○苺佳の部屋(朝)
広々とした和室。
制服のリボンを結ぶ野茂苺佳(16)。
箪笥横。ギターケースとリュック。
本棚の中。音楽本とアイドルグッズ。
苺佳N「私の名前は野茂苺佳。高校2年生。実家は創業100年を迎えた着物屋野茂で、一人娘として生まれた。今はアイドルへの推し活とバンドに青春を捧げている。そんな私の初恋相手は、私よりも背が小さくて、可愛い幼馴染。ただその初恋は実ることなく、小学5年生の冬、お別れを経験したのだった」
○(回想始め)タイトル
「7年前」
○小学校・外観(夕)
冬空が広がっている。
葉っぱを落とした木。
うっすらと積もった雪。
半分以上溶けている雪だるま。
○同・廊下(夕)
5年A組のプレートが出ている。
○同・5年A組教室(夕)
黒板の前に立つ担任。
教壇の前に立つ加藤雄馬(11)。
手にはクラスメイトからの寄せ書きと、小さな紙袋を持っている。
クラスの中央に座る、野茂苺佳(11)。
少し不貞腐れている。
担任「雄馬君、皆にひと言メッセージを言ってもらってもいいかな?」
雄馬「えっと……、今日までありがとうございました。みんなと過ごせて楽しかったです。転校した先でも頑張るので、皆も頑張ってください。ありがとうございました」
頭を下げる雄馬。
疎らな拍手。
寂しそうな目で雄馬を見る苺佳。
担任「雄馬君、ありがとう。それじゃあ、これで2学期のクラスの終業式を終わります」
○住宅街(夕)
身を縮ませながら歩いている苺佳。
マフラーを巻いている。
その隣を歩く雄馬。
荷物でパンパンのランドセルを背負っている。
手には紙袋を持っている。
苺佳「どうして引っ越すこと、ギリギリまで教えてくれなかったの?」
雄馬「親の都合で、急に決まっちゃったから……」
申し訳なさそうに俯く雄馬。
苺佳はまだ不貞腐れている。
苺佳「おじさんとおばさん、離婚するんだよね。それが原因なの?」
雄馬「……うん」
苺佳「こっちには、いつか戻ってくる?」
雄馬「まだ分からない」
苺佳「そうだよね。ごめんね……」
寂しそうにする苺佳。
道路脇に残る雪の塊を蹴飛ばす。
立ち止まる雄馬。
雄馬「苺佳ちゃん」
苺佳「ん?」
数歩先で立ち止まり、振り返る苺佳。
雄馬「いつになるか分からないけど、帰ってきたら、迎えに行ってもいい?」
苺佳「無理だよ。私だって、いつまでここにいるか分からないし、お家のこともあるから……」
俯く苺佳。
駆け寄る雄馬。
苺佳の両手を包み込む。
そして真剣な眼差しを向ける。
雄馬「それでも迎えに行く。だから、待ってて」
苺佳「……!」
軽く頬を赤らめる苺佳。
恥ずかしそうに口を開く。
苺佳「そこまで宣誓するなら、ちゃんと迎えに来てよ。私、ちゃんと待っちゃうタイプだから」
雄馬「フフッ、分かってるよ。たとえ離れたとしても、苺佳と交わした約束は、絶対忘れないよ」
苺佳「私も忘れない。絶対」
雄馬「うん」
目先に見えるマンション。
苺佳は見上げて寂しそうにする。
苺佳「もう、お別れだね」
雄馬「うん」
○マンション・外観(夕)
ロビー付近。立ち止まる苺佳。
歩く雄馬。ゆっくりと振り返える。
雄馬「じゃあ、またね」
笑顔で手を振る。
苺佳「うん。またね」
手を大きく振る苺佳。
去っていく雄馬。
苺佳「(叫ぶ)絶対迎えに来てよ!」
雄馬、振り向かず、親指を立てて応える。
苺佳N「この日以降、雄馬とは連絡が取れなくなった。動きを止めた雄馬との思い出の歯車。あれから5年と4か月。再び私の中の歯車が動き始める」
(回想終わり)
○竹若高校・外観(朝)
校門。竹若高校の表札。
花壇に植わるチューリップ。
柏木皐月(16)と話ながら登校している苺佳。
苺佳は前にリュック、背中にギターケースを背負っている。
苺佳のリュックには男性アイドルの缶バッチが付いている。
皐月のリュックには男性アイドルのキーホルダーが付いている。
(同じ男性アイドルグループ)
皐月「あーあ、みんな午前中で帰れるって
いいよね」
苺佳「ね~」
皐月「私たちの時ってさ、演奏なんて無か
ったよね?」
苺佳「なかった。CDだった」
皐月「今年はいいね。私達の演奏で入場で
きるなんて。豪華だよ」
苺佳「アハハ、確かに。貴重だよね」
○同・生徒玄関(朝)
数人の生徒がいる。
靴を入れていく苺佳と皐月。
皐月「そうそう、昨日聞いたんだけどね、うちのクラスに転校生来るらしいよ」
苺佳「えっ、それどこ情報?」
皐月「お兄ちゃん。昨日、職員室で見慣れない顔の生徒がいたから、先生に新入生か聞いたら、転校生だって言われたらしくて」
苺佳「転校生か。男子? 女子?」
靴箱の蓋を閉める苺佳。
皐月は苺佳に近寄る。
皐月「男子らしいよ。しかも、かなりイケメンの」
苺佳「マジか。うわ~、たちまち人気者になっちゃうタイプだ」
皐月「多分ね。まあ私らには関係ないよね。だって、推しがいるんだから」
リュックのキーホルダーを揺らす皐月。
苺佳は微笑む。
苺佳「確かに。でも珍しね。うちの学校って転校生が来るような所じゃないって思っていたのに」
皐月「だよね。地元民しか来ないようなとこだもんね」
歩き始める2人。
苺佳「じゃあさ、ちょっと賭けしない?」
皐月「何に?」
苺佳「転校生が来た理由」
ニカッと笑う苺佳。
皐月も同じような笑みを浮かべる。
皐月「乗った。じゃあ私は、賢い高校に行ってたけど、勉強についていけなくなったから転校してきたに500円」
苺佳「(吹き出す)少な過ぎ」
皐月「しょうがないじゃん。今金欠なんだもん。そういう苺佳は何に何円賭けるの?」
