○竹若高校・2年2組教室(朝)
   苺佳含め5人いる教室内。
   女子2人が会話をしている。
   男子2人は勉強に専念している。
   数学の問題を解いている苺佳。
   駆けてくる足音。
   ペンを走らせ続ける苺佳。
   すぐ近くで止まる足音。
   苺佳の視界に映る、女子の足元。
   女子は呼吸を整える。
   気にせずペンを走らせる苺佳。
皐月(声)「苺佳っ!」
   顔を上げる苺佳。
   皐月は驚きと笑みの表情。
苺佳「おはよう」
   微笑みかける苺佳。
皐月「ねえ、ちょっと来て」
苺佳「え?」
皐月「いいから、来て!」
   苺佳の腕を引く皐月。
   勢いのまま立ち上がる苺佳。
   皐月に手を引かれ教室を出る。

○同・廊下(朝)
   走っている皐月と苺佳。
   苺佳は疑惑の表情。
苺佳「そんなに慌てて、どうしたの?」
皐月「まあ、いいから」
苺佳「……そっか」
   教師とすれ違う。
   注意を受ける2人。
   皐月は無視して走る。
   苺佳は頭を下げて、後を追う。
   廊下に出ている、職員室のプレート。
   ドア前で立ち止まる皐月。
   苺佳も遅れて立ち止まる。
苺佳「えっ、職員室?」
   苺佳に視線を合わせる皐月。
   その後、ドアをノックする。
苺佳「え、ちょっと」
皐月「いいから、ね?」

○同・職員室(朝)
   教師たちが動き回っている室内。
   室内奥。向かい合わせに置かれる椅子と、ローテーブル。
   そのうちの一脚に座っている黒川。
   ドアが開き、入って来る皐月と苺佳。
   黒川は気付き、視線を送る。
   近寄る皐月と苺佳。
   苺佳の表情は曇っている。
皐月「先生、連れて来ました」
黒川「ありがとな、柏木」
皐月「いえ。じゃあ私はこれで」
   去ろうとする皐月。
   苺佳は皐月の袖口を掴む。
皐月「ん?」
苺佳「ちょっと」
   皐月の耳元で囁く苺佳。
   皐月は苺佳に視線を向ける。
   苺佳の目が震えている。
黒川「まあ、座ってくれ」
   小さく頷く苺佳。
   黒川の目の前に座る。
   皐月は苺佳の後ろに立っている。
黒川「朝一番に呼び出してごめんな」
苺佳「大丈夫です」
   暗くなる苺佳の表情。
   黒川は視線を苺佳から逸らす。
苺佳「先生、もしかして、嫌がらせのことで、私のことを呼びました?」
   黒川に視線を向ける苺佳。
   黒川は頷く。
黒川「そうや。そのことについてな、週末、進展があった」
苺佳「進展、ですか?」
   目を丸くさせる苺佳。
   皐月も前のめりになっていく。
黒川「先週金曜日、持ってきたはずの傘が、帰るときには、傘立てになかったやろ?」
苺佳「はい」
黒川「その傘、これやったりするか?」
   スマホを取り出し、写真を見せる黒川。
   画面に映る写真。
   骨の一部が折れている傘。
苺佳「はい。私の傘です」
黒川「そうか。これな、土曜の朝、学校のゴミ捨て場で見つかってん」
苺佳「え、あそこで、ですか?」
   皐月の目は怒りに満ちている。
黒川「バスケ部の男子が見つけて、教えてくれたんや。それで、部活で来とった生徒らに、傘捨てるとこ見た奴はおらんかって訊いたら、1人だけ、傘を壊しとる女性の先輩を見た、って」
皐月「それ、もしかして」
黒川「証言と特徴を照らし合わせたら、内田や、ってことになった」
皐月「やっぱり」
   顔を見上げる苺佳。
   皐月と目が合う。
   そして、頷き合う。
