初恋相手が優しいまんまで、私を迎えに来てくれました。

○野茂家・外観(翌朝)
   鳥のさえずり。
   英恵は花を眺めている。

○同・台所(朝)
   調理中の純黎。
   歩いて入って来る苺佳。
   部屋着姿。
苺佳「おはようございます」
純黎「おはよう。体調はどう?」
苺佳「はい。もう大丈夫です」
純黎「そう。良かった」
   安堵の表情を浮かべる純黎。
   苺佳も微笑む。
純黎「雄馬君に、昨日のお礼言ったの?」
苺佳「はい。寝る前に連絡入れました。でも、まだ返事は来ていません」
純黎「そう。あ、そうだ。昨日雄馬君が持って来てくれた鯛焼き、冷蔵庫に残っているから、朝のうちに食べちゃいなさい」
苺佳「はい」

○雄馬の家・中(朝)
   床に倒れているままの雄馬。
   浅い呼吸を繰り返している。
   取り出されているスマホ。
   画面が付く。
   苺佳からのメッセージ。
苺佳(声)「鯛焼き、美味しかったよ」
   雄馬は気付かず、寝ている。

○野茂家・苺佳の部屋(朝)
   スマホを触っている苺佳。
   雄馬とのやり取りの画面。
   既読も付いていない状態。
苺佳「いつもならすぐ返事くれるのに」
   唇を尖らせる苺佳。
   スマホを机の上に置く。
   膝を抱え、顔を埋める。
   そして息を吐く。
   スマホが振動。
   顔に喜色を混ぜ、スマホを手に取る。
   画面。皐月からのメッセージ。
   再び、膝を抱える苺佳。

○柏木家・外観
   7階建てマンション。
   マンション近くにある公園。
   子供達が遊んでいる。

○同・通路
   数戸の並んでいる部屋。
   壁。403のプレート。
   ドアが閉まっている。

○同・中・皐月の部屋
   鞄に作詞ノートを詰める皐月。
   ベッドの上。スマホの画面が付く。
   ベッドに駆け寄る皐月。
   スマホを手に取る。
   画面。苺佳からのメッセージ。
   笑みを浮かべる皐月。
   スマホを首から下げる。
   そして鞄を手に、部屋を出る。

○野茂家・外観
   門扉の前に立つ皐月。
   鞄を両手で、胸の前で持っている。
   震える左手でインターホンを押す。
   インターホンが鳴る音。
野茂(声)「はい」
皐月「こんにちは。柏木皐月です」
野茂(声)「今開けるから、どうぞ」
皐月「はーい」
   安堵の表情を浮かべる皐月。
   明るくなる表情。
   鞄を左手に持ち直す。

