○商店(夕)
銀杏の葉が風に揺れる。
店先。立っている苺佳。
店長「はいよ、鯛焼き」
苺佳「ありがとうございます」
店長「まいど」
○公園(夕)
犬の散歩をしている女児と母親。
仲良さそうに歩いていく。
ベンチに腰掛けている雄馬。
天を仰ぎ見ている。
雄馬の視界。写り込む鯛焼き。
雄馬「おっ」
姿勢を戻す雄馬。
次に捉えるのは、満面の笑みで鯛焼きを持つ苺佳の姿。
苺佳「お待たせ」
雄馬「全然」
苺佳「今日もまた、半分ね」
雄馬「おう」
苺佳、袋の中で鯛焼きを半分にする。
苺佳「頭と尻尾、どっちがいい?」
雄馬「んー、じゃあ、尻尾」
苺佳「はい」
袋から取り出し、雄馬に手渡す。
雄馬「ありがと」
ベンチに腰掛ける苺佳。
雄馬に身を寄せる。
苺佳と雄馬「いただきます」
雄馬は豪快に尻尾に齧りつく。
ハムッと小さな口で鯛焼きに齧りつく苺佳。
雄馬は苺佳を見て、目尻を垂らす。
苺佳「うん、やっぱり美味しい」
雄馬「だな」
苺佳「小学生の頃から食べている味だけど、最近より一層美味しく感じられる。不思議だよね」
雄馬「確かに。俺、正直昔あんま和菓子好きじゃなかったけど、最近生クリームの甘さとかが堪えるようになってさ、俺ももう年かな」
苺佳は、鯛焼きを手に持ったまま、クスクスと笑い続ける。
照れ始める雄馬。
もう一度鯛焼きを齧る。
雄馬「そんなに笑わなくてもいいだろ」
苺佳「雄馬が年だって言うなら、お祖母様はどうなるのよ。ふふ」
雄馬「あ」
目をぱちぱちさせる雄馬。
その後、苦笑いを浮かべる。
苺佳「ふふっ。冗談だよ」
苺佳は満面の笑み。
雄馬も釣られて笑う。
苺佳「でもさ、こうして雄馬とまた同じものを食べて、共有できること、私は嬉しいよ」
雄馬「俺もだ、苺佳」
唇をくっつける2人。
甘い目で微笑み合う。
○交差点(夕)
赤信号。立ち止まる2人。
片方の信号が青に変わる。
雄馬「俺、買い物行くから、今日はここで」
苺佳「分かった。またあとで連絡するね」
雄馬「うん。じゃあ、気を付けて帰れよ」
苺佳「雄馬もね。じゃあね」
雄馬「おう」
終始笑顔で手を振る苺佳。
雄馬も負けじと手を振り続ける。
雄馬に背を向け歩いていく苺佳。
短く息を吐く雄馬。
苺佳に背を向けて歩き始める。
○野茂家・外観(夕)
家に続く道を歩く苺佳。
少しだけ俯いている。
玄関の戸が明けられる。
苺佳はハッと顔を上げる。
姿を見せる英恵。
英恵「あら、もう帰って来たの?」
苺佳「お祖母様。ただいま戻りました」
頭を下げる苺佳。
英恵「お帰り」
顔を上げる苺佳。
英恵、スッと家の方に顔を向ける。
英恵「純黎さん、苺佳が帰って来たわよ。すぐに部屋へお茶を運んでちょうだい」
微かに聞こえる純黎の返事。
再び、英恵は苺佳に視線を向ける。
英恵「手洗いが済んだら、部屋に来なさい。苺佳に話したいことがあるの」
一瞬、戸惑う苺佳。
が、すぐに頷く。
苺佳「分かりました」
○同・台所(夕)
入口で立ち止まる苺佳。
顔を上げる純黎。
若葉がデザインされている湯呑。
淹れられるお茶。湯気が立ち上る。
苺佳「ただいま戻りました」
純黎「おかえり。お茶、持って行っておくからね」
苺佳「ありがとうございます」
○同・洗面所(夕)
手を洗っている苺佳。
鏡を見る。そして、息を吐く。
苺佳M「お祖母様が私に話したいことって、何だろう。ちょっと怖いな」
○同・廊下(夕)
襖が閉められている。
フローリングの上。正座をする苺佳。
不安が入り混じっている表情。
苺佳「苺佳です。お祖母様、入ってもよろしいでしょうか」
英恵(声)「ええ」
苺佳「失礼します」
正座のまま、襖を開ける苺佳。
○同・英恵の部屋(夕)
座布団の上に座る英恵。
お茶を啜っている。
ゆっくりと中に入る苺佳。
一度、英恵に礼をする。
湯呑を置く英恵。
苺佳に目線を向ける。
英恵「座っていいわよ」
苺佳「失礼します」
正座し、目の前に座る英恵に目を向ける苺佳。
英恵は短く息を吐く。
英恵「あなたをここへ呼んだのは、紛れもなく、今日のバンド演奏のことです」
苺佳は息を呑む。
英恵「なかなかやるじゃないの」
苺佳「えっ……!」
苺佳の目が丸くなる。
英恵「初めてあなたたちのライブを最後まで見たわ。最高だったじゃないの。苺佳、あんなに歌もギター演奏も上手だったのね。驚いたわ」
苺佳「あ、ありがとうございます」
戸惑いと驚きの表情の苺佳。
頭を下げる。
頬をゆるめ、笑う英恵。
英恵「頭を上げなさい」
苺佳はゆっくりと頭を上げる。
目にはうっすらと涙を浮かべている。
英恵「あのとき、バンドなんてダサいことやめなさい、そう言ったけれど、間違いだったわね。不格好ながらに頑張っている苺佳のことを、応援するべきだったわ」
苺佳「そ、そんな……」
英恵「謙遜しなくていいのよ。だってね、あなたは間違いなく、私の自慢の孫なのだから、ね、苺佳」
優しい目で苺佳を見る英恵。
苺佳は目から涙を流す。
英恵「またライブ見に行かせてもらうからね。今日よりももっといいライブにしなさいよ」
苺佳「はい、お祖母様!」
力強く頷く苺佳。
英恵「あなたもお茶をお飲みなさい。温かいうちにね」
苺佳「はい」
笑顔で英恵のことを見る苺佳。
英恵は目尻を垂らしている。
○同・廊下(夕)
上機嫌な苺佳。
台所の入り口で立ち止まる。
○同・台所(夕)
コンロの前に立つ純黎。
コンロの上。蓋がされている両手鍋。
蓋の穴から蒸気が出ている。