黒川「まあ、この後、本人呼んで確認はする」
苺佳「そうですか。じゃあ――」
皐月「(遮って)先生、内田ちゃんに訊くの、傘のことだけですか?」
   苺佳の隣に立ち直す皐月。
   黒川の視線は皐月に向く。
黒川「と言うと?」
皐月「この前、雄馬君から聞いたんです。苺佳への嫌がらせをしているのは、内田ちゃんだって。しかも、苺佳と雄馬君の前で言ったらしいです」
   黒川の視線が今度は苺佳に移る。
黒川「野茂、本当なん?」
苺佳「言われました」
   両腕を組み、唸る黒川。
黒川「そうか。それは、ちょっと放っておけへんな」
皐月「そうですよ。苺佳だけじゃなくて、雄馬君にも散々迷惑かけてます。何かしらの形で、指導しますよね?」
黒川「俺一人には決められへんからな、今は何とも言えん。でもまあ、生徒指導は入るやろうな」
   前のめりになっている皐月。
   両腕を組んだままの黒川。
   一方の苺佳は表情を暗くする。
苺佳「そうですか」
黒川「ん、何か不服か?」
   組んだ腕を離す黒川。
   苺佳は膝上に手を置く。
   そして、猫背気味に語る。
苺佳「内田さんも、私に思うことがあって、こういったことをしたのだと思います。指導も大切かもしれませんが、内田さんの気持ちも、理解してあげて欲しいです」
   頭を下げる苺佳。
   皐月は苺佳の表情を覗き見る。
   黒川は苺佳を捉え続ける。
黒川「なんや、野茂、やけに落ち着いとるな」
苺佳「虐めをする人に、罰を加えるよりも前に、まずは、どういった心理状態にあるのか確認したほうが良い、っていうことを、以前耳にしたことがあって。私では内田さんの本心を知ることができないので、先生にお願いしたいです」
   姿勢を正す苺佳。
   皐月は苺佳の肩に置く。
   そして、しゃがみ込む。
皐月「苺佳、それでいいの? もしかしたら、和解で終わるかもしれないのに」
   苺佳の、皐月を見る目。
   穏やかで、優し気。
苺佳「いいの。勿論、理由は知りたいけれど、私は内田さんを責めるつもりはないから」
   皐月は唇に力を入れる。
   黒川は前傾姿勢を取る。
黒川「そうか。野茂は、ホンマ優しいな」
苺佳「いえ、そんなことはないと思います」
黒川「ハハッ、まあ否定するところも、野茂らしいな」
   微笑ましく苺佳を見る黒川。
   苺佳は皐月の手を握る。
   驚く皐月。
苺佳「皐月、我儘言ってごめん。でもね、これだけは言わせて。私、皐月がいてくれたから、我慢できた部分もあると思う。心を支えてくれて、ありがとう」
   頭を下げる苺佳。
   皐月の目には涙が浮かぶ。
   黒川も目を細める。
   苺佳は皐月の背中をさする。
苺佳「先生、ありがとうございます」
   黒川に頭を下げる苺佳。
   黒川も頭を下げる。
黒川「野茂、すぐに気付いてあげられなくて悪かった」
苺佳「謝らないでください。私、先生の対応の速さに感謝しかありません。気付いて欲しい部分もあったのは確かですが……」
   苦笑いをする苺佳。
   黒川はスマホを手に取りながら言う。
黒川「加藤には、昼休みあたりに話そうと思うとるから」
   ポケットにスマホを入れかける黒川。
苺佳「あ、先生、雄馬は今日休みです。熱が出たみたいで……」
   黒川は手を止める。
   そして、目を丸くする。
黒川「ん、連絡あったっけか……?」
苺佳「私が伝えることになっていて」
   照れ笑いする苺佳。
   黒川は何度も頷き、笑みを浮かべる。
