〇会場
陽暁の出番が来ても奏者が出てこず、ざわざわとなる会場内。
審査員たちは顔を見合わせたり、時計をちらちらと確認している。
審査員1「……ふむ。そろそろ5分が経ちますな。残念ながら久遠君は棄権とみな――」
陽暁「お待ちください」
凛とした声が響き、会場の目はようやく現れた陽暁へと注がれる。
陽暁「遅くなり申し訳ございません。どうしてもいかなくては行けないところがあり、席を外しておりました」
審査員1「どこにいっていたというのかね?」
陽暁「僕のピアノ人生を大きく左右する急用がありました」
審査員2「この選抜よりも大事なものだということか?」
陽暁「はい。もしも行かなければ、僕はもうピアノを弾くことはなかったでしょう」
迷うことなく言い切った陽暁に、会場がざわめく。
審査員の中には怒り出す者もいた。
審査員2「皆選抜には人生をかけているというのに、なんという言いざま! この者は試験を受ける資格がありません!」
審査員1「いやしかし……久遠君ほどの生徒がそこまで言うとは……よほどのことでは」
審査員2「何をおっしゃいますか! もう時間もないのですよ!? 残り時間で我々を満足させるような演奏ができるとは到底思えないですが」
八雲教授「まあまあ皆さん。やるかやらないかは当人に決めさせましょう。もちろん制限時間は守らせます。それで我々を満足させられなければ他の生徒を選べばいいのですから。それでいいね、久遠君」
陽暁「ええ。問題ありません」
持ち時間が半分ともなれば、10分で組まれていた演奏曲では到底弾ききれない。
かといって他の曲では練習すらしていなかっただろう。
どちらにしても、圧倒的に不利なのには変わりはない。
けれど陽暁の顔に不安はなかった。
むしろ不敵ともとれる顔で笑っていた。
ピアノの席につき、息を一つ吐く。
――ポーン
演奏が始まった。
それまでのざわついた空気が一瞬にして静まり返る。



