「痛い……」
小さく呟いて体を起こすと、私と同じように隣に座っている葛西くんが目に入った。幸いなことに二人とも、そこまで大きな怪我はなかったみたいだ。
「牡丹、大丈夫か」
「私は大丈夫、だけど……」
高校生の男の子にしては細い葛西くんは軽々と立ち上がって散らばった副教材を回収していた。
俯いて立ち上がらない私に気づいて、乱暴だけど少し優しく声をかけてきた。
「おい、怪我でもしたか」
階段から落ちてるんだから無傷なわけないじゃない、と思ったけれど、こんなときも人見知りで話すことができない。
ただ座り込んでスカートのプリーツを見つめた。
「牡丹、顔上げろ」
めんどくさそうな声で葛西くんが言う。
めんどうなら黙って教室に帰っちゃえばいいのに。
「おい、牡丹」
顔を覗き込んできた葛西くんと目が合う。
見た目の割に金髪は似合わないような中性的な顔立ちだった。おとなしくしていれば可愛い系の顔で好かれるかもしれないのに。
「擦りむいてんじゃん」
葛西くんの細くて白い弱そうな指が私の頬を撫でる。
嫌がって後ろに身を引くと、焦ったように葛西くんが手を引っ込めた。
「ごめん。痛かった?」
「……大丈夫」
触られたところがヒリヒリと痛む。
擦りむいたということは、副教材が当たったのだろうか。
「ほら、立って。保健室行くぞ」
葛西くんが四十冊の副教材を抱えて歩き出す。
置いていかれないように、追いかけるしかなかった。
「ごめん。持つよ」
「いい。大丈夫」
勇気を出してそう声をかけても、葛西くんは冷たい対応をする。ただそこに乱暴さはなくて、少しだけ安心した。
さすがに重いのか顔をしかめて副教材を運んでいるから、私も半ば強引に彼の腕から半分ほどを抜き去った。
「大した怪我じゃないから、大丈夫」
顔を少し擦りむいた程度で保健室など行っていられない。
保健室へと向かう彼に背を向けて、私は教室へと歩き出した。
「おい、牡丹」
私を呼ぶ声は無視して、一度も振り向かずにすたすたと歩き続けた。
葛西くんがついてきていないことに気がついたのは教室に着いてからだった。副教材を教卓に置いたのはいいものの、半分ほどしか揃っていない。
葛西くんはどこへ行ってしまったのだろうか。
「授業始めるぞ。席につけ」
白髪混じりのおじさん先生が教室に入ってくる。
私は大人しく座ったものの、隣に葛西くんはいない。
彼のことだからサボったりしていてもおかしくはないけれど、強引にでも一緒に教室に戻ってくればよかったと後悔した。
「おい、副教材半分も揃ってないじゃないか。学級委員に頼んだはずなんだが」
先生がそう言うと、クラスメイトの視線が集まる。
耳にかけていた髪を下ろして俯いて、表情が見えないようにした。
「葛西くんが、持っていて……」
もごもごと話したところで、伝わるわけがない。
集まる視線を痛く感じながらも小さな声で答えることしかできなかった。
「……まあ、すぐには使わないから今日は仕方ない。次の授業までに全員に配っておけ」
「すみません」
人見知りを言い訳に、何もしなくていいわけじゃない。
わかってたつもりだったけれど、今はここにいなくて済む葛西くんが羨ましくて仕方なかった。
小さく呟いて体を起こすと、私と同じように隣に座っている葛西くんが目に入った。幸いなことに二人とも、そこまで大きな怪我はなかったみたいだ。
「牡丹、大丈夫か」
「私は大丈夫、だけど……」
高校生の男の子にしては細い葛西くんは軽々と立ち上がって散らばった副教材を回収していた。
俯いて立ち上がらない私に気づいて、乱暴だけど少し優しく声をかけてきた。
「おい、怪我でもしたか」
階段から落ちてるんだから無傷なわけないじゃない、と思ったけれど、こんなときも人見知りで話すことができない。
ただ座り込んでスカートのプリーツを見つめた。
「牡丹、顔上げろ」
めんどくさそうな声で葛西くんが言う。
めんどうなら黙って教室に帰っちゃえばいいのに。
「おい、牡丹」
顔を覗き込んできた葛西くんと目が合う。
見た目の割に金髪は似合わないような中性的な顔立ちだった。おとなしくしていれば可愛い系の顔で好かれるかもしれないのに。
「擦りむいてんじゃん」
葛西くんの細くて白い弱そうな指が私の頬を撫でる。
嫌がって後ろに身を引くと、焦ったように葛西くんが手を引っ込めた。
「ごめん。痛かった?」
「……大丈夫」
触られたところがヒリヒリと痛む。
擦りむいたということは、副教材が当たったのだろうか。
「ほら、立って。保健室行くぞ」
葛西くんが四十冊の副教材を抱えて歩き出す。
置いていかれないように、追いかけるしかなかった。
「ごめん。持つよ」
「いい。大丈夫」
勇気を出してそう声をかけても、葛西くんは冷たい対応をする。ただそこに乱暴さはなくて、少しだけ安心した。
さすがに重いのか顔をしかめて副教材を運んでいるから、私も半ば強引に彼の腕から半分ほどを抜き去った。
「大した怪我じゃないから、大丈夫」
顔を少し擦りむいた程度で保健室など行っていられない。
保健室へと向かう彼に背を向けて、私は教室へと歩き出した。
「おい、牡丹」
私を呼ぶ声は無視して、一度も振り向かずにすたすたと歩き続けた。
葛西くんがついてきていないことに気がついたのは教室に着いてからだった。副教材を教卓に置いたのはいいものの、半分ほどしか揃っていない。
葛西くんはどこへ行ってしまったのだろうか。
「授業始めるぞ。席につけ」
白髪混じりのおじさん先生が教室に入ってくる。
私は大人しく座ったものの、隣に葛西くんはいない。
彼のことだからサボったりしていてもおかしくはないけれど、強引にでも一緒に教室に戻ってくればよかったと後悔した。
「おい、副教材半分も揃ってないじゃないか。学級委員に頼んだはずなんだが」
先生がそう言うと、クラスメイトの視線が集まる。
耳にかけていた髪を下ろして俯いて、表情が見えないようにした。
「葛西くんが、持っていて……」
もごもごと話したところで、伝わるわけがない。
集まる視線を痛く感じながらも小さな声で答えることしかできなかった。
「……まあ、すぐには使わないから今日は仕方ない。次の授業までに全員に配っておけ」
「すみません」
人見知りを言い訳に、何もしなくていいわけじゃない。
わかってたつもりだったけれど、今はここにいなくて済む葛西くんが羨ましくて仕方なかった。