○同・苺佳の部屋
   畳の上に正座する苺佳。
   座布団の上に座る皐月。
   机の上に置かれている、苺佳の湯呑。
   牡丹がデザインされている湯呑。
   皿の上。みたらし団子が2本ずつ乗っている。
   湯呑に手を伸ばす皐月。
   湯気が立つお茶を恐る恐る飲む。
皐月「熱っ……」
苺佳「淹れたてだからね。舌、火傷してない?」
皐月「なんとか。ハハハ」
   苺佳も釣られて笑う。
   湯呑を机の上に置く皐月。
   苺佳に視線を向ける。
皐月「急に連絡したのに、ありがとね」
苺佳「大丈夫だよ。まあ昨日だったら、断っていたけど」
皐月「ん? 何かあった?」
苺佳「実は体調崩したの」
   目を丸くさせる皐月。
皐月「え、珍し」
   苺佳は苦笑い。
苺佳「この前の部活終わり、私、先に帰ったでしょ? あの後、雄馬に会いに行ったの」
皐月「もしかして、仲直りするために?」
   小さく頷く苺佳。
   皐月は納得の表情。
苺佳「でも、雄馬バイトでいなくて。帰ってくるまで待っていたの。それで身体冷えちゃったみたいで」
   苺佳は湯呑に手を伸ばす。
苺佳「雄馬に会った瞬間、気が抜けちゃって。それで」
   お茶を啜る苺佳。
   ホッと息を吐く。
皐月「もしかして、看病したのって、雄馬君?」
苺佳「うん。そうだよ」
   皐月は両手を頬に当てる。
   そして前のめりに身を乗り出す。
皐月「えー、めっちゃいいじゃん!」
苺佳「何が?」
皐月「だって雄馬君の家で2人きりだったんでしょ? 好きなことし放題じゃん」
   手指を絡め合いながら言う皐月。
   苺佳は半笑い。
苺佳「できないでしょ。私、体調悪かったし、起きて十分ぐらいしたらお母様が迎えにきたし」
皐月「勿体なっ。私なら体調悪くても彼氏とイチャイチャするのに」
   唇を尖らせる皐月。
   苺佳は諦めの表情を浮かべる。
苺佳「私にはそこまでの勇気がないから、無理だよ。それに、雄馬だって、きっと大変だっただろうから」
皐月「まあ、そっか。それで、仲直りしたの?」
苺佳「うん。もう、すっかり。意地張っていたのが、もう懐かしいぐらい。ふふっ」
   皐月も頬をゆるませる。
皐月「なんか苺佳らしいね。でも良かった。仲直りしてくれて」
苺佳「えっ」
皐月「だって、喧嘩したままだと、ダブルデート行けないじゃん」
   目を輝かせる皐月。
   苺佳は驚きから笑う。
苺佳「えっッ、そんな理由!?」
皐月「それ以外にも理由はあるけど……、言わない」
   両腕を組み、ニヤッとする皐月。
苺佳「ズルいよ、それ。まあ皐月っぽいから気にしないけど」
皐月「ハッハー、ハハハ」
   大声を出しながら笑う2人。
   笑いが止まらない状態が続く。
   が、苺佳は急に素に戻る。
苺佳「いつまでも笑っていないで、早く曲の確認しようよ。そのために来たのでしょ?」
皐月「だね」
   まだ口元が緩んでいる皐月。
   その状態で鞄の中を漁り始める。
皐月「えーっと、あぁ、あった」
   取り出される作詞ノート。
   ペラペラとページを捲る。
皐月「とりあえず、こんな感じ。とりあえず読んでみてくれない?」
苺佳「分かった」
   ノートを手に、読み始める苺佳。
    ×    ×    ×
   (時間経過)
   机の上に広げられている作詞ノート。
   隣同士に座っている苺佳と皐月。
   苺佳はお茶を飲み切っている。
   皐月は残り1本の団子に手を伸ばす。
苺佳「それで、私が作曲すればいいの?」
皐月「うん。任せようかなって。まあクリスマスライブまで時間あるし」
   団子を食す皐月。
   苺佳は困惑顔。
苺佳「できるとは思うけど、期末試験もあるし……、間に合うかな」
皐月「え、もしかして一人で完成させようとしてる?」
   団子を咀嚼し終える皐月。
苺佳「えっ」
皐月「私ら頼ってよ」
苺佳「でも、皐月、今月から塾通い始めたって……」
   申し訳なさそうな表情の苺佳。
   一方、明るい表情の皐月。
皐月「あー、そこ、やめたから」
   苺佳、皐月を二度見する。
苺佳「やめた!? え、どうして」
皐月「スピード重視なとこが、性に合わなくてさ。今、新しいとこ探してるから、ちょっとは暇なんだよね」
   団子、最後の一個を口に入れる皐月。
   苺佳は納得顔。
苺佳「なるほどね。じゃあ、お願い。手伝ってよ」
皐月「任せて」
   グッドサインをする皐月。
   苺佳は安堵と嬉しさの表情。
苺佳「少し、作業してく?」
皐月「ギター弾ける?」
苺佳「うん。まだ大丈夫」
皐月「じゃ、やろ」

