○野茂家・外観(朝)
   平屋建て。
   広々とした日本庭園。
   着物姿の野茂英恵(76)、庭園の手咲いたばかりの牡丹を眺めている。
   英恵の前で立ち止まる苺佳。
苺佳「行ってきます、お祖母様」
   頭を下げる苺佳。
英恵「行ってらっしゃい」
   視線を合わさないで見送る英恵。

○2年2組教室(朝)
   賑わいを見せている教室内。
   黒板。体育祭まであと2日の文字。
   皐月、ノートに文字を書いている。
苺佳「作詞は順調?」
   皐月の前から話しかける苺佳。
皐月「うーん、まあまあかな。でも6月のライブまでには間に合わせるから」
苺佳「いつもありがとうね。でも、大変じゃないの? 今回だって体育祭ギリギリだし、終わったら中間テスト控えているから、勉強とか大丈夫かなって」
皐月「全然。勉強ばっかしてたら爆発するし、ちょうどいい息抜きになってるから」
苺佳「それならいいけど、無理だけはしないでよね。皐月の将来のこともあるし」
皐月「分かってる。ありがと」
   皐月は苺佳に微笑みかける。
   教室に入ってきた雄馬。
   気ダルそうな表情。
雄馬「おはよう」
   苺佳、軽く手を振って
苺佳「雄馬、おはよう」
   顔を上げる皐月。
皐月「おっはー」
   リュックを机の上に置く雄馬。
   後ろから覗き込む。
雄馬「それ、何してるん?」
皐月「私らのバンドの新曲作り。と言っても、今は作詞段階なんだけどね」
苺佳「6月にライブやるから、そこでお披露目予定だよ」
   頭の後ろで両手を組む雄馬。
   目を輝かせている。
雄馬「へえー、自分らで曲作るとかカッコいいやん」
苺佳「皐月が頑張ってくれてるからね」
皐月「そんなことないよ。苺佳だって頑張ってくれてるじゃん。いつもありがと」
   苺佳、頬を緩めて笑う。
皐月「あっ、そうだ。雄馬君、よかったらライブ見に来てよ。チケット取っておくから」
   グーサインをする皐月。
   苺佳は皐月の耳元で囁く。
苺佳「ちょっと、皐月」
皐月「いいじゃん。お客さん1人でも多いほうが盛り上がるし、いいでしょ?」
苺佳「それは、そうだけど……」
   嬉しさと困惑が混ざる表情を浮かべるの苺佳。
   一方で、目を輝かせ、行く気満々の雄馬。
雄馬「行かせてもらうよ。代金はちゃんと支払うから、チケットよろしく」
皐月「りょーかい」
   再びグーサインをする皐月。
   苺佳は溜め息を吐くも、嬉しそうにしている。
   予鈴が鳴る。
皐月「とりあえずはここまでだな。あとは放課後に――」
苺佳「今日の放課後って、ダンスの練習じゃなかったっけ?」
皐月「あぁ! 忘れてた、トホホ……」
雄馬「いや、トホホ、て。それいつの時代やねん! 言葉選びおもろいな」
   唐突に突っ込まれる皐月。
   数秒の間。
   吹き出して笑い始める苺佳と皐月。
   キョロキョロする雄馬。
雄馬「えっ、え、何かおもろかった?」
   笑いをこらえる皐月。
苺佳「雄馬、明るくなった?」
雄馬M「君の笑顔が見たかったから、なんだけどな」
苺佳「いきなりこっちに帰ってきたから、向こうでの生活で何かあったのかと心配だったけど、今の雄馬見ていたら、そうでもなさそうだね」
   表情を曇らせる雄馬。
雄馬「え……、あ、うん。そう、だね……」
   顔が見れず、俯く雄馬。
皐月「雄馬君って、あんなタイプだったんだね。意外なんだけど」
苺佳「実は、あんなにテンション高い雄馬、初めてみたの」
皐月「えっ、マジか!」
苺佳「そうなの。だって雄馬ってね、昔は――」
   本鈴が鳴る。
苺佳「タイミング……」
   人知れず胸を撫で下ろす雄馬。
   俯きながら着席する。
雄馬M「こんなはずじゃなかってんねんけどな……。まあいいか。苺佳の笑顔見れたし」
   静かに息を吐く雄馬。
苺佳N「このとき、私はまだ、自分が軽はずみな発言をしていたことに、気付いていなかった。雄馬が父親の実家で、関西という地で、どういった生活を送ってきたのか、知りもしないで」

