室を出て行く。
   男子と立ち話をしている薮内。
苺佳「ごめん、薮内君、これ、お店に返して来てくれないかな。私、ちょっとやることがあって……」
   苺佳は薮内に、購入して間もないガムテープとレシートを差し出す。
   薮内は軽く舌打ち。
苺佳「あ、ごめん。私が、お店に行ってくる――」
   苺佳の手からガムテープを奪いとる薮内。
薮内「しゃーねーな。俺が行ってきてやる」
   レシートも取り、ガムテープと一緒に握る薮内。
   左手で大きな掌で握りしめる。
苺佳「ごめんね、ありがとう」
   苺佳は申し訳なさそうに目尻を垂らす。
   薮内は軽く頷く。
木村「おい薮内、俺らの手伝いもしてもらわなきゃなんねーんだから、早く帰って来いよ」
   薮内のことを揶揄う木村。
   その挑発に乗る薮内。
薮内「うるせーよ。言われなくても、なる早で帰ってくるよ、バーカ」
   教室を飛び出していく薮内。
   ぼんやりとドアを眺める苺佳。
   後ろから雄馬が近づく。
雄馬「苺佳?」
苺佳「薮内君に悪いことしちゃったな」
雄馬「苺佳のせいじゃないだろ。だって、先生にちゃんと確認したんだろ?」
苺佳「うん……」
雄馬「それなら黒川先生が悪い。苺佳には非がない。俺はそう思う」
   苺佳の目を見る雄馬。
苺佳「ありがとう」
   頷く苺佳。
雄馬「もうひと頑張りしようぜ」
苺佳「そうだね」
   微笑み合う2人。
   妬ましい眼差しで見る真玲。
   真玲は舌打ちする。

○橋(夕)
   車道。車が走って行く。
   歩道部分を走る薮内。
   手には新品のガムテープとレシートが握られている。
薮内「俺が暇そうに立ってたからって、なんで俺が行かなきゃなんだよ。黒川も、苺佳も、柊も……。クソがっ!」

○同・2年2組教室(翌日)(夕)
   制服の上に体操服を着ていく生徒たち。
   スポーツバッグを背負う薮内。
   苺佳が恐る恐る声をかける。
苺佳「薮内君」
薮内「ん、何?」
苺佳「昨日は、ありがとう」
   頭を下げる苺佳。
   薮内は目を丸くする。
薮内「へ?」
   苺佳は頭を上げる。
苺佳「昨日、ホームセンターに行くこと強引に押し付けちゃったから。昨日のうちに謝りたかったの。でも、そのまま部活に行ったって聞いたから」
   首をゆっくり数回縦に振る薮内。
薮内「別に改めて礼言われるあれじゃないし。部活前のいい運動になったから。気にすんな」
苺佳「ありがとう」
薮内「そんなことよりも、喫茶店のこともそうだけどさ、バンドの演奏、頑張れよ。俺、何気にDRAGON15の曲とか演奏とか、気に入ってるから」
   恥ずかしそうに言う薮内。
   そこに飛び込んでくる皐月。
皐月「薮内、今、私らのことで何か言った?」
   薮内の顔を覗き込む皐月。
   視線を逸らす薮内。
   その先にはスポーツバッグを背負う木村の姿。
薮内「別に」
苺佳「皐月、聞いて。薮内君が、バンドのこと褒めてくれたよ。今度の演奏も楽しみにしているって」
木村「薮内、早く行こーぜ」
   手を挙げて応える薮内。
皐月「なーんだ。でもまあ、薮内の期待にも応えられるような演奏にはする」
苺佳「そうだね。頑張るから」
木村「おーい、薮内」
薮内「分かってる! じゃ、楽しみにしてるかんな!」
   皐月と苺佳にウインクをする薮内。
   苦笑いを浮かべる苺佳と皐月。
木村「おい、薮内、早く練習行くぞー!」
   教室を出て行く木村。
   その後を追って走る薮内。
雄馬「薮内君って、意外とノリがいいというか、情に厚いというか」
苺佳「そうだね。お調子者って感じがするけど、クラスのことを考えて行動してくれるからね」
皐月「いつもはバカなオーラ出してるけどね。スポーツもそれなりにできるし、顔もまあまあイケメンなほうだし」
苺佳「そうそう」
   爽やかな笑顔の苺佳。
   表情を引きつらせる雄馬。
雄馬「ハ、ハハハ……」
   雄馬は頭を落とす。
   皐月、苺佳の耳元で囁く。
皐月「苺佳、彼氏の前で他の男子褒めるのやめたほうがいいかも」
   首を傾げる苺佳。
   皐月は雄馬を指す。
雄馬「(独白)俺はイケメンじゃないのか。え、あのとき褒めてくれたのに? あれ、ん、俺ってやっぱイケメンじゃないのか?」
苺佳「あー、うん。そうだね」
   皐月に笑顔を向ける苺佳。
   頷き、そしてくすっと笑う。
雄馬「おい! 何笑ってんねん!」
   笑いの声量を上げる苺佳と皐月。
   雄馬も釣られて笑い始める。
苺佳N「部活もしながら、放課後に準備を進めること15日。ついに、その日がやってきた」

