りんとさく


〇学園・廊下(放課後)
凛が下駄箱に向かって歩いている。
すれ違う女子たちに微笑んでいると、教室の中で話している他クラスの男子生徒の小声が聞こえてくる。
男子生徒たちは凛がいることに気が付いていない。
その教室の中から見えないところで足を止める凛。

男子生徒1「あのさ、合田凛っているじゃん」
男子生徒2「あー、氷の王子ね」
男子生徒1「そうそう。正直さ、なんなの? ってカンジじゃね?」
男子生徒3「わかる。女だろ、何イケメンぶってんだよ、って思う」
男子生徒2「正直嫌いだなー、俺は」
男子生徒1「俺も。顔は整ってんだから普通にしときゃいいのにさ」
男子生徒3「それはそう」

男子生徒たちの笑い声を聞いて、凛はうつむいて唇を噛む。
引き返そうと振り向くと、そこには朔が立っている。

朔「ただの嫉妬だよ」
凛「分かってる。ボクは気にしてない。……今日は先に帰っておいてくれ」

凛は足早に立ち去る。朔はそれを見つめている。

朔(……気にしてんじゃねーか)


〇凛の家・二階・凛の部屋(深夜)
凛はベッドに腰掛け、壁に背をもたれている。凛はTシャツに緩いズボン姿。
真っ暗な画面のスマートフォンを持ったまま宙を見つめている。


〇(回想)凛と朔の小学校時代・小学校・教室
凛は黒いズボンを履き、灰色のパーカーを身に纏っている。
スカートを身につけている女子児童三人組が、自席に座っていた凛のところに近づいてきて凛を見下ろす。

女子児童1「凛ちゃんヘンなんだよー。女の子なのにズボンばっかり履いて、男の子みたいな恰好してるの」
女子児童2「ヘンだよー、ママも言ってたもん」
女子児童3「違うよ、凛ちゃんはこころが男の子なんだよ。そういう病気があるって本で見た。そうなんでしょ?」

凛は涙をこらえながらなんでもないように振舞う。

凛「違うよ。ボクはボクだよ。変でも病気でもなくて、ただ恰好いいものが好きなだけ」
女子児童1「ほら、ボクって言った! 女の子なのに」
女子児童2「やっぱりヘンだよ」
女子児童3「恰好いいのが好きなのは男の子なんだよ」
凛「……」

何も言い返さず俯く凛。
凛の前に誰かが現れる。凛が顔を上げると、朔が立っている。

朔「お前ら、そういうこと言うのやめろよ。だっせー」

朔が舌を出して顔を顰めると、女子児童たちは怒った様子で反論する。

女子児童1「朔くんには関係ないでしょ!」
女子児童2「それに、凛ちゃんがヘンなのはホントだもん」
女子児童3「あ! 朔くんと仲良くしたいから男の子の服着てるんじゃないの?」

女子児童3の言葉に、凛が立ち上がる。それを朔が制止する。

凛「ちょっと! いい加減に――」
朔「凛。こんな奴らほっとこうぜ。うるせーし」

朔の言葉に女子児童1が泣き出す。

女子児童2「あー! 朔くんが泣かせた!」
女子児童3「朔くん、いっつも意地悪ばっかり言ってて悪いんだよー」
女子児童2「先生に言うから!」

凛が焦りながら謝るが、朔は全く気にしていない。

凛「朔がごめんね。ほら、朔も謝ろうよ。キミだって先生に怒られたくないだろ」
朔「でも俺ら悪くねーじゃん。ただの嫉妬だよ」


(回想終了)

凛はスマートフォンの黒い画面を見つめている。

 × × ×

(フラッシュ)
学園の廊下。今日の放課後。
朔「ただの嫉妬だよ」

 × × ×

凛(……変わらないなぁ、キミは)

