○苺佳の部屋
机に向かい、勉強中の苺佳。
壁掛けのカレンダー。
6月20日土曜日のところに丸印と夜祭16時集合の文字。
苺佳N「たけいち夜祭。起源は江戸時代にまで遡る。当時、この町にいた竹一という侍が、寺院周辺を囲む竹林を気に入り、戦に巻き込まれそうになっても、竹林を懸命に守り続けた、という逸話からきている。打首にされた竹一の魂を弔う意味と、当時のものではないが、竹林を守り続けるという住人の意思で出来上がったお祭り。今となっては、花火大会前に地元が盛り上がるイベントの1つとなっていた」
布団の上でバイブレーションするスマホ。
腰を上げ、スマホを手に取る。
画面。皐月の文字。
苺佳「もしもし?」
皐月「あっ、もしもし苺佳?」
苺佳「そんなに焦って、どうしたの?」
皐月「それが! 天龍が!」
○着物屋野茂・店内(夕)
引き戸の前に立つ雄馬と苺佳。
店の奥から出てくる純黎。
苺佳は頭を下げる。
純黎「苺佳、頭を上げなさい。今日はいいわよ」
苺佳「分かりました」
頭を上げる苺佳。
隣に立つ雄馬は純黎に微笑みかける。
純黎「雄馬君、いらっしゃい」
雄馬「お久しぶりです、純黎さん」
純黎「覚えていてくれたの? 嬉しいわ」
雄馬「もちろんです」
純黎「ふふっ。それにしても、本当に大きくなったわね。日高さんよりも大きそう」
嬉しそうに微笑む雄馬。
苺佳は純黎に視線を向ける。
雄馬「あの、日高さんはどちらに」
純黎「今、呼んでくるわね。そこで待っていてくれるかしら」
雄馬「ありがとうございます」
頭を下げる雄馬。
苺佳も揃って頭を下げる。
微笑み、2人に背を向ける純黎。
そのまま店の奥に入っていく。
苺佳「でも、本当に良かったの? うちの浴衣で」
雄馬「ああ。久しぶりに袖を通したかっったから」
苺佳「そうだね。昔は子供用の浴衣しか着られなかったから、大人用も着てみたいとは思うよね」
雄馬「うん。それに、いずれ俺はこの店を苺佳と共に継ぐ。どんな状況なのか、少しでも把握しておいたほうがいいだろ?」
雄馬は苺佳の頭に手を乗せる。
苺佳「雄馬も、色々と考えてくれているのね。ありがとう」
雄馬「気にすんな。俺は苺佳の笑顔を見ていたいだけだから」
目を細め、頬を赤くする苺佳。
近づいてくる足音。
雄馬は手を下ろす。
苺佳は姿勢と正す。
純黎「雄馬君、お待たせ。連れてきたわよ」
暖簾をくぐり、出てくる純黎と野茂。
苺佳は軽く頭を下げる。
雄馬「日高さん、お久しぶりです。加藤雄馬です」
微笑み、頭を下げる雄馬。
野茂は口角をゆるませる。
野茂「久しぶりだね。さあ上がって、上がって」
雄馬「お邪魔します」
靴を脱ぎ、揃える雄馬。
苺佳もその隣に靴を揃える。
2人のことを微笑ましく見る野茂と純黎。
○同・廊下(夕)
向かい合わせに設置されている部屋。
どちらも襖が開いている。
野茂「雄馬君は、この部屋で着付けするからね」
雄馬「分かりました」
純黎「苺佳は、もう分かっているわよね」
苺佳「はい」
雄馬「じゃあ、またあとで」
苺佳「うん」
○同・小部屋(夕)
女性用の浴衣が並んでいる室内。
机の上には髪飾りがいくつも置かれている。
苺佳「お母様、今日はお時間を取っていただき、ありがとうございます」
頭を下げる苺佳。
純黎は苺佳の頭を撫でる。
純黎「いいのよ。またこうして雄馬君とうちの浴衣を着て夜祭に行ってくれることが、私としては嬉しいことだから」
苺佳「私も、嬉しいです」
にっこりと笑う苺純黎。
苺佳も頬をゆるめる。
純黎「それにしても雄馬君、本当に男前になったじゃない。苺佳よりも背も高くなって、顔も整っているし、声も落ち着いているし、お母さんに似たのね」
苺佳「そうですね。私にとっては、眼福でもあり、耳福でもあります。私は背が低いので、見上げてばかりですが」
もじもじする苺佳。
純黎は苺佳の顔を見て伝える。
純黎「それでもお似合いよ。苺佳と雄馬君。これを着れば、今日、隣を歩いていても違和感ないと思うわ」
数ある浴衣。
その中から紫陽花柄の浴衣を取り出す。
動揺が隠せない苺佳。
苺佳「えっ、い、今なんておっしゃいました……?」
頬を赤らめていく苺佳。
それを上品に笑う純黎。
純黎「ふふっ、照れなくてもいいのに。うふふ。今日、告白でもするの?」
苺佳「そのつもりです」
苺佳、1通の手紙を取り出す。
表には丸文字で雄馬へ、と書いている。
それを見て、微笑む純黎。
純黎「成功するといいわね」
苺佳「はい」
小さく頷く苺佳。
純黎は髪飾りを選んでいく。
純黎「ああ、今から楽しみだわ。雄馬君のお嫁さんに苺佳がなるなんて」
苺佳「お母様、まだ早いですよ」
純黎「何を言っているの? 高校を卒業したら、早々に入籍しなさい」
同じような紫陽花の髪飾りを手に取る純黎。
苺佳はまだ照れている。
苺佳「しかし、私は大学に――」
純黎「あのね、苺佳、大学入学は無理に考えなくてもいいのよ」
苺佳「え……」
髪飾りを丁寧に選んでいく純黎。
苺佳の目を見ずに話す。
純黎「お義母様は苺佳にお店を継いで欲しいみたいだけど、現実はそう甘くはなくてね。残念だけど、このお店も、恐らく廃業になってしまうと思うの」
苺佳「そんな……」
純黎「だからね、苺佳には好きなことを今のうちにさせておいてあげたいって思っているの。廃業になってしまったらお金も無くなるから、今より生活の質は随分と落ちてしまうから」
振り向き、苺佳の目を見る純黎。
苺佳「それなら、なおさら私が大学に行って――」
純黎「(遮って)高校も奨学金を使っているでしょう? もし大学に奨学金を貰って行けたとしても、いずれは返さなければならない。それができると思うのなら、大学に行けばいいわ」
苺佳「分かりました。一度、考えさせていただきます」
純黎「そう。また教えてちょうだいね。雄馬君との近況も」
ニヤニヤし始める苺佳。
純黎も釣られて表情を綻ばせる。
苺佳N「そのころ雄馬は……」
○同・大部屋(夕)
男性ものの浴衣が並ぶ室内。
野茂「いやー、本当に大きくなったな」
雄馬「あの頃から40センチ近く伸びましたから」