○廊下
   歩いている生徒たち。
   その中。立ち話中の皐月と苺佳。
   苺佳、暗そうな表情。
   皐月は腕を組み、足を小刻みに揺らす。
皐月「遅い、遅すぎる。遅い、遅すぎる」
苺佳「皐月、イライラし過ぎじゃない?」
皐月「そーゆー苺佳だって、なんか暗くない?」
苺佳「私は、いつも通りだよ」
   暗い表情のままの苺佳。
   走ってくる関本。
   レジ袋を揺らす。
関本「お待たせ……って、え、いっちゃん何か暗くない? え、さっちゃんは、なんで怒ってるの?」
苺佳「私は普通だよ」
皐月「天龍、どれだけ待たすのよ!」
   関本の腕をつねる皐月。
関本「痛っ。だってよ、売店混んでたんだからよ」
皐月「今日逃したらしばらく練習できないんだから、今日ぐらい事前にお昼買ってくるなりすればよかったのに」
   怒りを露にする皐月。
   涙目になり、唇を震わせる関本。
   静かに笑い始める苺佳。
皐月「何笑ってんのよ!」
苺佳「だって、天ちゃんの顔見てよ。今にも泣きそうな顔しているのが、面白くて」
   天龍の顔を見る皐月。
   その途端、吹き出して笑い始める。
皐月「天龍、その顔ヤバい。チョーブサイク」
関本「メンバーに向かってそれ言う!? ド直球過ぎない?」
苺佳「それが皐月じゃん。天ちゃんだって分かってるでしょ」
関本「そーだけどさー」
   唇を尖らせる関本。
   皐月は笑い続けている。
   腕時計を確認する苺佳。
苺佳「皐月、天ちゃん、早く行こうよ。本当に時間無くなっちゃう」
関本「よっし、行くぞ!」
   関本、右手で苺佳の左手を、左手で皐月の右手を握る。
   2年2組の教室、後方ドア。
   顔を覗かせる雄馬。
雄馬M「何なん、あれ。俺だって苺佳の手、まだちゃんと握ったことないのに」
   嫉妬の炎を纏う雄馬。
薮内「アイツ、何かヤバくね?」
羽七「確かにヤバそう。男の嫉妬も怖っ」

○2年2組教室(夕)
   教壇に立つ黒川。
   生徒全員が同じ表紙の冊子を持っている。
黒川「これが、今年のプログラム一覧やから、当日まで大事に持っとけよ」
生徒たち「はい」
黒川「ほなホームルームは終わりや。今から体育館集合な。今日はみっちり、最終確認しろよ」
生徒たち「はい」

○廊下(夕)
   体操服を手に歩いていく生徒たち。
   皐月は他の友人と歩いていく。
   1人で歩く雄馬。
   追いかける苺佳。
苺佳「ねえ、雄馬」
   雄馬のことを下から覗き込む。
雄馬「ん、何?」
苺佳「今朝はごめん」
雄馬「……?」
苺佳「私、つい懐かしくて。昔の雄馬と違うこと、分かっているよ。悪い気持ちにさせていたら、ごめんね」
   雄馬、謝罪する苺佳に優しい声をかける。
雄馬「ああ、別に。苺佳が気にすることじゃないよ。俺も、悪ノリして悪かった」
苺佳「ううん、大丈夫だよ。ちょっと驚いちゃったけど」
雄馬「そうだよな、(苦笑い)ははっ」
苺佳「体育祭本番も、頑張ろうね」
雄馬「おう」