苺佳「私は、家の近所だから選んだ、に500円」
得意げに言う苺佳。
皐月は苺佳に軽く寄りかかる。
皐月「人のこと言えないじゃーん」
苺佳「だって、私も同じく金欠だから」
皐月「だよね~。今回のグッズ、神ってたからね」
余韻に浸る皐月。
苺佳も心酔している。
苺佳「そうそう。ホント最高」
皐月「だよね~。あっ、そう言えば、昨日ユースケがSNSでねーー」
○同・廊下(朝)
廊下で立ち話する生徒。
その横を通る苺佳と皐月。
2年2組のプレートが出ている教室へ入っていく。
○同・2年2組教室(朝)
賑わっている教室。
黒板に張られている座席表。
苗字だけが書かれている。
苺佳「私ここ。やった、後ろだ」
皐月「うわっ、一番前の席……」
苺佳「はい、おつ~」
苺佳は悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
皐月「いつか苺佳をここに座らせてやる~」
苺佳に念力を送るフリをする皐月。
それを笑顔で避け続ける苺佳。
苺佳「あっ、こんな時間。皐月、音楽室行こう。我妻先生に怒られる」
皐月「りょーかい」
× × ×
(時間経過)
本鈴が鳴る。
着席していく生徒たち。
走って教室に入ってくる苺佳と皐月。
席に座り、息を整える。
皐月の後ろの席は空席のまま。
ドアが開く。黒川が入ってくる。
軽いざわめき。
ドアを閉める黒川。
薮内「またか……」
羽七「やった。黒川先生だ」
黒川は教壇の上に荷物を置く。
黒川「えー、1年間君たちの担任をすることになった黒川です。(満面の笑み)よろしゅう!」
生徒たち「(戸惑いと笑い)お願いします」
黒川「早速やけど、このクラスに転校生がおるから、紹介するな。加藤君、入ってきて」
ドアが再び開く。
入ってくる1人の高身長の男子生徒。
羽七「うわっ、イケメン」
ざわつく教室内。
苺佳は何気なく男子のことを見ている。
教壇の横に立ち止まる男子生徒。
顔を上げるとともに露になる全貌。
パッチリ二重に、通った鼻筋。
苺佳M「確かに、イケメンだなぁ」
黒川「加藤君、自己紹介、よろしゅう」
雄馬「はい。えっと、加藤雄馬です」
目を見開き、驚く苺佳。
雄馬「よろしくお願いします」
頭を下げる雄馬。
巻き起こる拍手。
苺佳、勢いよく腰を上げる。
苺佳「(雄馬を指して)えっ、加藤雄馬って、あの加藤雄馬!?」
生徒の視線が苺佳に注がれる。
薮内「(小声)あの、って誰だよ。お前知ってる?」
伊達「(小声)いや、知らないな」
ニコッと微笑みかける雄馬。
雄馬「苺佳。ただいま」
苺佳「お、おかえり……?」
戸惑いが隠せない苺佳。
皐月、驚きの表情を浮かべている。
伊達「え、知り合い?」
小鳥「うそっ、すご」
黒川「なんや、野茂と知り合いなんか?」
雄馬と苺佳「幼馴染です!」
言い終わり、互いに笑みを浮かべ合う。
黒川も思わず笑ってしまう。
黒川「息ピッタリやな。あー、ちょうどええな。じゃあ野茂にお願いしよか」
苺佳「何を、ですか?」
黒川「昼休みにでも、加藤のこと案内してやってくれ。幼馴染なんやったら、緊張せんでええやろ?」
苺佳「先生、私、バンドの練習が――」
黒川「(遮って)少しぐらい時間あるやろ。全部紹介せんでええから。な、頼まれてくれや」
苺佳「え……」
雄馬「お願いね、苺佳ちゃーん」
雄馬は満面の笑みで両手を振る。
頬を紅潮させる苺佳。
苺佳「雄馬、そんなキャラじゃなかったよね!? 恥ずかしいから、お願いするならちゃんとした態度でしてよ!」
雄馬「ハハハハハ。分かった分かった。昼休みよろしくな、苺佳」
口角を上げる雄馬。
苺佳は恥ずかしそうに小さく頷く。
真玲M「キモ過ぎ。こんなところでイチャイチャすんなよ」
鼻で笑う真玲。
黒川「そういうことやから、みんな仲良くしてやってな」
生徒たち「はい」
黒川「加藤、あの席座ってくれるか?」
指す席。皐月の後ろ。
雄馬「分かりました」
歩き始める雄馬。
女子数人が雑談する声。
荷物を下ろし、椅子に腰かける雄馬。
黒川「今から始業式やから、体育館に移動してや」
生徒たち「はい」
○同・廊下
立ち話をしている生徒数人。
2年2組の教室前。
関本天龍(17)がベースケースを手に立っている。
伊達(声)「起立。礼」
○同・2年2組教室
続々と帰っていく生徒たち。
教室に入ってくる関本。
気付いた皐月が右手を挙げる。
教室後方。立ち話をする苺佳と雄馬。
雄馬「この後予定あるんだよね」
苺佳「まあ、うん」
雄馬「演奏するん?」
苺佳「うん。私、皐月と天ちゃんと3人でバンド組んでいるの。それで、先生から入場と退場の音楽を演奏して欲しいって頼まれて」
こめかみの付近を掻く苺佳。
雄馬「苺佳がバンドか。何の楽器やってるん?」
苺佳「ギターと、一応、ヴォーカル」
雄馬の表情が明るくなる。
雄馬「昔から苺佳って歌うまかったもんな。えー、聞きに行こかな」
苺佳「え~、恥ずかしいな、えへへっ」
頬を赤らめる苺佳。
雄馬は微笑む。
雄馬「ハハッ、そうやってすぐ恥ずかしがるところ、今でも変わってないんだな」
苺佳「そうだね。変わってないかも」
少し俯く苺佳。
隠れて嬉しそうに笑っている。
苺佳のことを手招きで呼ぶ皐月。
それに気付かない苺佳。
気付いた雄馬。苺佳の肩を触る。
苺佳「ん!?」
雄馬「呼んでる」
苺佳「あ、ご、ごめん。ありがと」
皐月と関本の元へ駆ける苺佳。
両手を合わせて軽く頭を下げる。
関本「いっちゃん、さっさと行こうぜ」
苺佳「天ちゃん、ごめん。ちょっと先生から頼まれごとされちゃって」
関本「なんの?」
