ギターを弾く横顔が好きだ──。

教室の静けさの中、ギターの音が響く。
れんの横顔を見つめながら、少し胸が締めつけられるような感覚に襲われる。少し伸びた金髪を無造作にまとめていて、少し伏せられた目元は長いまつ毛が揺れている。
俺と同じクラスの男子「三月れん」は恋人だ。
前は、もっと二人で笑って話したり、気持ちを共有したりしていたのに、最近は言葉が減ってしまった。
前は、俺のことを抱きしめながらギター弾いてくれたよね…
ギターだけを大切そうに見つめるまっすぐな瞳が好きで、抱きしめられているときは俺まで大切にされているみたいで、その時間が何より好きだった。
今はれんはギターに集中しているけれど、何か遠くにいるような気がして、少し寂しさを感じる。
静かに息を吐きながら、れんの指がギターの弦を滑る音に耳を澄ませる。
その横顔が、どこか遠くを見ているように感じて、思わず口を開こうとするけど、どうしても言葉が出てこない。

「……れん、最近あんまり話さないけど、なんか…あった?」

そんな風に言葉をかけたくて、でも少し躊躇してしまう自分がいる。
小さく息を吸って言葉を発そうとしたとき
「もう帰るわ、今日バイト」
れんは落ち着いた低い声で静かにそれだけ言った。
れんがギターを片付け始める姿を見て、胸の中にひとしずくの寂しさが落ちる。
前は、ギターを弾き終わった後、目を見つめ合って、そのままキスをしてくれた。それが当たり前だったのに、はそれがなくなったことに気づいて、言葉が出せなくなる。

「…そうか、バイトか。」

言いたいことが山ほどあるけれど、口にする勇気が出ない。れんが俺を見てくれないまま、ギターを片付ける音が静かに響く。まだ何か伝えたいけれど、どうしていいか分からない。

「気をつけてな…」

それだけ、ようやく声に出して言った。
その声はきっと…震えていた。

そのとき廊下から「れん!」と名前を呼ぶ明るい声が、静かな教室に響く。思わずそっちを見ると、長い金髪をくるくると巻いた女子──
知らない女が、れんに向かって手を振っていた。

…誰?

れんの様子をうかがうように横顔を見る。でも、れんは特に驚くこともなく、ただ静かに「…今行く」とだけ言って、俺のそばを離れていく。

俺のことなんてまるで気にしてないみたいに。

待って、行かないで─ほんとはそう言いたかった。
その後ろ姿を見送ることしかできないまま、どうしようもない気持ちが胸の奥に絡みつく。
…なにそれ。俺を置いて、あの女のところに行くの?

わけがわからない。でも、言葉にできないまま、れんの背中がどんどん遠くなっていくのを、ただ黙って見つめるしかなかった。
静まり返った教室に、れんのギターの音だけが頭の中で響く。
さっきまで隣にいたはずなのに、今は俺ひとり。
れんは、俺を置いてあの女のところへ行った。

もう、俺のこと…好きじゃないのかな。

そんな考えが頭をよぎると、胸の奥がギュッと締めつけられて、視界がぼやける。やばい、涙が零れる。
止めようとしても、一度溢れてしまえばもう止まらなくて、肩が小さく震える。声を殺して泣くしかない。静かな教室に、俺の浅い息遣いだけが響いている。
涙を拭おうとするけど、次々と溢れてくる。どうしてこんなに苦しいんだろう。
頭の中に浮かぶのは、れんとの始まり──あの日の放課後。

忘れ物を取りに来た教室で、れんがひとりギターを弾いていた。音に引き寄せられるように声をかけた俺に、れんは少し驚いたような顔をしたけど、それから毎日のようにギターを聴かせてくれるようになった。
最初はただ横で聴いているだけだったのに、いつの間にか、れんの腕の中でギターの音を感じるようになっていた。
そして、あの日──弾き終わったれんが「おいで」って言って、振り向いた瞬間に唇を奪われた。
驚いたけど、れんの目があたたかくて、怖くなかった。ただ、心が満たされるような気がして…幸せだった
今のれんは、もうあのときのれんじゃないのかな。
俺のこと、もう見てくれないのかな。
込み上げる寂しさに耐えられなくて、机に伏せて静かに泣いた。

泣くことしかできなかった。