○雄馬の家・外観(夕)
   2階建てのアパート。
   雄馬、1階北側の部屋のドアを開ける。

○同・内観(夕)
   物が少ない室内。
雄馬「あー、疲れたぁ……」
   リュックを投げ捨てる雄馬。
   壁に当たり、鈍い音が鳴る。
隣住人「おい小僧、物投げるな。壁が傷つくだろ」
雄馬「すみませんでした」
   壁に向かって頭を下げる雄馬。
隣住民「分かったんならいい。気を付けろよ」
雄馬「はい」
   舌打ちをする雄馬。
   古びた布団。仰向けに寝転ぶ。
   本棚の上。写真立て。小学生時代の雄馬と苺佳のツーショット写真。
   ランドセルを背負っている。
雄馬M「どうすれば、振り向いてくれるんだよ」
   溜め息を吐く雄馬。
   そのまま瞼を閉じる。

○野茂家・外観(朝)
   晴天が広がっている。
   牡丹の花を愛でる、着物姿の英恵。

○同・台所(朝)
   テーブルの上。
   苺佳の弁当箱と共に並んでいる、男用の弁当箱。
同じ種類のおかずが詰まっている。
   其々の弁当箱の蓋を閉める純黎。
   保冷剤と共に袋に詰めていく。
純黎「苺佳、お弁当できたわよ」
   テーブルの上。弁当袋が2つ並んでいる。
   髪を結びながら歩いてくる苺佳。
   半袖半ズボンの体操服姿。
苺佳「ありがとうございます。……あれ、何故2袋もあるのです?」
純黎「雄馬君の分よ。持ってきているなら、食べてもらわなくてもいいからね」
苺佳「分かりました。伝えておきます」
   微笑み、頷く純黎。
   苺佳は袋ごとリュックの中に入れる。
純黎「ごめんね、今年も見に行けなくて」
苺佳「大丈夫です。お仕事、ですものね」
純黎「う、うん」
   表情を曇らせる純黎。
   心配そうに見つめる苺佳。
苺佳「どうかされました?」
純黎「ううん。何でもないわよ。さあ、頑張ってらっしゃい」
苺佳「は、はい。では、行って来ます」
純黎「行ってらっしゃい」

○竹若高校・2年2組教室(朝)
   賑わいを見せる教室内。

○同・廊下
   壁に背を預け、天井を見つめる苺佳。
   手には弁当袋が握られている。
   教室から出て、苺佳に話しかける皐月。
皐月「誰か待ってるの?」
苺佳「うん。雄馬をね」
   皐月、視線を下げる。
皐月「あ、もしかして」
   弁当箱を指し、口笛を吹く皐月。
   ニヤニヤし始める。
苺佳「え、何?」
皐月「私は今日、家族とお昼食べるから、気にしないで」
   両手を前に突き出す皐月。
   苺佳は首を傾げる。
苺佳「ん? どういうこと?」
   皐月、上機嫌な様子で去っていく。
   去っていく皐月の背中を見ながら、
苺佳M「誰とも一緒に食べるつもりはないんだけどな」
    ×    ×    ×
   (時間経過)
   予鈴が鳴る。
   俯き、立ったままの苺佳。
   駆けてくる足音。
   苺佳、顔を上げる。
苺佳「やっと来た」
   苺佳は雄馬に手を振る。
   手を振り返す雄馬。
   長袖長ズボンの体操服姿。
   苺佳の前で立ち止まる。
苺佳「おはよう、雄馬」
雄馬「おはよ。え、もしかして俺のこと待ってたん?」
苺佳「まあね」
雄馬「珍し。ハハッ、どうしたん?」
苺佳「これ、お母さんから。もし持って来ているなら、食べなくてもいいって」
   苺佳は雄馬に弁当袋を手渡す。
   袋を開ける雄馬。
   弁当箱が目に入る。
雄馬「お弁当、めっちゃ助かる!」
   袋の紐を締め直す雄馬。
   苺佳を満面の笑みで見つめる。
雄馬「やった、久しぶりに食べれるんだな、純黎さんの料理」
苺佳「昔よく食べに来ていたよね。懐かしい」
   袋を大事そうに抱える雄馬。
雄馬「あのさ、良かったら今日の昼、一緒に食べへん? あっ、苺佳は柏木さん……、ご家族と――」
苺佳「(遮って)ううん。今日、私、1人だよ。だから、雄馬がいいのなら」
   ニコッとする苺佳。
   雄馬は大きく頷く。
雄馬「もちろん。教室でいい?」
苺佳「いいよ」
雄馬「じゃあ、約束」
   雄馬、苺佳の前に小指を差し出す。
   そこに細い小指を絡ませる苺佳。
   微笑み合う2人。
   それを見つめる真玲。
真玲M「ふざけた真似を。いつか追い詰めてやるんだから」
   本鈴が鳴る。

