初恋相手が優しいまんまで、私を迎えに来てくれました。

○(回想始め)タイトル
   「7年前」

○歩道(夕)
   ランドセルを左右に揺らし走る雄馬(11)。
雄馬「あの日は冬なのに、春みたいに温かい日だった。苺佳と別れた後、アニメ見たさに家まで走って帰っていた」

○マンション・通路(夕)
   走っている雄馬。
   ドアの前で立ち止まる。
   そしてノブを回す。

○同・加藤家(夕)
   中に入る雄馬。
雄馬「ただいまー!」
   足元に視線をやる。
   置かれているのは父の靴のみ。
   雄馬は靴を脱ぐ。
   そして、自分の靴と父の靴の間にスペースを作る。

○同・リビング(夕)
   ドアを開けて入ってくる雄馬。
   ソファに深く腰掛け、項垂れる加藤。
雄馬「お父さん、ただいま!」
加藤「……」
   ソファに歩み寄る雄馬。
   その途中にあるダイニングテーブル。
   上に置かれている離婚届と指輪。
   既に半分に記入が済んでいる。
雄馬「え……、なにこれ」
   立ち止まる雄馬。
加藤「母さん、出て行った」
雄馬「え」
   雄馬、顔の血の気が引いていく。
   ランドセルを床に捨て、加藤に迫る。
雄馬「お父さん、どういうこと? お母さんが出て行ったって、どういうこと?」
加藤「アイツには、俺の愛情が伝わらなかったみたいだ。残念だ」
   太腿を両手で叩き、ゆっくり腰を上げる加藤。
   状況が飲み込めず、黒目を動かす雄馬。
   その横を通り過ぎる加藤。
加藤「雄馬、来週にはここ引き払って出て行く。お前も付いてくるだろ」
   立ち止まり、振り返って雄馬を見る。
雄馬「え、ど、どこ行くの?」
加藤「俺の実家。今から学校に電話するから、とりあえず部屋にあるもので必要ないもんは捨ててくれ。ゴミ袋なら――」
雄馬「(遮って)待って、全然分かんない」
   加藤の前でしゃがみ込む雄馬。
   面倒そうな表情を浮かべる加藤。
加藤「引っ越しだ、引っ越し。だから要らねえもんあんなら、さっさと捨てておけ。あとあと面倒だ」
雄馬「え、ひ、引っ越し……?」
   動揺が隠せない雄馬。
   加藤は室内を歩き回る。
加藤「(独白)あれ、携帯どこやったっけなー、さっき使ったのによ。チッ」
   大股で歩き続ける加藤。
   床に落ちる水滴。
   雄馬、しゃがんだまま忍び泣く。
   加藤、携帯を手に雄馬へ近づく。
   そして、髪の毛を引っ張る。
   顔を顰める雄馬。
加藤「アイツに似て、お前も酷ぇ顔してんな。見てて辟易するわ」
   雄馬は加藤のことを睨む。
加藤「なに睨んでんだ、テメエ、いつ俺より偉くなった、あ?」
   髪を掴み直し、怒鳴る加藤。
   さらに涙を流していく雄馬。
   そのあと、頬にビンタ。その後も身体を叩かれ始める。
雄馬「楽しいと思えることは、この先ないんだって自覚したのは、この日が最初で最後だった」
   (回想終わり)