野茂「そうか。苺佳よりも小さくて泣き虫だったころが懐かしいな。それだけ私たちも歳を重ねてきた、ということだが」
雄馬「まだまだお若いじゃないですか」
野茂「嬉しいこと言ってくれる。ははは。さあ、ここで立ち話も何だから、そろそろ浴衣決めていこうか」
雄馬「お願いします」
× × ×
(時間経過)
少し散らかっている室内。
野茂「この浴衣が今の君にピッタリかな。苺佳の隣を歩くにも、ピッタリだと思う」
雄馬「俺もそれがいいです。渋い色好きなので。それに、帯も綺麗ですから」
野茂「あー、でも待って。この浴衣なら、(別の帯を手に)この柄の帯が合うかな。スタイルもいいし、顔も小さいから、もっと映えるぞ」
雄馬「いいですね。じゃあ、それでお願いします」
野茂「うん。それじゃあ、着付けしていくから、カーテンの向こうで服を脱いで、その籠の中に入れておいてくれ」
雄馬「分かりました」
カーテンの仕切り。
服を脱いでいく雄馬。
上半身裸になる。
背中や腕。露になる数カ所の傷痕。
肩にある火傷の痕。
雄馬「日高さん、浴衣の下、半袖の下着なら着ていても問題ないですよね?」
野茂(声)「ああ。問題ないよ」
雄馬「分かりました」
○同・小部屋(夕)
純黎に着付けしてもらっている苺佳。
幸せそうに微笑んでいる。
苺佳「お母様、少しいよろしいですか?」
純黎「何?」
苺佳「お父様とお母様は、どちらが告白されたのですか?」
純黎「うふふっ。話せば長くなるけど、いい?」
苺佳「もちろんです。ぜひ、お聞かせください!」
○同・大部屋(夕)
雄馬の浴衣を着つけしている野茂。
楽しそうに笑いながら話している。
野茂「雄馬君は、苺佳のことをどう思っているのかい?」
雄馬「惚気は、お許し下さいますか?」
野茂「たははっ、もちろんだよ。男同士でしかできない話もあるだろう?」
雄馬「そうですね」
微笑む雄馬。
皺を伸ばしていく野茂は前のめりの姿勢で話す。
野茂「それで、実際どうなの?」
雄馬「はい。もお~、苺佳が可愛くて可愛くて仕方ありません。お祖母様やご両親が大切に育ててこられたことが、犇々と伝わってきます」
野茂は嬉しそうに笑う。
野茂「そう言ってくれると、なんだかむず痒いな。ははは」
雄馬「もう、苺佳を愛する気持ちが止められないので、今夜、告白させていただくつもりです」
野茂「えー! 告白するのかい! (口を手で塞ぐ)……あ、これは失礼」
恥ずかしそうな笑みを浮かべる野茂。
雄馬も釣られて笑顔になる。
雄馬「それで、あの、日高さんに折り入ってお願いがありまして」
野茂「何だい?」
雄馬「僕はいずれ、苺佳さんと結婚をして、このお店の後継者となりたいと考えています。ですから――」
作業の手を止めた野茂。
雄馬、困惑顔。
野茂「悪いが、それは駄目だ」
雄馬「えっ……?」
野茂「苺佳から聞いているだろ? この店の業績が悪化していることについて」
雄馬「あぁ、えっと……」
黒目をキョロキョロさせる雄馬。
止めていた手を動かし始める野茂。
野茂「隠さなくていいんだ。どうせ、苺佳からお願いされたんだろう? 雄馬君賢いから、お店を助けてくれとでも」
少し俯く雄馬。生唾を飲み込む。
雄馬「……すみません」
野茂「苺佳がどれほど本気でこのお店を継ごうとしているのか、私たちもまだ詳しく把握していなくてね。まあそのこともあって、苺佳と私の母とが喧嘩になってしまったんだ。苺佳の気持ちも分からなくはないから、どう接すればいいのか……」
苦笑いをする野茂。
野茂「ちょっと、ここ持っていてくれる?」
雄馬「あ、はい」
野茂は机の上の帯を手に取る。
雄馬「あの、こう聞くのは失礼だと思いますが、お祖母様は今どちらにいらっしゃいますか?」
野茂「苺佳には内密に、と言われているから、親族の家に行っていると嘘のことしか言えていないが、実は今、病院に検査入院しているんだよ」
雄馬「え……」
野茂、雄馬に目配せで手を外すよう伝える。
野茂「以前から体調があまり芳しくなくてね。それなのに、検査する事を拒んでいたんだよ。だが、今回は倒れてしまってね。先生からも検査するように言われたんだ」
雄馬「そうだったんですか」
軽く俯く雄馬。
前髪が垂れる。
野茂「でもまあ今晩には帰ってくるから、苺佳には知られないで済むと思うが、まあ念のため、雄馬君には、苺佳を門限ギリギリまで連れて帰ってこないで欲しいと思っている」
雄馬「構わないのですか?」
野茂「ああ。門限までにお店へ戻って来てくれていたら、それでいい。着替えが済めば、あとは家に帰るだけだから」
ニコッと笑う野茂。
雄馬は強く頷く。
雄馬「分かりました」
野茂「それと、苺佳には、英恵のことを伝えないであげてくれ。私からのお願いだ」
雄馬「はい」
帯が巻かれていく。
雄馬の表情は引き締まっていく。
野茂「私は、苺佳との結婚は反対しないよ。苺佳は将来雄馬君と結ばれることを夢見ていたからね。まあ母がなんと言うか分からないが」
雄馬「それでも構いません。僕は、必ず苺佳さんと結婚します。そして、着物屋野茂を継ぎます」
野茂「嬉しいな。君の熱意に負けそうだよ。ははは。簡単には崩せないほど、決意が固いようだね」
雄馬は頷く。
野茂「雄馬君、これからも苺佳のことを、よろしく頼むよ」
雄馬「はい!」
笑顔で目配せし、頷く雄馬と野茂。
○寺院(夜)
寺院の周りに設置されている提灯。
ライトアップされている竹林。
数多ある露店。
歩く人、立ち止まる人、様々。
参道の入り口に立つ浴衣姿の苺佳と雄馬。
苺佳「ごめんね、せっかくのデートだったのに」
雄馬「俺はいいよ。それに、人数多いほうが楽しいだろ?」
苺佳「今日の埋め合わせは、夏休みに入ったら必ずするから」
雄馬「楽しみにしとく。ところでさ――」
駆けてくる皐月と関本。
仲良く手を繋いでいる。
草花柄の浴衣を着ている皐月。
半袖、デニム、サンダル姿の雄馬。
手を振り返す雄馬と苺佳。
皐月「お待たせ~、って、え! 2人とも浴衣!? え! めっちゃ似合ってるじゃん!」
