誠実の花束

 「ありがとうございます。家で観ますね」
 二人で過ごすときに頻繁に来るカフェに今日も入った。この駅周辺の唯一のカフェで、部活が終わった頃、同じ高校の生徒で賑わう。誰かと会ってしまうと気まずいから、クラスメイトが来る前にここを出ることが多い。
 瑠奈さんとあのお店には本当に感謝している。映画館がないせいで映画が公開されても観ることができないから、DVDが発売され中古品が店頭に並ぶまで待つしかない。有名な映画が入ったりすると、瑠奈さんが連絡してくれることもあるくらいだ。
「牡丹、映画好きだよね」
「それは瑠奈さんも同じですよ」
 瑠奈さんはいつも私ばかりを変人扱いする。いくら映画が好きとはいえ、部活に入らずあんな小さい店でDVDを買うなんて変わってる、と何度も言われた。
 中途半端な駅の中途半端な場所に立ったDVDの中古販売店なんてほとんど人が来ない。そんなところでバイトをするなんて、瑠奈さんも変わっていると思う。
「高校二年生、どう? 新しい友達できそう?」
「まだできてない前提やめてくださいよ」
「たしかに。ごめんごめん」
 瑠奈さんはレモンティーを飲みながら笑う。
 少しからかわれたようにも感じながら、嬉しかった。瑠奈さんは私のことをわかってくれている。
 人付き合いが得意じゃないから、去年はよく相談に乗ってもらったくらいだ。
「……学級委員って、瑠奈さんの頃もありましたよね?」
「もちろんあったよ。全然決まらなかったけどね」
 やっぱり、瑠奈さんの頃からそうだったんだ。
 そのたびどう決めていったかはわからないけど、私みたいに本当はやりたくないのに一年間乗り越えた人もいただろう。
「もしかして、学級委員やるの?」
「……はい」
「牡丹じゃないといけないの?」
「クラスの男の子に、無理やりやらされちゃって……」
 込み上がってきた不満を温かいキャラメルラテとともに飲み込んだ。
 瑠奈さんは軽く笑って、レモンティーの入ったカップを持つ。
「そういう子、いがちだよね。あの学校は特に」
 笑っているけどどこか悲しげな表情をしながら、瑠奈さんは本当に少しだけレモンティーを飲んだ。
 瑠奈さんも大変な思いをしたのかもしれない。
「牡丹なら大丈夫だよ。困ったらいつでも相談乗るよ」
「はい。ありがとうございます」
 優しさに温かい気持ちになりながらも、瑠奈さんはもうあの高校を卒業しているというのが羨ましくて仕方なかった。
 瑠奈さんはもう、あの高校に通わなくてもいい。