○野茂家・台所(朝)
   食器洗いをしている苺佳。
   その背後から近づいてくる純黎。
   テーブルの上に目を遣る。
   少量が残されている肉じゃが。
純黎「苺佳が肉じゃがを残すだなんて、珍しい。体調でも悪いの?」
   水道を止め、タオルで手を拭く苺佳。
   純黎に目を合わせる。
苺佳「いいえ。至って元気です。でも、少し緊張していて、食べたくても、胃が受け付けないと言いますか」
純黎「苺佳が緊張することも珍しいわね」
   上品に笑う純黎。
   苺佳は耳元を触る。
   そして軽く俯く。
苺佳「何と言いますか、お祖母様に見られることも緊張しますし、短髪でスーツに身を通して接客することも緊張していますから」
純黎「それじゃあ、行かないほうがいいかしら」
   悪戯に微笑む純黎。
   顔を上げ、首を左右に何度も振る苺佳。
苺佳「そ、それは困ります。折角の機会ですから、お願いします」
   勢いよく頭を下げる苺佳。
純黎「ふふふ。冗談よ、冗談」
苺佳「もう、脅かさないでくださいよ」
純黎「苺佳は昔から変わらないわね。可愛いまんま」
苺佳「照れます……」
純黎「苺佳はそのままでいいの。だからね、今日も普段と変わらない野茂苺佳を見せたらいい。下手に緊張すると失敗しちゃうわよ」
   身体をビクッとさせる苺佳。
   そして頭を落とし、どんよりとする。
   純黎は苺佳の肩に手を置く。
純黎「私たち家族は、苺佳の見方よ。どんな将来を選んでも、誰と結婚しても、反対しない。苺佳の好きにしなさい」
   苺佳は純黎の目を見る。
   純黎は優しく微笑む。
苺佳「ありがとうございます、お母様」
純黎「うん。それじゃあ、楽しみにしているからね」
苺佳「はい」

○同・玄関(朝)
   靴を履いている苺佳。
   クラスTシャツの上にアウターを羽織っている状態。
   ショートヘアになっている。
   靴箱の横には、薄いリュックとギターケースが置かれている。
   居間から出てくる英恵。
   着物を着ている。
   立ち上がり、振り返る苺佳。
苺佳「おはようございます、お祖母様」
   頭を下げる。
英恵「おはよう、苺佳」
苺佳「お祖母様、私、頑張ってきます。必ず、成功させますから、温かい格好で見ていてくださいね」
英恵「ええ。楽しみにしているわ」
苺佳「はい。行ってきます」
英恵「行ってらっしゃい」
   苺佳はリュックとギターケースを背負い、玄関から出て行く。
   笑顔で見送る英恵。

