君がくれた永遠


第1章 出会いの朝

春の風が心地よく吹き抜ける朝、駅前の桜が満開に咲き誇っていた。高校三年生の佐藤涼介は、毎日通う駅のホームで何気なくスマホをいじっていた。

「遅刻だ...」

電車が遅れていることを知らせるアナウンスに、ため息をつく涼介。そのとき、隣にふと目をやると、見慣れない制服の少女が立っていた。長い黒髪が風に揺れ、桜の花びらが彼女の肩に舞い落ちる。

「きれいだな...」

思わず呟いた涼介に気づき、少女は軽く微笑んだ。まるで時間が止まったかのように感じたその瞬間、彼は胸の鼓動が速くなるのを感じた。

「...何見てんの?」

驚いて顔を上げると、目が合った。涼介は焦って視線をそらすが、彼女は優しく笑いかけた。

「ごめん、驚かせちゃった?」

「いや...そんなことない。あの...その制服、どこの学校?」

「隣町の北陵高校だよ。今日からここまで通うことになったの。」

「そうなんだ...俺はこの近くの東高に通ってる。佐藤涼介。」

「私は中村咲。よろしくね、涼介くん。」

その日から、毎朝の通学時間が楽しみになった。涼介は気づけば咲を探し、彼女もまた自然と涼介の隣に立つようになっていった。

だが、咲にはある秘密があった。それを知ったとき、涼介の運命は大きく変わっていく。

第2章 淡い恋の始まり

毎朝の通学が日課になった二人は、自然と話す時間が増え、笑い合うことが日常になっていった。咲は明るくて少し天然なところがあり、涼介はそんな彼女に惹かれていった。

ある日、いつものように並んで電車を待っていると、咲がぽつりと呟いた。

「ねえ、涼介くんって恋したことある?」

「えっ?」

突然の質問に戸惑う涼介だったが、素直に答えた。

「...ないかも。意識したことがないっていうか。でも...最近、ちょっとわからなくなってきた。」

咲は不思議そうに首をかしげたが、すぐに微笑んで言った。

「そっか。それって、ちょっと可愛いね。」

涼介は恥ずかしさに顔を赤らめ、思わず視線を逸らす。そんな彼を見て、咲はくすくすと笑っていた。

その日、涼介は自分の胸の中で芽生えた感情に気づいた。それが「恋」だということを。

しかし、咲の表情の奥には、隠された悲しみが潜んでいた。

第3章 手を繋いだ帰り道

放課後、涼介はいつものように駅で咲を待っていた。学校帰りの咲が笑顔で駆け寄ってくる。

「待たせちゃった?」

「いや、大丈夫。今日も一緒に帰ろう。」

二人は並んで歩きながら、他愛もない話を続けた。ふと、咲が立ち止まり、小さな声で言った。

「...ねえ、涼介くん。」

「ん?どうした?」

「手、繋いでもいい?」

驚きながらも、涼介はそっと咲の手を取った。細くて温かい手。その瞬間、胸がぎゅっと締めつけられるような感覚が走った。

「...こうしてると、少しだけ怖さがなくなるんだ。」

「怖さ?」

咲は曖昧な笑みを浮かべながら、涼介の手をぎゅっと握りしめた。

「ううん、なんでもない。ただ...今はこうしていたいだけ。」

涼介は何も言わずに、その手をしっかりと握り返した。彼女が抱える不安や恐怖が何なのか、涼介にはまだわからなかったが、守りたいという気持ちが強く芽生えていた。

第4章 儚い約束

休日の午後、二人は近くの公園で待ち合わせた。ベンチに座り、柔らかな日差しの中で会話を交わす。

「ねえ、涼介くん。」

「ん?」

「いつかさ、二人で旅行とか行けたらいいね。」

「いいね。それなら...海とかどう?夏になったら花火大会もあるし。」

「うん、それいいなあ。絶対、楽しいよね。」

咲は笑顔を浮かべたが、ふと視線を落とした。

「...でも、その時が来るかな。」

「どういう意味?」

「ううん、なんでもない。」

咲は無理に笑顔を作り、話題を変えた。涼介はその様子に違和感を覚えたが、深くは聞けなかった。

その帰り道、夕焼けに染まる空の下で、涼介は咲に問いかけた。

「咲、何か悩んでることがあるなら話してほしい。」

咲は一瞬黙り込み、ぽつりと答えた。