純黎に近づく苺佳。
満面の笑みを浮かべている。
苺佳「お母様、何を作っているの?」
そのまま純黎の横に立つ。
一瞬だけ苺佳に視線を向ける純黎。
純黎「つみれ鍋よ。生姜をたっぷりと効かせてあるの。ほら、今日少し肌寒かったでしょう?」
苺佳「そうだね」
終始笑顔の苺佳。
口元がにやけている。
純黎「どうしたの? 何だか嬉しそうね」
苺佳に微笑み掛ける純黎。
目を輝かせている苺佳。
苺佳「実はね、さっき、今日の演奏を、お祖母様に褒められたの。上手だったって。初めてお祖母様にそう言われたから、嬉しくて」
純黎「そう。よかったわね」
鍋の蓋を開ける。
蒸気が上がる。
純黎「ねえ苺佳」
苺佳「何、お母様」
純黎「苺佳は、本当にバンドマンにならなくていいの?」
ぐつぐつと煮えている鍋。
苺佳は息を呑む。
純黎「苺佳がステージで演奏して、歌っている姿が、光り輝いて見えたの。初めて直接見たからかしらね。でも、なんだか、楽しそうにしている苺佳を見るのが久しぶりな気がして、こっちまで嬉しくなったの」
つみれ鍋の味見をする純黎。
純黎「(小声)うん、上出来」
純黎は再び鍋の蓋を閉める。
純黎「雄馬君が帰ってきてくれたことも関係しているのかな。どっちにしても、本当に幸せそうだった。ふふ」
照れ始める苺佳。
まだニヤニヤしている。
純黎「何笑っているの?」
苺佳「いえ、何でもありません」
首を振って、誤魔化す苺佳。
純黎は頬をゆるませる。
純黎「何か話があるでしょ?」
苺佳「実は、雄馬に、明日出かけないかと誘われまして」
純黎「どこに行くの?」
苺佳「それは、これから聞くところでして」
純黎「いいわよ。楽しんできなさい。その代わり、門限までには帰ってくるのよ」
鍋の火を止める純黎。
苺佳の表情が晴れる。
苺佳「分かっております。今から雄馬に連絡してみます」
純黎「分かったわ。もうすぐご飯が炊きあがるから、呼んだらすぐに降りてくるのよ」
苺佳「はい!」
○同・苺佳の部屋(夕)
座布団の上。
体育座りをしている苺佳。
両手にスマホを抱えている。
スマホの画面。雄馬とのトーク画面。
雄馬(声)「明日11時に、家に迎え行く」
苺佳(声)「分かった。それで、行き先はどこ?」
雄馬(声)「当日まで内緒にしたいねんけど、ダメ?」
苺佳(声)「ううん。内緒のほうがテンション上がるから、言わなくていい。楽しみにしているね」
雄馬(声)「おう。じゃ」
苺佳(声)「うん。また明日」
スマホの画面を下に向け、机の上に置く苺佳。
苺佳「楽しみだな。うふふっ」
苺佳は伸びをする。
写真立てを眺める。
○同・苺佳の部屋(翌朝)
床に散らばる小物類。
机の上。小さな鞄。チャックが全て開いている状態。
箪笥の中、服がぎっちり入っている。
苺佳は首を左右に動かし、服を吟味している。
苺佳「こっちもいいけど、こっちも捨てがたい。どうしよう。決められない!」
机の上のスマホ。
画面が光ると同時にバイブレーション。
スマホ画面。雄馬からのメッセージ。
雄馬(声)「今家出た。30分ぐらいで着けると思うから」
画面を操作し、メッセージを返す苺佳。
苺佳「分かった、っと」
トーク画面。送られるメッセージ。
雄馬からの返事。グッドサインの絵文字。
時計を見る。針は10時20分を指している。
苺佳「うっそ、もうこんな時間なの! どうしよう、決まらない!」
慌てる苺佳。
襖の向こう。近づいてくる足音。
やがて止まる。
純黎(声)「苺佳、開けていい?」
苺佳「あ、は、はい! どうぞ」
襖を開ける純黎。
純黎「あら、こんなに散らかしちゃって」
苺佳「すみません! すぐに片付け――」
純黎「(遮って)服が決まらないの?」
コクリと頷く苺佳。
瞬間、俯く。
純黎「お洒落したいものね。乙女心はよく分かるわ。ふふっ。アドバイスしようか?」
苺佳「お母様! どうかよろしくお願いします!」
純黎「仕方ないわね。じゃあ、まずは雄馬君の隣を歩くに至って――」
○同・外観(朝)
雄馬が門扉の前に立っている。
スマホの画面。表示される時間。
10:55の表示。
インターホンを押す雄馬。
純黎(声)「はい」
雄馬「おはようございます。加藤雄馬です。苺佳さんをお迎えに参りました」
純黎(声)「あら、雄馬君。おはよう。すぐに出て行くと思うから、そのままお待ちいただける?」
雄馬「はい。ありがとうございます」
インターホンに向かい、一礼する雄馬。
ほどなくして出てくる苺佳。
苺佳の格好を見て、微笑む雄馬。
苺佳「ごめんね。本当は表で雄馬が来るの、待っていようと思っていたけど、準備していたら、時間になっちゃっていて」
雄馬「全然。集合時間前だし、俺は問題ないよ。にしてもさ、今日の苺佳、いつにも増してめっちゃ可愛い」
苺佳「そ、そうかな……」
雄馬「うん」
右手を差し出す雄馬。
雄馬の手を握り返す苺佳。
仲良く歩き始める。
○歩道
手を繋ぎ、横並びで歩く2人。
会話で盛り上がっている。
雄馬のズボンのポケット。
振動し続けているスマホ。
画面。親父の文字。
○レストラン・店内
向かい合い、食事中の2人。
同じメニューを食べている。
雄馬、俯き、一瞬だけ怪訝な表情。
○歩道
人通りが少ない道。
車道側を歩く雄馬。
手を繋ぎ続けている。
雄馬「今から、俺の家、来ないか?」
苺佳「えっ」
雄馬「一度、苺佳にも家紹介しといたほうがええかな、って。あ、唐突に行ったし、嫌やったら――」