苺佳「学校紹介」
関本「ん?」
首を傾ける関本。
皐月が関本の肩に手を回す。
皐月「転校生に紹介してやれ、って黒川先生が。先生勝手すぎでしょ」
関本「あー、なるほど」
皐月「んで、あそこに立ってるのが、その転校生」
皐月は雄馬が立つ方を見る。
関本も追って雄馬のことを見る。
苺佳「あっ、天ちゃんにも紹介するよ。私の幼馴染の加藤雄馬君」
雄馬、3人に少し近づいて頭を下げる。
雄馬「雄馬です。よろしくお願いします」
関本「うぃーす。よろしく」
戸惑う雄馬。
皐月が咄嗟に関本の頭を軽く叩く。
関本「痛っ。ちょ、皐月」
皐月「天龍、こういうとこあるから。ごめんね」
雄馬「あ、全然。大丈夫……?」
小さく首を左右に振る雄馬。
苺佳は軽く微笑み、皐月に話しかける。
苺佳「でも久しぶりに話せるから、ちょうど良かったかも」
皐月「苺佳って、そういうとこ、ホント優しいよね」
苺佳「そうでもないよ」
首を振る苺佳。
皐月は苺佳の肩に腕を回す。
皐月「まあ2人の時間楽しんできな。私はここで適当に時間潰してる。お昼も食べたいし」
苺佳「分かった。天ちゃんは?」
関本「俺は先に音楽室行っとく。我妻ちゃんに呼び出されてるから」
苺佳「そっか」
ニコッと笑う苺佳。
回した腕を基に戻す皐月。
皐月「私たちも合流したら音楽室行くから、我妻先生に伝えておいて」
関本「あいよ。じゃ、お先」
ケースを背負い、教室を出て行く天龍。
苺佳「私たちも行こうか」
雄馬「うん」
皐月「行ってら」
皐月は2人に手を振る。
苺佳「はーい」
苺佳も手を振り返しながら出る。
雄馬はそのまま出て行く。
○同・廊下
晴天が広がっている。
廊下を横並びで歩く2人。
微かに聞こえてくるベースの音。
苺佳「この通りに美術室とか音楽室とか、そういった部屋が集中しているの」
雄馬「そうなんだ。分かった」
苺佳「あと紹介するとしたら、教室が並ぶエリアだけど、多分移動教室のときに使うから分かると思う。しばらくは私が一緒に行くし……って、雄馬って選んだのは文系?」
雄馬「そうだよ。理系は相変わらず駄目だから」
苦笑いする雄馬。
苺佳「でも、私よりはできるでしょ? ふふっ。私も文系だから、覚えるまでは一緒に行こ」
雄馬「ありがと。助かる」
苺佳「うん。じゃあ、こんなぐらいかな。ごめんね、雑な紹介で」
雄馬「全然」
腕時計を見る雄馬。
苺佳に時計を見せる。
雄馬「もう1時来るけど、戻んなくて大丈夫?」
苺佳「戻ってお昼食べなきゃ」
雄馬「じゃあ、走って帰るか」
苺佳「だね。先生に見つかりませんように」
ハハッと笑う苺佳。
雄馬も笑みを浮かべる。
廊下を走っていく苺佳と雄馬。
苺佳は雄馬の腕を掴んでいる。
苺佳「ねえ雄馬」
雄馬「何?」
苺佳「また昔みたいに、戻れるかな」
雄馬は喜色を含んだ表情を浮かべる。
雄馬「当たり前だろ。俺は今も昔も変わらず苺佳の幼馴染なんだからよ」
苺佳「ずっと、幼馴染でいてくれる?」
雄馬「それは無理」
苺佳「え……」
立ち止まる苺佳。
離れる手。
上履きが床と擦れる音。
苺佳、顔を上げて雄馬のことを見上げる。
一歩先、立ち止まる雄馬。
振り返り、言う。
雄馬「幼馴染の関係じゃ我慢できない。俺は苺佳と幼馴染以上の関係になりたい」
苺佳「それって……」
雄馬「詳しくは、また今度」
笑顔で言う雄馬。
当惑する苺佳。小さく頷く。
雄馬「よーし、教室までどっちが早く着けるか競争な」
苺佳「えっ、ちょ、ちょっと待ってよー!」
苺佳M「この瞬間の雄馬は、とても輝いていた。まるで原石のように」
○同・体育館中
入場してくる新入生たち。
苺佳と皐月と関本はバンド演奏している。
苺佳M「演奏中も、離れなかった雄馬のあの真剣な表情。今すぐここを抜け出して、あの頃みたく、頭を撫でたい」
○同・廊下(夕)
リュックを背負い歩いている苺佳、皐月、関本。
缶バッチに手を振れ、密かに微笑む苺佳。
○同・生徒玄関(夕)
玄関にあるベンチに腰かけている雄馬。
読書をしている。
喋りながら近づいてくる苺佳、皐月、関本の3人。
皐月が雄馬に気付き、手を振る。
それに気付き、腰を上げる雄馬。
持っていた本を閉じ、リュックに入れる。
苺佳「えっ、どうしてここにいるの?」
雄馬「ごめん、苺佳と帰ろうかと思ったんだけど――」
皐月「(遮って)あっ」
ニマニマとする皐月。
苺佳の両肩を軽く叩く。
皐月「私らのことは気にしないで。天龍、さっさと帰るよ」
関本の腕を強引に引く皐月。
困惑顔の関本。
苺佳は苦笑いを浮かべる。
皐月「2人とも、バイバーイ」
関本「じゃあな!」
苺佳「また明日」
苺佳は雄馬の顔を見つめる。
頭を掻き、戸惑い気味の雄馬。
雄馬「邪魔したよな、完全に」
苺佳「ううん。気にしないで」
雄馬「あ、うん」
表情がまだ引き攣っている雄馬。
苺佳「……あのさ、ずっと待っててくれたの?」
雄馬「まあ」
苺佳「なんか……、ごめん」
苺佳が頭を下げる。
雄馬は首を軽く傾ける。
雄馬「ん? 苺佳が謝ることじゃないよ」
苺佳「でも私――」
雄馬「(遮って)俺が勝手に苺佳のこと待ってただけ。だから、苺佳が謝る理由はないよ?」
優しく笑って苺佳の頭を撫でる雄馬。
照れ始める苺佳。
雄馬「苺佳、背伸びたな。あんなにチビだったのに」
苺佳「そういう雄馬だって。ジャンプしないと頭撫でられない」
雄馬「まだ撫でてくれんの?」
揶揄い口調で言う雄馬。
苺佳は拗ねる。
苺佳「そんな口調で言うなら、もう撫でない。それに、昔みたいに泣き虫じゃないでしょ」
雄馬「さあ。まあ確かに最近泣いてないけど」