○公園(夕)
雄馬「引っ越してからは、毎日が地獄だった。実家暮らしになった途端、親父は定職に就かず、日雇いの仕事を始めたんだけど、子供の俺がストレスの捌け口にされて。叩かれ続けて、罵声浴びせ続けられて。しかも、決まって祖父母がいない土曜の昼に」
   不服そうにする苺佳。
苺佳「なにそれ、おじさん酷い。でも、虐待だよね、それって。誰か気付いてくれる人いなかったの?」
雄馬「俺が転校した学校、人数多くて、そういう対応に疎いっていうか、ちゃんとしてる人がいなくて」
苺佳「伝えてくれていれば、助けに行ったのに……」
   目に涙を浮かべ始める苺佳。
   雄馬も申し訳なさそうな表情を浮かべる。
雄馬「ごめんな。携帯壊れてさ。新しいのも中学にあがるまで買ってもらえなくてさ。家電あったけど使用禁止にされてたし」
苺佳「酷過ぎる。雄馬、何にも悪くないのに」
雄馬「そうやって言ってくれるの、苺佳だけだよ」
   苺佳に優しい眼差しを向ける雄馬。
   雄馬は両手を首、両膝の間に挟む。
雄馬「でも、これはただの序章にしか過ぎなくてさ。このあと、もっと複雑なことに巻き込まれるんだよね」
苺佳「え」
   空を仰ぎ見始める雄馬。
   苺佳は雄馬の横顔を眺め続ける。
雄馬「親父、俺が小6の夏に同級生の絢さんって人と再婚したけど、1年で離婚。理由は母さんと同じだった」
苺佳「もしかして……」
雄馬「DVってやつ、受けてたみたい」
苺佳「……やっぱり」
雄馬「ん? やっぱり、って?」
苺佳「雄馬が引っ越していく1か月前だったかな、私のお母さんがおばさんのこと偶々見かけたらしくて。そのとき、別人って思うぐらい纏うオーラが違っていたから、何かあったのかしら、って心配していたの」
   首を落とし、俯く雄馬。
雄馬「そう、だったんだ」
苺佳「あのとき、声掛ければよかったのかなって、たまにボソッと言ったりするから、私も気になっていて」
雄馬「そうか。おばさんには、お気遣いありがとうございます、って伝えておいて」
苺佳「うん」
   寂しそうな表情を浮かべる苺佳。
   雄馬は目頭を押さえ、指に力を入れる。
   苺佳は滲む視界で雄馬の横顔を見る。
苺佳「あ、あのさ、こんなこと聞く野は失礼だって思っているのだけど……」
雄馬「うん……」
苺佳「おばさんは、今……」
雄馬「精神病棟に入院中で。ずっと会ってないんだ。病院の名前は知ってるんだけど、今さら、どんな顔して会ったらいいか分かんなくてさ」
苺佳「そっか……。そうだよね。分からないよね」
   俯く苺佳。
   雄馬はまた仰ぎ、空を見る。
   飛び出す喉ぼとけが上下する。
雄馬「親父の再婚は1度で終わらなかった。俺が中2のときに、13歳下の、連れ子がいる女性と結婚したんだけど、実は今も続いてるんだよね」
苺佳「え、そうなの? あ、ごめん、こう言っちゃうと、失礼だよね」
雄馬「別にいいよ。俺は逃げてきたんだし」
苺佳「逃げて、きた……って、どういうこと?」
雄馬「再婚相手は息子のことが大好きで、俺が話しかけても返事することは1回もなかった。親父は親父で、相変わらず俺のこと叩くし」
苺佳「……」
   言葉を失う苺佳。
   視線のやり場に困っている。
雄馬「で、高校1年で転校を決意したってわけ。ハハハ、こう聞くと、俺が弱い奴みたいだよな。男なのに……よ。情けねえよな」
   呆れ顔の雄馬。
   雄馬は目に涙を浮かべている。
雄馬「俺って、苺佳が知る頃から何も代わってなかったんだよな。泣き虫のまんまだし、恋に臆病なところも。親父のこともあって、更に拍車掛けたけど」
   自分を卑下するように笑う雄馬。
   苺佳は顔を上げ、雄馬の顔を見る。
   そして指で雄馬の涙を拭う。