黒川「あー、そうかそうか。ハハハッ、連絡ありがとな、野茂」
   歯を見せ、笑う黒川。
   苺佳は苦笑い。
黒川「なら、明日以降やな、伝えるのは」
苺佳「そうですね」
黒川「何なら、野茂の口から直接言ってもいいんだがな?」
   ニヤッと笑う黒川。
   苺佳の表情は軽く引き攣る。
   が、首を縦に振る。
苺佳「はい。じゃあ、そうします。ふふっ」

○同・2年2組
   昼休み中の生徒たち。
   皐月の机に向かい合って座る苺佳と皐月。
   机の上。
   それぞれの弁当箱が置かれている。
   食べかけの状態。
皐月「でも、本当に良かった。傘も見つかったし、内田ちゃんも自供したし」
   卵焼きを箸で掴む皐月。
苺佳「まあ傘は壊れちゃっていたけどね」
   笑って言う苺佳。
   ひじきを箸で掴む。隅の座席。
   座っている慧聖。
   小説を読む手を止める。
   そして、栞を挟む。
   ゆっくり立ち上がる慧聖。
皐月「ってか、黒川先生には簡単に自供するなんて、苺佳自身、どう思った?」
   卵焼きを口に入れる皐月。
   苺佳は箸で掴んだまま、話す。
苺佳「まぁ、そうだろうな、って。ほら、やっぱり、同級生に迫られるよりは、先生に迫られるほうが、怖かったりするでしょ?」
   ひじきを咀嚼し始める苺佳。
   皐月はご飯を掴む。
皐月「まぁ、そうだろうけどさ、苺佳の中学時代の話、持ち出したんでしょ? 卑劣じゃん」
苺佳「まぁ、そうだよね。雄馬にも話していないことだったから、焦ったけどね」
皐月「だよねー」
   笑い合う2人。
   近づく人影。
   苺佳は食べる手を止める。
慧聖(声)「あの、ちょっといいかな?」
   顔を上げる2人。
   慧聖と目が合う。
苺佳「どうしたの?」
慧聖「苺佳ちゃんに、謝りたくて」
苺佳「えっ、私に?」
   もじもじする慧聖。
   皐月、弁当箱を手に取る。
皐月「私、席外そうか?」
   椅子から腰を上げる皐月。
   慧聖は皐月に視線を向ける。
慧聖「いてもらって、全然いいよ。それに、皐月ちゃんにも、迷惑かけちゃったし」
皐月「じゃあ、うん」
   椅子に座り直す皐月。
   立ち続ける慧聖。
   苺佳は小さく口を開ける。
苺佳「あ、椅子、よかったら」
   慧聖に視線を向ける苺佳。
   そのまま、椅子から腰を上げる。
   遠慮する慧聖。
皐月「苺佳、ここ座って」
   皐月と苺佳、椅子の半分ずつに座る。
   慧聖は浅く椅子に座る。
   俯いている慧聖。
   喋るのを待つ苺佳と皐月。
   食べる手を止めている。
   深呼吸をする慧聖。
   スッと顔を上げる。
慧聖「苺佳ちゃん、真玲ちゃんのことで、迷惑かけて、本当にごめん」
   深く頭を下げる慧聖。
   苺佳は微笑み、首を横に振る。
   皐月は苺佳と慧聖を交互に見ていく。
慧聖「あのね、中学生の時の話を内田ちゃんにしたの、私、なんだよね……」
   呟く慧聖。
   苺佳は真剣な眼差しを向ける。
苺佳「うん、知って、た……、うん」
慧聖「え」
   目を丸くさせる慧聖。
   皐月も頷く。
苺佳「同級生の中で、同じ中学出身の人って、戸崎ちゃんと、1組にいる新田君だけでしょ? 新田君が内田さんと話すとは思わないからね、ふふっ」
   慧聖に微笑みかける苺佳。
   慧聖は黒目をキョロキョロさせる。
慧聖「そう、だよね。なんか、ごめん。ホント、馬鹿だった。軽い気持ちで話しちゃったこと、反省すべきだよね……」
