〇教室・朝
机に突っ伏して眠たそうな歌音。
歌音(絶賛寝不足です……)
昨日家に帰ってからもずっと昨日の陽暁のことを考えており、考えすぎて眠れなくなってしまったのだった。
それでも答えは出ずに、いつまでも昨日のできごとが頭の中を駆けめぐる。
歌音(陽くんはああいう質の悪い冗談は言わないはず。……でも)
昨日みた陽暁は自分の知らない陽暁だった。
もしかしたら自分が知らないだけで、ああいう冗談もいうことだってあるのかもしれない。
そう考え始めると何が何だか余計に分からなくなってしまった。
歌音(それに、あれが冗談じゃないのだとしたら……)
『なんで応えてほしいわけじゃないなんていうの?』
『僕がどんな想いを君に抱いているか……』
歌音(あの言葉はどう聞いても……。それに、左手の薬指に――)
歌音「~~~~っ!」
陽暁の唇が触れたのを思い出した歌音、ゆでだこのように赤くなる。
そこに女の子たちの黄色い声が届く。
女子生徒1「先生ー! おはようございます!」
女子生徒2「今日もかっこいいです~!」
陽暁「おはよう。朝から元気だね」
黄色い声に目を向けると女子生徒に囲まれた陽暁が教室に入ってきた。
バチリと目が合うといつもの笑みではなく、もっと力の抜けたふにゃりとした笑みを向けられる。
歌音「!」
歌音は慌てて目を反らした。
どうにも視線に甘さが入っているようで、落ち着かない。
ドクドクとなる心臓を押さえつけて、もう一度視線を向けると陽暁はもう他の生徒と話していた。
その表情はいつも通りで、先ほどのような甘さは感じない。
歌音(考えすぎ? 自意識過剰? ……あり得るかも)
一瞬だったし、昨日のことがあったから変に意識してしまっているだけなのだろうか。
それすら分からず、正直お手上げ状態だった。
歌音「……あーもう。わかんないや……」
虎「何が?」
歌音「うわああ!?」
驚いて前を見ると、不思議そうにこちらを見上げる虎がいた。
歌音「び、びっくりした。もう、虎くん! 昨日に引き続き驚かさないでよ!」
虎「悪い悪い。にしても珍しいな。思い切りのいい見雪がこんなに悩んでるなんて。どしたん?」
歌音「え!? あ、いや、えっと……」
何と言っていいのか頭を悩ませる。
歌音(っていうか、あんなこと他人に言えるわけなくない!?)
改めて思い出しても恥ずかしいし、勘違いだとしても恥ずかしいし。
顔を赤くしてあたふたしていると、虎は心配そうな顔になった。
虎「どした? もしかして体調悪いん?」
歌音「え、いや。そう言う訳じゃ……」
虎「大変じゃん! 保健室に」
歌音「いや、大丈夫! 元気元気! 元気100%!」
なんだか大事になりそうな予感がして、慌てて立ち上がろうとした虎を引きとめる。
虎「本当に大丈夫か? むりは……」
歌音「してないしてない! ちょっと寝不足なだけだから!」
虎「そうか?」
歌音「そうそう! し、進路のこと考えてて眠れなくてさ~!」
汗を飛ばして言い訳をした歌音だったが、純粋な虎は信じてくれたらしい。
腕を組んで悩むそぶりをみせた。
虎「あー。確かにもう進路確定しないとだもんな。オレもどうすっかなー。勉強しなきゃなー。……参考までに教えてほしいんだけどさ、見雪はどう考えてんの?」
歌音「私? 私は一応音大志望だよ。行けるかどうかは置いておいてね」
虎「音大か~。やっぱ行けるなら行きたいよな。まあ入試は難しいんだろうけど……。勉強とかしてる?」
歌音「もちろんやってるよ!」
虎「まじ? ならさ、おすすめの勉強法とかない?」
歌音「おすすめかぁ……」
考える歌音は少し後、ひらめいたという顔に。
歌音「『分かるまで何回でもやる』。やっぱりこれかな! 一回でダメなら十回。十回でダメなら百回! 諦めなければいつかはできるってね!」
どや顔で力こぶを作る歌音にジト目になる虎。
虎「……お前、意外と脳筋だよな」
歌音「そ、そうかな? でもよく言うじゃん。『出るまで回せば実質タダ』って。あれとおんなじだよ!」
虎「いや……たぶんちげぇと思うけど。……って、こんなことしてる場合じゃねえ! 一限移動教室! 時間やべえぞ!」
歌音「え? あっ! 本当だ!」
時計を見るとすでに一限が始まる5分前だった。
歌音と虎は慌てて準備をして教室を出ていく。
陽暁「…………」
そのやり取りを陽暁が無表情で見つめていたのを、歌音は気が付かなかった。