苺佳「じゃあ、もう撫でなくて済むんだ。あー、良かった。清々するっ」
唇を尖らせる苺佳。
雄馬は少し腰を丸める。
そして苺佳の顔を覗き込む。
雄馬「ホントに良かったって思ってんの?」
苺佳「(吹き出す)フッ。(笑いながら)お、思っているよ?」
雄馬「笑っちゃってんじゃん。アハハ、やっぱ何も変わってないんだな」
笑いながら言う雄馬。
一方の苺佳は俯き、暗い表情。
苺佳「……変わったところも、あるよ」
雄馬「ん?」
苺佳「私ね――」
天井にあるスピーカーから鳴り響くチャイム。
直後、教員が生徒を呼び出す。
チャイムが鳴り終わる。
一気に静かになる。
雄馬「何か言いかけたよね?」
苺佳「ううん。何でもない。早く帰ろう。先生に見つかると面倒だから」
雄馬「お、おう」
○歩道(夕)
桜並木が続く道。
アスファルトの上。
無数の桜の花びらが踏みつぶされている状態。
苺佳「雄馬と帰るの、小学生ぶりだね」
雄馬「そうだな」
苺佳「懐かしいな」
空を仰ぎ見る苺佳。
苺佳の視界に映る雄馬の顔。
雄馬は変顔をする。
吹き出して笑う苺佳。
2人、笑い合いながら歩く。
雄馬「昔はよく、公園に寄り道して競争してたっけ。どっちが先に体力なくなるかとかって」
苺佳「あ~、懐かしい。でも、あれ私が手加減していたの、気付いていた?」
雄馬「気付いてるも何も、俺が負けず嫌いだから、それでわざと負けてくれてたんだろ?」
苺佳「そうそう。まあたまに勝って、泣いちゃう雄馬の頭撫でるの、好きだったけど」
ニヤッと笑う苺佳。
雄馬も釣られて笑う。
雄馬「ハハハ。でも、どっちにしても楽しかったよな」
苺佳「うん。楽しかった。でもさ、途中からやらなくなったよね」
雄馬「そう、だったっけ……?」
苺佳「そうだよ。だっておばさんが……」
口籠る苺佳。
顔色を変える雄馬。
苺佳は咄嗟に謝る。
苺佳「ごめん」
雄馬「べ、別に」
沈黙。
歩き続ける2人。
雄馬が前髪を触りながら尋ねる。
雄馬「黒川先生って、関西出身だったりするん?」
雄馬に視線を合わせない苺佳。
苺佳「そうらしい」
雄馬「へえー。俺も関西におったけど、そこまで染まらんかったな」
後頭部で両手を組む雄馬。
立ち止まる苺佳。
雄馬の顔を覗き込む。
苺佳「いや、軽く、染まっているけど」
雄馬「え、マジ?」
苺佳「う、うん。たまに、関西弁っぽい感じの語尾だったり、イントネーションだったりするから……」
雄馬「それ、完全に無意識のうちにやってんやな……あ、今」
苺佳「アハハ」
口元に手をやって、豪快に笑う苺佳。
雄馬「確かに、これは染まっとる。なんか嫌やなー。染まらんように生活してたはずだったのに」
苺佳「私としては、関西弁喋る雄馬が新鮮で、いいんだけどな」
雄馬「そうか?」
苺佳「うん。あー、でも安心した。なんか関西に行っちゃって、性格とか変わっちゃったかなって、思っていたから」
雄馬「ハハハ。でもトータルで考えたらこっちでの生活のほうが長いからな」
苺佳「そっか」
数回小さく頷く苺佳。
雄馬も頷く。
苺佳「でもさ、どうしてこの学校選んだの? 市内に行けばもっとあったのに」
雄馬「新たに住むことになった家から一番近かったから」
目を丸くする苺佳。
苺佳「えっ、それだけ?」
大きく頷く雄馬。
雄馬「うん。それだけ」
苺佳「そ、そうだよね。あ、ははは」
笑って誤魔化す苺佳。
苺佳N「そうだよね。忘れているよね。だって小5だったし……」
雄馬「でも、まさか苺佳と再会できるなんて思ってもみなかったよ」
感慨深げにしている。
苺佳も嬉しそうにしている。
苺佳「それは私も。驚いちゃったな」
雄馬「全く知らない世界に飛び込んだのに、昔と変わってない苺佳がいてくれるから、すごい安心できてる」
苺佳「私も、雄馬が隣にいるだけで安心しちゃう。でも、イケメンだし背高いし、前みたいに仲良く歩けないよ」
雄馬「そ、そうか?」
照れ笑いを浮かべる雄馬。
苺佳は真剣な表情。
苺佳「うん。あの当時とか、雄馬の口から”俺”っていう一人称が出るとは到底思えなかったもん」
雄馬「何それ」
苺佳「それぐらい可愛かったってこと。なのに、こんなにイケメンになって帰ってくるなんて……」
雄馬「なんか俺、一回宇宙か何かに飛ばされた?」
笑い声を上げる雄馬。
口を尖らせて拗ねる苺佳。
苺佳「そんなこと言ってないよ」
雄馬「いや、だって、苺佳がそんな感じのテンションで言うから」
苺佳「それぐらい嬉しかったの。引っ越しちゃったら、もう会えないかと思っていたから」
少し目をウルッとさせている苺佳。
上目遣いをする。
その目を見つめ返す雄馬。
少し照れ笑い。
雄馬「約束、守ったから」
苺佳「……!」
驚きが隠せない苺佳。
その手を取る雄馬。
真剣な眼差しを苺佳に向ける。
雄馬「あの時言っただろ、苺佳のこと迎えに行くから、って」
苺佳「雄馬、覚えていたの?」
雄馬「当たり前だろ。だって、苺佳と交わした約束だからな」
優しい眼差し。
苺佳の頬が紅潮していく。
それを隠すように、俯く苺佳。
苺佳「全然迎えに来てくれないから、もうとっくの前に忘れちゃったかと思っていたのに。(小声)そういうとこ、ズルいよ……」
雄馬「俺、苺佳との約束破ったことあるか?」
苺佳「ううん。ない」
雄馬「だろ?」
向き合う2人。
真剣な眼差しの雄馬。
苺佳はゆっくり瞬きをする。
雄馬「遅くなってごめん。改めて、迎えにきたよ、苺佳」
苺佳「うん。おかえり、雄馬」
雄馬「ただいま」
雄馬は苺佳を軽々と抱き上げる。
頭を近づけ合い、微笑む苺佳と雄馬。
夕日に照らされ、影が浮かび上がる。