○商店(朝)
   商店の前に立つ苺佳。
   シャッターが下りている店。
   看板には鯛焼きの文字とイラスト。
   店舗傍に植わる銀杏の木が揺れる。
   苺佳、スマホの画面を見る。
   画面。7:00の表示。
    ×    ×    ×
   (時間経過)
   苺佳、スマホの画面を見る。
   画面。7:20の表示。
苺佳「早く来過ぎたな」
   手に息を吹きかける苺佳。
   駆けてくる足音。
   苺佳、顔を上げる。
   瞬間、顔色を晴らす。
雄馬「お待たせ!」
   息を切らす雄馬。
   雄馬もまた、クラスTシャツの上にアウターを羽織っている。
   苺佳は微笑む。
苺佳「待っていないよ。ついさっき来たところだから」
   髪の毛が風に靡く。
   首を竦める苺佳。
苺佳「意外と寒いね」
   そう言って微笑む苺佳。
   雄馬は苺佳の後頭部を見て驚く。
雄馬「え、苺佳、髪切っとるやん!」
苺佳「うん。ちょっと、イメチェン? してみたくて。スーツ着るのだから、雄馬みたいに格好よくなりたくて」
雄馬「この時点で、めっちゃ似合ってるから、スーツ着たらさらに似合うんやろうな。他の男子に狙われんようにせんと」
苺佳「大袈裟だよ。でも、私のこと、他の男子たちから守ってよね」
雄馬「当たり前やろ。大事な彼女を奪われてたまるか! ってな」
   意気込む雄馬。
苺佳「ありがとう」
   軽く微笑む。
   雄馬は苺佳の手を握る。
雄馬「手、冷たくなってるやん。俺が待たせたから」
苺佳「違うよ、私、元々冷え性だから」
雄馬「ほら、ポケット、手」
   苺佳の右手を掴む雄馬。
   そのままジャケットのポケットに入れる。
   ポケットの中。
   絡み合う2人の手。
苺佳「……!」
雄馬「ちょっとぐらい、繋いでもいいだろ? 誰にも見られないし」
   苺佳の頬が赤らんでいく。
   雄馬は少しの照れ笑い。
雄馬「行こうぜ」
苺佳「うん!」

○竹若高校・2年2組教室(朝)
   誰もいない教室。
   苺佳と雄馬はロッカーに荷物を入れる。
雄馬「苺佳、練習って何時から?」
苺佳「7時40分からだよ」
   壁掛けの時計を見る雄馬。
   針は7時30分をさしている。
雄馬「そっか。その間暇だな」
苺佳「今回は本番まで極秘のリストだからね。早く聞いて欲しいけど」
   悪戯に微笑む苺佳。
   雄馬、立ち上がる。
   そして、座っている苺佳の腕を掴み、立ち上がらせる。
苺佳「ん……!?」
   苺佳の腕を引っ張り、カーテンの向こうへ連れて行く雄馬。
   カーテンが閉められている窓。
   2人の影が映る。