○同・グラウンド
   テントの下に置かれている椅子に座る苺佳たち。
   応援の声で盛り上がりを見せている。
   グラウンド中央に設置されている
   得点プレート。
   苺佳たち紅組がリードしている。
苺佳「雄馬、上着脱がないの?」
雄馬「うん」
苺佳「暑くない? 大丈夫?」
雄馬「大丈夫だよ。ありがと」
   自然に微笑む雄馬。
苺佳「それなら良いけど。それより雄馬、リレー頑張ってね」
   拳を優しく雄馬にぶつける苺佳。
雄馬「ただのリレーのほうが良かったのに」
苺佳「まあそうだよね。でも、盛り上がること間違いなしだから」
雄馬「ちゃんと手伝ってよね。俺、着替えるの遅いほうだから」
苺佳「任せてください。ふふっ」
雄馬「頼んだよ、苺佳」
   拳を苺佳に向けて突き出す雄馬。
   苺佳とグータッチを交わす。
   その様子を微笑ましく見つめる皐月。
   嫉妬しながら見つめる真玲。慧聖に耳打ちする。
黒川「おい、そろそろ出番やで~。ゲートに並んでや」
生徒たち「はーい」
   入場ゲートに並び始める生徒たち。
   ワイワイと終始盛り上がっている。
放送「続いては、2年生による仮装リレーです。このリレーでは、ボックスの中からお題を引き、それに沿って用意されている仮装に着替えてもらい、そこからゴールを目指します。ぜひ、お楽しみください!」
   スタート地点に列をなす生徒たち。
教員「よーい!」
   ピストルが鳴る。
   スタートを決める生徒たち。
   声援を送る生徒たち。
   苺佳は選手の着替えを手伝う。
   それを羨ましそうに見つめる雄馬。
    ×    ×    ×
   (時間経過)
   彼方此方から聞こえる声援。
   最後列がスタートする。
   雄馬は苺佳のところで仮装し始める。
   嬉しそうに笑う苺佳。
   恥ずかしそうに頬を赤らめる雄馬。
苺佳「これでよし。頑張って」
雄馬「ありがと」
   1番に走り始めた雄馬。
   声を張って応援する苺佳。
苺佳N「仮装リレーは思いのほか反響を呼び、始まって以降、1番の盛り上がりを見せた。私としては、雄馬の、保育園児依頼のヴァンパイア姿を見られたことが、何よりも嬉しかったけれど」
   そのまま雄馬が1位でゴール。
   拍手が送られる。
苺佳N「私は純粋に体育祭を楽しんでいる裏で、お母さんとお祖母様は家業のことでひと悶着していた」

○着物屋野茂・店内
   客はゼロ。
   暇そうにしている野茂。

○野茂家・居間
   座椅子に腰かける英恵。
   深いため息を吐く。
   純黎は正座をして、英恵のことを見ている。
英恵「純黎さん、いつになったら苺佳をバンドから引き離すつもりなのかしら」
純黎「すみません……」
英恵「もう何度目かしらね。もう2年生の5月。跡継ぎになってもらう覚悟を決めてもらわなくてはならないのよ。分かっているわよね?」
純黎「すみません。苺佳には言っているのですが、誠に申し訳ございません」
英恵「言っていてあの状態ですか。それは、純黎さんの覚悟が足りないということでもあるのでしょうね」
純黎「しかし、日高さんはお店をたたむことも考え始めていると仰っておりましたし、それに――」
英恵「(遮って)日高は、苺佳を甘やかし過ぎなのです。その分、純黎さんにはしっかりしてもらわないと、代々継いできたご先祖様にも失礼に当たりますわよ」
   純黎は静かに頭を深々と下げる。
   英恵はもう一度、大きな溜め息。