広々とした和室。
制服のリボンを結ぶ野茂苺佳(16)。
箪笥横。ギターケースとリュック。
本棚の中。音楽本とアイドルグッズ。
苺佳N「私の名前は野茂苺佳。高校2年生。実家は創業100年を迎えた着物屋野茂で、一人娘として生まれた。今はアイドルへの推し活とバンドに青春を捧げている。そんな私の初恋相手は、私よりも背が小さくて、可愛い幼馴染。ただその初恋は実ることなく、小学5年生の冬、お別れを経験したのだった」
○(回想始め)タイトル
「7年前」
○小学校・外観(夕)
冬空が広がっている。
葉っぱを落とした木。
うっすらと積もった雪。
半分以上溶けている雪だるま。
○同・廊下(夕)
5年A組のプレートが出ている。
○同・5年A組教室(夕)
黒板の前に立つ担任。
教壇の前に立つ加藤雄馬(11)。
手にはクラスメイトからの寄せ書きと、小さな紙袋を持っている。
クラスの中央に座る、野茂苺佳(11)。
少し不貞腐れている。
担任「雄馬君、皆にひと言メッセージを言ってもらってもいいかな?」
雄馬「えっと……、今日までありがとうございました。みんなと過ごせて楽しかったです。転校した先でも頑張るので、皆も頑張ってください。ありがとうございました」
頭を下げる雄馬。
疎らな拍手。
寂しそうな目で雄馬を見る苺佳。
担任「雄馬君、ありがとう。それじゃあ、これで2学期のクラスの終業式を終わります」
○住宅街(夕)
身を縮ませながら歩いている苺佳。
マフラーを巻いている。
その隣を歩く雄馬。
荷物でパンパンのランドセルを背負っている。
手には紙袋を持っている。
苺佳「どうして引っ越すこと、ギリギリまで教えてくれなかったの?」
雄馬「親の都合で、急に決まっちゃったから……」
申し訳なさそうに俯く雄馬。
苺佳はまだ不貞腐れている。
苺佳「おじさんとおばさん、離婚するんだよね。それが原因なの?」
雄馬「……うん」
苺佳「こっちには、いつか戻ってくる?」
雄馬「まだ分からない」
苺佳「そうだよね。ごめんね……」
寂しそうにする苺佳。
道路脇に残る雪の塊を蹴飛ばす。
立ち止まる雄馬。
雄馬「苺佳ちゃん」
苺佳「ん?」
数歩先で立ち止まり、振り返る苺佳。
雄馬「いつになるか分からないけど、帰ってきたら、迎えに行ってもいい?」
苺佳「無理だよ。私だって、いつまでここにいるか分からないし、お家のこともあるから……」
俯く苺佳。
駆け寄る雄馬。
苺佳の両手を包み込む。
そして真剣な眼差しを向ける。
雄馬「それでも迎えに行く。だから、待ってて」
苺佳「……!」
軽く頬を赤らめる苺佳。
恥ずかしそうに口を開く。
苺佳「そこまで宣誓するなら、ちゃんと迎えに来てよ。私、ちゃんと待っちゃうタイプだから」
雄馬「フフッ、分かってるよ。たとえ離れたとしても、苺佳と交わした約束は、絶対忘れないよ」
苺佳「私も忘れない。絶対」
雄馬「うん」
目先に見えるマンション。
苺佳は見上げて寂しそうにする。
苺佳「もう、お別れだね」
雄馬「うん」
○マンション・外観(夕)
ロビー付近。立ち止まる苺佳。
歩く雄馬。ゆっくりと振り返える。
雄馬「じゃあ、またね」
笑顔で手を振る。
苺佳「うん。またね」
手を大きく振る苺佳。
去っていく雄馬。
苺佳「(叫ぶ)絶対迎えに来てよ!」
雄馬、振り向かず、親指を立てて応える。
苺佳N「この日以降、雄馬とは連絡が取れなくなった。動きを止めた雄馬との思い出の歯車。あれから5年と4か月。再び私の中の歯車が動き始める」
(回想終わり)
○竹若高校・外観(朝)
校門。竹若高校の表札。
花壇に植わるチューリップ。
柏木皐月(16)と話ながら登校している苺佳。
苺佳は前にリュック、背中にギターケースを背負っている。
苺佳のリュックには男性アイドルの缶バッチが付いている。
皐月のリュックには男性アイドルのキーホルダーが付いている。
(同じ男性アイドルグループ)
皐月「あーあ、みんな午前中で帰れるって
いいよね」
苺佳「ね~」
皐月「私たちの時ってさ、演奏なんて無か
ったよね?」
苺佳「なかった。CDだった」
皐月「今年はいいね。私達の演奏で入場で
きるなんて。豪華だよ」
苺佳「アハハ、確かに。貴重だよね」
○同・生徒玄関(朝)
数人の生徒がいる。
靴を入れていく苺佳と皐月。
皐月「そうそう、昨日聞いたんだけどね、うちのクラスに転校生来るらしいよ」
苺佳「えっ、それどこ情報?」
皐月「お兄ちゃん。昨日、職員室で見慣れない顔の生徒がいたから、先生に新入生か聞いたら、転校生だって言われたらしくて」
苺佳「転校生か。男子? 女子?」
靴箱の蓋を閉める苺佳。
皐月は苺佳に近寄る。
皐月「男子らしいよ。しかも、かなりイケメンの」
苺佳「マジか。うわ~、たちまち人気者になっちゃうタイプだ」
皐月「多分ね。まあ私らには関係ないよね。だって、推しがいるんだから」
リュックのキーホルダーを揺らす皐月。
苺佳は微笑む。
苺佳「確かに。でも珍しね。うちの学校って転校生が来るような所じゃないって思っていたのに」
皐月「だよね。地元民しか来ないようなとこだもんね」
歩き始める2人。
苺佳「じゃあさ、ちょっと賭けしない?」
皐月「何に?」
苺佳「転校生が来た理由」
ニカッと笑う苺佳。
皐月も同じような笑みを浮かべる。
皐月「乗った。じゃあ私は、賢い高校に行ってたけど、勉強についていけなくなったから転校してきたに500円」
苺佳「(吹き出す)少な過ぎ」
皐月「しょうがないじゃん。今金欠なんだもん。そういう苺佳は何に何円賭けるの?」
苺佳「私は、家の近所だから選んだ、に500円」