苺佳「(遮って)行く! 行きたい!」
微笑む雄馬。
○雄馬の家・外観
塗装が剥がれかけている外壁。
見るからに築年数が経っている家。
苺佳は少しだけ苦笑い。
雄馬「もう分かると思うけど、あのオンボロアパートに住んどる」
苦笑いの雄馬。
頭を掻く。
苺佳「住むところがあってよかったよ。それにしても、結構学校から近いところだね。徒歩10分ぐらいでしょ?」
雄馬「せやな。土地勘ない訳やないけど、5年も離れとったら不安やったから、近場で探してん」
苺佳「そうだよね。でも、これで私、いつでも雄馬の家に行けるね。ここ、小学生のときの通学路だったから、道熟知しているし。ふふっ」
雄馬「じゃあ、俺もいつでも苺佳を家に呼べるってわけやな。よしっ」
ガッツポーズをする雄馬。
苺佳は隣に立つ雄馬を見上げる。
苺佳「一回、家に帰る?」
雄馬「勿体ないやろ。せっかくのデートやし。その代わり、今度は入れたるから」
苺佳「ふふ。ありがとう。楽しみにしているね」
雄馬「そろそろ戻ろうか。道中、時間あれば好きなとこ寄ってええから」
苺佳「分かった」
○市街地
多くの人が行き交う。
身を寄せ合い、歩く2人。
手を繋いだままでいる。
ポケットからスマホを取り出す雄馬。
画面が付く。着信履歴。13件の表示。
横を見る苺佳。
スッと画面を消す雄馬。
雄馬「今、3時半やけど、どこか寄りたいとこある?」
ポケットにスマホを入れ込む。
苺佳「書店、寄ってもいい? 買いたい本があるの」
雄馬「ええよ」
気持ち、微笑む雄馬。
表情に喜色を混ぜる苺佳。
○書店・中
入店する苺佳と雄馬。
左右を見ながら歩く2人。
雄馬「俺、ちょっとバイト雑誌見てくる」
苺佳「分かった」
レジカウンター前を通り過ぎる雄馬。
スマホを見て、面倒そうな表情。
会計をしている慧聖。
雄馬に気付き、スッと視線を向ける。
小説の棚を見ている苺佳。
近づく人影。
振り返る苺佳。
目を丸くする。
苺佳「戸崎さん」
立っている戸崎。
書店の紙袋を抱えている。
戸崎「昨日ぶりだね。苺佳ちゃんも小説買いに来たの?」
苺佳「ああ、うん。まあそんなところ。戸崎ちゃんは?」
戸崎「私も小説買いに。奮発して5冊も買っちゃった」
苺佳「いいね」
苺佳、目のやり場に困る。
ふと左右を見る。
戸崎「加藤君なら、さっき出て行ったよ。神妙な面持ちでスマホ持ってたけど、何かあったのかな」
苺佳の表情が曇る。
戸崎「声掛けようと思ったんだけど、急いでたみたいだから」
苺佳「そう、なんだ」
戸崎「加藤君とのデート? 楽しんでね」
苺佳「あ、ありがとう……?」
戸崎「じゃあ、また火曜日に」
苺佳「うん。バイバイ」
店を後にする戸崎。
苺佳は小説を棚に戻す。
そしてその場を離れる。
○同・店外
スマホを耳に当てている雄馬。
眉を吊り上げ、軽く怒っている。
雄馬「もういい加減にしてくれ。俺はアンタらのとこに帰るつもりないから。あと、何回も電話かけてくるのやめろ。しつこいから。じゃあな」
大きな溜め息を吐く雄馬。
建物の影から出てくる苺佳。
雄馬と鉢合わせる。
バツが悪そうにする雄馬。
苺佳「ごめん。聞くつもりは……」
頭を下げる苺佳。
雄馬は苦笑いを浮かべる。
雄馬「別に。聞かれても問題ないことやし」
苺佳「電話の相手って、おじさん?」
雄馬「ああ。文化祭のあとから電話ばっかかけてきて。しつこいねんな」
苺佳「おじさん、何て言っているの?」
雄馬「苺佳には関係ないから。気にせんといて」
不服そうに唇を尖らせる苺佳。
雄馬は視線を逸らす。
雄馬「それで、小説は買ったん?」
苺佳「ううん。売り切れだったから、また出直すことにした。ごめんね、急に立ち寄っちゃって」
雄馬「全然。ほな帰ろうか。(決め顔)門限までに姫をお城までお送りする義務がございますから」
苺佳「何それ。ふふっ」
○野茂家・居間(夜)
一家団欒している野茂一家。
野茂は苺佳に視線を向け、話す。
野茂「雄馬君とのデート、楽しかった?」
苺佳「はい」
英恵「どこへ行ってきたの?」
苺佳「レストランと、書店と……、あとは内緒です」
ニヤッとする苺佳。
野茂「苺佳の口から惚気話が聞けるとはな。うん、嬉しいようで辛いような」
英恵「日高、しっかりしなさい。大黒柱なのよ」
湯気が立つお茶を啜る英恵。
ホッと息を吐く。
野茂「そうですが、やはり一人娘ということもあって、大切に思っているからこそ、というものもあると思いませんか?」
英恵「私には、そういった感情はないわね」
野茂「ちょっと~、母様~!」
目を細め、涙を流そうとする野茂。
しかし、涙は出ない。
その様子を笑ってしまう英恵。
苺佳も我慢できず、笑みを浮かべる。
純黎「弱いのにお酒呑んじゃうから。もう」
呆れ顔の純黎。
英恵「よほど苺佳の口から雄馬君とのデート話を聞くのが嫌だったのよ。それなら聞かなければいいのにね。日高も馬鹿ね」
笑いながら言う英恵。
苺佳は英恵の所へ歩いて向かう。
そして、隣に腰かける。
苺佳「最近、お祖母様って乙女みたいになっていませんか? 気のせいでしょうか?」
英恵「そう? これでも私、昔は乙女だったのよ? 想像できないかもしれないけれど」
苺佳「お祖母様の若い頃の写真って、あります? 見る機会が今までなくて」
英恵「いいわよ。雄馬君とのデートの参考にしてもいいからね。うふふ」
ほくそ笑む英恵。
苺佳は深く頭を下げる。
苺佳「させていただきます!」
