りんとさく

〇駅前(土曜日・昼前)
柱にもたれかかってスマートフォンを見ている凛。
白いワイシャツにハイウエストデニム、レザージャケットを身に纏っている。
朔が息を切らせながら走ってくる。
朔はワイシャツにアイボリーのニットベスト、グレーのワイドスラックスに身を包んでいる。

朔「ごめん、待った?」

息を整える朔に微笑みながら、凛はスマートフォンをポケットにしまう。

凛「キミを待つ時間も楽しかったから気にしなくていいよ」
朔「はぁー、これだからチャラ男は」
凛「ボクは男性ではないのだけど?」
朔「知ってるよ。早く行こうぜ」


〇(回想)三日前・凛の家・玄関
朔がチケットを二枚顔の前で揺らしている。凛は怪訝な顔をしている。

朔「ここに母さんに貰った映画のチケットが二枚あります」
凛「へぇ」
朔「行く?」
凛「残念だけど、その日は予定があるんだ」
朔「まだ何日か言ってねぇけど」
凛「バレたか。キミのファンの子と行ったらどうだい?」

顔を顰める凛を朔が上から見下ろす。

朔「いいんだな? これ、お前が観たいって言ってたやつだと思うけど」
凛「あはは、冗談じゃないか。いつにする?」
朔「調子の良い奴だな。まぁいいや、また連絡するわ」

作り笑いをする凛に朔は呆れたような顔をしている。

(回想終了)

〇ショッピングモール・映画館・エントランス(日曜日・昼過ぎ)
凛と朔が並んで歩いている。
鼻を啜っている凛を見て、朔が笑っている。

朔「お前泣きすぎじゃね?」
凛「うるさい。キミこそ、あれで泣かないなんて薄情すぎないか? 血も涙もない」
朔「泣くとこあった?」

けろりとしている朔を、凛が信じられないものを見るような目で見る。

凛「キミの感受性が豊かでないのは知っていたけど、まさかここまでとはね」
朔「うるせ。つーか腹減った。なんか軽く食おうぜ」
凛「ポップコーンしか食べていないからね。何系がいい? 調べるよ」

凛がスマートフォンを取り出し二人で画面をのぞき込んでいると、背後から声を掛けられる。にっこりと笑顔を作って振り向く二人。

冴子「あっ、あの……!」
凛「どうしましたか―― って、冴子ちゃんじゃないか」
朔「それに舞子ちゃんも」

凛と朔が微笑みかけると、冴子と舞子は顔を真っ赤にする。

冴子「すみません、お邪魔してしまって。でも、お見かけしたからご挨拶したくて……」
凛「邪魔だなんて思わないよ。学園の外で会うのは新鮮だね。二人とも、服がよく似合っていて素敵だ」
冴子「そんな、素敵だなんて…… 凛さんの方が素敵ですわ」
凛「はは、ありがとう。けれど、他人と比べなくたって貴女は可憐だよ」
朔「冴子ちゃんと舞子ちゃんも映画見に来たの?」
舞子「そうです。朔さんと凛さんもお二人で来られたんですか……?」

舞子が恐る恐る尋ねる。

凛「そうだよ」
朔「凛が観たがってた映画を観に来たんだ」
凛「朔に誘われてね」
冴子(お二人はライバル関係だと聞いていたけれど、やっぱり仲がよろしいのね!)
舞子(お二人は付き合ってらっしゃるのかしら……? いえいえ、それを聞くのは野暮よ舞子! これ以上邪魔はできないわ)
舞子「でっ、では、私たちはこれで! 映画が始まってしまいますの」

舞子は焦った様子で冴子の腕を引っ張る。冴子は少し困惑している。

凛「それはいけないね。じゃあ、楽しんで」
朔「またね、冴子ちゃん、舞子ちゃん」
冴子「ありがとうございます。また、学園で……!」
舞子「えぇ、お二人も楽しんでくださいね」

小さく手を振る凛と朔に、冴子と舞子は礼をしながら去っていく。


〇ショッピングモール・カフェ(土曜日・昼過ぎ)
カフェの席に座っている二人。
メニューとにらめっこしている凛を、朔が頬杖をつきながら眺めている。

朔「決まった?」
凛「まだ」
朔「何と迷ってんの」
凛「この期間限定の桃パフェか、いちごのパンケーキ」
朔「ん」

まだ悩んでいる凛を横目に、朔がチャイムを押す。

凛「ちょっと。まだ決まってないのだけど」

凛が止めようとするが、店員が席に来る。

店員「お待たせいたしました。ご注文お伺いいたします」
朔「桃パフェと、いちごのパンケーキひとつずつ。それと、珈琲ふたつ」
店員「かしこまりました。少々お待ちください」