得意げに言う苺佳。
皐月は苺佳に軽く寄りかかる。
皐月「人のこと言えないじゃーん」
苺佳「だって、私も同じく金欠だから」
皐月「だよね~。今回のグッズ、神ってたからね」
余韻に浸る皐月。
苺佳も心酔している。
苺佳「そうそう。ホント最高」
皐月「だよね~。あっ、そう言えば、昨日ユースケがSNSでねーー」
○同・廊下(朝)
廊下で立ち話する生徒。
その横を通る苺佳と皐月。
2年2組のプレートが出ている教室へ入っていく。
○同・2年2組教室(朝)
賑わっている教室。
黒板に張られている座席表。
苗字だけが書かれている。
苺佳「私ここ。やった、後ろだ」
皐月「うわっ、一番前の席……」
苺佳「はい、おつ~」
苺佳は悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
皐月「いつか苺佳をここに座らせてやる~」
苺佳に念力を送るフリをする皐月。
それを笑顔で避け続ける苺佳。
苺佳「あっ、こんな時間。皐月、音楽室行こう。我妻先生に怒られる」
皐月「りょーかい」
× × ×
(時間経過)
本鈴が鳴る。
着席していく生徒たち。
走って教室に入ってくる苺佳と皐月。
席に座り、息を整える。
皐月の後ろの席は空席のまま。
ドアが開く。黒川が入ってくる。
軽いざわめき。
ドアを閉める黒川。
薮内「またか……」
羽七「やった。黒川先生だ」
黒川は教壇の上に荷物を置く。
黒川「えー、1年間君たちの担任をすることになった黒川です。(満面の笑み)よろしゅう!」
生徒たち「(戸惑いと笑い)お願いします」
黒川「早速やけど、このクラスに転校生がおるから、紹介するな。加藤君、入ってきて」
ドアが再び開く。
入ってくる1人の高身長の男子生徒。
羽七「うわっ、イケメン」
ざわつく教室内。
苺佳は何気なく男子のことを見ている。
教壇の横に立ち止まる男子生徒。
顔を上げるとともに露になる全貌。
パッチリ二重に、通った鼻筋。
苺佳M「確かに、イケメンだなぁ」
黒川「加藤君、自己紹介、よろしゅう」
雄馬「はい。えっと、加藤雄馬です」
目を見開き、驚く苺佳。
雄馬「よろしくお願いします」
頭を下げる雄馬。
巻き起こる拍手。
苺佳、勢いよく腰を上げる。
苺佳「(雄馬を指して)えっ、加藤雄馬って、あの加藤雄馬!?」
生徒の視線が苺佳に注がれる。
薮内「(小声)あの、って誰だよ。お前知ってる?」
伊達「(小声)いや、知らないな」
ニコッと微笑みかける雄馬。
雄馬「苺佳。ただいま」
苺佳「お、おかえり……?」
戸惑いが隠せない苺佳。
皐月、驚きの表情を浮かべている。
伊達「え、知り合い?」
小鳥「うそっ、すご」
黒川「なんや、野茂と知り合いなんか?」
雄馬と苺佳「幼馴染です!」
言い終わり、互いに笑みを浮かべ合う。
黒川も思わず笑ってしまう。
黒川「息ピッタリやな。あー、ちょうどええな。じゃあ野茂にお願いしよか」
苺佳「何を、ですか?」
黒川「昼休みにでも、加藤のこと案内してやってくれ。幼馴染なんやったら、緊張せんでええやろ?」
苺佳「先生、私、バンドの練習が――」
黒川「(遮って)少しぐらい時間あるやろ。全部紹介せんでええから。な、頼まれてくれや」
苺佳「え……」
雄馬「お願いね、苺佳ちゃーん」
雄馬は満面の笑みで両手を振る。
頬を紅潮させる苺佳。
苺佳「雄馬、そんなキャラじゃなかったよね!? 恥ずかしいから、お願いするならちゃんとした態度でしてよ!」
雄馬「ハハハハハ。分かった分かった。昼休みよろしくな、苺佳」
口角を上げる雄馬。
苺佳は恥ずかしそうに小さく頷く。
真玲M「キモ過ぎ。こんなところでイチャイチャすんなよ」
鼻で笑う真玲。
黒川「そういうことやから、みんな仲良くしてやってな」
生徒たち「はい」
黒川「加藤、あの席座ってくれるか?」
指す席。皐月の後ろ。
雄馬「分かりました」
歩き始める雄馬。
女子数人が雑談する声。
荷物を下ろし、椅子に腰かける雄馬。
黒川「今から始業式やから、体育館に移動してや」
生徒たち「はい」
○同・廊下
立ち話をしている生徒数人。
2年2組の教室前。
関本天龍(17)がベースケースを手に立っている。
伊達(声)「起立。礼」
○同・2年2組教室
続々と帰っていく生徒たち。
教室に入ってくる関本。
気付いた皐月が右手を挙げる。
教室後方。立ち話をする苺佳と雄馬。
雄馬「この後予定あるんだよね」
苺佳「まあ、うん」
雄馬「演奏するん?」
苺佳「うん。私、皐月と天ちゃんと3人でバンド組んでいるの。それで、先生から入場と退場の音楽を演奏して欲しいって頼まれて」
こめかみの付近を掻く苺佳。
雄馬「苺佳がバンドか。何の楽器やってるん?」
苺佳「ギターと、一応、ヴォーカル」
雄馬の表情が明るくなる。
雄馬「昔から苺佳って歌うまかったもんな。えー、聞きに行こかな」
苺佳「え~、恥ずかしいな、えへへっ」
頬を赤らめる苺佳。
雄馬は微笑む。
雄馬「ハハッ、そうやってすぐ恥ずかしがるところ、今でも変わってないんだな」
苺佳「そうだね。変わってないかも」
少し俯く苺佳。
隠れて嬉しそうに笑っている。
苺佳のことを手招きで呼ぶ皐月。
それに気付かない苺佳。
気付いた雄馬。苺佳の肩を触る。
苺佳「ん!?」
雄馬「呼んでる」
苺佳「あ、ご、ごめん。ありがと」
皐月と関本の元へ駆ける苺佳。
両手を合わせて軽く頭を下げる。
関本「いっちゃん、さっさと行こうぜ」
苺佳「天ちゃん、ごめん。ちょっと先生から頼まれごとされちゃって」
関本「なんの?」
苺佳「学校紹介」