雄馬「……!」
苺佳「雄馬は全然弱くないよ。情けない男じゃないよ。誰よりもカッコイイ。逃げるなんてできないよ。それに、ずっと我慢していたってことでしょ? 私には到底できないことだよ。すごい、すごいよ、雄馬」
   雄馬は大粒の涙を流し始める。
   苺佳は雄馬の頭を優しく撫でる。
苺佳「泣き虫の雄馬も、恋に臆病な雄馬も、全部私が大好きな雄馬。変わっちゃうとそれはそれで困るな。更に磨きがかかっちゃうと、色んな人に狙われそうだから。ふふっ」
   夕日に照らされる苺佳。
   雄馬は目を細める。
苺佳「雄馬、ここに帰ってきてくれてありがとう。それだけでも、私は嬉しいよ」
   そして雄馬のことをハグする。
   雄馬は小柄な苺佳の身体に顔を埋め、泣き続ける。
    ×    ×    ×
   (時間経過)
   陽が落ち、暗くなり始めている。
苺佳「落ち着いた?」
   顔を上げる雄馬。
   瞼が腫れている。
苺佳「瞼腫れているけど、大丈夫?」
雄馬「大丈夫。ごめん、服濡らした」
苺佳「気にしないで。慣れているから。ふふっ。でも、こんなに泣く雄馬、久しぶりに見た」
   雄馬は恥ずかしそうに俯く。
   頬を赤らめる。
   スマホで時間を確認する苺佳。
苺佳「そろそろ帰らないと」
   ベンチから腰を上げる苺佳。
   その腕をパッと掴む雄馬。
   苺佳は驚きの表情。
   そして、軽くベンチに腰掛ける。
雄馬「苺佳、さっきはごめん」
苺佳「ん? (肩を触る)あ、これ? いいよ、吸湿速乾素材だからね、えへへ」
雄馬「いや、そうじゃなくて。さっき、苺佳の気持ちに応えられないって言っただろ?」
苺佳「あー、う、うん……。言われた、ね……」
   当惑する苺佳。
   雄馬は真正面を見て告げる。
雄馬「あれ、只今をもって撤回する」
苺佳「えっ、え!?」
雄馬「(唇を尖らせ)苺佳に慰められたってわけじゃないけどさ、(真剣)俺、やっぱり苺佳のこと好きだし、その気持ち大事にしたいし。好きな人のこと、傷付けたくないから」
   苺佳の表情がパッと晴れる。
   照れ笑いをする雄馬。
雄馬「だからさ、俺と付き合ってくれ。結婚を前提に、ということで構わない。苺佳の願いを叶えるのが、俺の務めみたいなもんだから」
   目を輝かせる雄馬。
   苺佳は雄馬の頬を軽く抓る。
   そして笑みを浮かべる。
苺佳「いつの間に、カッコイイこと言えるようになったの? 私よりも背小さくてかわいかったのに」
   手を離す苺佳。
   雄馬はそこを擦りながら、
雄馬「ば、馬鹿にするなよ! これでも俺はもうすぐ17歳になる男なんだぞ! 幼馴染の男じゃなくて、これからはちゃんと大人な男として見てくれよ」
   拗ねる雄馬。
   苺佳は吹き出して笑う。
   雄馬は唇を尖らせる。
苺佳「転校してきた時から、ずっと大人の雄馬だって思って接しているよ? でも、どうしても重ねちゃう。やっぱり、私、ずっと昔から雄馬のことが好きで、諦めきれない気持ちがあったから」
   苺佳に視線を合わせる雄馬。
雄馬「それは、俺も」
苺佳「だからね、迎えに来たって言われたときは、本当に驚いたし、本当に嬉しかったの」
雄馬「俺は、苺佳との約束は破らへん。これまでも、これからも、決して」
苺佳「ありがとう、雄馬」
   頷く雄馬。
   腰を上げる苺佳。
苺佳「そろそろ帰ろうかな」
雄馬「疲れてるだろうに、誘って悪かった」
苺佳「大丈夫だよ。誘ってくれてありがとう」
雄馬「おう。じゃあ、俺、こっちだから」
   雄馬は左の方向を指す。
苺佳「じゃあ、また火曜日に」
雄馬「おう。またな」
   手を振り続ける雄馬。
   苺佳は走って帰っていく。

