りんとさく

〇凛の家・リビング(日曜日・昼過ぎ)
凛の母がキッチンでおかずをタッパーに詰めている。
ソファでスマートフォンを触っていた凛に母が声をかける。
凛はパーカーにラインパンツ姿。

凛の母「凛ー。暇ならこれももちゃん家に持って行ってくれる?」

凛は立ち上がりキッチンに移動し、タッパーの中身を覗き込む。
凛の母はタッパーを紙袋に入れている。

凛「あ! きんぴらごぼう! 今日の夜食べる?」
凛の母「ううん、作り置き。お弁当にいれようと思って」
凛「やった。でも今食べたかったなぁ」
凛の母「つべこべ言わない。ほら、よろしくね」
凛「はぁい」


〇朔の家・玄関・外(日曜日・昼過ぎ)
朔の家のチャイムを押す凛。スウェット姿の朔がドアを開ける。

朔「どうしたの?」
凛「お母さんがおすそ分けだって」

朔の母(佳奈美)が玄関に顔を出す。

朔の母「あらー、凛ちゃん」
凛「佳奈美さん、こんにちは。これ、母がおすそ分けって」
朔の母「えー! ありがとねぇ。後で電話しておこうかしら」
凛「じゃあボクはこれで……」

凛が帰ろうとするのを朔の母が引き留める。

朔の母「あら、帰っちゃうの? よかったら上がっていきなよ、朔も暇してるから。ね? 朔」

急に話題を向けられて少し焦る朔。

朔「え? あぁ、うん。上がっていけば?」
凛「……じゃあお邪魔しようかな」


〇朔の家・二階・朔の部屋(日曜日・昼過ぎ)
部屋の中央に置かれた丸いテーブルを挟んで床に胡坐をかいて座っている二人。

朔「テスト期間以外にお前がいるの、変な感じだな」
凛「ボクも今全く同じことを思っているよ」
朔「お前のファンに見られたら厄介なことになりそう」
凛「今さらだろう。それに、あの子たちはキミに危害を加えたりしないはずだよ」
朔「今さら、か。確かに、俺たちが一緒に勉強してるって知ったら卒倒するかもな」
凛「まぁ、ボクたちは得意不得意が真逆だからね。ちょうどいいじゃないか」
朔「お前は理系だもんなぁ」
凛「キミは文系だよね。国語はまだ分かるけど、ボクは歴史はからっきしだな」
朔「歴史が一番面白いのに。まぁ、俺も数学はダメダメだけど」
凛「……」
朔「……」

沈黙が流れる。二人とも気まずそうにしている。

朔「気まずいな」
凛「気まずいね」
朔「いつもは勉強してるもんな。……ゲームでもする?」

朔が部屋の角にある棚からゲーム機を取り出す。
眉を顰める凛。

凛「ボク、ゲームはあまり得意じゃないのだけど」
朔「お前でもできるやつにするって。レースかパズルかすごろくならどれがいい?」
凛「キミが一番好きなやつでいいよ」
朔「じゃレースにしよーっと」

朔がゲームを準備して凛の隣に座る。
朔がゲームのコントローラーを凛に渡す。

朔「これ、カーレースのゲーム。このボタンがアクセルで、こっちで方向ね。あとはここでアイテム使う」
凛「それだけ? ならボクにもできそうだね」
朔「じゃあ、始めるぞ」

ゲームの画面に「START」の文字が表示されている。
朔が操作する車がスタートと同時に勢いよく飛び出す。

凛「え⁉ なんか今、勢いが違ったように見えたけど」
朔「スタートダッシュだよ。レースの基本」
凛「そんなの教わってない」
朔「教えてねぇからな」

朔は意地悪く笑う。凛は悔しそうにしている。
カーブがくる度に操作する車と一緒に体を傾ける凛。
ゲームの画面に「GOAL」「player 1 WIN!」と表示されている。
朔がガッツポーズをする。

朔「俺の勝ちー」
凛「まだ一戦目だからね」
朔「つーかお前、体動きすぎだろ! 車と一体化してんの?」

爆笑する朔に、凛は顔を顰める。

凛「仕方ないだろう。傾くんだ。というかキミ、道じゃないところを通ってなかった?」
朔「ショートカット。これもレースの基本だ」
凛「そんなの聞いたことがないけど。……まぁいい、もう一回だ」
朔「おっ、楽しかった?」
凛「負けっぱなしなのが嫌なんだ」