「...もしさ、私がいなくなっても、忘れないでいてくれる?」

「何言ってんだよ。咲がいなくなるなんてありえないだろ。」

「そっか...ごめんね、変なこと言って。でも、約束して。私のこと、ずっと覚えてて。」

「もちろんだよ。絶対に忘れない。」

咲は安心したように微笑み、涼介の肩にもたれた。胸が締めつけられるような切なさがこみ上げる涼介。しかし、その理由がわからないまま、彼はただ咲の存在を感じていた。

第5章 真実の告白

次の日の朝、咲は駅に姿を見せなかった。不安が募る中、涼介は学校を早退して北陵高校を訪ねた。しかし、校門で待っていても咲は現れない。

意を決して職員室を訪れると、教師が驚いた顔で言った。

「中村咲さん?...彼女は、もう登校していないはずです。」

「えっ?でも、毎朝ここに通ってるはずで...」

教師は悲しそうに目を伏せた。

「実は...彼女は数ヶ月前に病気で亡くなりました。」

涼介は言葉を失い、その場に崩れ落ちた。涙が止まらない中、咲の微笑みが脳裏に浮かぶ。

なぜ彼女と過ごした日々が現実だったのか、それとも幻想だったのか。答えのない問いに、涼介はただ呆然と立ち尽くしていた。


第6章 永遠の約束


咲が亡くなっていたという現実を受け入れられないまま、涼介は家に戻り、ベッドに倒れ込んだ。涙が止まらず、胸が張り裂けそうだった。

「嘘だろ...あんなに一緒に笑ってたのに...」

スマホの中に残っている咲とのメッセージ履歴を見返す。そこには、他愛のない会話や、次に行きたい場所の話がたくさん残っていた。

突然、スマホに着信が入る。画面には「不明な番号」と表示されている。恐る恐る応じると、かすかな声が聞こえた。

「...涼介くん...?」

「咲!? 咲なのか!?」

「...ごめんね、驚かせて。でも、これが最後だから...ちゃんと伝えたくて。」

「最後って...どういうことだよ!? なんで死んだなんて...」

咲の声は少し震えていたが、どこか優しさに包まれていた。

「私はね、ずっと病気と闘ってたんだ。でもね、涼介くんと出会って、少しだけ夢が見られたの。普通の女の子として、笑って過ごせた時間が幸せだった。」

「嘘だろ...そんなの、俺は何も知らなかった...!」

「知ってほしくなかったんだ。だって、悲しい顔を見たくなかったから。涼介くんには、いつも笑っていてほしかった。」

「でも、俺は...俺は咲が好きだったんだよ! ずっと一緒にいたかったのに...!」

しばらくの沈黙のあと、咲は優しく囁いた。

「ありがとう...私も涼介くんが大好き。忘れないでね、私のことを。たとえ姿がなくなっても、私はずっと涼介くんの中にいるから。」

「行かないで...!咲、お願いだ、もう一度会わせてくれ...!」

その言葉に応じることなく、通話は途絶えた。涼介はスマホを握りしめ、声を上げて泣いた。

翌朝、駅に向かうと、桜の花びらが舞っていた。あの日と同じ場所に立つ涼介は、そっと空を見上げる。

「咲...ありがとう。俺、前を向くよ。お前が教えてくれたこの想い、絶対に忘れない。」

風が吹き抜け、桜の花びらが彼の肩に落ちた。まるで咲がそばにいるように感じた。

涼介は静かに微笑み、もう一度歩き出す。咲が残してくれた“永遠”を胸に抱きしめながら。

エピローグ

数年後、大学生になった涼介は、あの日と同じ駅でふと足を止めた。桜は今年も美しく咲き誇っている。

「咲、元気にしてるか?」

独り言のように呟いたその時、不意に聞き覚えのある声がした。

「涼介くん?」

振り返ると、そこには見知らぬ少女が立っていたが、どこか懐かしさを感じた。彼女は微笑み、桜の花びらが舞う中で手を振った。

「...また、会えたね。」

涼介は目を見開き、思わず駆け寄った。しかし、次の瞬間、彼女の姿は風と共に消えた。

「そっか...お前、まだ見守ってくれてるんだな。」

涼介は静かに微笑み、空を仰いだ。心の中には、変わらない咲の笑顔があった。

「ありがとう、咲。俺はもう大丈夫だよ。」

永遠に消えない想いと共に、涼介は新しい未来へと歩き出した。