関本「ん?」
首を傾ける関本。
皐月が関本の肩に手を回す。
皐月「転校生に紹介してやれ、って黒川先生が。先生勝手すぎでしょ」
関本「あー、なるほど」
皐月「んで、あそこに立ってるのが、その転校生」
皐月は雄馬が立つ方を見る。
関本も追って雄馬のことを見る。
苺佳「あっ、天ちゃんにも紹介するよ。私の幼馴染の加藤雄馬君」
雄馬、3人に少し近づいて頭を下げる。
雄馬「雄馬です。よろしくお願いします」
関本「うぃーす。よろしく」
戸惑う雄馬。
皐月が咄嗟に関本の頭を軽く叩く。
関本「痛っ。ちょ、皐月」
皐月「天龍、こういうとこあるから。ごめんね」
雄馬「あ、全然。大丈夫……?」
小さく首を左右に振る雄馬。
苺佳は軽く微笑み、皐月に話しかける。
苺佳「でも久しぶりに話せるから、ちょうど良かったかも」
皐月「苺佳って、そういうとこ、ホント優しいよね」
苺佳「そうでもないよ」
首を振る苺佳。
皐月は苺佳の肩に腕を回す。
皐月「まあ2人の時間楽しんできな。私はここで適当に時間潰してる。お昼も食べたいし」
苺佳「分かった。天ちゃんは?」
関本「俺は先に音楽室行っとく。我妻ちゃんに呼び出されてるから」
苺佳「そっか」
ニコッと笑う苺佳。
回した腕を基に戻す皐月。
皐月「私たちも合流したら音楽室行くから、我妻先生に伝えておいて」
関本「あいよ。じゃ、お先」
ケースを背負い、教室を出て行く天龍。
苺佳「私たちも行こうか」
雄馬「うん」
皐月「行ってら」
皐月は2人に手を振る。
苺佳「はーい」
苺佳も手を振り返しながら出る。
雄馬はそのまま出て行く。
○同・廊下
晴天が広がっている。
廊下を横並びで歩く2人。
微かに聞こえてくるベースの音。
苺佳「この通りに美術室とか音楽室とか、そういった部屋が集中しているの」
雄馬「そうなんだ。分かった」
苺佳「あと紹介するとしたら、教室が並ぶエリアだけど、多分移動教室のときに使うから分かると思う。しばらくは私が一緒に行くし……って、雄馬って選んだのは文系?」
雄馬「そうだよ。理系は相変わらず駄目だから」
苦笑いする雄馬。
苺佳「でも、私よりはできるでしょ? ふふっ。私も文系だから、覚えるまでは一緒に行こ」
雄馬「ありがと。助かる」
苺佳「うん。じゃあ、こんなぐらいかな。ごめんね、雑な紹介で」
雄馬「全然」
腕時計を見る雄馬。
苺佳に時計を見せる。
雄馬「もう1時来るけど、戻んなくて大丈夫?」
苺佳「戻ってお昼食べなきゃ」
雄馬「じゃあ、走って帰るか」
苺佳「だね。先生に見つかりませんように」
ハハッと笑う苺佳。
雄馬も笑みを浮かべる。
廊下を走っていく苺佳と雄馬。
苺佳は雄馬の腕を掴んでいる。
苺佳「ねえ雄馬」
雄馬「何?」
苺佳「また昔みたいに、戻れるかな」
雄馬は喜色を含んだ表情を浮かべる。
雄馬「当たり前だろ。俺は今も昔も変わらず苺佳の幼馴染なんだからよ」
苺佳「ずっと、幼馴染でいてくれる?」
雄馬「それは無理」
苺佳「え……」
立ち止まる苺佳。
離れる手。
上履きが床と擦れる音。
苺佳、顔を上げて雄馬のことを見上げる。
一歩先、立ち止まる雄馬。
振り返り、言う。
雄馬「幼馴染の関係じゃ我慢できない。俺は苺佳と幼馴染以上の関係になりたい」
苺佳「それって……」
雄馬「詳しくは、また今度」
笑顔で言う雄馬。
当惑する苺佳。小さく頷く。
雄馬「よーし、教室までどっちが早く着けるか競争な」
苺佳「えっ、ちょ、ちょっと待ってよー!」
苺佳M「この瞬間の雄馬は、とても輝いていた。まるで原石のように」
○同・体育館中
入場してくる新入生たち。
苺佳と皐月と関本はバンド演奏している。
苺佳M「演奏中も、離れなかった雄馬のあの真剣な表情。今すぐここを抜け出して、あの頃みたく、頭を撫でたい」
○同・廊下(夕)
リュックを背負い歩いている苺佳、皐月、関本。
缶バッチに手を振れ、密かに微笑む苺佳。
○同・生徒玄関(夕)
玄関にあるベンチに腰かけている雄馬。
読書をしている。
喋りながら近づいてくる苺佳、皐月、関本の3人。
皐月が雄馬に気付き、手を振る。
それに気付き、腰を上げる雄馬。
持っていた本を閉じ、リュックに入れる。
苺佳「えっ、どうしてここにいるの?」
雄馬「ごめん、苺佳と帰ろうかと思ったんだけど――」
皐月「(遮って)あっ」
ニマニマとする皐月。
苺佳の両肩を軽く叩く。
皐月「私らのことは気にしないで。天龍、さっさと帰るよ」
関本の腕を強引に引く皐月。
困惑顔の関本。
苺佳は苦笑いを浮かべる。
皐月「2人とも、バイバーイ」
関本「じゃあな!」
苺佳「また明日」
苺佳は雄馬の顔を見つめる。
頭を掻き、戸惑い気味の雄馬。
雄馬「邪魔したよな、完全に」
苺佳「ううん。気にしないで」
雄馬「あ、うん」
表情がまだ引き攣っている雄馬。
苺佳「……あのさ、ずっと待っててくれたの?」
雄馬「まあ」
苺佳「なんか……、ごめん」
苺佳が頭を下げる。
雄馬は首を軽く傾ける。
雄馬「ん? 苺佳が謝ることじゃないよ」
苺佳「でも私――」
雄馬「(遮って)俺が勝手に苺佳のこと待ってただけ。だから、苺佳が謝る理由はないよ?」
優しく笑って苺佳の頭を撫でる雄馬。
照れ始める苺佳。
雄馬「苺佳、背伸びたな。あんなにチビだったのに」
苺佳「そういう雄馬だって。ジャンプしないと頭撫でられない」
雄馬「まだ撫でてくれんの?」
揶揄い口調で言う雄馬。
苺佳は拗ねる。
苺佳「そんな口調で言うなら、もう撫でない。それに、昔みたいに泣き虫じゃないでしょ」
雄馬「さあ。まあ確かに最近泣いてないけど」