 × × ×

時間経過。
時計の長針が二周ほどして、二人が後ろに倒れ寝転がっている状態になる。

朔「あー、疲れた~」
凛「まだあの信号機の音が聞こえる気がする……」
朔「結局いい勝負だったな。累計引き分けくらい?」
凛「いや、ボクが一回多く負けてる」

眉を顰める凛を見て朔が笑う。

朔「お前も負けず嫌いだなぁ。……あー、面白かった。今何時だ?」
凛「三時くらいじゃないか? しばらく運転していた気がする…… このゲームを通して、キミの性格の悪さが改めて分かったよ。バナナの皮を置く場所が性悪だ」
朔「それに引っかかるお前は素直だよ。お前はとにかく甲羅を投げてきてしんどかった」

朔は体の向きを変えて凛の方を向く。凛は目線だけ朔の方にやる。

朔「なぁ、腹へらね?」
凛「あぁ、ぺこぺこだ」
朔「なんと、たまたまホットケーキの材料がある」
凛「キミが作ってくれるんだね。ありがとう」
朔「まだなんも言ってねぇけど。母さんに作ってもらおうぜ」

ドアを開けて部屋を出る朔に続く凛。
階段を下りてリビングに向かう。


〇朔の家・一階・リビング
朔の母を探す二人。しかし、リビングに朔の母の姿はない。
朔はポケットからスマートフォンを取り出して頭に手を当てる。

朔「母さん、買い物行ってて二時間くらい帰ってこないらしい。ラインきてたの全然気が付かなかった」
凛「それは困ったね。どうする?」

朔はキッチンの戸棚を漁る。

朔「そこら辺で待ってて。パパっと作るから」
凛「待って、本当に大丈夫? 心配なのだけど」
朔「だーいじょうぶだって。混ぜて焼くだけなんだから」
凛(本当に大丈夫か……?)

腕まくりをしてボウルやフライパンを準備する朔。
凛は仕方なくソファに腰掛ける。
しばらくすると、キッチンから焦げ臭い匂いがしてくる。
心配になり、朔の様子を見に行く凛。

凛「なんだか焦げ臭いのだけど、大丈夫…… ってうわ、真っ黒じゃないか」

フライパンには真っ黒に焦げたホットケーキが二枚ある。
朔は悲しそうに眉尻を下げている。

朔「ごめん、失敗したわ……」
凛「どうして二枚一緒に焼いたんだ……?」
朔「腹減ったから、早く食べたくて…… ごめん」
凛「ま、まぁ、食べてみたら美味しいかもしれないじゃないか。ほら、食べよう。お皿借りるよ」

凛はお皿にホットケーキとバターをのせて、リビングの食卓に運ぶ。
朔がメープルシロップとカトラリーを机の上に置き、二人は四人掛けの机に向かい合って座る。

凛「いただきます」

ナイフで一口大に切って焦げたホットケーキを口に運ぶ朔。一口食べて、すぐに顔を顰める。

朔「うわ、まっず。食いもんの味じゃないな」

一口食べた凛は笑っている。

凛「あはは、本当だね! 炭を食べてるみたいだ」
朔「やっぱりな。てか、少しは気遣えよ。嘘でもうまいって言うとかさぁー」

朔は唇を尖らせる。

凛「言ってほしいなら言うけど、キミはお世辞言われたって喜ばないだろう?」
朔「そうだけどさぁ」

凛は笑いながら、ホットケーキをもう一口食べる。驚く朔。

朔「無理して食わなくていいよ。まずいだろ」
凛「でも、せっかくキミが作ってくれたから。それに、焦げてるだけだ。次は一緒に作ろう。きっと美味しくできるよ」

微笑む凛を見て、朔は照れて目を逸らす。

朔「さすが王子だな」
凛「関係ないよ。本心だ」

凛と目が合い、朔は頬を赤らめる。

朔(不覚にもときめいてしまった…… でも、絶対負けねぇからな!)