苺佳「そうでしょう?」
雄馬「これ、苺佳の家でレンタルしてきてん」
皐月「そうなん!? めっちゃええやん!」
苺佳「皐月まで関西弁……」
豪快に笑う皐月と雄馬。
一方、頭を抱えている関本。
関本「うわ、完全に俺だけ浮いてるじゃん。マジ萎える……」
雄馬「女子高生やん。ハハッ」
皐月「そう落ち込むなって。私の彼氏なんだから、しっかりしてよ」
関本の背中をバシッと叩く皐月。
苺佳「そうだよ、天ちゃん。服が違うからって嘆いている場合じゃないよ」
同じように、関本の背中を叩く苺佳。
痛がる素振りを見せる関本。
雄馬は苦笑い。
関本「そ、そうだな。じゃあ、さっちゃん、俺と腕組んで歩こうぜ」
皐月「も~、仕方ないな~」
腕を組み、歩き始める皐月と関本。
雄馬「俺たちも行くか」
苺佳「そうだね」
苺佳と雄馬は、手を繋がず、同じスピードで歩いていく。
○車内(夜)
運転中の野茂。
その後ろに座る英恵。
英恵「苺佳は、いるのかしら」
野茂「いえ。今はたけいち夜祭に出かけているので、いませんよ」
英恵「そう」
野茂「あの彼と一緒です。雄馬君」
英恵「ええ?」
口に手を持って行く英恵。
目尻には皺が寄る。
野茂「口走るのはあれですが、どうやら雄馬君と結婚をして、店を継ぎたいそうです」
英恵「そう。あのときはそんなこと一切言わなかったのに」
野茂「それぐらい、苺佳も大人になった、ということですよ、母様」
ミラー越しに英恵を見る野茂。
英恵は口元を手で隠し、笑みを浮かべる。
英恵「そうみたいね。ああ、私は昔の苺佳に、今の苺佳を当てはめてしまった。それは駄目なところね」
野茂「恐らく、苺佳も母様には謝りたいと思っていることかと」
英恵「そう。でも私は謝らないわよ。あの子が本気で謝りたいと思っているのなら、必ず謝罪しに来るでしょうから」
野茂「そうですね。苺佳に任せましょう」
短く息を吐く野茂。
行き交う人に目を遣る英恵。
英恵「着物や浴衣の文化が、この先も廃れないで欲しいものね」
野茂「そうですね」
○寺院(夜)
手を繋ごうと手を伸ばすも、すぐにひっこめる雄馬。
隣を歩く苺佳。
袂に手を入れる。
その中。雄馬への手紙。
微笑む苺佳。
雄馬「ん、何か面白いもんでもあった?」
苺佳「この時間がずっと続けばいいのにって」
雄馬「確かにな。でも、俺はもっと苺佳と色んなとこ行きたいんだけどな」
苺佳を見下ろす雄馬。
目を丸くさせる苺佳。
苺佳「……!」
雄馬「ねえ苺佳、俺と手、繋がないか」
苺佳「えっ……」
雄馬「ほら、人増えてきたし、俺の元から離れられたら困るから、さ」
スッと手を差し出す雄馬。
照れ笑いしながらも、手を繋ぐ苺佳。
苺佳「昔は、雄馬とはぐれないように、って、私のほうから手を繋いでいたよね」
雄馬「そうそう。誘い方は変われど、まあ今も昔も離れたくない気持ちは変わらないけどな」
苺佳「そうだね。ふふっ」
前を行く皐月が振り返る。
そして大きく手を振る。
皐月「苺佳~! 雄馬君~! こっち来て~!」
苺佳「分かった!」
手を振る苺佳。
雄馬は手をぎゅっと握る。
雄馬「苺佳、間すり抜けて走れる?」
苺佳「うん。大丈夫」
雄馬「じゃあ、行こ」
人々の間をすり抜けていく雄馬と苺佳。
しっかりと恋人繋ぎをしている。
苺佳N「楽しい時間は、永遠に続いて欲しいと思っても、瞬く間に過ぎ去っていく」
露店で射撃を楽しむ雄馬と関本。
彼氏を応援する苺佳と皐月。
景品が取れ、喜ぶ雄馬。
店員から渡されるくまのぬいぐるみ。
雄馬は恥ずかしそうに笑って、それを苺佳に渡す。
肩を落とす関本を慰める皐月。
苺佳「もっともっと、雄馬と一緒に過ごしたいって思えたし、これから先も、ずっと一緒に笑っていたいとも思えた。やっぱり私は、雄馬のことが大好きだ」
○歩道橋(夜)
熊のぬいぐるみを大事そうに抱えて歩く苺佳。
雄馬は何も持っていない。
ポテトフライを齧りながら歩く関本と皐月。
歩道橋の真ん中。分かれ道。
皐月「私と天龍はこっちだから」
皐月は右方向を指す。
苺佳「じゃあ、ここでお別れだね」
皐月「今日は無茶言ってごめんね」
苺佳「大丈夫だよ。楽しかった」
雄馬「俺も。ダブルデート初めてだったし、また行こう」
皐月「そうだね」
関本はフライドポテトを大量に頬張る。
皐月「天龍も、何か言ってよ。元々は天龍がいきなり告白してきて、デートに誘ってきたんだから」
口をもごもごさせ続ける関本。
その様子を笑顔で見つめる3人。
飲み込み、関本は口を開く。
関本「カト雄、いっちゃん、また月曜な」
風が吹く。浴衣や髪が揺れる。
皐月「え、それだけ?」
関本「ん? ん」
吹き出す苺佳。
釣られて雄馬も笑い出す。
皐月「苺佳、雄馬君、こんなだけどさ、同級生としても、バンド仲間としても、カップル同士としても、これからもよろしく」
苺佳「もちろん」
雄馬「こっちこそ、よろしく」
大きく頷き合う苺佳と皐月。
関本「そろそろ帰ろーぜ」
皐月「じゃあ、またね~!」
手を振りながら階段を下りていく皐月と関本。
手を振り返す雄馬と苺佳。
皐月と関本の姿が見えなくなる。
雄馬「俺らも帰ろうか。苺佳も門限あるだろ?」
苺佳「え、あ、うん……」
手を繋ぎ、階段を下りていく。
袂で揺れる手紙。
苺佳N「もう少しだけ、雄馬と一緒にいたい。門限過ぎて怒られる羽目になったとしても」
苺佳「ねえ、雄馬」
雄馬「どうしたん?」
苺佳「ちょっとだけ、付き合って」
雄馬「え」
○野茂家・外観(夜)
電気が灯っている。
門を開き、中に入っていく苺佳と雄馬。
玄関前に立ち、スマホの画面を付ける。
雄馬「何してるん?」
苺佳「お祖母様を起こすわけにはいかないから」
雄馬「なるほど」
スマホ。純黎とのトーク画面。
苺佳「ただいま戻りました、と」
送信を押す苺佳。瞬間、既読マークが付く。
近づいてくる足音。
純黎のシルエット。
引き戸が開く。
純黎「あら、おかえりなさい」
苺佳「ただいま。遅くなって申し訳ありません」
頭を下げる苺佳。
雄馬も遅れて頭を下げる。