○竹若高校・2年2組教室
   黒板。試験科目と時間の記載。
   試験中の生徒たち。
   試験監督が見回りをしている。

○同・音楽室
   演奏の準備を進める苺佳と皐月。
   窓が開いている。風に靡くカーテン。
   ドアの開く音。関本が顔を覗かせる。
関本「わりぃ、遅れた」
苺佳「試験お疲れ様、天ちゃん」
皐月「補習になるような点は取ってないよね?」
関本「頑張ったけど、分からん」
   両手を広げ、唇を上下に動かす関本。
   皐月は関本の腕を摘まむ。
皐月「補習になったら練習できる時間減るんだから、やめてよね」
苺佳「まあそうなったら、週末練習増やすしかないね」
皐月「苺佳との推し会楽しみにしてるのに」
   唇を尖らせる皐月。
   苺佳は皐月の肩に手を置く。
苺佳「イベント行くわけじゃないから、まだいいんじゃない? 流石にイベントと重なったら私も許せないけど」
関本「苺佳怒らせたら怖いからな、気を付けねえと」
皐月「私だって怒ったら怖いと思うんだけど?」
関本「ひぃ! (揶揄う)皐月のほうが怖いですーだ」
   関本を擽り始める皐月。
   関本は逃げようと必死。
   その2人を見て、腹を抱えて笑う苺佳。
関本「そこまで! ギブ!!」
   笑い合う3人。
   ドアのノック音。
   すりガラス。雄馬のシルエット。
皐月「(小声)来たかな」
   苺佳は不思議がる表情を浮かべる。
苺佳「はい、どうぞー」
   ドアが開く。雄馬が軽く手を挙げる。
   驚きが隠せない苺佳。
苺佳「えっ、雄馬!?」
   雄馬、両足を大きく挙げる歩き方で中に入ってくる。
雄馬「邪魔するで~」
関本「邪魔するなら帰って~」
雄馬「ほな帰るわ~」
   方向転換し、同じ歩き方で去っていく雄馬。
   笑いを堪えながら歩いている。
   ドアを開けようと手を伸ばしたタイミング。
皐月「(全力)いや、そこは帰ったらあかんやろ!」
   一瞬の間。
   周りをキョロキョロする皐月。
関本「(大声)ワハハハハ、さっちゃん、最高!」
雄馬「ハハハッ、上出来やん! バッチシやで!」
   グッドサインを皐月に向ける雄馬。
   豪快な笑い声を上げる関本と皐月。
   3人のノリに、目を点にする苺佳。
皐月「やっぱ関西出身の推し見てたからかな。アハハ」
   視線をあちこちに向ける苺佳。
苺佳「……あの……?」
   恐る恐る右手を挙げる。
   雄馬は笑顔で苺佳を見る。
関本「いっちゃん、どうした?」
苺佳「どうして雄馬がここにいるの? それと、どうして3人でノリ突っ込みしてるの? 全然わからなくて困惑中です……」
   苺佳の反応を見て吹き出す雄馬と皐月。
   関本は涙を流しながら笑う。
苺佳「私なにか変なこと言っちゃった?」
雄馬「全然。反応可愛すぎて」
   耳と頬を真っ赤にする苺佳。
苺佳「(独白)恥ずかしい、恥ずかしい……」
   苺佳の隣へ近づく皐月。
   そのまま苺佳の肩に手を回す。
皐月「ライブの前に、どんな曲演奏するか知ってもらってるほうがいいかなって思って、それで苺佳に内緒で呼んだの。初めてでも楽しんでもらいたいじゃん?」
雄馬「せやねん。柏木さんに誘われて、暇持て余してるし、予習も大事やん? せやから。ハハッ」
   歯を見せてニカッと笑う雄馬。
関本「ってことだから、早く練習始めようぜ。テスト明け一発目、バシッと」
皐月「苺佳も、ぼーっとしてないで、準備、準備」
   苺佳の背中をポンと叩く皐月。
   頷き、苺佳は皐月、関本、雄馬の順に視線を合わせる。