○同・カーテンの中(朝)
   壁ドンされている苺佳。
   艶めく苺佳の唇。
   そこに雄馬の唇が近づく。
苺佳「……!」
   そのままキスを交わす。
   唇を離し、微笑みかける雄馬。
   瞬きを何度もする苺佳。
   頬が紅潮している。
雄馬「(囁き)俺なりの、応援の仕方」
   耳も赤くしている苺佳。
   近づいてくる足音。
   カーテンを開けようとする雄馬。
   その隙を狙って、苺佳は雄馬の頬にキスをする。
雄馬「え……!」
苺佳「私なりの、応援の仕方」
   照れながら笑う苺佳。
   雄馬は幸せそうに笑う。
   教室のドアが開く。
皐月「おはよー!」
   クラスTシャツを着ている皐月。
   アウターを腕に持っている状態。
   カーテンの向こうから顔を出す雄馬。ピースサインをする。
   驚く皐月。
   手に持っている鞄を床に落とす。
   後から顔を覗かせる苺佳。
   表情をとろけさせている。
   苺佳に駆け寄る皐月。
   そして苺佳を抱きしめる。
皐月「よかったね、苺佳」
苺佳「皐月も、天ちゃんにしてもらいなよ。キスと言う名の応援を。ふふっ」
   頭を掻く雄馬。
   笑顔の苺佳と皐月。
   ドアの開く音。
   欠伸をしながら現れる関本。
   苺佳たちとは別柄のクラスTシャツを着ている。
   ケースを背負ったまま歩み寄る。
苺佳「あっ、天ちゃん。おはよう」
   立ち止まり、目を丸くさせる関本。
皐月「天龍、後で私にキスして」
関本「は、え、はっ!?」
皐月「してくれなかったら、私拗ねるから」
   唇を尖らせる皐月。
   そんな皐月に近づく関本。
   その場で皐月にキスをする。
   照れる皐月。
   戸惑いと嬉しさの表情を浮かべる。
皐月「あ、も、もう時間! はっ、早く練習行こっ!」
苺佳「はーい。じゃあ雄馬、またあとで」
雄馬「おう。行ってら」
   手を振って見送る雄馬。

○同・音楽室(朝)
   壁掛け時計。
   針は8時30分をさしている。
   ケースに楽器を戻す苺佳と関本。
   皐月は手首や指の関節を鳴らす。
関本「新曲の出来も完璧だな」
苺佳「うん。皐月が間に合わせてくれたからね。本当にありがとう」
皐月「まだお礼って、苺佳早すぎ」
   笑う苺佳。
   関本はケースを閉じる。
皐月「今日は、人前で演奏して、初めて分かる感触、それを大事にしよ」
苺佳「そうだね」
関本「おう」
   関本のリュック。
   ポケットの中で振動する。
皐月「天龍、スマホ鳴ってる」
   関本、手を伸ばしてスマホを手に取る。
関本「ん、何? あー、うん、分かった」
   スマホをポケットに入れる関本。
   苺佳と皐月の前で手を合わせる。
関本「悪い、健人から手伝えって呼ばれたから、俺先出る。あとよろしく」
苺佳「はーい」
皐月「演奏は13時からだから、遅れないようにね」
関本「はいよー。んじゃ、お先」
   手を振り、走って出て行く関本。
   2人は手を振り返す。
   ポケットから鍵を取り出す苺佳。
苺佳「鍵返しに行こうか」
皐月「だね。そのまま我妻先生にも報告しに行こ」
苺佳「うん、そうしよう」

○同・廊下(朝)
   横並びで歩いている苺佳と皐月。
皐月「にしても、苺佳ってショートヘアにするとホント美麗になるよね」
苺佳「そうかな。ここまで短くするのは、実は初めてのことで、似合っているのか分からなくてね」
   苺佳の頭を撫でる皐月。
   くすぐったそうに笑う苺佳。
皐月「着物を着るってなったら違うかもしれないけどさ、今の格好とかなら、マジで似合ってる」
苺佳「そっか、それならこれからはショートヘアでいこうかな」
皐月「そうしなよ」
苺佳「そうだね」
   苺佳は上機嫌に笑う。
   皐月は撫でる手を止める。
   そしてハッと息を呑む。
皐月「この髪型ってさ、もしかしてカズトがこの前やってたやつ?」
苺佳「うん。何が似合うか分からないから、とりあえず推しの髪型にしたの」
皐月「えー、いいなー。今度はさ、ユースケの髪型やってみてよ。私の代わりに」
苺佳「似合うかな」
皐月「絶対似合うよ」
苺佳「じゃあ、やってみようかな。へへっ」