メニューを片付ける朔を、凛がじとりと睨む。

凛「どういうつもり」
朔「別に? てか、見られたな。学園の奴に」
凛「だからキミと出かけたくなかったんだ。ボク一人でも注目されるのに、キミといたら目立つに決まってる」

眉根を寄せる凛に、朔は驚いたように身を乗り出す。

朔「お前ひとりでも注目されんの? さすがに嘘だろ」
凛「今朝も声をかけられたけど」
朔「女子?」
凛「そうだよ。でも好意に性別なんて関係ないだろう?」
朔「それもそうか。……うーん、面倒なことになるかな」
凛「面白がって言いふらすような子たちに見えるかい?」
朔「……いいや」
凛「なら大丈夫だよ」

少しして、パフェとパンケーキ、珈琲が運ばれてくる。

凛「それで、キミはどっちを食べるの」
朔「お前が先に一口ずつ食べて。で、好きだったほう食えよ。俺どっちでもいいから」

朔の言葉にため息をつく凛。

凛「そういうのは可愛い女の子相手にすればいいだろ」
朔「いいじゃん、たまには恰好つけたってさ。お前だっていつもしてるだろ」
凛「キミだって嫌がるじゃないか」
朔「それはそうだけどさ。まぁいいじゃん。もう頼んだし、届いたし」
凛「……まぁ、そうだね。ありがたくいただくとしようか」

美味しそうに頬張る凛を朔が見つめている。
それに気づいた凛は、またしかめっ面に戻る。

凛「なに。視線がうるさいのだけど。そんなにボクの顔が好きなのかな?」
朔「いや、それもあるけど、美味そうに食うなぁって思って」
凛「……それもあるの?」

凛が尋ねると、自身の失言に気づいた朔が硬直する。

朔「……え?」
凛「え?」
朔「俺、今なんつった?」
凛「ボクの顔が好きだって言ったように聞こえたけど」

朔は焦りながら顔の前で手を振る。

朔「待って、待って。完全に意識飛んでたわ。今のナシ」

凛が悪戯っぽい笑みを浮かべながら朔の顔を覗き込む。
朔の顔は真っ赤になっている。

凛「あはは、真っ赤になってる。やっぱりももちゃんはかわいいね。恰好つけてるより、ボクはそっちの方が好きだよ」

朔は頬杖をつき、そっぽを向いて誤魔化すように言う。

朔「……で、どっちにするの」
凛「どっちもおいしかったから、キミが両方食べて好きな方を選んでもいいよ」
朔「それじゃ意味ないだろ」
凛「じゃあパフェを食べようかな。期間限定だから」
朔「お前そういうのに弱いよなぁ。主婦みたい」
凛「いろいろなものを味わっておきたいじゃないか」

そう言って、凛は自分の目の前にパフェを、朔の前にパンケーキを置く。
カトラリーを手に取りパンケーキを食べようとする朔を凛が制止する。
パフェを一口スプーンにのせ、朔に差しだす凛。

凛「キミも一口食べなよ。おいしかったから」

朔がスプーンを受け取ろうとすると、凛がそれを避ける。
もう一度朔の顔の前にスプーンを差し出し、にっこりと笑う凛。

凛「ほら、あーん」
朔「……」
凛「……」

朔は諦めたようにため息をつき、差しだされたスプーンからパフェを食べる。

凛「おいしい?」
朔「はいはい、うまいうまい」
凛「あれ。もう一口欲しいってことかな?」
朔「うまかったです。もう勘弁して」

疲れ切った顔の朔を見て、凛は満足そうに笑う。


〇凛の家・玄関(土曜日・夕方)
玄関に朔と凛が立っている。

凛「今日は楽しかったよ。ありがとう」
朔「それはよかった」
凛「今度はボクから誘うよ」
朔「へぇ、楽しみだな」
凛「じゃあ、また学園で」
朔「あぁ、また」

凛が扉を閉め、朔は隣の自宅へと帰る。

凛・朔((今日は楽しかったな…… たまにはこんな日も悪くない)