苺佳「本当だよ。忘れようって頑張っていたのに」
   唇を尖らせる苺佳。
   苺佳の反応を見て驚く皐月。
   慧聖はもう一度頭を下げる。
   すると苺佳は笑みを浮かべる。
苺佳「嘘だよ。ねえ、顔上げてよ」
   慧聖の肩に手を乗せる苺佳。
   涙目で顔を上げる慧聖。
苺佳「私もね、限界を感じていたの。隠し続けるのも、色々大変だから、ふふっ」
   苺佳は慧聖の肩から手を除ける。
   皐月は苺佳の肩に腕を回す。
   そして頷きながら言う。
皐月「よく、性格変えたっていうか、我慢したと思う。まあ中学の頃の苺佳、知らないから、偉そうな口叩けないけど」
   ニヤッと笑う皐月。
   苺佳は小さく首を振る。
苺佳「ううん。ここまで、私が“本当の私”になれたのって、皐月が支えてくれたお陰でもあるし、戸崎ちゃんが内緒にしていてくれたお陰もあるから。2人ともありがとう」
   頭を下げる苺佳。
   皐月はニコッと笑う。
   慧聖は目から涙を流す。
苺佳「だから、これ以上気負わないで。私ね、この埼も、戸崎ちゃんと仲良くしていたいから」
   ニコッと笑う苺佳。
   慧聖は袖口で涙を拭う。
慧聖「いいの? 私、苺佳ちゃんの秘密、話しちゃったんだよ?」
苺佳「いいよ。だから、また友達に戻ろう。ね?」
   首を傾げ、慧聖の目を見る苺佳。
   慧聖は笑って、頷く。
慧聖「ありがとう、苺佳ちゃん」
   頭を下げる慧聖。
   皐月は近づき、右腕を慧聖の肩にかける。
   驚く慧聖。
   皐月は歯を見せて笑う。
皐月「私も、慧聖ちゃんともっと仲良くなりたい。ねえ、もっと友達になってくれる?」
慧聖「もちろん。私も、皐月ちゃんと仲良くなりたいって、思ってたから嬉しい」
皐月「じゃあ、今日から友達ね!」
慧聖「うん」
   肩を組み合い、笑顔を浮かべる3人。
   教室中に笑い声が響き合う。

○同・職員室(夕)
   黒川の席。
   座っている黒川。
   立っている苺佳。
   互いに視線を合わせ、話している。
苺佳N「放課後、私は黒川先生に呼び出された。話の続きをする、という理由で」
   黒川、前傾姿勢で苺佳に話しかける。
黒川「昼休みにな、内田に生徒指導をすることが決まって、明日から2日間、生徒指導室で反省文を書くことが決まった」
苺佳「ということは、教室には来ない、ということですか?」
   姿勢を戻す黒川。
黒川「せや。まあ、謹慎処分ってことや。その分、授業は受けられへんようになるけどな」
   両手を膝に置き、叩く黒川。
苺佳「明日の数学、期末試験に出る問題をやるって、そう言っていて。授業に出ないとなると、不利じゃないですか?」
   前のめりになる苺佳。
   黒川もまた、前傾姿勢。
   下から苺佳の顔を覗く。
黒川「内田の心配しとるんか?」
苺佳「はい」
   黒川、椅子に背を預ける。
   そして、天井を仰ぎ見る。
黒川「まぁ、しゃーないことや。反省はしてもらわんと。人の物壊しとるし、学校の備品も傷付けとるからな」
苺佳「そう、ですよね……」
   視線を逸らす苺佳。
   黒川は姿勢を傾ける。
   そして、苺佳に視線を合わせる。
黒川「野茂、内田の心配することも大事やけど、まずは自分のことも心配せな」
   顔色を明るくする苺佳。
   気丈に振る舞う。
苺佳「私は、大丈夫です。解決もしましたし」
黒川「そう言い続けるのは簡単かもしれんけど、嘘付き続けると、いずれ自分の身体が壊れる」
   息を呑む苺佳。