○同・居間
   座って小説を読んでいる純黎。
   微かに聞こえてくるギターの音。
   そして苺佳と皐月の笑い声。
   一歩ずつ近づいてくる足音。
   顔を上げる純黎。
   洋服を着ている英恵と目が合う。
英恵「何やら楽しそうね」
   居間に入りながら、にこやかに言う英恵。
   純黎は小説に栞を挟む。
   そして机の上に置く。
純黎「今、苺佳のお友達が来ていて。うるさいようでしたら、声かけてきますが」
   立ち上がろうとする純黎。
   両手で制止する英恵。
英恵「いいわよ。病院へ出かけるから」
純黎「そうですか。分かりました」
   正座し直す純黎。
英恵「もし、苺佳にいないことを言われたら、適当なこと言って誤魔化してね」
純黎「はい」
英恵「それじゃあ、行ってきます」
純黎「いってらっしゃいませ」
   一礼する純黎。
   英恵は居間を出て行く。

○同・苺佳の部屋(夕)
   17時のチャイムが鳴る。
皐月「えっ、もうこんな時間なんだ」
苺佳「あっという間だね」
皐月「流石に帰らないとマズイから、帰るね」
   立ち上がる皐月。
   両腕を伸ばし、伸びをする。
   苺佳も立ち上がる。
苺佳「分かった。玄関まで送っていくよ」
皐月「ありがと。あ、その前にもう一度挨拶したいんだけど」
苺佳「多分、台所にいると思うから、呼んでくるよ」
   ポケットにスマホを忍ばせる苺佳。
皐月「ありがと。私、片付けしてる」
苺佳「はーい」
   湯呑と皿を手に持つ苺佳。
   そのまま部屋を後にする。

○同・台所(夕)
   漬物を切っている純黎。
   廊下を歩いてくる足音。
   台所の入り口前で止まる。
   純黎は漬物を切りながら、
純黎「どうしたの?」
苺佳「湯呑とお皿を持ってきました」
純黎「ありがとう」
   シンクの中に湯呑と皿を置く苺佳。
   純黎はスポンジに洗剤を付けていく。
   苺佳は純黎に目線を合わせる。
苺佳「皐月が、お母様に挨拶したいそうですが、お時間いいですか」
純黎「そう。でも、いいわよ。苺佳がお見送りしてあげなさい」
苺佳「分かりました」
   純黎の手元。
   スポンジが泡立っていく。
純黎「まあ、いつもお世話になっているから、そのこと伝えてもらえると嬉しい」
苺佳「分かりました。その旨、伝えておきます」
純黎「うん」
   ニコッと微笑む純黎。
   そのまま湯呑を洗い始める。
   純黎の隣に立ち続ける苺佳。
   純黎、首を傾げながら尋ねる。
純黎「どうしたの?」
苺佳「お母様、苺佳を見送った後、出かけてきてもいいですか」
純黎「どこに行くの?」
苺佳「雄馬の家です」
   今度は皿を洗い始める純黎。
   苺佳は純黎から視線を逸らさない。
純黎「呼ばれたの?」
苺佳「連絡が取れないので、心配で」
純黎「アルバイトじゃないの?」
苺佳「そうかもしれません。ですが、どうしても気になるので」
   水道から流れる水。
   泡を流し始める。
純黎「そう」
苺佳「ちゃんと、夕ご飯までには帰ってきます。お願いします」
   頭を下げる苺佳。
   純黎は蛇口を閉める。
純黎「分かった。もし何かあったらすぐに連絡するのよ」
苺佳「分かりました。行って来ます」
   台所を出て行く苺佳。
   純黎は呆れ顔だが、頬を緩ませる。