英恵「いいわよ。少々お待ちなさい。獲って来るから」
苺佳「私も一緒に行きますよ」
腰を上げる苺佳。
野茂「母様、無理しないでくださいよ」
英恵「分かっているよ。苺佳、付いてきなさい」
苺佳「はい」
英恵の後ろを付いて、部屋を出る苺佳。
襖が閉まる。
遠ざかる足音。
ビールを飲み干す野茂。
少し顔が赤らんでいる。
純黎「なんだか、今日のお義母様、明るいわね」
野茂の隣に正座する純黎。
野茂「ああ。検査の結果が良かったらしい。まあ予後が悪いのは変わりないらしいがな」
純黎「そうなのね。お義母様は、最後まで苺佳にお話しされないおつもりなのかしら」
野茂「ああ。余計な心配をかけたくない、の一点張りだからな」
純黎「そう。せめて苺佳が雄馬君と結婚して、お店を継ぐ姿は見て欲しいけどね」
野茂「そうだな」
○同・英恵の部屋(夜)
押し入れの中を漁る英恵。
横に正座し、アルバムを捲る苺佳。
一枚の集合写真のところで手を止める。
苺佳「これ、もしかして、お祖母様とお祖父様の結婚式の写真ですか?」
作業の手を止め、写真に目を遣る英恵。
優しく微笑む。
英恵「そうよ」
苺佳「綺麗な着物」
英恵「このお店を継ぐ者と結婚する者は、結婚式の際、どちらも着物を着るのよ。しかも、代々受け継がれてきた着物よ」
苺佳「それでは、お父様とお母様の時も着物で?」
英恵「そうよ。だからね、苺佳、あなたが雄馬君と結婚する際も、着物で式を挙げるのよ。ご先祖様も、私も、純黎さんも着てきた着物でね」
引き出しからアルバムを取り出す英恵。
苺佳の隣に置く。
苺佳「へえ。楽しみです」
英恵「きっと苺佳にも似合うわよ。私の若い頃にそっくりな顔をしているから」
苺佳「そうなの?」
英恵「そのアルバムを見たら、分かるはずよ」
置かれているアルバムを見る英恵。
苺佳はゆっくり手を伸ばし、捲る。
苺佳「このお綺麗な方が、お祖母様?」
英恵「そうよ。その昔は、美人さんだって周りから褒められたのよ。だから、モテモテ。うふふ」
口角をゆるめる英恵。
苺佳も幸せそうに笑う。
苺佳N「この日、お祖母様の青春時代から、結婚した後の話を聞いた。私は寝る時までにやけっぱなしだった。雄馬との生活も、これぐらい幸せにできればいいな、なんてことを思いながら、目を閉じた」
○竹若高校・生徒玄関(朝)
雄馬と一緒に歩く苺佳。
楽しそうに談笑している。
2年2組の靴箱。
靴を手に戸を開ける苺佳。
空の靴箱。
苺佳「あれ、私の上履きがない」
雄馬「え、嘘」
苺佳の靴箱を覗く雄馬。
苺佳「一昨日、ちゃんと入れて帰ったのに」
雄馬「とりあえず落とし物コーナー見に行く?」
苺佳「うん」
○同・廊下(朝)
靴下の状態の苺佳。
上履きを手に持ち続けている雄馬。
2人の視線の先。
落とし物の看板と段ボール箱。
箱の中。ボールペン1本のみが入っている。
雄馬「無いか」
苺佳「上履きに、一応苗字は書いてあるからね……」
雄馬「じゃあ、職員室行って聞いてみるか。そっちの方が手っ取り早いだろ」
苺佳「うん」
少し暗い表情の苺佳。
雄馬はしゃがみ、苺佳の顔を覗き込む。
雄馬「靴下で冷たくないか?」
苺佳「うん、大丈夫。雄馬こそ大丈夫?」
雄馬「俺は男だからな。ハハッ」
雄馬は身震いする。
クスッと笑う苺佳。
苺佳「私に合わせなくていいよ。今からでも履いたら? 手に持ってるのも大変でしょ?」
雄馬「嫌。苺佳が上履き履いてないのに、俺が履けるわけないだろ? 早く見つけて履こうぜ」
歯を見せて笑う雄馬。
苺佳は小さく頷く。
○同・職員室(朝)
肩を落としている苺佳。
太腿を叩く雄馬。
雄馬「くそっ。何でないねん」
苺佳「仕方ないよ。もう一度、靴箱見て見ようかな。他の人のところに入れたのかもしれないし」
雄馬「そうだな。で、それでもなかっらどうするん?」
苺佳「黒川先生に言って、スリッパ借りるよ。歩きにくいけどね」
雄馬「俺の上履きでよければ貸すのにな。まあ新品じゃねえし、サイズも合わないから嫌やろうけど」
苺佳「私は、嫌じゃないよ。サイズさえ合えば、雄馬と靴の共有、してみたいって思うから。まあ叶わないけれど」
小さく首を傾け、微笑む苺佳。
雄馬は後ろに仰け反る。
雄馬M「アカン。その仕草可愛すぎ! 死んでまう」
○同・玄関(朝)
他の生徒で賑わっている。
戸を開ける苺佳。
入っている上履き。
踵部分に野茂の表記。
顔を見合わせ、驚く2人。
苺佳「あった」
雄馬「よかったやん」
苺佳「もしかして、私、違うところ開けちゃったのかな」
雄馬「いや、俺も見たけど、間違いなく苺佳の靴箱だったぜ。戸に出席番号書いてあるんだし」
苺佳「それじゃあ、何だったのかな。まあいいか」
上履きを履く苺佳。
雄馬は軽く心配そうな表情。
苺佳「雄馬も、もう上履き履きなよ」
雄馬「あ、そうだな」
首を傾げる雄馬。
2人を見る人影。
雄馬が振り返る。
瞬間、去っていく人影。
○同・階段(朝)
上っている2人。
雄馬「なあ、苺佳」
苺佳「何?」
雄馬「他に何か無くなってるものあったら、すぐに教えろよ。俺が絶対に見つけたるから」
苺佳「え、どういうこと?」
惚ける苺佳。
雄馬は少々慌て始める。
雄馬「あー、いや、俺の気のせいかもしれへんから、そこまで深く気にせんといて」
苺佳「それなら良いけど」
悪戯に笑う苺佳。
雄馬は溜め息を吐く。
苺佳M「このとき、私は雄馬の発言を楽観視していた。でも、翌日以降、雄馬の心配事が、現実になるなんて……」
