朝からずっと、頭がぼんやりしてる。
友達が横で話してるのに、内容がまるで頭に入ってこない。
机に肘をついて、ぼんやりと教室の中を眺める。
少し離れた場所にいるれんの姿が目に入る。
誰かと笑いながら話してる。

…俺以外と。

前までは、れんは俺にべったりくっついてた。
モテるくせに他の人にはあんまり懐かなくて、だからこそ俺だけは特別なんだって思ってた。
なのに、どうして今は、俺以外と笑ってるんだよ。
胸の奥がまた苦しくなる。
目を逸らしたいのに、どうしてもれんのことを探してしまう自分が嫌だった。
少し前からギターを弾いているとき目を見てくれなくなって、俺のところに来なくなって、察した。
れんはもう俺のことなんて好きじゃないんだって。

「どしたー?なんかぼーっとしてね?」

友達の声に、少しだけ意識が戻る。
ああ、そうか。次は体育だったっけ
頷いて立ち上がるけど、体が少し重い。
なんでもないふりをしないと、と思いながら適当に「ん…」とだけ返す。
頭の中では、れんのギターの音がずっと鳴り続けている。昨日のことも、あの日のことも、全部がぐるぐると巡って胸が苦しくなる。
なんで、こんなに寂しいんだろう。
答えなんてわかってるのに、認めたくなくて、ただ無言で着替えに向かった──


嫌なことって続くもので、最悪なことに体操ジャージを忘れた。寒いのに。…まあ、いいか。適当にやり過ごせばいい。
そう思っていたら、不意に目の前に差し出されるジャージ。

「これ、着れば?」

驚いて顔を上げると、特に表情を変えることもなく、俺の手にジャージを押し付けるように渡してくるれん
手が少し震えるけど受け取って袖を通す。
少し大きめで、温かくて、それに、れんの匂いがする。
胸がぎゅっと締めつけられる。
もうすぐ俺は振られる。そんな気がしてる。
れんは、もう俺のことを好きじゃないんだって、少し前からずっと思ってるのに。
なのに、なんでこういうことをするんだよ。
こんなふうに優しくされると、期待しちゃうじゃん。
…俺、れんのこと、嫌いになれない。
嫌いになんてなりたくない。

体育の授業中、気づけばれんのことばかり目で追ってしまう。
少し伸びた金髪を無造作に結んでいて、汗ばんだ首筋がちらりと見える。無意識に喉が鳴る。なんでこんなに、目が離せないんだろう。
横顔を見つめる。長いまつ毛が汗に濡れて、きらきらと光ってる。その姿さえも、全部が愛しくてたまらない。

もう一度、れんのギターが聞きたい。また隣にいたい。その温もりを感じていたい。
どうしようもなく、そう思ってしまう。
もう無理だ、これ以上ここにいたくない
体育の途中で適当に理由をつけて、教室じゃなくて保健室へ向かった。
静かすぎる部屋。誰もいない。
ただ白いカーテンがふわりと揺れるだけ。
横になれば少しは楽になるかと思ったのに、逆だった。
音がないからこそ、れんのギターの音が頭の中に響く。昨日の、あの寂しい教室の余韻が押し寄せる。
しんどい。考えたくないのに、考えてしまう。
れんの指先が奏でるあの音が、昨日のれんの冷たい背中が、俺の胸を締めつける。
…もう、どうすればいいんだよ。

「るな?大丈夫?」

何よりも聞いた大好きな声──れん。
カーテン越しに聞こえる、少し息の上がった、けど変わらず落ち着いた低い声。
れんが…走って来てくれた?

なんで。

もう俺のこと好きじゃないなら、こんなふうに優しくしないでよ。
期待させるようなことしないでよ。
カーテンの向こうにれんがいる
開けたら、きっとそこにいる。
でも、どうしていいかわからない。
俺はもうすぐ振られるんじゃなかったのか?
それなのにこんなふうに駆けつけてくるなんて、そんなのずるい。
…開けたら、何か変わるのかな。

「体調…悪い?」

れんの声が、優しくて、落ち着いていて、昔と何も変わらないみたいに聞こえる。

──なんで。

なんでそんなふうに心配するんだよ。
もう俺のこと、好きじゃないんだろ?

なのに、どうして。
目を閉じる。考えたくないのに、考えてしまう。
結局、俺はれんの言葉ひとつでぐちゃぐちゃに揺れてしまう。

──もう、どうせ振られるなら。

れんが俺を好きじゃなくてもいい。
今だけでいい。
もう少しだけ、このままでいさせてほしい。
振られるその瞬間まで、そばにいたい。

「…ちょっと、しんどいだけ。」

本当は心臓がうるさいくらいに鳴ってるのに、平気なふりをして、カーテンの向こうにいるれんにそう呟いた。

「そっか、熱ある?どっかぶつけた?」

落ち着いた低い声。
でも、少しだけ焦ってるのがわかる
…なんで?もう俺のこと好きじゃないんじゃないの?
目を閉じて、ぎゅっと布団を握りしめる。
カーテンの向こうにれんがいる。
それはわかってるのに、手を伸ばせない。
開けたい。顔が見たい。前みたいに、俺のことをちゃんと見てほしい。
できるなら──もう一度、触れてほしい。

「…別に、大丈夫。」

そう言ったけど、嘘だ。本当は全然大丈夫じゃない。俺はまだ、れんが好きで、触れたくて、でも怖くて
──れん、開けてよ。俺、顔見られたくないけど…でも、お前の顔は見たいよ。

「大丈夫じゃない。」

…は?

どういうこと?俺が大丈夫じゃないって、わかってくれたってこと?
でも、それってどういう優しさ?ただの同情?それとも…

頭がぐちゃぐちゃになる。れんの言葉ひとつで、期待したくなる自分が嫌だ。
もうすぐ振られるって思ってたのに。
なのに、こんなふうに優しくされたらまだ好きでいてくれてるんじゃないかって思っちゃうじゃん。

そんなわけないのに。

「…意味わかんねぇ」

小さく呟いた声が、自分でも驚くほど震えていた。

「なあ、るな、俺のギター好き?」

…は?なんで急にそんなこと聞くんだよ
好きに決まってる。世界で一番好きだ。
初めてだった。こんなふうに、毎日聴きたくなった音なんて、れんの指先が紡ぐメロディが、俺の心を揺らすのが心地よくて、ずっとそばで聴いていたかった。

でも──

俺が本当に好きなのは、ギターじゃない、れんだ。
れんに会いたくて、れんのそばにいたくて、毎日ギターを聴いてたんだ
それを聞いて、れんはどうするつもりなんだよ。

「…好きだよ。」

それだけを絞り出すように言った。だけど、俺の本当の気持ちは喉の奥でつっかえたままだった。