漆黒の綺麗な瞳に覗き込まれて我に返った私は、小説の上下をひっくり返して彼の方に向ける。

「医療ものの小説です。結構有名らしいんですけど……ご存じです?」

「ああ、名前は知ってる。まだ読めてはいないけどね。以前患者さんに勧められたよ。主人公の指導医が、僕に似ているとかなんとか言ってたかな」

「それ、一番カッコいい役どころです。手術の腕がよくて、患者思いで、主人公のよき理解者で」

 確かドラマでも今話題のイケメン俳優が演じていて、主人公より人気があったっけ。

 俳優さんの整った顔立ちに柔和な笑顔、物腰が柔らかなところも真宙さんと似ている。

 ただひとつ、そのキャラクターには難点があって、とんでもない色男なのだ。ウインクするだけで女性看護師たちが腰砕けになるという設定。

「へえ、いい役なんだ。それは嬉しいな」

 色男だなんて知りもしない彼が素直に喜ぶ。私はあはは……と乾いた笑いで応じながら、どうか彼がこの本を読みませんようにと祈る。

「ところでそれ……ラテかな? 珍しい色してるけど」

 私のマグカップの中身が淡い紫色をしていたので興味を引かれたらしく、彼が尋ねてくる。

「期間限定のラベンダーラテです。香りがすごくいいんですよ」

「そんなメニューがあったんだ。気付かなかったな」

 残念そうに言うところを見ると、飲んでみたかったのかもしれない。