純黎「いいわよ。今お店開けるから、前で待っていてくれる?」
頭を上げる苺佳と雄馬。
苺佳「分かりました」
雄馬「お手数おかけします」
引き戸を締める純黎。
苺佳「表、回ろう」
雄馬「だな」
さり気なく手を繋ぐ2人。
そのまま店への通路を歩く。
雄馬「今日は本当に楽しかったな」
苺佳「そうだね……」
軽く俯く苺佳。
雄馬「どうしたん? 楽しくなかった?」
苺佳「ううん。楽しかったよ」
雄馬「なら良いけど」
○着物屋野茂・外観(夜)
店内に電気が付く。
純黎によって戸が開けられる。
純黎「お待たせ。どうぞ入って」
苺佳「はい」
雄馬「失礼します」
○同・店内(夜)
草履を脱いでいく苺佳と雄馬。
脱ぎ終わり、振り返る苺佳。
立っている純黎に視線を合わせる。
苺佳「お父様は?」
純黎「もうじき、来るわよ。今の今までお酒飲んでいたのよ」
苺佳「珍しいですね」
純黎「そうでしょう? 何か嬉しいことがあったみたいよ」
顔を見合わせる苺佳と雄馬。
照れ笑い。
純黎「(微笑み)私は詳しく知らないけれどね。ふふっ」
店の奥から出てくる野茂。
酒で頬を赤らめている。
苺佳「ただいま戻りました」
野茂「おかえり。雄馬君も」
会釈する雄馬。
純黎「苺佳は、また小部屋で着替えね」
苺佳「はい」
野茂「さあ上がって、上がって」
雄馬「お邪魔します」
○同・小部屋(夜)
綺麗に整頓されている室内。
座布団の上。苺佳の私服が畳まれている状態で置かれている。
純黎「苺佳、夜祭は楽しかった?」
振り返る純黎。
苺佳は軽く頷く。
苺佳「はい。皐月と天ちゃんとも一緒に回ったので、ダブルデートという感じで、楽しかったです」
純黎「あらま。ダブルデートだなんて。柏木さんと関本さんもお付き合いを始めたのね」
苺佳「はい。今日告白されたようでして。急遽ダブルデートに。本当なら雄馬と2人でデートだったのですがね……」
純黎「それでも楽しかったのなら、良かったじゃない」
苺佳「そうですね」
純黎の優しそうな微笑み。
苺佳は前髪を垂らす。
そして小さく息を吐く。
浴衣の袂から手紙を取り出す苺佳。
それを見る純黎。
純黎「手紙、渡せなかったの?」
苺佳「タイミングを逃してしまって」
純黎「そう。それなら次のデートで渡せばいいのよ。苺佳の、雄馬君への思いは変わらないでしょう?」
苺佳「はい。今日の夜祭を通して、さらに恋心が加速してしまいました」
口元を緩ませる苺佳。
純黎もニコッと微笑む。
純黎「さあ、楽しい時間も終わりね。着替えましょう」
苺佳「よろしくお願いします」
頭を下げる苺佳。
純黎はそのまま苺佳の髪飾りを外す。
純黎「今日は、何か進展はあったの?」
苺佳「聞いて下さい! 実はですね――」
○同・大部屋(夜)
片付けられている部屋。
案内される雄馬。
室内に入るなり、野茂は雄馬に顔を近づける。
野茂「雄馬君、告白はできたかい?」
雄馬「いえ……」
苦笑いを浮かべる雄馬。
野茂は唇を突き出す。
野茂「なんだ。返事がどうだったか聞こうと思っていたのに」
雄馬「すみません。ですが、近々、必ず告白します。なので、お許しを……」
雄馬は頭を下げる。
野茂は嬉しそうに目を輝かせる。
野茂「そうかい。それなら良かったよ。もしかしたら、雄馬君の気持ちが変わってしまったのかと思っていたのだが、それはなさそうだな。タハハは」
雄馬「はい。それはないです。むしろ、もっと好きになりました」
ニヤニヤする雄馬。
野茂も心なしか嬉しそうな表情。
野茂「そうかい、そうかい。それで、今日は何か進展はあったかい?」
雄馬「はい。実はですね――」
○同・廊下(夜)
襖の前に立つ苺佳。
向いの部屋から出てくる雄馬。
雄馬「待たせた」
苺佳「ううん。私が勝手に待っていただけだから」
雄馬「純黎さん、中にいる? 最後に挨拶したくて」
苺佳「うん。少し待っていて」
襖を開ける苺佳。
苺佳「お母様、雄馬がご挨拶をしたいそうです」
純黎(声)「はいはい」
部屋から出てくる純黎。
雄馬「今日は本当にお世話になりました。久しぶりに浴衣を着ることができて、嬉しかったです。お時間を取っていただき、ありがとうございました」
深く頭を下げる雄馬。
純黎「こちらこそ。楽しんでもらえて何より」
野茂「雄馬君、また浴衣借りに来なさい。いつでも歓迎だよ」
雄馬「ありがとうございます。またお邪魔します」
優しく微笑む純黎と野茂。
苺佳も目を細めて雄馬を見る。
○同・店頭(夜)
靴を履く雄馬と苺佳。
振り返り、野茂、純黎の順に目を合わせる雄馬。
雄馬「それでは、今晩は失礼します」
純黎「はいはい」
苺佳「雄馬のこと、交差点まで送ってきます」
野茂「分かった」
純黎「雄馬君、気を付けて帰ってね」
雄馬「ありがとうございます。お邪魔しました」
扉を閉める苺佳と雄馬。
手を振り続ける野茂と純黎。
雄馬は最後にもう一度会釈する。
苺佳「そこまで送っていくよ」
雄馬「ううん。大丈夫だよ。今日は遅いし暗いから」
苺佳「そっか。それじゃあ、ここで」
雄馬「うん」
頭を下げる苺佳。
雄馬は首を傾げる。
雄馬「どうしたん?」
顔を上げる苺佳の目には星。
苺佳「今日はありがとう。ぬいぐるみも、大事にする」
雄馬「ハハッ、おう。大事にしてや」
苺佳「あとね、雄馬に伝えられなかった思い、今度絶対伝えるから、待ってて欲しい」
雄馬「……!」
目を丸くする雄馬。
すぐに口角を上げる。
雄馬「分かったよ、苺佳」
苺佳も満足そうに微笑む。
苺佳「あと、雄馬、今日鯛焼き食べに行ったこと、2人だけの内緒ね」
唇に指を近づける苺佳。
雄馬「もちろん。誰にも口外しないよ。ハハッ」
照れる苺佳。
少し崩れている苺佳の髪を撫でる雄馬。
雄馬「それじゃあ、お休み」
苺佳「うん、おやすみ」
戸に触れようとする苺佳の腕をパッと掴む雄馬。
驚きの表情を浮かべる苺佳。
雄馬はそのまま自分の唇を近づけ、不意打ちのキスをする。
みるみるうちに顔を赤くしていく苺佳。
額をくっつけ、雄馬囁く。
雄馬「苺佳、いつかきっと、君にでっかいプレゼント渡すから。待っといてな」