   黒川は苺佳の目を見続けながら話す。
黒川「俺は、そういう人を、今まで何人も見てきた。もう、これ以上おんなじような人、見たくないねん。だからな、自分の気持ちに、素直になることも大事やで」
   目を伏せる苺佳。
   黒川も視線を下げる。
   少しの沈黙。
   目を見開く苺佳。
   黒川の目を捉える。
苺佳「先生に、お願いがあります」

○野茂家・外観(夕)
   走って帰宅してくる苺佳。
   笑顔を浮かべている。

○同・玄関(夕)
   戸を開けて、入って来る苺佳。
苺佳「ただいま戻りました!」
   靴を脱いでいく。
   台所から顔を覗かせる純黎。
純黎「おかえり」
   純黎は手を拭いながら、歩いてくる。
   靴を脱ぎ、揃えて置く苺佳。
   振り返り、純黎に視線を向ける。
苺佳「雄馬は?」
純黎「もう熱も下がったから、今日、家に帰るって」
   笑みを浮かべる純黎。
   苺佳も嬉しそうに笑う。
   早歩きで洗面所に入る苺佳。
   笑顔で言う純黎。
純黎「まだ2階にいるからね」
苺佳(声)「はい!」
   純黎は短く息を吐く。

○同・空き部屋(夕)
   階段を駆け上がって来る足音。
   折り畳まれている布団。
   その横に座っている雄馬。
   手にスマホを握っている。
   足音が止まる。
苺佳(声)「雄馬、入ってもいい?」
雄馬「ええよ」
   襖が開く。
   制服姿の苺佳。
   立ち上がる雄馬。
   苺佳は雄馬に飛びつく。
雄馬「おっ」
   抱き合う2人。
苺佳「熱下がってよかったね」
雄馬「苺佳のお陰。ありがとな」
   満面の笑みを浮かべる苺佳。
   雄馬も笑う。
苺佳「私ね、雄馬に話したいことがあるの。聞いてくれる?」
雄馬「俺もな、苺佳に、話したいことがあんねんけど」
苺佳「何?」
   身体を離す苺佳と雄馬。
   顔を見合わせる状態で立つ。
雄馬「苺佳から、話して」
苺佳「じゃあ、うん」
   座るよう、手で指示する苺佳。
   雄馬は布団の横に座る。
   苺佳は雄馬の目の前に正座。
苺佳「内田さん、謹慎処分になった。明日から2日間。教室にも来ないって」
雄馬「自分から口にしたん?」
苺佳「ううん。実はね――」
   向き合い、話をしている苺佳と雄馬。
苺佳N「私は、今日の出来事を、赤裸々に話した。私の話を、何も言わず静かに聞き続けた雄馬。話が終わったとき、雄馬は何も言わず、私のことを抱いた」
   抱き合う2人。
雄馬「俺さ、気付いたことあって」
苺佳「何?」
雄馬「俺な、苺佳がおらんと、この先の人生、生きていけへん、ってこと」
   ぎゅっと苺佳を抱き寄せる雄馬。
   苺佳の耳埼が赤くなる。
雄馬「俺、苺佳と結婚したい。着物屋野茂も継ぎたい。だから俺、大学に行く。言って、経営について学ぶ。4年間は迷惑かけるかもしれんけど、よかったら付いて来て欲しい」
   苺佳は雄馬の胸に顔を埋める。
苺佳「もちろん、付いていく。私も雄馬と結婚したいし、実家も継ぎたい。お父様の時代で終わりにしたくない」
   苺佳の頭を撫でる雄馬。
   撫で終わり、雄馬は苺佳の背中に手を置く。
   苺佳は瞬間、勢いよく顔を上げる。
苺佳「よし、決めた。私も大学行く!」
雄馬「えっ」
   目を点にする雄馬。
   口をあんぐりと開けている。
雄馬「でも、苺佳、大学行かないって、言ってなかった?」