銀杏の葉が風に揺れる。
店先。立っている苺佳。
店長「はいよ、鯛焼き」
苺佳「ありがとうございます」
店長「まいど」
○公園(夕)
犬の散歩をしている女児と母親。
仲良さそうに歩いていく。
ベンチに腰掛けている雄馬。
天を仰ぎ見ている。
雄馬の視界。写り込む鯛焼き。
雄馬「おっ」
姿勢を戻す雄馬。
次に捉えるのは、満面の笑みで鯛焼きを持つ苺佳の姿。
苺佳「お待たせ」
雄馬「全然」
苺佳「今日もまた、半分ね」
雄馬「おう」
苺佳、袋の中で鯛焼きを半分にする。
苺佳「頭と尻尾、どっちがいい?」
雄馬「んー、じゃあ、尻尾」
苺佳「はい」
袋から取り出し、雄馬に手渡す。
雄馬「ありがと」
ベンチに腰掛ける苺佳。
雄馬に身を寄せる。
苺佳と雄馬「いただきます」
雄馬は豪快に尻尾に齧りつく。
ハムッと小さな口で鯛焼きに齧りつく苺佳。
雄馬は苺佳を見て、目尻を垂らす。
苺佳「うん、やっぱり美味しい」
雄馬「だな」
苺佳「小学生の頃から食べている味だけど、最近より一層美味しく感じられる。不思議だよね」
雄馬「確かに。俺、正直昔あんま和菓子好きじゃなかったけど、最近生クリームの甘さとかが堪えるようになってさ、俺ももう年かな」
苺佳は、鯛焼きを手に持ったまま、クスクスと笑い続ける。
照れ始める雄馬。
もう一度鯛焼きを齧る。
雄馬「そんなに笑わなくてもいいだろ」
苺佳「雄馬が年だって言うなら、お祖母様はどうなるのよ。ふふ」
雄馬「あ」
目をぱちぱちさせる雄馬。
その後、苦笑いを浮かべる。
苺佳「ふふっ。冗談だよ」
苺佳は満面の笑み。
雄馬も釣られて笑う。
苺佳「でもさ、こうして雄馬とまた同じものを食べて、共有できること、私は嬉しいよ」
雄馬「俺もだ、苺佳」
唇をくっつける2人。
甘い目で微笑み合う。
○交差点(夕)
赤信号。立ち止まる2人。
片方の信号が青に変わる。
雄馬「俺、買い物行くから、今日はここで」
苺佳「分かった。またあとで連絡するね」
雄馬「うん。じゃあ、気を付けて帰れよ」
苺佳「雄馬もね。じゃあね」
雄馬「おう」
終始笑顔で手を振る苺佳。
雄馬も負けじと手を振り続ける。
雄馬に背を向け歩いていく苺佳。
短く息を吐く雄馬。
苺佳に背を向けて歩き始める。
○野茂家・外観(夕)
家に続く道を歩く苺佳。
少しだけ俯いている。
玄関の戸が明けられる。
苺佳はハッと顔を上げる。
姿を見せる英恵。
英恵「あら、もう帰って来たの?」
苺佳「お祖母様。ただいま戻りました」
頭を下げる苺佳。
英恵「お帰り」
顔を上げる苺佳。
英恵、スッと家の方に顔を向ける。
英恵「純黎さん、苺佳が帰って来たわよ。すぐに部屋へお茶を運んでちょうだい」
微かに聞こえる純黎の返事。
再び、英恵は苺佳に視線を向ける。
英恵「手洗いが済んだら、部屋に来なさい。苺佳に話したいことがあるの」
一瞬、戸惑う苺佳。
が、すぐに頷く。
苺佳「分かりました」
○同・台所(夕)
入口で立ち止まる苺佳。
顔を上げる純黎。
若葉がデザインされている湯呑。
淹れられるお茶。湯気が立ち上る。
苺佳「ただいま戻りました」
純黎「おかえり。お茶、持って行っておくからね」
苺佳「ありがとうございます」
○同・洗面所(夕)
手を洗っている苺佳。
鏡を見る。そして、息を吐く。
苺佳M「お祖母様が私に話したいことって、何だろう。ちょっと怖いな」
○同・廊下(夕)
襖が閉められている。
フローリングの上。正座をする苺佳。
不安が入り混じっている表情。
苺佳「苺佳です。お祖母様、入ってもよろしいでしょうか」
英恵(声)「ええ」
苺佳「失礼します」
正座のまま、襖を開ける苺佳。
○同・英恵の部屋(夕)
座布団の上に座る英恵。
お茶を啜っている。
ゆっくりと中に入る苺佳。
一度、英恵に礼をする。
湯呑を置く英恵。
苺佳に目線を向ける。
英恵「座っていいわよ」
苺佳「失礼します」
正座し、目の前に座る英恵に目を向ける苺佳。
英恵は短く息を吐く。
英恵「あなたをここへ呼んだのは、紛れもなく、今日のバンド演奏のことです」
苺佳は息を呑む。
英恵「なかなかやるじゃないの」
苺佳「えっ……!」
苺佳の目が丸くなる。
英恵「初めてあなたたちのライブを最後まで見たわ。最高だったじゃないの。苺佳、あんなに歌もギター演奏も上手だったのね。驚いたわ」
苺佳「あ、ありがとうございます」
戸惑いと驚きの表情の苺佳。
頭を下げる。
頬をゆるめ、笑う英恵。
英恵「頭を上げなさい」
苺佳はゆっくりと頭を上げる。
目にはうっすらと涙を浮かべている。
英恵「あのとき、バンドなんてダサいことやめなさい、そう言ったけれど、間違いだったわね。不格好ながらに頑張っている苺佳のことを、応援するべきだったわ」
苺佳「そ、そんな……」
英恵「謙遜しなくていいのよ。だってね、あなたは間違いなく、私の自慢の孫なのだから、ね、苺佳」
優しい目で苺佳を見る英恵。
苺佳は目から涙を流す。
英恵「またライブ見に行かせてもらうからね。今日よりももっといいライブにしなさいよ」
苺佳「はい、お祖母様!」
力強く頷く苺佳。
英恵「あなたもお茶をお飲みなさい。温かいうちにね」
苺佳「はい」
笑顔で英恵のことを見る苺佳。
英恵は目尻を垂らしている。
○同・廊下(夕)
上機嫌な苺佳。
台所の入り口で立ち止まる。
○同・台所(夕)
コンロの前に立つ純黎。
コンロの上。蓋がされている両手鍋。
蓋の穴から蒸気が出ている。