机に向かい、勉強中の苺佳。
壁掛けのカレンダー。
6月20日土曜日のところに丸印と夜祭16時集合の文字。
苺佳N「たけいち夜祭。起源は江戸時代にまで遡る。当時、この町にいた竹一という侍が、寺院周辺を囲む竹林を気に入り、戦に巻き込まれそうになっても、竹林を懸命に守り続けた、という逸話からきている。打首にされた竹一の魂を弔う意味と、当時のものではないが、竹林を守り続けるという住人の意思で出来上がったお祭り。今となっては、花火大会前に地元が盛り上がるイベントの1つとなっていた」
布団の上でバイブレーションするスマホ。
腰を上げ、スマホを手に取る。
画面。皐月の文字。
苺佳「もしもし?」
皐月「あっ、もしもし苺佳?」
苺佳「そんなに焦って、どうしたの?」
皐月「それが! 天龍が!」
○着物屋野茂・店内(夕)
引き戸の前に立つ雄馬と苺佳。
店の奥から出てくる純黎。
苺佳は頭を下げる。
純黎「苺佳、頭を上げなさい。今日はいいわよ」
苺佳「分かりました」
頭を上げる苺佳。
隣に立つ雄馬は純黎に微笑みかける。
純黎「雄馬君、いらっしゃい」
雄馬「お久しぶりです、純黎さん」
純黎「覚えていてくれたの? 嬉しいわ」
雄馬「もちろんです」
純黎「ふふっ。それにしても、本当に大きくなったわね。日高さんよりも大きそう」
嬉しそうに微笑む雄馬。
苺佳は純黎に視線を向ける。
雄馬「あの、日高さんはどちらに」
純黎「今、呼んでくるわね。そこで待っていてくれるかしら」
雄馬「ありがとうございます」
頭を下げる雄馬。
苺佳も揃って頭を下げる。
微笑み、2人に背を向ける純黎。
そのまま店の奥に入っていく。
苺佳「でも、本当に良かったの? うちの浴衣で」
雄馬「ああ。久しぶりに袖を通したかっったから」
苺佳「そうだね。昔は子供用の浴衣しか着られなかったから、大人用も着てみたいとは思うよね」
雄馬「うん。それに、いずれ俺はこの店を苺佳と共に継ぐ。どんな状況なのか、少しでも把握しておいたほうがいいだろ?」
雄馬は苺佳の頭に手を乗せる。
苺佳「雄馬も、色々と考えてくれているのね。ありがとう」
雄馬「気にすんな。俺は苺佳の笑顔を見ていたいだけだから」
目を細め、頬を赤くする苺佳。
近づいてくる足音。
雄馬は手を下ろす。
苺佳は姿勢と正す。
純黎「雄馬君、お待たせ。連れてきたわよ」
暖簾をくぐり、出てくる純黎と野茂。
苺佳は軽く頭を下げる。
雄馬「日高さん、お久しぶりです。加藤雄馬です」
微笑み、頭を下げる雄馬。
野茂は口角をゆるませる。
野茂「久しぶりだね。さあ上がって、上がって」
雄馬「お邪魔します」
靴を脱ぎ、揃える雄馬。
苺佳もその隣に靴を揃える。
2人のことを微笑ましく見る野茂と純黎。
○同・廊下(夕)
向かい合わせに設置されている部屋。
どちらも襖が開いている。
野茂「雄馬君は、この部屋で着付けするからね」
雄馬「分かりました」
純黎「苺佳は、もう分かっているわよね」
苺佳「はい」
雄馬「じゃあ、またあとで」
苺佳「うん」
○同・小部屋(夕)
女性用の浴衣が並んでいる室内。
机の上には髪飾りがいくつも置かれている。
苺佳「お母様、今日はお時間を取っていただき、ありがとうございます」
頭を下げる苺佳。
純黎は苺佳の頭を撫でる。
純黎「いいのよ。またこうして雄馬君とうちの浴衣を着て夜祭に行ってくれることが、私としては嬉しいことだから」
苺佳「私も、嬉しいです」
にっこりと笑う苺純黎。
苺佳も頬をゆるめる。
純黎「それにしても雄馬君、本当に男前になったじゃない。苺佳よりも背も高くなって、顔も整っているし、声も落ち着いているし、お母さんに似たのね」
苺佳「そうですね。私にとっては、眼福でもあり、耳福でもあります。私は背が低いので、見上げてばかりですが」
もじもじする苺佳。
純黎は苺佳の顔を見て伝える。
純黎「それでもお似合いよ。苺佳と雄馬君。これを着れば、今日、隣を歩いていても違和感ないと思うわ」
数ある浴衣。
その中から紫陽花柄の浴衣を取り出す。
動揺が隠せない苺佳。
苺佳「えっ、い、今なんておっしゃいました……?」
頬を赤らめていく苺佳。
それを上品に笑う純黎。
純黎「ふふっ、照れなくてもいいのに。うふふ。今日、告白でもするの?」
苺佳「そのつもりです」
苺佳、1通の手紙を取り出す。
表には丸文字で雄馬へ、と書いている。
それを見て、微笑む純黎。
純黎「成功するといいわね」
苺佳「はい」
小さく頷く苺佳。
純黎は髪飾りを選んでいく。
純黎「ああ、今から楽しみだわ。雄馬君のお嫁さんに苺佳がなるなんて」
苺佳「お母様、まだ早いですよ」
純黎「何を言っているの? 高校を卒業したら、早々に入籍しなさい」
同じような紫陽花の髪飾りを手に取る純黎。
苺佳はまだ照れている。
苺佳「しかし、私は大学に――」
純黎「あのね、苺佳、大学入学は無理に考えなくてもいいのよ」
苺佳「え……」
髪飾りを丁寧に選んでいく純黎。
苺佳の目を見ずに話す。
純黎「お義母様は苺佳にお店を継いで欲しいみたいだけど、現実はそう甘くはなくてね。残念だけど、このお店も、恐らく廃業になってしまうと思うの」
苺佳「そんな……」
純黎「だからね、苺佳には好きなことを今のうちにさせておいてあげたいって思っているの。廃業になってしまったらお金も無くなるから、今より生活の質は随分と落ちてしまうから」
振り向き、苺佳の目を見る純黎。
苺佳「それなら、なおさら私が大学に行って――」
純黎「(遮って)高校も奨学金を使っているでしょう? もし大学に奨学金を貰って行けたとしても、いずれは返さなければならない。それができると思うのなら、大学に行けばいいわ」
苺佳「分かりました。一度、考えさせていただきます」
純黎「そう。また教えてちょうだいね。雄馬君との近況も」
ニヤニヤし始める苺佳。
純黎も釣られて表情を綻ばせる。
苺佳N「そのころ雄馬は……」
○同・大部屋(夕)
男性ものの浴衣が並ぶ室内。
野茂「いやー、本当に大きくなったな」
雄馬「あの頃から40センチ近く伸びましたから」