○竹若高校・グラウンド
放送「それでは、ただいまより1時間の昼食休憩を取ります。これにあたり注意事項を――」

○2年2組教室
   皐月の席に座る苺佳。
   後ろを向き、雄馬の机に弁当箱を置く。
苺佳「せーので開けようよ」
雄馬「小学生以来だな。いいよ」
苺佳「じゃあいくよ。せーの」
   同時に弁当の蓋を開ける雄馬と苺佳。
   同じおかずが入っている。
   量は雄馬のほうが全体的に多い。
苺佳「一緒だったね」
雄馬「だな。って、これ、俺が好きだった玉子焼きじゃん」
   卵焼きを指す雄馬。
   苺佳は雄馬の表情を覗き込み、笑顔を浮かべる。
苺佳「雄馬好きだったもんね、お母さんが作る出し巻き卵」
雄馬「そう。俺の家庭の味だよ」
苺佳「大袈裟。ふふっ。お母さんに伝えておくね。喜んでいたよって」
雄馬「うん。よろしく」
   食べる用意を進める雄馬と苺佳。
苺佳と雄馬「いただきます」
   それぞれ、おかずを頬張っていく。
   雄馬の頬は緩みっぱなし。
   それを見て、幸せそうに笑う苺佳。
   終始ハッピーなオーラが漂う。
苺佳「雄馬、体育祭はどう? 楽しい?」
雄馬「そうだな。高1のときよりはマシかな」
苺佳「やっぱり、競技って違ったりするの?」
雄馬「うん。通ってたとこは、ダンスあったけどクラス対抗だったし。そもそも人数多かったから、出られる競技自体も少なかった」
   唇を尖らして言う雄馬。
   苺佳は数度頷く。
苺佳「そっか。ここ人数少ないからね。いっぱい出られるでしょ」
雄馬「まあ今年は様子見だからあれだけど、来年は頑張ろうかなって思う」
苺佳「じゃあ、来年も期待していてもいい?」
雄馬「任せてや。関西魂見せたる!」
   歯を見せて笑う雄馬。
   視線が合う。頬を紅潮させる苺佳。
   恋人同士のような空気間。
雄馬N「俺は苺佳が」
苺佳N「私は雄馬が」
雄馬と苺佳N「やっぱり大好きだ」
    ×    ×    ×
   (時間経過)
   空の弁当箱。
   袋の中へ片付けていく。
   苺佳のことをチラチラ見る雄馬。
苺佳「雄馬、どうしたの?」
雄馬「あー、いや、別に。ただ昔より可愛くなったなって思ってただけ」
苺佳「……!」
   頬を紅潮させていく苺佳。
雄馬M「苺佳のことが好きなのに、今の俺には、苺佳との恋に踏み出せない、ある1つの問題があった」

○竹若高校・グラウンド
   テント下に集う2年2組の生徒たち。
   リレーが行われている最中。
   興奮している生徒たち。
声を張り応援していく。
   雄馬にさり気なく近づく苺佳。
   背伸びをして、雄馬の耳元で囁く。
苺佳「雄馬、これ最後の競技だけど、今日は楽しめた?」
雄馬「まあまあ。どっちかって言うと、昼休みとか、テント下とか、(照れ)苺佳といるほうが楽しかった」
苺佳「(照れて)もお~」
   踵を付け、雄馬の腕を触る苺佳。
   頬を赤らめていく雄馬。
   そのまま、苺佳の手首を軽く握る。
雄馬「(真剣に)なあ苺佳」
苺佳「何?」
   腰を低くし、苺佳の耳元で囁く。
雄馬「放課後、暇?」
苺佳「うん、ちょっとだけなら」
雄馬「じゃあさ、付き合って」
   大きく頷く苺佳。
   キラキラの笑顔を振りまく。
   応援の声量が大きくなっていく。
   リレーのアンカーがゴールテープを切る。
   盛大な拍手が送られる。
   苺佳と雄馬も拍手をする。
薮内「やった、青の勝ちだ!」
小鳥「青が勝ってますように」
伊達「みんな、とりあえずお疲れさま!」
   労い合い、喜び合う生徒たち。
皐月「絶対私らの勝ちだ!」
   苺佳の元へ駆け寄ってくる皐月。
   苺佳も輪の中に入って喜ぶ。
   微笑ましく見るだけの雄馬。
   その雄馬に鋭い視線を向ける真玲。
   隣に立つ慧聖が真玲の顔を覗き込む。
慧聖「真玲ちゃん、誰見てるの?」
真玲「雄君。イケメンだなって」
慧聖「うん。イケメンだよね」
真玲「絶対アタシの彼氏になってもらうんだから」
慧聖「えっ」
真玲「早速今日仕掛けるから、手伝って」
慧聖「(渋々)う、うん」