苺佳「うん。その時は言ったよ。でもね、あのときの私は、逃げていた。ただ、冷静になって考えたとき、私がやりたいことって、着物の歴史を知った上で、お店を継ぐことだったの」
   苺佳の目は輝いている。
苺佳「今夜、家族に話す。今からだって遅くないはずだから」
   口角を上げ、笑みを浮かべる苺佳。
   雄馬も笑顔を浮かべる。
雄馬「苺佳なら大丈夫。俺と一緒に頑張ろ」
苺佳「うん。ありがとう」
   もう一度、深く抱き合う2人。
   幸せオーラが2人を包み込む。

○同・玄関(夕)
   靴を履いて立つ、雄馬。
   向き合って立つ、苺佳と純黎。
   廊下の奥から、野茂が隠し見ている。
   気付いていない雄馬。
   苺佳と純黎のみを見続ける。
雄馬「お世話になりました。ありがとうございました」
純黎「夕ご飯も、一緒に食べていけばよかったのに。良かったの?」
雄馬「はい。昨夜から、たくさんいただきましたから。これ以上、お邪魔はできません」
純黎「将来、苺佳のお婿さんになるのに?」
   ハッと息を呑む雄馬。
   顔を真っ赤にし始める苺佳。
   2人ともに照れ笑い。
純黎「そういうことだから、いつでも気にせず、遊びに来てね。待っているから」
苺佳「そうだよ。私も、待っているからね」
雄馬「ありがとう、苺佳。純黎さんも、ありがとうございます」
   純黎は微笑む。
雄馬「それじゃあ、失礼します」
苺佳「また明日、学校でね」
雄馬「うん。また明日」
   手を振って雄馬を見送る苺佳。
   雄馬も手を振る。
   が、戸を閉める前、純黎に向かって礼をする。
   戸が閉まる。
   遠ざかる足音。
純黎「さぁ、そろそろ夕ご飯にしまようか」
   振り返る純黎。
   苺佳も振り向く。
   顔を引っ込める野茂。
   歩き始める純黎。
苺佳「今夜、夕食の後でいいので、時間を取っていただけませんか?」

○同・居間(夜)
   向かい合って座っている苺佳、純黎、野茂、英恵の4人。
   英恵は湯呑を両手で持っている。
   湯気が立つお茶。
   野茂は啜りながらお茶を飲む。
   正座する苺佳。
   1人ずつ、視線を合わせる。
苺佳「お祖母様、お父様、お母様、私、雄馬が志望する大学に行きます。お店を継ぐ以上、しっかり着物と日本文化について、学んでおきたいのです。だから、お願いします。受験させてください」
   深く頭を下げる苺佳。
   英恵は湯呑を手に持つ。
   そして、フッと頬をゆるめる。
英恵「いいじゃない。昔とは違って、勉強ができる環境が整っているのだから、折角の機会よ。大学でしっかり学んできなさい」
苺佳「えっ」
   顔を上げる苺佳。
   英恵はお茶を啜る。
   腕を組む野茂。
   純黎と目配せし、頷く。
野茂「母様の言う通りだ。後悔しない選択をしたなら、家族として応援するだけだ」
純黎「そうね。苺佳のために貯めた学費もあるから、有効に使ってもらったほうが、私としては嬉しいから」
苺佳「ありがとうございます」
   もう一度礼をする苺佳。
   英恵は表情を引き締める。
英恵「受験する以上、手抜きは許しませんからね。しっかりと勉強しなさい」
苺佳「はい」
   力強い眼差しを英恵に向ける苺佳。
純黎「苺佳、全力で頑張りなさいよ」
苺佳「はい」
   苺佳は笑顔を浮かべる。
   英恵、野茂、純黎も笑う。
苺佳N「私の将来がどうなるかなんて、誰にも分からない。でも、ひとつだけ、知っている。そのことが実現されるまで、私は、雄馬の隣を歩き続ける」
              END.