凛はメッセージアプリを開き、朔にメッセージを送信する。

凛(メッセージ)「起きてる?」

送信したあとに、自嘲気味に笑う凛。

凛「はは…… 何やってるんだろ」

凛がメッセージを送信取り消ししようとすると、メッセージアプリの通知音が鳴る。
凛が驚きながら画面を確認すると、朔からメッセージが届いている。

朔(メッセージ)「ドア開けて」


〇凛の家・一階・玄関(深夜)
凛が慌てて玄関のドアを開けると、スウェットにパーカーを羽織った姿の朔が立っている。
目を見開く凛。朔は少し息を切らせている。

凛「なんで……」
朔「凛が呼んだんだろ。……アイス食い行こ」

悪戯っぽく笑う朔に、凛はこらえていた涙が溢れそうになる。
朔に見られないように顔を伏せると、朔が着ていたパーカーを脱いでフードを凛に被せる。
凛はこらえきれなくなり、声を上げて泣き出す。
急に号泣しだした凛に焦る朔。

朔「ちょ、おばさんたち起きるからとりあえず外出ようぜ」


〇公園(深夜)
街頭の下にあるベンチに座っている凛。
朔のパーカーを着たままフードを被って俯いている。
朔が歩いてきながらコンビニの袋からアイスを取り出し、袋の口を開けて凛に渡す。

朔「ん」
凛「……ありがとう」

朔は自分のアイスの袋を開け、それを口に咥える。

朔「落ち着いた?」
凛「おかげさまで、だいぶ」
朔「あんまり気にすんなよ。……っつっても、なるだろうけど」
凛「いつもなら別に気にならないんだ」

凛もアイスを取り出し一口かじる。

凛「ん、おいしい」
朔「そりゃあよかった。……なんで今回は気になったの?」

朔が首をかしげる。

凛「なんで? ……うーん、どうしてだろうね。本当に気にしていなかったはずなのだけど、昔のことを思い出したんだ。小学生のときのキミのことだよ」
朔「あ? あ~、なんか分かったかも。俺もまだ世渡り上手じゃなかったからなぁ」
凛「うん、まだ猫を被っていなかったね」
朔「あの頃はお前が単独で王子やってたよな。俺はただのクラスメートだった」

しみじみと話す朔に凛は顎に手を当てて目を見開く。

凛「あれ、知らないのかい? キミが裏でなんて呼ばれてたのか」
朔「え、知らない。なになに?」
凛「魔王」
朔「は⁉ なにそれ知らねぇんだけど」

驚く朔に、凛がふき出す。
爆笑する凛につられて朔も笑い出す。

凛「キミが泣かせた女の子たちが言い出したみたいだよ」
朔「なんだそれ。逆ギレもいいとこじゃねぇか」
凛「学園の女子たちが知ったら驚くだろうね。爽やか王子の前身が魔王だなんて」
朔「ぜってー知られたくねぇわ」

背もたれに体重を預けて無気力に空を見上げる朔を見て凛が微笑む。

凛「いいじゃないか、魔王でも。ボクは嬉しかったよ」
朔「それとこれとは別じゃん…… 俺のイメージが……」

頭を抱えこむ朔に、凛はくすくすと笑いながらアイスの最後の一口を頬張る。
朔が頭を抱えた腕の隙間から凛を見上げ、目が合う。
朔は上半身を起こし、凛の頭に手を置く。驚く凛。

朔「ま、お前が元気になったならいーわ」
凛「はは、さすが王子だね」
朔「ちげーよ。魔王なんだろ」

凛の髪をくしゃくしゃと撫で、朔は笑う。凛も口元を綻ばせる。

凛「……そうだね」

手に持っているアイスの棒を見つめる凛。
アイスの棒に当たりと書かれていることに気づく。

凛「あ。あたりだ」
朔「ほらな。なんとかなるってことだよ」
凛「どういうことなんだい、それ」
朔「お前は王子だよ。誰がなんて言ったって」

凛はアイスの棒を嬉しそうに見つめている。

凛(悔しいけれど、やっぱり好きだなぁ……)