陽暁「歌音に触るな」
歌音「――陽くん」
陽暁だった。
いつものような温かい声ではなく、冷ややかな怒りに満ちた声だった。
京「っ! なんでここに……」
京達は陽暁の予想外の登場にうろたえた。
陽暁「歌音は下がっていて」
歌音「で、でも」
陽暁はわずかに歌音へと視線をむけた。
陽暁「大丈夫。君は絶対に守ってみせるから。……昔と同じことを言ってくれてありがとう」
歌音「え?」
声色は歌音を安心させる為なのか、優しい色を含んでいた。
陽暁は再び男達へと視線を戻す。
そこにはもう先ほどまでの優しさはない。
陽暁「さて、と。少し『お話』をしようか」
京「話、だと?」
【蔑むように冷たく笑う陽暁 ※歌音からは見えないように】
陽暁「じつはね、ずいぶん前からお前たちが僕を目の敵にしているのは知っていたんだ。変なウワサを流しているのもね。でも、放置していた」
京「放置していた、だと?」
陽暁「うん。だって……」
陽暁「僕になにも敵わないからそうやって遠くからさえずるしかできない奴だったからね」
陽暁はあえてニコリと笑ってみせた。
挑発に乗った京はどんどんと赤くなっていく。
京「っ!! てめえ!」
陽暁「……でも、それが間違いだった。もっと早くに潰しておくべきだった」
対して陽暁の声はどんどん低くなっていった。
陽暁「歌音を狙うだなんて、一番やっちゃいけないことをやっちゃったね?」
【笑顔の陽暁。けれど目は座っている】
京「なにをごちゃごちゃと……!」
陽暁は笑ったまま手に持っていたスマホのボタンを押した。
録音音声が再生される。
【警察呼ばれて困るのは学園もだ。なにせ俺には千賀教授にいろいろと融通してるからな。だからその話は教授が何が何でももみ消してくれるさ】
【ならいいけどさー。こっちはひやひやしっぱなしだぜ】
【それはお前らがいいとこでミスったからだろ。なんで制限時間程度の足止めもできないんだよ】
もう一度ボタンを押すと音声は止まった。
京「!?」
陽暁「いっただろう。君たちが僕を目の敵にしているのは知っていたと。放置はしても、何も対策していないとは言っていないよ」
陽暁はとある筋と協力して情報を集めていたという。
念入りに、何があっても潰せるように。
陽暁「あの事件が起こって真っ先に君たちを疑ったよ。君たちが集まるのは決まってここだと調べはついていたから少し罠を張っておいたんだ」
陽暁は植え込みの方を指さした。
目を凝らしてみると、そこには木に隠された監視カメラ(?)のようなものがあるのが分かる。
京「ぐっ……! 卑怯な……」
陽暁「卑怯? 君がそれをいうなんて面白い冗談だね」
陽暁は本当に面白そうに目を細めた。
陽暁「君たちは今までいろんな人を貶めてきたみたいだけど、やるのならやられる覚悟くらい持っておくことだ。じゃないとこうしてやられる側になったとき、何もできずに消えていくことになるよ。……まあもう遅いんだけど」
すっと笑みを消した陽暁は京を見下ろすように視線を投げる。
京は陽暁の携帯を奪おうと手を伸ばした。
けれど陽暁はひらりとかわしてほほえんだ。
陽暁「むだだよ。集めた証拠品は、もう理事長に渡してあるからね」
京「っな!?」
陽暁「残念だけど、歌音を狙った時点で君たちを許すつもりはない。君は永遠に音楽業界から姿を消すことが決まっているんだ」
陽暁は歌音の方へ――正確には歌音の後ろへと視線を送った。
陽暁「ですよね。理事長?」
歌音も思わず振り返る。
そこには柔和な笑みを浮かべた八雲教授が立っていた。
京「……は? りじ、ちょう?」
京は呆然とこぼした。
八雲教授「そう。私はここの理事長を兼任している八雲仙吉。久遠くんをこの大学に来てほしいとスカウトしたのも僕だよ。久遠くんや望月くんのような才能ある若い芽を伸ばすのが、先達の役目だと思っているからね。……でも、やはりこうなってしまったか。残念だよ、望月くん」
八雲教授は、いや理事長は笑みを薄めて目を細めた。
理事長「才能のある子が理不尽に恨まれることは往々にしてあることだが……残念でならないよ。音楽で向かい合うのではなく、こんな手を使うとはね」
理事長「君たちの悪行はずいぶんと横行していたみたいだ。まったく、教授の中にも癒着する者がいるとは……」
京「ま、まってください! これは……」
理事長「言い訳はけっこうだよ。今回の件、私はしかるべき対応をとるつもりだ。罪から逃れられるとは思わないことだね。ちょうどあちらも決着がついたようだしね」
後ろを見ると、遠くの方からたくさんの関係者が走ってくるのが見える。
歌音の両親と、話し合いをしていたはずの教師陣と、二人がかりで腕を抑えられた男の人(恐らく千賀教授だろう)がぞろぞろと到着した。
京「そ、そんな……」
がっくりとうなだれる京をしり目に、理事長は歌音を振り返った。
理事長「見雪さん、すまなかったね。迷惑をかけてしまった。今後こんなことが二度とないように、再発防止に務めると誓おう。……まだうちに入学したいという気持ちがないのなら、私たちは待っているよ」
理事長はそのまま望月さんたちを連れていった。
遠くから騒々しいパトカーの音が聞こえていたから、言っていた通りとるべき対応を取ってくれるのだろう。