○2年2組教室(夕)
   教室にいる雄馬、真玲、慧聖。
   雄馬は窓の外を眺めている。
   苺佳の机の上。置かれているリュック。
   キーホルダーを見つめる雄馬。
雄馬「(小声)これが、推し……?」
   慧聖は読書している。
   真玲、雄馬に近づき、肩に手を乗せる。
真玲「雄君♡」
雄馬「ん、俺?」
真玲「そうだよ。ねえねえ、雄君ってさ、彼女いないよね?」
雄馬「いないけど、好きな人いるから、ごめん」
真玲「え~、まだアタシ告白してないのにな」
   雄馬の腕にさり気なく触れる真玲。
   嫌悪感を抱く雄馬。
雄馬「(苛立ち)なに、俺に何か用?」
真玲「アタシと付き合って欲しいなって」
雄馬「だから無理だって、そう言ってるじゃん」
真玲「え~、言い方酷くない? アタシ、か弱い女の子なんですけど」
   真玲、再び雄馬の腕に触れる。
   顔全体に怒りを表出させる雄馬。
   駆けてくる足音。雄馬の顔が晴れる。
苺佳「お待たせ、雄馬。帰ろう」
   入口から顔を覗かせた苺佳。
苺佳「……!」
   驚きのあまり、その場で立ち尽くす。
   真玲は苺佳のことを睨みつける。
雄馬「悪い。先約あるから」
   リュックを背負い、大股で歩く雄馬。
   苺佳のリュックをガッと掴む。
雄馬「(リュックを渡して)帰るぞ」
   苺佳の腕を掴む雄馬。
   強引に引っ張って教室を出る。
   目を吊り上げる真玲。
真玲「(怒り)なにあれ。腹立つ」
   小説を閉じる慧聖。
   恐る恐る真玲に話かける。
慧聖「雄馬君が好きなのは、苺佳ちゃんなんじゃないかな……」
真玲「だから余計腹が立つの! 慧ちゃん、明日から作戦実行するから、手伝ってよね」
   慧聖に顔を近づけ、圧をかける真玲。
   気圧された慧聖。
   引き気味に数回頷く。

○廊下(夕)
   苺佳の手を引き続ける雄馬。
   戸惑いながらも付いていく苺佳。
苺佳「雄馬? どうしたの、そんなに怒るなんて珍しい」
雄馬「アイツ誰だ?」
苺佳「……あ、えっと、雄馬に近かった子が、内田真玲ちゃん。読書していた子が、戸崎慧聖ちゃん」
雄馬「内田って、どんな性格してんだ?」
苺佳「そうだな、一度狙った好きな男は、どんな手を使ってでも逃がさない、みたいな感じかな。結構野性的だよ」
雄馬「そうか」
   立ち止まる雄馬。
   苺佳は少し前のめりになって止まる。
苺佳「……?」
   雄馬、苺佳の顔を見つめる。
雄馬「苺佳、もし内田か戸崎が近づいてきたら相手にすんなよ」
   雄馬の言うことが分からず、困惑顔。
苺佳「内田さんはともかく、戸崎ちゃんはそんなことしないよ。内田さんとは仲がいいけど、悪口言ったことがない子だから」
雄馬「(吐き捨て)随分と肩入れしてんだな」
苺佳「戸崎ちゃんには、昔助けてもらった恩があるから」
   軽く下を向く苺佳。
   そのとき、暗い顔をしている。
雄馬「なんか、あったのか?」
苺佳「……うん、まあね」
   俯いたまま、泣きそうな表情の苺佳。
   雄馬、心配そうながらも、明るく喋る。
雄馬「そっか。無理には聞かない。言わなくていいからな」
   苺佳の頭に手を乗せる雄馬。
苺佳「……!」
   一筋の涙を溢す苺佳。
   雄馬の表情を見て、微笑む。
苺佳「優しいところ、昔から変わってなくて安心した。ふふっ」
   顔を真っ赤にする雄馬。
雄馬「ちょ、恥ずかしいだろ。言うなら2人きり、しかも、(照れ)もっと近くにしろよ」
苺佳「ふふっ、(揶揄う)可愛い」
   苺佳が雄馬の手を握る。
雄馬「……!」
苺佳「ほら、雄馬。突っ立っていないで、早く行くよ! お店閉まっちゃうよ!」
雄馬「なんで……!」
苺佳「えへへっ」
   髪の毛が靡く。
   雄馬には、苺佳の表情がキラキラと輝いて見え始める。