野茂「そうか。苺佳よりも小さくて泣き虫だったころが懐かしいな。それだけ私たちも歳を重ねてきた、ということだが」
雄馬「まだまだお若いじゃないですか」
野茂「嬉しいこと言ってくれる。ははは。さあ、ここで立ち話も何だから、そろそろ浴衣決めていこうか」
雄馬「お願いします」
× × ×
(時間経過)
少し散らかっている室内。
野茂「この浴衣が今の君にピッタリかな。苺佳の隣を歩くにも、ピッタリだと思う」
雄馬「俺もそれがいいです。渋い色好きなので。それに、帯も綺麗ですから」
野茂「あー、でも待って。この浴衣なら、(別の帯を手に)この柄の帯が合うかな。スタイルもいいし、顔も小さいから、もっと映えるぞ」
雄馬「いいですね。じゃあ、それでお願いします」
野茂「うん。それじゃあ、着付けしていくから、カーテンの向こうで服を脱いで、その籠の中に入れておいてくれ」
雄馬「分かりました」
カーテンの仕切り。
服を脱いでいく雄馬。
上半身裸になる。
背中や腕。露になる数カ所の傷痕。
肩にある火傷の痕。
雄馬「日高さん、浴衣の下、半袖の下着なら着ていても問題ないですよね?」
野茂(声)「ああ。問題ないよ」
雄馬「分かりました」
○同・小部屋(夕)
純黎に着付けしてもらっている苺佳。
幸せそうに微笑んでいる。
苺佳「お母様、少しいよろしいですか?」
純黎「何?」
苺佳「お父様とお母様は、どちらが告白されたのですか?」
純黎「うふふっ。話せば長くなるけど、いい?」
苺佳「もちろんです。ぜひ、お聞かせください!」
○同・大部屋(夕)
雄馬の浴衣を着つけしている野茂。
楽しそうに笑いながら話している。
野茂「雄馬君は、苺佳のことをどう思っているのかい?」
雄馬「惚気は、お許し下さいますか?」
野茂「たははっ、もちろんだよ。男同士でしかできない話もあるだろう?」
雄馬「そうですね」
微笑む雄馬。
皺を伸ばしていく野茂は前のめりの姿勢で話す。
野茂「それで、実際どうなの?」
雄馬「はい。もお~、苺佳が可愛くて可愛くて仕方ありません。お祖母様やご両親が大切に育ててこられたことが、犇々と伝わってきます」
野茂は嬉しそうに笑う。
野茂「そう言ってくれると、なんだかむず痒いな。ははは」
雄馬「もう、苺佳を愛する気持ちが止められないので、今夜、告白させていただくつもりです」
野茂「えー! 告白するのかい! (口を手で塞ぐ)……あ、これは失礼」
恥ずかしそうな笑みを浮かべる野茂。
雄馬も釣られて笑顔になる。
雄馬「それで、あの、日高さんに折り入ってお願いがありまして」
野茂「何だい?」
雄馬「僕はいずれ、苺佳さんと結婚をして、このお店の後継者となりたいと考えています。ですから――」
作業の手を止めた野茂。
雄馬、困惑顔。
野茂「悪いが、それは駄目だ」
雄馬「えっ……?」
野茂「苺佳から聞いているだろ? この店の業績が悪化していることについて」
雄馬「あぁ、えっと……」
黒目をキョロキョロさせる雄馬。
止めていた手を動かし始める野茂。
野茂「隠さなくていいんだ。どうせ、苺佳からお願いされたんだろう? 雄馬君賢いから、お店を助けてくれとでも」
少し俯く雄馬。生唾を飲み込む。
雄馬「……すみません」
野茂「苺佳がどれほど本気でこのお店を継ごうとしているのか、私たちもまだ詳しく把握していなくてね。まあそのこともあって、苺佳と私の母とが喧嘩になってしまったんだ。苺佳の気持ちも分からなくはないから、どう接すればいいのか……」
苦笑いをする野茂。
野茂「ちょっと、ここ持っていてくれる?」
雄馬「あ、はい」
野茂は机の上の帯を手に取る。
雄馬「あの、こう聞くのは失礼だと思いますが、お祖母様は今どちらにいらっしゃいますか?」
野茂「苺佳には内密に、と言われているから、親族の家に行っていると嘘のことしか言えていないが、実は今、病院に検査入院しているんだよ」
雄馬「え……」
野茂、雄馬に目配せで手を外すよう伝える。
野茂「以前から体調があまり芳しくなくてね。それなのに、検査する事を拒んでいたんだよ。だが、今回は倒れてしまってね。先生からも検査するように言われたんだ」
雄馬「そうだったんですか」
軽く俯く雄馬。
前髪が垂れる。
野茂「でもまあ今晩には帰ってくるから、苺佳には知られないで済むと思うが、まあ念のため、雄馬君には、苺佳を門限ギリギリまで連れて帰ってこないで欲しいと思っている」
雄馬「構わないのですか?」
野茂「ああ。門限までにお店へ戻って来てくれていたら、それでいい。着替えが済めば、あとは家に帰るだけだから」
ニコッと笑う野茂。
雄馬は強く頷く。
雄馬「分かりました」
野茂「それと、苺佳には、英恵のことを伝えないであげてくれ。私からのお願いだ」
雄馬「はい」
帯が巻かれていく。
雄馬の表情は引き締まっていく。
野茂「私は、苺佳との結婚は反対しないよ。苺佳は将来雄馬君と結ばれることを夢見ていたからね。まあ母がなんと言うか分からないが」
雄馬「それでも構いません。僕は、必ず苺佳さんと結婚します。そして、着物屋野茂を継ぎます」
野茂「嬉しいな。君の熱意に負けそうだよ。ははは。簡単には崩せないほど、決意が固いようだね」
雄馬は頷く。
野茂「雄馬君、これからも苺佳のことを、よろしく頼むよ」
雄馬「はい!」
笑顔で目配せし、頷く雄馬と野茂。
○寺院(夜)
寺院の周りに設置されている提灯。
ライトアップされている竹林。
数多ある露店。
歩く人、立ち止まる人、様々。
参道の入り口に立つ浴衣姿の苺佳と雄馬。
苺佳「ごめんね、せっかくのデートだったのに」
雄馬「俺はいいよ。それに、人数多いほうが楽しいだろ?」
苺佳「今日の埋め合わせは、夏休みに入ったら必ずするから」
雄馬「楽しみにしとく。ところでさ――」
駆けてくる皐月と関本。
仲良く手を繋いでいる。
草花柄の浴衣を着ている皐月。
半袖、デニム、サンダル姿の雄馬。
手を振り返す雄馬と苺佳。
皐月「お待たせ~、って、え! 2人とも浴衣!? え! めっちゃ似合ってるじゃん!」