○同・玄関(夕)
   靴を履き終えている皐月。
   振り返り、苺佳と視線を合わせる。
皐月「今日はありがとね」
苺佳「こっちこそ」
皐月「お母さんによろしく」
苺佳「うん。伝えておくよ」
皐月「じゃあ、また明日学校で」
苺佳「うん。また明日」
   玄関の戸を開けて出て行く皐月。
   苺佳は手を振って見送る。
   遠ざかっていく足音。
   苺佳は振り返り、歩き始める。

○歩道(夕)
   歩いている苺佳。
   小さなトートバックを肩にかけている。
   スマホを耳に当てている。
   歩道の信号が赤に変わる。
   立ち止まる苺佳。
   スマホを耳から離す。
   画面。加藤雄馬の表示。
苺佳「出ないな……」
   歩道の信号が青に変わる。
   歩き始める苺佳。

○雄馬の家・外観(夕)
   ドアの前で立っている苺佳。
   深呼吸をする。
   ドアをノック。
苺佳「雄馬、いる?」
   無音。
苺佳「雄馬、雄馬、いる?」
   無音。
   苺佳の表情が暗くなっていく。
   もう一度、ドアをノック。
苺佳「雄馬? 雄馬?」
   首を傾げる苺佳。

○同・中(夕)
   目を覚ます雄馬。
雄馬「う……、うん?」
   服と床が擦れる音。

○同・外観(夕)
   中から微かに聞こえる物音。
   苺佳は耳を澄ませる。

○同・中(夕)
   ゆっくりと起き上がる雄馬。
   ふらつきながら立つ。
   そして鍵を開ける。

○同・外観(夕)
   鍵が開く音。
   ノブを掴み、戸を開ける苺佳。
   前のめりに倒れて来る雄馬。
   苺佳の肩に頭を乗せる。
苺佳「雄馬!?」
   苺佳、一気に不安顔。
   雄馬の額に手を当てる苺佳。
苺佳「熱い……!」
   倒れそうになる雄馬。
   苺佳が身体全体で支える。
苺佳「雄馬、お邪魔するね」

○同・中(夕)
   雄馬を床に寝転ばせる苺佳。
   苺佳はポケットからスマホを取り出す。
   魘されている雄馬。
   スマホを操作する苺佳。
   スマホを左耳に当てる。
   右手は雄馬の額に当てる。
苺佳「お母様、すみません。お願いしたいことがあります」

野茂家・空き部屋(夜)
   布団の中。眠っている雄馬。
   傍に正座している苺佳。

○野茂家・空き部屋(深夜)
   布団の中。眠っている雄馬。
   目から涙を溢している。
   瞬間、唐突に身体を起こす雄馬。
   掌を見つめる。
雄馬「ハァ、ハァ、ハァ……」
   短く息を吐く雄馬。
   涙を拭い、そのまま布団に潜る。