純黎に近づく苺佳。
満面の笑みを浮かべている。
苺佳「お母様、何を作っているの?」
そのまま純黎の横に立つ。
一瞬だけ苺佳に視線を向ける純黎。
純黎「つみれ鍋よ。生姜をたっぷりと効かせてあるの。ほら、今日少し肌寒かったでしょう?」
苺佳「そうだね」
終始笑顔の苺佳。
口元がにやけている。
純黎「どうしたの? 何だか嬉しそうね」
苺佳に微笑み掛ける純黎。
目を輝かせている苺佳。
苺佳「実はね、さっき、今日の演奏を、お祖母様に褒められたの。上手だったって。初めてお祖母様にそう言われたから、嬉しくて」
純黎「そう。よかったわね」
鍋の蓋を開ける。
蒸気が上がる。
純黎「ねえ苺佳」
苺佳「何、お母様」
純黎「苺佳は、本当にバンドマンにならなくていいの?」
ぐつぐつと煮えている鍋。
苺佳は息を呑む。
純黎「苺佳がステージで演奏して、歌っている姿が、光り輝いて見えたの。初めて直接見たからかしらね。でも、なんだか、楽しそうにしている苺佳を見るのが久しぶりな気がして、こっちまで嬉しくなったの」
つみれ鍋の味見をする純黎。
純黎「(小声)うん、上出来」
純黎は再び鍋の蓋を閉める。
純黎「雄馬君が帰ってきてくれたことも関係しているのかな。どっちにしても、本当に幸せそうだった。ふふ」
照れ始める苺佳。
まだニヤニヤしている。
純黎「何笑っているの?」
苺佳「いえ、何でもありません」
首を振って、誤魔化す苺佳。
純黎は頬をゆるませる。
純黎「何か話があるでしょ?」
苺佳「実は、雄馬に、明日出かけないかと誘われまして」
純黎「どこに行くの?」
苺佳「それは、これから聞くところでして」
純黎「いいわよ。楽しんできなさい。その代わり、門限までには帰ってくるのよ」
鍋の火を止める純黎。
苺佳の表情が晴れる。
苺佳「分かっております。今から雄馬に連絡してみます」
純黎「分かったわ。もうすぐご飯が炊きあがるから、呼んだらすぐに降りてくるのよ」
苺佳「はい!」
○同・苺佳の部屋(夕)
座布団の上。
体育座りをしている苺佳。
両手にスマホを抱えている。
スマホの画面。雄馬とのトーク画面。
雄馬(声)「明日11時に、家に迎え行く」
苺佳(声)「分かった。それで、行き先はどこ?」
雄馬(声)「当日まで内緒にしたいねんけど、ダメ?」
苺佳(声)「ううん。内緒のほうがテンション上がるから、言わなくていい。楽しみにしているね」
雄馬(声)「おう。じゃ」
苺佳(声)「うん。また明日」
スマホの画面を下に向け、机の上に置く苺佳。
苺佳「楽しみだな。うふふっ」
苺佳は伸びをする。
写真立てを眺める。
○同・苺佳の部屋(翌朝)
床に散らばる小物類。
机の上。小さな鞄。チャックが全て開いている状態。
箪笥の中、服がぎっちり入っている。
苺佳は首を左右に動かし、服を吟味している。
苺佳「こっちもいいけど、こっちも捨てがたい。どうしよう。決められない!」
机の上のスマホ。
画面が光ると同時にバイブレーション。
スマホ画面。雄馬からのメッセージ。
雄馬(声)「今家出た。30分ぐらいで着けると思うから」
画面を操作し、メッセージを返す苺佳。
苺佳「分かった、っと」
トーク画面。送られるメッセージ。
雄馬からの返事。グッドサインの絵文字。
時計を見る。針は10時20分を指している。
苺佳「うっそ、もうこんな時間なの! どうしよう、決まらない!」
慌てる苺佳。
襖の向こう。近づいてくる足音。
やがて止まる。
純黎(声)「苺佳、開けていい?」
苺佳「あ、は、はい! どうぞ」
襖を開ける純黎。
純黎「あら、こんなに散らかしちゃって」
苺佳「すみません! すぐに片付け――」
純黎「(遮って)服が決まらないの?」
コクリと頷く苺佳。
瞬間、俯く。
純黎「お洒落したいものね。乙女心はよく分かるわ。ふふっ。アドバイスしようか?」
苺佳「お母様! どうかよろしくお願いします!」
純黎「仕方ないわね。じゃあ、まずは雄馬君の隣を歩くに至って――」
○同・外観(朝)
雄馬が門扉の前に立っている。
スマホの画面。表示される時間。
10:55の表示。
インターホンを押す雄馬。
純黎(声)「はい」
雄馬「おはようございます。加藤雄馬です。苺佳さんをお迎えに参りました」
純黎(声)「あら、雄馬君。おはよう。すぐに出て行くと思うから、そのままお待ちいただける?」
雄馬「はい。ありがとうございます」
インターホンに向かい、一礼する雄馬。
ほどなくして出てくる苺佳。
苺佳の格好を見て、微笑む雄馬。
苺佳「ごめんね。本当は表で雄馬が来るの、待っていようと思っていたけど、準備していたら、時間になっちゃっていて」
雄馬「全然。集合時間前だし、俺は問題ないよ。にしてもさ、今日の苺佳、いつにも増してめっちゃ可愛い」
苺佳「そ、そうかな……」
雄馬「うん」
右手を差し出す雄馬。
雄馬の手を握り返す苺佳。
仲良く歩き始める。
○歩道
手を繋ぎ、横並びで歩く2人。
会話で盛り上がっている。
雄馬のズボンのポケット。
振動し続けているスマホ。
画面。親父の文字。
○レストラン・店内
向かい合い、食事中の2人。
同じメニューを食べている。
雄馬、俯き、一瞬だけ怪訝な表情。
○歩道
人通りが少ない道。
車道側を歩く雄馬。
手を繋ぎ続けている。
雄馬「今から、俺の家、来ないか?」
苺佳「えっ」
雄馬「一度、苺佳にも家紹介しといたほうがええかな、って。あ、唐突に行ったし、嫌やったら――」