苺佳「そうでしょう?」
雄馬「これ、苺佳の家でレンタルしてきてん」
皐月「そうなん!? めっちゃええやん!」
苺佳「皐月まで関西弁……」
豪快に笑う皐月と雄馬。
一方、頭を抱えている関本。
関本「うわ、完全に俺だけ浮いてるじゃん。マジ萎える……」
雄馬「女子高生やん。ハハッ」
皐月「そう落ち込むなって。私の彼氏なんだから、しっかりしてよ」
関本の背中をバシッと叩く皐月。
苺佳「そうだよ、天ちゃん。服が違うからって嘆いている場合じゃないよ」
同じように、関本の背中を叩く苺佳。
痛がる素振りを見せる関本。
雄馬は苦笑い。
関本「そ、そうだな。じゃあ、さっちゃん、俺と腕組んで歩こうぜ」
皐月「も~、仕方ないな~」
腕を組み、歩き始める皐月と関本。
雄馬「俺たちも行くか」
苺佳「そうだね」
苺佳と雄馬は、手を繋がず、同じスピードで歩いていく。
○車内(夜)
運転中の野茂。
その後ろに座る英恵。
英恵「苺佳は、いるのかしら」
野茂「いえ。今はたけいち夜祭に出かけているので、いませんよ」
英恵「そう」
野茂「あの彼と一緒です。雄馬君」
英恵「ええ?」
口に手を持って行く英恵。
目尻には皺が寄る。
野茂「口走るのはあれですが、どうやら雄馬君と結婚をして、店を継ぎたいそうです」
英恵「そう。あのときはそんなこと一切言わなかったのに」
野茂「それぐらい、苺佳も大人になった、ということですよ、母様」
ミラー越しに英恵を見る野茂。
英恵は口元を手で隠し、笑みを浮かべる。
英恵「そうみたいね。ああ、私は昔の苺佳に、今の苺佳を当てはめてしまった。それは駄目なところね」
野茂「恐らく、苺佳も母様には謝りたいと思っていることかと」
英恵「そう。でも私は謝らないわよ。あの子が本気で謝りたいと思っているのなら、必ず謝罪しに来るでしょうから」
野茂「そうですね。苺佳に任せましょう」
短く息を吐く野茂。
行き交う人に目を遣る英恵。
英恵「着物や浴衣の文化が、この先も廃れないで欲しいものね」
野茂「そうですね」
○寺院(夜)
手を繋ごうと手を伸ばすも、すぐにひっこめる雄馬。
隣を歩く苺佳。
袂に手を入れる。
その中。雄馬への手紙。
微笑む苺佳。
雄馬「ん、何か面白いもんでもあった?」
苺佳「この時間がずっと続けばいいのにって」
雄馬「確かにな。でも、俺はもっと苺佳と色んなとこ行きたいんだけどな」
苺佳を見下ろす雄馬。
目を丸くさせる苺佳。
苺佳「……!」
雄馬「ねえ苺佳、俺と手、繋がないか」
苺佳「えっ……」
雄馬「ほら、人増えてきたし、俺の元から離れられたら困るから、さ」
スッと手を差し出す雄馬。
照れ笑いしながらも、手を繋ぐ苺佳。
苺佳「昔は、雄馬とはぐれないように、って、私のほうから手を繋いでいたよね」
雄馬「そうそう。誘い方は変われど、まあ今も昔も離れたくない気持ちは変わらないけどな」
苺佳「そうだね。ふふっ」
前を行く皐月が振り返る。
そして大きく手を振る。
皐月「苺佳~! 雄馬君~! こっち来て~!」
苺佳「分かった!」
手を振る苺佳。
雄馬は手をぎゅっと握る。
雄馬「苺佳、間すり抜けて走れる?」
苺佳「うん。大丈夫」
雄馬「じゃあ、行こ」
人々の間をすり抜けていく雄馬と苺佳。
しっかりと恋人繋ぎをしている。
苺佳N「楽しい時間は、永遠に続いて欲しいと思っても、瞬く間に過ぎ去っていく」
露店で射撃を楽しむ雄馬と関本。
彼氏を応援する苺佳と皐月。
景品が取れ、喜ぶ雄馬。
店員から渡されるくまのぬいぐるみ。
雄馬は恥ずかしそうに笑って、それを苺佳に渡す。
肩を落とす関本を慰める皐月。
苺佳「もっともっと、雄馬と一緒に過ごしたいって思えたし、これから先も、ずっと一緒に笑っていたいとも思えた。やっぱり私は、雄馬のことが大好きだ」
○歩道橋(夜)
熊のぬいぐるみを大事そうに抱えて歩く苺佳。
雄馬は何も持っていない。
ポテトフライを齧りながら歩く関本と皐月。
歩道橋の真ん中。分かれ道。
皐月「私と天龍はこっちだから」
皐月は右方向を指す。
苺佳「じゃあ、ここでお別れだね」
皐月「今日は無茶言ってごめんね」
苺佳「大丈夫だよ。楽しかった」
雄馬「俺も。ダブルデート初めてだったし、また行こう」
皐月「そうだね」
関本はフライドポテトを大量に頬張る。
皐月「天龍も、何か言ってよ。元々は天龍がいきなり告白してきて、デートに誘ってきたんだから」
口をもごもごさせ続ける関本。
その様子を笑顔で見つめる3人。
飲み込み、関本は口を開く。
関本「カト雄、いっちゃん、また月曜な」
風が吹く。浴衣や髪が揺れる。
皐月「え、それだけ?」
関本「ん? ん」
吹き出す苺佳。
釣られて雄馬も笑い出す。
皐月「苺佳、雄馬君、こんなだけどさ、同級生としても、バンド仲間としても、カップル同士としても、これからもよろしく」
苺佳「もちろん」
雄馬「こっちこそ、よろしく」
大きく頷き合う苺佳と皐月。
関本「そろそろ帰ろーぜ」
皐月「じゃあ、またね~!」
手を振りながら階段を下りていく皐月と関本。
手を振り返す雄馬と苺佳。
皐月と関本の姿が見えなくなる。
雄馬「俺らも帰ろうか。苺佳も門限あるだろ?」
苺佳「え、あ、うん……」
手を繋ぎ、階段を下りていく。
袂で揺れる手紙。
苺佳N「もう少しだけ、雄馬と一緒にいたい。門限過ぎて怒られる羽目になったとしても」
苺佳「ねえ、雄馬」
雄馬「どうしたん?」
苺佳「ちょっとだけ、付き合って」
雄馬「え」
○野茂家・外観(夜)
電気が灯っている。
門を開き、中に入っていく苺佳と雄馬。
玄関前に立ち、スマホの画面を付ける。
雄馬「何してるん?」
苺佳「お祖母様を起こすわけにはいかないから」
雄馬「なるほど」
スマホ。純黎とのトーク画面。
苺佳「ただいま戻りました、と」
送信を押す苺佳。瞬間、既読マークが付く。
近づいてくる足音。
純黎のシルエット。
引き戸が開く。
純黎「あら、おかえりなさい」
苺佳「ただいま。遅くなって申し訳ありません」
頭を下げる苺佳。
雄馬も遅れて頭を下げる。