○同・2年2組教室(朝)
   ワイワイとしている教室内。
   全員が同じクラスTシャツに身を包んでいる。
   教室後方にできている輪。
   苺佳、皐月、慧聖、羽七、小鳥が立ち話をしている。
慧聖「昨日取れたって言ってた装飾、付け直したんだけど、どうかな?」
   慧聖は袋の中から衣装を取り出す。
   それを受け取る小鳥。
   隅々まで見ていく。
小鳥「直ってるどころか、進化しちゃってるじゃん!」
羽七「よく1日でできるね、すごっ」
慧聖「これぐらいなら、全然。楽しかったから」
皐月「これで衣装も完璧だね」
   苺佳は衣装を触りながら、慧聖に視線を向ける。
苺佳「戸崎ちゃん、急だったのに、付け直ししてくれてありがとう。助かったよ」
慧聖「ううん。大丈夫。これ着て頑張ってね」
苺佳「ありがとう」
妬ましく見ている真玲。
   雄馬は外を眺め、欠伸をする。
   本鈴が鳴る。
   着席する生徒たち。
   戸を開け、入って来る黒川。
   ニコニコの笑顔。
黒川「みんな、おはようさん」
生徒たち「おはようございます」
黒川「いよいよ文化祭やな。2年目やから分かっとると思うけど、保護者の皆さん以外にも、地域の人も見に来る。全力でおもてなしすること。いいな?」
生徒たち「はい」
黒川「それもそうやけど、一番は自分達が心の底から楽しむことや。みんな、頑張るんやで」
生徒たち「はい!」
黒川「ほんなら、各自着替えが済んだら、家庭科室横の空き教室に集合ってことで、一旦解散」
   腰を上げる生徒たち。
   それぞれが荷物を手に教室を出て行く。

○同・空き教室(朝)
   メイド姿になっている、雄馬を始めとする男子生徒5人。
   スーツ姿になっている、苺佳を始めとする女子生徒4人。
   皐月や慧聖はエプロンを身に付けている。
   スーツ姿の真玲は不機嫌そうな様子で佇む。
女子A「うっわー、雄馬君メッチャカッコ
いいんだけど」
女子B「ホントだ。やっぱり元が違うと、
美人になるわ」
   カチューシャとメイクに戸惑う雄馬。
薮内「おー、雄馬似合ってんじゃん」
雄馬「そうか? そういう薮内も結構可愛く仕上がってんじゃん」
薮内「だろ? あ、じゃあ勝負だ。どっちが人気か」
雄馬「おーし、望むところや!」
   ネクタイの結び方に戸惑う苺佳。
   辺りをキョロキョロ見る。
   皐月は慧聖と話している。
苺佳M「どうしようかな、誰か結べる人いないかな……」
雄馬「ネクタイは、こう結ぶんやで」
苺佳「えっ」
   膝をつき、颯爽と苺佳のネクタイを結ぶ雄馬。
   苺佳は両手を挙げている。
雄馬「別に手挙げへんでも、ハハッ」
   雄馬、苺佳の至近距離で笑う。
   苺佳の頬が次第に赤くなっていく。
雄馬「はい、完成」
   ネクタイを見て、次に苺佳を見る雄馬。
   苺佳の頬は赤らんでいる。
苺佳「あ、ありが、と……」
   グッドサインをする雄馬。
   歯を見せてにかっと笑う。
苺佳M「キスからの至近距離……。1日にあっていいことじゃないよ!」
   デレデレしている苺佳。
   皐月は慧聖と話ながら、苺佳に視線を合わせる。
羽七「せんせー、全員分のメイク終わった」
黒川「お疲れさん。(腕時計見て)おっ、ええ時間やな。みんな、おるか?」
伊達「全員集まってます」
黒川「ほな、気合入れるから、円陣組むぞ」
生徒たち「はい!」

○同・外観(朝)
   秋晴れが広がっている。
   入場ゲート。竹若高文化祭の文字。
   集まってきている大人や子供たち。

○同・空き教室(朝)
   円陣を組んでいる生徒たちと黒川。
   雄馬の右隣に苺佳、苺佳の右隣に皐月がいる。
黒川「よーし、今日1日、頑張るで~」
生徒たち「おー!」
   手を挙げる生徒たち。
   男子数人は飛び跳ねる。
   その様子を笑う女子生徒たち。
苺佳N「これから、私たちの本番が始まる」