苺佳「(遮って)行く! 行きたい!」
微笑む雄馬。
○雄馬の家・外観
塗装が剥がれかけている外壁。
見るからに築年数が経っている家。
苺佳は少しだけ苦笑い。
雄馬「もう分かると思うけど、あのオンボロアパートに住んどる」
苦笑いの雄馬。
頭を掻く。
苺佳「住むところがあってよかったよ。それにしても、結構学校から近いところだね。徒歩10分ぐらいでしょ?」
雄馬「せやな。土地勘ない訳やないけど、5年も離れとったら不安やったから、近場で探してん」
苺佳「そうだよね。でも、これで私、いつでも雄馬の家に行けるね。ここ、小学生のときの通学路だったから、道熟知しているし。ふふっ」
雄馬「じゃあ、俺もいつでも苺佳を家に呼べるってわけやな。よしっ」
ガッツポーズをする雄馬。
苺佳は隣に立つ雄馬を見上げる。
苺佳「一回、家に帰る?」
雄馬「勿体ないやろ。せっかくのデートやし。その代わり、今度は入れたるから」
苺佳「ふふ。ありがとう。楽しみにしているね」
雄馬「そろそろ戻ろうか。道中、時間あれば好きなとこ寄ってええから」
苺佳「分かった」
○市街地
多くの人が行き交う。
身を寄せ合い、歩く2人。
手を繋いだままでいる。
ポケットからスマホを取り出す雄馬。
画面が付く。着信履歴。13件の表示。
横を見る苺佳。
スッと画面を消す雄馬。
雄馬「今、3時半やけど、どこか寄りたいとこある?」
ポケットにスマホを入れ込む。
苺佳「書店、寄ってもいい? 買いたい本があるの」
雄馬「ええよ」
気持ち、微笑む雄馬。
表情に喜色を混ぜる苺佳。
○書店・中
入店する苺佳と雄馬。
左右を見ながら歩く2人。
雄馬「俺、ちょっとバイト雑誌見てくる」
苺佳「分かった」
レジカウンター前を通り過ぎる雄馬。
スマホを見て、面倒そうな表情。
会計をしている慧聖。
雄馬に気付き、スッと視線を向ける。
小説の棚を見ている苺佳。
近づく人影。
振り返る苺佳。
目を丸くする。
苺佳「戸崎さん」
立っている戸崎。
書店の紙袋を抱えている。
戸崎「昨日ぶりだね。苺佳ちゃんも小説買いに来たの?」
苺佳「ああ、うん。まあそんなところ。戸崎ちゃんは?」
戸崎「私も小説買いに。奮発して5冊も買っちゃった」
苺佳「いいね」
苺佳、目のやり場に困る。
ふと左右を見る。
戸崎「加藤君なら、さっき出て行ったよ。神妙な面持ちでスマホ持ってたけど、何かあったのかな」
苺佳の表情が曇る。
戸崎「声掛けようと思ったんだけど、急いでたみたいだから」
苺佳「そう、なんだ」
戸崎「加藤君とのデート? 楽しんでね」
苺佳「あ、ありがとう……?」
戸崎「じゃあ、また火曜日に」
苺佳「うん。バイバイ」
店を後にする戸崎。
苺佳は小説を棚に戻す。
そしてその場を離れる。
○同・店外
スマホを耳に当てている雄馬。
眉を吊り上げ、軽く怒っている。
雄馬「もういい加減にしてくれ。俺はアンタらのとこに帰るつもりないから。あと、何回も電話かけてくるのやめろ。しつこいから。じゃあな」
大きな溜め息を吐く雄馬。
建物の影から出てくる苺佳。
雄馬と鉢合わせる。
バツが悪そうにする雄馬。
苺佳「ごめん。聞くつもりは……」
頭を下げる苺佳。
雄馬は苦笑いを浮かべる。
雄馬「別に。聞かれても問題ないことやし」
苺佳「電話の相手って、おじさん?」
雄馬「ああ。文化祭のあとから電話ばっかかけてきて。しつこいねんな」
苺佳「おじさん、何て言っているの?」
雄馬「苺佳には関係ないから。気にせんといて」
不服そうに唇を尖らせる苺佳。
雄馬は視線を逸らす。
雄馬「それで、小説は買ったん?」
苺佳「ううん。売り切れだったから、また出直すことにした。ごめんね、急に立ち寄っちゃって」
雄馬「全然。ほな帰ろうか。(決め顔)門限までに姫をお城までお送りする義務がございますから」
苺佳「何それ。ふふっ」
○野茂家・居間(夜)
一家団欒している野茂一家。
野茂は苺佳に視線を向け、話す。
野茂「雄馬君とのデート、楽しかった?」
苺佳「はい」
英恵「どこへ行ってきたの?」
苺佳「レストランと、書店と……、あとは内緒です」
ニヤッとする苺佳。
野茂「苺佳の口から惚気話が聞けるとはな。うん、嬉しいようで辛いような」
英恵「日高、しっかりしなさい。大黒柱なのよ」
湯気が立つお茶を啜る英恵。
ホッと息を吐く。
野茂「そうですが、やはり一人娘ということもあって、大切に思っているからこそ、というものもあると思いませんか?」
英恵「私には、そういった感情はないわね」
野茂「ちょっと~、母様~!」
目を細め、涙を流そうとする野茂。
しかし、涙は出ない。
その様子を笑ってしまう英恵。
苺佳も我慢できず、笑みを浮かべる。
純黎「弱いのにお酒呑んじゃうから。もう」
呆れ顔の純黎。
英恵「よほど苺佳の口から雄馬君とのデート話を聞くのが嫌だったのよ。それなら聞かなければいいのにね。日高も馬鹿ね」
笑いながら言う英恵。
苺佳は英恵の所へ歩いて向かう。
そして、隣に腰かける。
苺佳「最近、お祖母様って乙女みたいになっていませんか? 気のせいでしょうか?」
英恵「そう? これでも私、昔は乙女だったのよ? 想像できないかもしれないけれど」
苺佳「お祖母様の若い頃の写真って、あります? 見る機会が今までなくて」
英恵「いいわよ。雄馬君とのデートの参考にしてもいいからね。うふふ」
ほくそ笑む英恵。
苺佳は深く頭を下げる。
苺佳「させていただきます!」