○同・空き部屋(翌朝)
   襖を開き、中に入る苺佳。
   制服姿で、マスクを付けている。
   右手にお盆を持っている。
   その盆。皿には食パン、ボウルにスープが注がれている。
   布団の中。眠っている雄馬。
   額にはシートが貼られている。
   小さな机の上に盆を置く苺佳。
   雄馬の枕元に座る。
   寝ている雄馬の頬に唇を近づける苺佳。
   マスクを外し、頬にキスをする。
   ニコッと微笑む苺佳。
   今度は雄馬の耳元で囁く。
苺佳「雄馬」
   身体を小さく動かす雄馬。
苺佳「雄馬、起きられる?」
   身体を捻る雄馬。
苺佳「ご飯、食べられそうかな?」
雄馬「ん……」
   瞼をゆっくり開ける雄馬。
   雄馬の視界に映る苺佳。
   雄馬は目をぱちぱちさせる。
雄馬「え、苺佳?」
苺佳「おはよう」
雄馬「……はよ」
   起き上がろうとする雄馬。
   苺佳は雄馬に寝転ぶよう、手で指示。
   ゆっくり、枕に頭を乗せる雄馬。
苺佳「よく眠れた?」
雄馬「えっと……」
苺佳「ごめん、状況説明が先だよね」
   戸惑い顔の雄馬。
   苺佳は座りながら呟く。
苺佳「私が連れてきたの」
雄馬「……?」
   雄馬に布団をかぶせていく苺佳。
   雄馬は首まで潜り込む。
苺佳「雄馬と連絡が取れなかったから、家に行ったの。そしたら、雄馬が中で倒れていて。熱があったから、お母様に連絡して、ここに」
雄馬「そう、やったんや……」
苺佳「その様子だと、覚えてない、みたいだね」
   ニコッとする苺佳。
   雄馬は苦笑い。
雄馬「あー、うん。記憶あんの、苺佳の家を出て歩いてる途中まで、かな」
苺佳「だいぶ、だね……。まあ仕方ないか。熱も39度あったし」
雄馬「そんなに、高かったんや」
   額に手を置く雄馬。
   溜め息を吐く。
苺佳「辛かったよね。今は大丈夫?」
雄馬「昨日よりはマシ。なんか、ごめんな、迷惑かけて」
苺佳「元を言うと、私が風邪引いて、雄馬にうつしちゃったから。雄馬は悪くないよ」
   雄馬の手に自分の手を重ねておく苺佳。
   雄馬は安堵の表情。
雄馬「苺佳が来てくれて助かった。来てくれんかったら、多分死んでた」
苺佳「なんでそんな悲しいこと言うの」
雄馬「俺、昔、死にかけたから」
苺佳「えっ」
   目を見開く苺佳。
   雄馬は半笑いの状態で喋る。
雄馬「中1のとき、俺、帰宅してすぐ倒れたことあって」
苺佳「……」
雄馬「風邪と熱中症の、同時発症みたいな感じやってんけど、40度近い熱があったのに、誰にも相手されんくて」
   視線を苺佳から逸らす雄馬。
苺佳「でも、家におじさん、いたんじゃないの?」
雄馬「おったよ。でも、逃げた。看病もせず、遊びに行った」
苺佳「そんな……」
   苺佳は目を伏せる。
   雄馬は額の上で苺佳の手を握る。
雄馬「ホンマ耐えられんなって、唯一仲良かった男友達に連絡して、助けてもらったから今生きとるけど、友達もおらんかったら、死んでたと思う」
苺佳「そんな過去が……。でも、よく耐えたね。偉いよ、雄馬」
   握り合う手を上下させる苺佳。
   雄馬の頬が赤らんでいく。
雄馬「なんか、恥ずかしい。熱上がる」
苺佳「えー、それだと、またしんどくなるだけだよ? いいの?」
雄馬「俺は全然いいけど」
   笑って言う雄馬。
   不思議がる苺佳。
   首を傾げ、雄馬を見る。
雄馬「だって、苺佳に看病されたいから。それに、弱ってるときのほうが、苺佳に甘えやすいから」
   にこやかに言う雄馬。
   苺佳も釣られて笑顔になる。
苺佳「ふふっ、何それ。まあ、雄馬のこと、私がいつでも看病してあげるけど」
雄馬「俺も、苺佳が体調不良のときは、傍に居てあげるから」
苺佳「頼もしい。ありがとう」
   ニコッとする苺佳。
   雄馬は目尻を垂らし、笑う。
   苺佳は雄馬に体温計を渡す。
   受け取る雄馬。
   脇に挟む。
苺佳「そう言えば、昨日、雄馬の家に行ったとき、何かに魘されているみたいだったけど、悪い夢でも見ていたの?」
   目を閉じる雄馬。
   ふーっと長く息を吐く。
   そして、目線を自分の手に向ける。
雄馬「親父に、殴られる、夢。風邪ひいたとき、嫌でも絶対見る夢」
   右手で拳を握る雄馬。
   視線を雄馬の拳に落とす苺佳。
苺佳「それは、辛い過去だね……。大丈夫?」
雄馬「もう、大丈夫。苺佳が傍におってくれるから」
   雄馬の頭を撫でる苺佳。
   頬をゆるませる雄馬。
雄馬「苺佳の手の温もりって、俺の母さんと一緒や」
苺佳「それって、褒め言葉?」
雄馬「その、つもりやねんけど」
苺佳「フフッ。ありがとう」
   体温計が鳴る。
   取り出す雄馬。
   苺佳に見せる。
苺佳「38度か。まだ熱あるね」
雄馬「昨日よりは楽やねんけどな」
苺佳「学校には、連絡する?」
雄馬「そうやって、聞くってことは、苺佳が、先生に言ってくれるん?」
苺佳「言ってあげてもいいけど」
雄馬「じゃあ、お願い。甘えさせて」
   目を輝かせる雄馬。
   苺佳は短く息を吐く。
   そして頷く。
苺佳「分かった」
   立ち上がる苺佳。
苺佳「お母様に言ってくるね」
雄馬「ん」
   体温計を手に部屋を出る苺佳。
   雄馬は布団の中で伸びをする。
   襖が開く。
雄馬「うわっ」
   申し訳なさそうな苺佳。
苺佳「雄馬、ご飯ひとりで食べられる?」
雄馬「甘えたいけど、今日学校やもんな」
苺佳「いいよ。そのために早起きしているから」
雄馬「じゃあ、お願い」
苺佳「分かった」
   微笑みかける苺佳。
   雄馬も喜色を表情に混ぜる。
   もう一度、襖を閉める苺佳。
   遠ざかる足音。
   雄馬は布団の中で悶える。