純黎「いいわよ。今お店開けるから、前で待っていてくれる?」
頭を上げる苺佳と雄馬。
苺佳「分かりました」
雄馬「お手数おかけします」
引き戸を締める純黎。
苺佳「表、回ろう」
雄馬「だな」
さり気なく手を繋ぐ2人。
そのまま店への通路を歩く。
雄馬「今日は本当に楽しかったな」
苺佳「そうだね……」
軽く俯く苺佳。
雄馬「どうしたん? 楽しくなかった?」
苺佳「ううん。楽しかったよ」
雄馬「なら良いけど」
○着物屋野茂・外観(夜)
店内に電気が付く。
純黎によって戸が開けられる。
純黎「お待たせ。どうぞ入って」
苺佳「はい」
雄馬「失礼します」
○同・店内(夜)
草履を脱いでいく苺佳と雄馬。
脱ぎ終わり、振り返る苺佳。
立っている純黎に視線を合わせる。
苺佳「お父様は?」
純黎「もうじき、来るわよ。今の今までお酒飲んでいたのよ」
苺佳「珍しいですね」
純黎「そうでしょう? 何か嬉しいことがあったみたいよ」
顔を見合わせる苺佳と雄馬。
照れ笑い。
純黎「(微笑み)私は詳しく知らないけれどね。ふふっ」
店の奥から出てくる野茂。
酒で頬を赤らめている。
苺佳「ただいま戻りました」
野茂「おかえり。雄馬君も」
会釈する雄馬。
純黎「苺佳は、また小部屋で着替えね」
苺佳「はい」
野茂「さあ上がって、上がって」
雄馬「お邪魔します」
○同・小部屋(夜)
綺麗に整頓されている室内。
座布団の上。苺佳の私服が畳まれている状態で置かれている。
純黎「苺佳、夜祭は楽しかった?」
振り返る純黎。
苺佳は軽く頷く。
苺佳「はい。皐月と天ちゃんとも一緒に回ったので、ダブルデートという感じで、楽しかったです」
純黎「あらま。ダブルデートだなんて。柏木さんと関本さんもお付き合いを始めたのね」
苺佳「はい。今日告白されたようでして。急遽ダブルデートに。本当なら雄馬と2人でデートだったのですがね……」
純黎「それでも楽しかったのなら、良かったじゃない」
苺佳「そうですね」
純黎の優しそうな微笑み。
苺佳は前髪を垂らす。
そして小さく息を吐く。
浴衣の袂から手紙を取り出す苺佳。
それを見る純黎。
純黎「手紙、渡せなかったの?」
苺佳「タイミングを逃してしまって」
純黎「そう。それなら次のデートで渡せばいいのよ。苺佳の、雄馬君への思いは変わらないでしょう?」
苺佳「はい。今日の夜祭を通して、さらに恋心が加速してしまいました」
口元を緩ませる苺佳。
純黎もニコッと微笑む。
純黎「さあ、楽しい時間も終わりね。着替えましょう」
苺佳「よろしくお願いします」
頭を下げる苺佳。
純黎はそのまま苺佳の髪飾りを外す。
純黎「今日は、何か進展はあったの?」
苺佳「聞いて下さい! 実はですね――」
○同・大部屋(夜)
片付けられている部屋。
案内される雄馬。
室内に入るなり、野茂は雄馬に顔を近づける。
野茂「雄馬君、告白はできたかい?」
雄馬「いえ……」
苦笑いを浮かべる雄馬。
野茂は唇を突き出す。
野茂「なんだ。返事がどうだったか聞こうと思っていたのに」
雄馬「すみません。ですが、近々、必ず告白します。なので、お許しを……」
雄馬は頭を下げる。
野茂は嬉しそうに目を輝かせる。
野茂「そうかい。それなら良かったよ。もしかしたら、雄馬君の気持ちが変わってしまったのかと思っていたのだが、それはなさそうだな。タハハは」
雄馬「はい。それはないです。むしろ、もっと好きになりました」
ニヤニヤする雄馬。
野茂も心なしか嬉しそうな表情。
野茂「そうかい、そうかい。それで、今日は何か進展はあったかい?」
雄馬「はい。実はですね――」
○同・廊下(夜)
襖の前に立つ苺佳。
向いの部屋から出てくる雄馬。
雄馬「待たせた」
苺佳「ううん。私が勝手に待っていただけだから」
雄馬「純黎さん、中にいる? 最後に挨拶したくて」
苺佳「うん。少し待っていて」
襖を開ける苺佳。
苺佳「お母様、雄馬がご挨拶をしたいそうです」
純黎(声)「はいはい」
部屋から出てくる純黎。
雄馬「今日は本当にお世話になりました。久しぶりに浴衣を着ることができて、嬉しかったです。お時間を取っていただき、ありがとうございました」
深く頭を下げる雄馬。
純黎「こちらこそ。楽しんでもらえて何より」
野茂「雄馬君、また浴衣借りに来なさい。いつでも歓迎だよ」
雄馬「ありがとうございます。またお邪魔します」
優しく微笑む純黎と野茂。
苺佳も目を細めて雄馬を見る。
○同・店頭(夜)
靴を履く雄馬と苺佳。
振り返り、野茂、純黎の順に目を合わせる雄馬。
雄馬「それでは、今晩は失礼します」
純黎「はいはい」
苺佳「雄馬のこと、交差点まで送ってきます」
野茂「分かった」
純黎「雄馬君、気を付けて帰ってね」
雄馬「ありがとうございます。お邪魔しました」
扉を閉める苺佳と雄馬。
手を振り続ける野茂と純黎。
雄馬は最後にもう一度会釈する。
苺佳「そこまで送っていくよ」
雄馬「ううん。大丈夫だよ。今日は遅いし暗いから」
苺佳「そっか。それじゃあ、ここで」
雄馬「うん」
頭を下げる苺佳。
雄馬は首を傾げる。
雄馬「どうしたん?」
顔を上げる苺佳の目には星。
苺佳「今日はありがとう。ぬいぐるみも、大事にする」
雄馬「ハハッ、おう。大事にしてや」
苺佳「あとね、雄馬に伝えられなかった思い、今度絶対伝えるから、待ってて欲しい」
雄馬「……!」
目を丸くする雄馬。
すぐに口角を上げる。
雄馬「分かったよ、苺佳」
苺佳も満足そうに微笑む。
苺佳「あと、雄馬、今日鯛焼き食べに行ったこと、2人だけの内緒ね」
唇に指を近づける苺佳。
雄馬「もちろん。誰にも口外しないよ。ハハッ」
照れる苺佳。
少し崩れている苺佳の髪を撫でる雄馬。
雄馬「それじゃあ、お休み」
苺佳「うん、おやすみ」
戸に触れようとする苺佳の腕をパッと掴む雄馬。
驚きの表情を浮かべる苺佳。
雄馬はそのまま自分の唇を近づけ、不意打ちのキスをする。
みるみるうちに顔を赤くしていく苺佳。
額をくっつけ、雄馬囁く。
雄馬「苺佳、いつかきっと、君にでっかいプレゼント渡すから。待っといてな」