苺佳「じゃあ、もう撫でなくて済むんだ。あー、良かった。清々するっ」
唇を尖らせる苺佳。
雄馬は少し腰を丸める。
そして苺佳の顔を覗き込む。
雄馬「ホントに良かったって思ってんの?」
苺佳「(吹き出す)フッ。(笑いながら)お、思っているよ?」
雄馬「笑っちゃってんじゃん。アハハ、やっぱ何も変わってないんだな」
笑いながら言う雄馬。
一方の苺佳は俯き、暗い表情。
苺佳「……変わったところも、あるよ」
雄馬「ん?」
苺佳「私ね――」
天井にあるスピーカーから鳴り響くチャイム。
直後、教員が生徒を呼び出す。
チャイムが鳴り終わる。
一気に静かになる。
雄馬「何か言いかけたよね?」
苺佳「ううん。何でもない。早く帰ろう。先生に見つかると面倒だから」
雄馬「お、おう」
○歩道(夕)
桜並木が続く道。
アスファルトの上。
無数の桜の花びらが踏みつぶされている状態。
苺佳「雄馬と帰るの、小学生ぶりだね」
雄馬「そうだな」
苺佳「懐かしいな」
空を仰ぎ見る苺佳。
苺佳の視界に映る雄馬の顔。
雄馬は変顔をする。
吹き出して笑う苺佳。
2人、笑い合いながら歩く。
雄馬「昔はよく、公園に寄り道して競争してたっけ。どっちが先に体力なくなるかとかって」
苺佳「あ~、懐かしい。でも、あれ私が手加減していたの、気付いていた?」
雄馬「気付いてるも何も、俺が負けず嫌いだから、それでわざと負けてくれてたんだろ?」
苺佳「そうそう。まあたまに勝って、泣いちゃう雄馬の頭撫でるの、好きだったけど」
ニヤッと笑う苺佳。
雄馬も釣られて笑う。
雄馬「ハハハ。でも、どっちにしても楽しかったよな」
苺佳「うん。楽しかった。でもさ、途中からやらなくなったよね」
雄馬「そう、だったっけ……?」
苺佳「そうだよ。だっておばさんが……」
口籠る苺佳。
顔色を変える雄馬。
苺佳は咄嗟に謝る。
苺佳「ごめん」
雄馬「べ、別に」
沈黙。
歩き続ける2人。
雄馬が前髪を触りながら尋ねる。
雄馬「黒川先生って、関西出身だったりするん?」
雄馬に視線を合わせない苺佳。
苺佳「そうらしい」
雄馬「へえー。俺も関西におったけど、そこまで染まらんかったな」
後頭部で両手を組む雄馬。
立ち止まる苺佳。
雄馬の顔を覗き込む。
苺佳「いや、軽く、染まっているけど」
雄馬「え、マジ?」
苺佳「う、うん。たまに、関西弁っぽい感じの語尾だったり、イントネーションだったりするから……」
雄馬「それ、完全に無意識のうちにやってんやな……あ、今」
苺佳「アハハ」
口元に手をやって、豪快に笑う苺佳。
雄馬「確かに、これは染まっとる。なんか嫌やなー。染まらんように生活してたはずだったのに」
苺佳「私としては、関西弁喋る雄馬が新鮮で、いいんだけどな」
雄馬「そうか?」
苺佳「うん。あー、でも安心した。なんか関西に行っちゃって、性格とか変わっちゃったかなって、思っていたから」
雄馬「ハハハ。でもトータルで考えたらこっちでの生活のほうが長いからな」
苺佳「そっか」
数回小さく頷く苺佳。
雄馬も頷く。
苺佳「でもさ、どうしてこの学校選んだの? 市内に行けばもっとあったのに」
雄馬「新たに住むことになった家から一番近かったから」
目を丸くする苺佳。
苺佳「えっ、それだけ?」
大きく頷く雄馬。
雄馬「うん。それだけ」
苺佳「そ、そうだよね。あ、ははは」
笑って誤魔化す苺佳。
苺佳N「そうだよね。忘れているよね。だって小5だったし……」
雄馬「でも、まさか苺佳と再会できるなんて思ってもみなかったよ」
感慨深げにしている。
苺佳も嬉しそうにしている。
苺佳「それは私も。驚いちゃったな」
雄馬「全く知らない世界に飛び込んだのに、昔と変わってない苺佳がいてくれるから、すごい安心できてる」
苺佳「私も、雄馬が隣にいるだけで安心しちゃう。でも、イケメンだし背高いし、前みたいに仲良く歩けないよ」
雄馬「そ、そうか?」
照れ笑いを浮かべる雄馬。
苺佳は真剣な表情。
苺佳「うん。あの当時とか、雄馬の口から”俺”っていう一人称が出るとは到底思えなかったもん」
雄馬「何それ」
苺佳「それぐらい可愛かったってこと。なのに、こんなにイケメンになって帰ってくるなんて……」
雄馬「なんか俺、一回宇宙か何かに飛ばされた?」
笑い声を上げる雄馬。
口を尖らせて拗ねる苺佳。
苺佳「そんなこと言ってないよ」
雄馬「いや、だって、苺佳がそんな感じのテンションで言うから」
苺佳「それぐらい嬉しかったの。引っ越しちゃったら、もう会えないかと思っていたから」
少し目をウルッとさせている苺佳。
上目遣いをする。
その目を見つめ返す雄馬。
少し照れ笑い。
雄馬「約束、守ったから」
苺佳「……!」
驚きが隠せない苺佳。
その手を取る雄馬。
真剣な眼差しを苺佳に向ける。
雄馬「あの時言っただろ、苺佳のこと迎えに行くから、って」
苺佳「雄馬、覚えていたの?」
雄馬「当たり前だろ。だって、苺佳と交わした約束だからな」
優しい眼差し。
苺佳の頬が紅潮していく。
それを隠すように、俯く苺佳。
苺佳「全然迎えに来てくれないから、もうとっくの前に忘れちゃったかと思っていたのに。(小声)そういうとこ、ズルいよ……」
雄馬「俺、苺佳との約束破ったことあるか?」
苺佳「ううん。ない」
雄馬「だろ?」
向き合う2人。
真剣な眼差しの雄馬。
苺佳はゆっくり瞬きをする。
雄馬「遅くなってごめん。改めて、迎えにきたよ、苺佳」
苺佳「うん。おかえり、雄馬」
雄馬「ただいま」
雄馬は苺佳を軽々と抱き上げる。
頭を近づけ合い、微笑む苺佳と雄馬。
夕日に照らされ、影が浮かび上がる。