○同・台所(朝)
   食事の準備をしている純黎。
   そこへ入る苺佳。
苺佳「雄馬、まだ熱がありました」
   体温計を見せる苺佳。
純黎「そうね。じゃあ、面倒みてあげなきゃね」
   卵を焼いていく純黎。
苺佳「学校から帰ったら、私が代わります」
純黎「そのほうが、雄馬君も嬉しいだろうからね」
   苺佳に微笑みかける純黎。
   苺佳も純黎に微笑みかける。
純黎「ご飯は、食べられそうだった?」
苺佳「はい。一応、付き添います」
純黎「分かったわ。何かあったら、呼んでね」
苺佳「はい」

○同・空き部屋(朝)
   襖を開け、入って来る苺佳。
   雄馬はニコッと笑う。
   雄馬の枕元に座る苺佳。
苺佳「何から食べたい?」
雄馬「スープかな」
苺佳「分かった」
   起き上がる雄馬。
   苺佳が軽く支える。
雄馬「苺佳に食べさせてもらうん、なんか恥ずかしいけど、嬉しい」
苺佳「何、その感想。ふふっ」
   苺佳はスプーンでスープを掬う。
   雄馬の口にスプーンを近づける。
苺佳「はい」
   口を小さく開ける雄馬。
   雄馬の口先に唇を近づける苺佳。
   そのままキスをする。
   目を丸くさせる雄馬。
   が、スッと目を閉じる。
   長くキスする2人。
   自ずから唇を離していく。
   見つめ合い、微笑み合う2人。
雄馬「幸せ者やな、俺は」
苺佳「私もだよ、雄馬」
   今度は抱き合う2人。

○同・廊下(朝)
   空き部屋の襖前に立つ純黎。
   微笑んでいる。
   その前を通りかかる野茂。
野茂「どうしたの?」
   野茂は純黎の前に立ち止まる。
   純黎は口元に指を近づける。
純黎「しー。苺佳たちに聞こえちゃうでしょ」
野茂「ん? どういうこと?」
   首を傾げる野茂。
   呆れ顔の純黎。
純黎「邪魔したら駄目だから。早く降りるわよ」
野茂「あ、うん」
   野茂、頻りに後ろを振り返りながら歩く。
   純黎、咳払いをする。
   身体をビクンと跳ねさせる野茂。
   急ぎ足で廊下を歩く。