英恵「いいわよ。少々お待ちなさい。獲って来るから」
苺佳「私も一緒に行きますよ」
腰を上げる苺佳。
野茂「母様、無理しないでくださいよ」
英恵「分かっているよ。苺佳、付いてきなさい」
苺佳「はい」
英恵の後ろを付いて、部屋を出る苺佳。
襖が閉まる。
遠ざかる足音。
ビールを飲み干す野茂。
少し顔が赤らんでいる。
純黎「なんだか、今日のお義母様、明るいわね」
野茂の隣に正座する純黎。
野茂「ああ。検査の結果が良かったらしい。まあ予後が悪いのは変わりないらしいがな」
純黎「そうなのね。お義母様は、最後まで苺佳にお話しされないおつもりなのかしら」
野茂「ああ。余計な心配をかけたくない、の一点張りだからな」
純黎「そう。せめて苺佳が雄馬君と結婚して、お店を継ぐ姿は見て欲しいけどね」
野茂「そうだな」
○同・英恵の部屋(夜)
押し入れの中を漁る英恵。
横に正座し、アルバムを捲る苺佳。
一枚の集合写真のところで手を止める。
苺佳「これ、もしかして、お祖母様とお祖父様の結婚式の写真ですか?」
作業の手を止め、写真に目を遣る英恵。
優しく微笑む。
英恵「そうよ」
苺佳「綺麗な着物」
英恵「このお店を継ぐ者と結婚する者は、結婚式の際、どちらも着物を着るのよ。しかも、代々受け継がれてきた着物よ」
苺佳「それでは、お父様とお母様の時も着物で?」
英恵「そうよ。だからね、苺佳、あなたが雄馬君と結婚する際も、着物で式を挙げるのよ。ご先祖様も、私も、純黎さんも着てきた着物でね」
引き出しからアルバムを取り出す英恵。
苺佳の隣に置く。
苺佳「へえ。楽しみです」
英恵「きっと苺佳にも似合うわよ。私の若い頃にそっくりな顔をしているから」
苺佳「そうなの?」
英恵「そのアルバムを見たら、分かるはずよ」
置かれているアルバムを見る英恵。
苺佳はゆっくり手を伸ばし、捲る。
苺佳「このお綺麗な方が、お祖母様?」
英恵「そうよ。その昔は、美人さんだって周りから褒められたのよ。だから、モテモテ。うふふ」
口角をゆるめる英恵。
苺佳も幸せそうに笑う。
苺佳N「この日、お祖母様の青春時代から、結婚した後の話を聞いた。私は寝る時までにやけっぱなしだった。雄馬との生活も、これぐらい幸せにできればいいな、なんてことを思いながら、目を閉じた」
○竹若高校・生徒玄関(朝)
雄馬と一緒に歩く苺佳。
楽しそうに談笑している。
2年2組の靴箱。
靴を手に戸を開ける苺佳。
空の靴箱。
苺佳「あれ、私の上履きがない」
雄馬「え、嘘」
苺佳の靴箱を覗く雄馬。
苺佳「一昨日、ちゃんと入れて帰ったのに」
雄馬「とりあえず落とし物コーナー見に行く?」
苺佳「うん」
○同・廊下(朝)
靴下の状態の苺佳。
上履きを手に持ち続けている雄馬。
2人の視線の先。
落とし物の看板と段ボール箱。
箱の中。ボールペン1本のみが入っている。
雄馬「無いか」
苺佳「上履きに、一応苗字は書いてあるからね……」
雄馬「じゃあ、職員室行って聞いてみるか。そっちの方が手っ取り早いだろ」
苺佳「うん」
少し暗い表情の苺佳。
雄馬はしゃがみ、苺佳の顔を覗き込む。
雄馬「靴下で冷たくないか?」
苺佳「うん、大丈夫。雄馬こそ大丈夫?」
雄馬「俺は男だからな。ハハッ」
雄馬は身震いする。
クスッと笑う苺佳。
苺佳「私に合わせなくていいよ。今からでも履いたら? 手に持ってるのも大変でしょ?」
雄馬「嫌。苺佳が上履き履いてないのに、俺が履けるわけないだろ? 早く見つけて履こうぜ」
歯を見せて笑う雄馬。
苺佳は小さく頷く。
○同・職員室(朝)
肩を落としている苺佳。
太腿を叩く雄馬。
雄馬「くそっ。何でないねん」
苺佳「仕方ないよ。もう一度、靴箱見て見ようかな。他の人のところに入れたのかもしれないし」
雄馬「そうだな。で、それでもなかっらどうするん?」
苺佳「黒川先生に言って、スリッパ借りるよ。歩きにくいけどね」
雄馬「俺の上履きでよければ貸すのにな。まあ新品じゃねえし、サイズも合わないから嫌やろうけど」
苺佳「私は、嫌じゃないよ。サイズさえ合えば、雄馬と靴の共有、してみたいって思うから。まあ叶わないけれど」
小さく首を傾け、微笑む苺佳。
雄馬は後ろに仰け反る。
雄馬M「アカン。その仕草可愛すぎ! 死んでまう」
○同・玄関(朝)
他の生徒で賑わっている。
戸を開ける苺佳。
入っている上履き。
踵部分に野茂の表記。
顔を見合わせ、驚く2人。
苺佳「あった」
雄馬「よかったやん」
苺佳「もしかして、私、違うところ開けちゃったのかな」
雄馬「いや、俺も見たけど、間違いなく苺佳の靴箱だったぜ。戸に出席番号書いてあるんだし」
苺佳「それじゃあ、何だったのかな。まあいいか」
上履きを履く苺佳。
雄馬は軽く心配そうな表情。
苺佳「雄馬も、もう上履き履きなよ」
雄馬「あ、そうだな」
首を傾げる雄馬。
2人を見る人影。
雄馬が振り返る。
瞬間、去っていく人影。
○同・階段(朝)
上っている2人。
雄馬「なあ、苺佳」
苺佳「何?」
雄馬「他に何か無くなってるものあったら、すぐに教えろよ。俺が絶対に見つけたるから」
苺佳「え、どういうこと?」
惚ける苺佳。
雄馬は少々慌て始める。
雄馬「あー、いや、俺の気のせいかもしれへんから、そこまで深く気にせんといて」
苺佳「それなら良いけど」
悪戯に笑う苺佳。
雄馬は溜め息を吐く。
苺佳M「このとき、私は雄馬の発言を楽観視していた。でも、翌日以降、雄馬の心配事が、現実になるなんて……」

