誠実の花束

 翌日、学級委員の仕事で理科の副教材を取りに理科室に向かっていた。
 昼休みの校舎は色々な声で賑わっている。楽しそうな声を遠くに聞きながら、憂鬱な気持ちで階段を上っていた。
 葛西くんは私の二歩ほど前を歩いている。私はただ俯いて後ろ姿を追いかけるだけだ。
 今日も金髪を揺らす葛西くんは今日はネクタイを結んできていた。でも、緩く結ばれたそれからいい印象は受けられない。決して整ってはいないワイシャツはズボンにしまわれていなかった。右耳にはイヤホン、両耳にピアス。いつも通り、隣を歩くだけでも怖い見た目だった。
 理科室の扉を開けると机に並んだたくさんの副教材が見えて、思わずため息が出てしまった。この中から、二年五組のものを探し出さないといけない。
「俺そっち見るから、牡丹そっちよろしく」
 田舎で土地が有り余っている上に昔からある高校だから学校の敷地が無駄に広い。広い理科室に並んだ机は落書きで汚れている。
 偏差値も高くないし設備も整っているとは言えないこの高校はあまり人気はない。ただ、近くに他の通いやすい高校がないからと、遠い学校に通う学力、もしくは経済力がなかった人が集まっている。
 正直、この学校に入学したことに後悔している。
「牡丹、こっち」
 葛西くんが指差したのは一番奥の机だった。
 誰のせいというわけではないが、運ぶ距離が他のクラスより長いことにまた小さくため息をついた。
 葛西くんが副教材を半分以上持っていて、極力離したくない相手だがさすがに声をかけた。
「葛西くん、これ……」
「これ重いから」
 私が話していたにも関わらず、葛西くんは冷たく遮った。ただ、少しの優しさのようにも聞こえて温かい気持ちになる。
「ありがとう」
「別に」
 つまらなそうに歩き出した後ろ姿をまた追いかける。
 葛西くんが半分以上持っているとはいえ、一冊が思っていたよりも分厚く重かった。
 葛西くんは私がちゃんとついてきているか確認しているのか、時々振り返る。
 見た目では想像できなかった優しさを少しだけ見ることができて、なんとなく嬉しかった。
 昼休みも終わりが近づき、体育館や図書室で過ごしていた人たちが教室に戻っていく。
 人が増えた廊下や階段はとても通りづらかった。
「この間部活の大会の打ち上げでさ……」
「それはやばすぎ! 声かけちゃえばよかったのに」
「いやいや無理だよ」
「でも一生に一度のチャンスだったかもしれないよ?」
 前からやってきた数人の女子が広がって歩いている。
 話に盛り上がって、私の存在など気づいていなかった。
「てかさ、今日放課後空いてる?」
「私空いてるよ」
「まじ? じゃあプリ撮りに行こうよ」
 葛西くんの隣を通り過ぎた彼女たちとぶつかってしまう。
 反射的にごめんなさい、と小さく呟くも、階段を歩いている上に重い副教材を抱えて不安定だった私はそのまま階段を踏み外してしまった。
 前を歩いていた葛西くんにぶつかって、四十冊の副教材とともに二人で階段から転がり落ちた。