○同・グラウンド
   サッカー部が練習中。
   開いた窓から聞こえるバンド演奏。

○同・音楽室
   演奏中の苺佳たち。
   立ったまま、ノリノリの雄馬。
   足元には雄馬のリュック。
   苺佳の歌声が響く。
苺佳N「そこから私たち、DRAGON15(ドラゴンフィフティーン)は、観客である雄馬に向けて、ライブで演奏予定の曲を演奏。でも、新曲はまだ秘密にしておいた。理由は2つ。1つは、観客の1人として楽しんでもらいたいから。もう1つは……」
   演奏が終わる。
   楽器を下ろす苺佳と関本。
   雄馬の目は輝いている。
苺佳「(照れ)こんな感じ、かな」
皐月「(食い気味)どうだった?」
雄馬「言い方馬鹿になるけど、ガチでスゲー、っていうのが1番の感想。でもこれ全部オリジナルなんだろ?」
関本「そう。うちの天才レディ2人が作ってっから、誰にも負けない自信がある」
   ポージングを決める関本。
   見向きもせず、苺佳に視線を向ける雄馬。
雄馬「えっ、苺佳も曲作るん?」
苺佳「今は皐月に任せちゃっているけど、1年の頃は、作曲していたよ」
関本「だって1曲目のやつは、DRAGON15の代表曲でもあり、作詞は皐月が、作曲は苺佳が担当した曲でもあるからね!」
   ドヤ顔の関本。
   皐月は満面の笑み。
皐月「どうして天龍が自慢してんだよ!」
   瞬間、手で口を押える皐月。
   苺佳はニコッと笑う。
関本「別にいいだろ。俺はどっちにも参加してねえけど」
   皐月の突っ込みにいじける関本。
   苺佳に視線を向ける皐月。
皐月「ドヤ顔するなら私と苺佳だよね?」
   ニヤッと笑う皐月。
   苺佳は戸惑い顔。
苺佳「そ、そう、かもね……」
雄馬「そうやったんか。でもまあ納得できる。苺佳は昔から音楽聞くのも、作るのも、歌うのも、大好きやったもんな。それに、昔はよく変な即興ソング作って――」
苺佳「(遮って)ちょっと、恥ずかしいからっ!」
   顔を赤らめ始める苺佳。
   そして雄馬に突進する。
   皐月は勢いよく立ち上がる。
皐月「えっ、雄馬君、今なんて!?」
雄馬「苺佳が小学2・3年の頃、帰り道で、即興で曲作って歌うみたいなことを、よくやってたから」
   雄馬の身体に顔を埋める苺佳。
   頭を雄馬の身体にぶつけ続ける。
   皐月はニヤニヤとし続ける。
皐月「そうなんだ。じゃあやっぱり――」
苺佳「(被せ気味)やりたいけど、無理だよ。家じゃ楽器弾けないから」
   肩を落とす皐月と関本。
   雄馬は小声で尋ねる。
雄馬「許されて、ないのか?」
苺佳「うん。まあちょっとあってね」
雄馬「そっか。残念だな」
   雄馬から離れる苺佳。
   下から雄馬の顔を覗く。
苺佳「でも、音楽室で練習できるだけありがたいよ」
皐月「そうだよね」
   強く頷く関本。
苺佳「さあ、もう1回頭から練習しようよ。体育祭と中間でできなかった分、取り返さないと」
皐月「りょーかい」
関本「次は新曲までを通しでやるか?」
皐月「あ、うん……」
苺佳「そ、そうだね、うん」
   急に流れる重たい空気。
   空気を察し、慌てる雄馬。
雄馬「あっ、俺そろそろ帰るよ。新曲楽しみにしてるから!」
   リュックを背負い、手を挙げる。
皐月「明日チケット渡すから、お金ヨロ」
雄馬「オッケー」
関本「カト雄、俺らのことサイトで検索して、曲の復習しとけよ」
雄馬「分かった」
   手でOKサインをする雄馬。
苺佳「雄馬、今日はありがとう」
雄馬「こっちこそ。このあとも頑張れ」
苺佳「ありがとう」
雄馬「それじゃ、お先」
   手を振って帰っていく雄馬。
   ドアが閉まる。
苺佳「よしっ、もう1回最初からやろう」
   目配せし合い、演奏を始める3人。