○公園(夕)
   親子1組がいるだけの公園内。
   ベンチに腰掛ける苺佳と雄馬。
   苺佳は包み紙から鯛焼きを取り出す。
   そして、それを縦半分にする。
苺佳「ごめんね、1個しか買えなくて」
   雄馬に頭側を手渡す苺佳。
雄馬「(受け取りながら)いや、俺も、小遣い全然持ってなくて悪い。バイトせなあかんとは思ってんねんけど、中々見つからんくて」
苺佳「この地域じゃ難しいかも。バイト雇うようなお店自体も少ないし」
雄馬「やっぱりそうか。どないしよ。(苦笑い)このままやと無一文一直線や」
苺佳「高校は奨学金なの?」
雄馬「まあそんなとこ。生活は、ギリ母さんが貯めてくれてた金があるけど、贅沢できるほどやないから」
苺佳「そっか」
   鯛焼きを齧る雄馬。
雄馬「(小声)うまっ」
   微笑む苺佳。
雄馬「変わんねーな」
   雄馬の顔を見ながら、苺佳も小さな口を開けて鯛焼きを頬張る。
雄馬「(咀嚼しながら)苺佳のとこは、奨学金とか無縁だろ」
苺佳「そんなことないよ」
   苺佳、ひと口鯛焼きに齧りつく。
   驚きが隠せない雄馬。
   食べる手を止める。
苺佳「最近業績が悪化していてね。お父さんの代でお店をたたむかもしれないの」
雄馬「(しみじみと)そっか」
   苺佳は両手で鯛焼きを包む。
   そして俯く。
苺佳「だからね、私、雄馬が帰って来てくれたのが、本当に嬉しくて」
雄馬「どういうこと?」
苺佳「賢い雄馬なら、お店、立て直せるかなって」
雄馬「えっと……?」
   戸惑いが隠せない雄馬。
   食べる手を止めたままでいる。
   一方、苺佳はゆっくりと顔を上げる。
苺佳「結婚を前提に、私と付き合ってもらいたいの。だめ、かな?」
   苺佳の上目遣い。
   雄馬の頬が赤く染まる。
雄馬「苺佳の気持ちは嬉しい。でも、ごめん。今、将来のこと考えるの、難しいや。ほんと、ごめん」
   短く息を吐いた苺佳。
   自分に言い聞かせるように喋り出す。
苺佳「そっか。なんかごめんね。急に告白しちゃって。驚いたよね。本当ごめん」
   言葉を取り繕うだけの苺佳。
   雄馬は言葉が出ず、俯く。
雄馬「……」
苺佳「……」
   数秒の間。
   苺佳、寂しそうに空を見上げる。
   鯛焼きは両手に抱えられたまま。
   雄馬は鯛焼きを貪り、食べ切る。
雄馬M「俺が知らない苺佳がいるように、苺佳が知らない俺もいるんだよな」
   咀嚼し終えた雄馬。
   苺佳と視線を合わせずに語る。
雄馬「今から言うことは、俺のただのひとりごとだから、聞いても聞かなくてもいい」
苺佳「……、うん」
雄馬「俺の親父、実は――」