○同・廊下
   歩きながら演奏に耳を傾ける雄馬。
   遠ざかっていく音。
   雄馬は拳を握り、胸にぶつける。
雄馬「俺が、言うしかないか」
   廊下を走り始める。

○同・階段
   階段を駆け下りていく雄馬。
   踊り場。
   黒川とすれ違う。
黒川「おお加藤、なんや、急いどるんか?階段走ると危ないで」
雄馬「すみません。急用を思い出してしまったので」
黒川「そうか。まあ怪我せんように気ぃつけるんやで」
   頷く雄馬。
雄馬「さようなら!」
黒川「ほな、また明日」
   黒川に向かい一礼する雄馬。
   そのまま、駆け下りていく。

○市街地(夜)(雨)
   傘をさし、行き交う人の波。
   その中を歩く苺佳、皐月、関本の3人。
   苺佳と関本はそれぞれケースを背負っている。
関本「ここ通るの久しぶりだな」
皐月「クリスマス以来だもんね」
関本「そのとき、ちょうどホワイトクリスマスって盛り上がってたよな。まあ帰り大変だったけど
苺佳「そうそう。今日はあいにくの雨だけどね」
皐月「お客さん減るかな」
   傘を上げ、空を見上げる皐月。
   電光掲示板の光が煌めく。
   傘に雨粒が当たる音。
   口を開く苺佳。
   苺佳の呟きが掻き消される。
関本「大丈夫っしょ? 屋外じゃねえし」
苺佳「そうだよ。昨日聞いたけど、チケット、前よりも売れ行きがいいみたい」
皐月「なら良いけど」
関本「とりあえず、俺らは最善の演奏をするのみ。な?」
皐月と苺佳「だね!」

○ライブハウス・外観(夜)
   階段を下りていく3人。

○同・会場(夜)
   観客たちが集まり、コールしている。
   先頭の真ん中。ラフな格好の雄馬が立っている。
   雄馬の腕時計。18時ちょうどをさす。
   眩いライトがステージに注がれる。
   登場してくる苺佳たち3人。
   歓声が湧き上がる。
苺佳「こんばんは。DRAGON15です。今日はよろしくお願いします」
   律儀に頭を下げる3人。
   さらに歓声が大きくなる。
皐月「えー、今日は新曲を含め5曲を演奏します。ぜひ、最後までお楽しみください」
   静かになる会場。
   皐月が合図する。
   それに合わせて始まる演奏。
   盛り上がり、飛び跳ねる観客たち。
   終始楽しそうに演奏する3人。
   会場後方のドア付近に立つ、着物姿の英恵と、普段着の野茂(後ろ姿)
英恵「(小声)相変わらずだこと。いい加減諦めてもらわないとね」
野茂「えっ……と?」
英恵「日高、早くいらっしゃい。こんなところにいては、あの子のためにはなりません」
野茂「しかし、まだ演奏は終わっていませんよ。いいのです?」
英恵「ええ。こんな下品な歌、聞いていられません。早く車出しなさい」
野茂「は、はい」
   諦めのため息を吐く英恵。
   すぐそこのドアを開ける野茂。
   ドアに視線を一瞬向ける苺佳。
   出て行く英恵と日高の後ろ姿。
   2人の存在に気付いた苺佳。
   息継ぎと同時に息を呑む。
苺佳「……!」