――ドンドンッ!!
そのとき、扉が叩かれた。
陽暁「歌音!? いるのか、歌音!」
歌音「――陽、くん?」
聞こえてきたのは、ここにいるはずもない陽暁の声。
切羽詰まったような、焦りのにじむような声だった。
陽暁「歌音! いるんだね!? 待ってて、今開けるから!」
外からは何か重たいものをどかす音が聞こえてきた。
どうやら鍵をかけられたわけではなく、ツッカエがしてあったらしい。
閉じられていた扉が開き、差し込んだ街灯の光が歌音を照らす。
陽暁「歌音!!」
歌音「は、るくん」
陽暁は歌音を見つけるとすぐに抱き寄せた。
陽暁「怖かったね。もう大丈夫」
歌音「はる……くん」
陽暁「けがはない? 具合は……って身体冷え切ってるじゃないか! これを!」
陽暁は着ていたタキシードのジャケットを脱ぎ、歌音の肩にかけた。
それでも歌音の体が冷たすぎて、抱え込むように密着して体温を分け与える。
必死に走っていたのだろう。
息を切らした陽暁は、せっかくセットしたはずの髪も、きれいに整えられた服も乱れてしまっていた。
陽暁「こんな寒い中上着もなく十数分もここに……っ。とにかく、動けそうならすぐに温かい部屋に」
歌音「――……どうして?」
陽暁「え?」
歌音「どうして陽くんがここにいるの……っ!?」
歌音は今起こっていることを理解できなかった。
だって陽暁は今、将来を決めるかもしれない大事な選抜を受けている最中のはず。
少なくとも、ここにいていい人ではない。
歌音(私、幻でもみているの……?)
そう思うけれど、自分に触れる陽暁の体温は確かに伝わってくる。
陽暁「みりあから聞いたんだ。君が物置に閉じ込められたって」
陽暁はこともなげに「だから探しにきた」と言った。
歌音「探しにって……試験は!?」
陽暁「今はそんなこと気にしている場合じゃないだろ!? 早く温まらないと!」
歌音「そんな……じゃあ……私の、せいで……?」
歌音(私のせいで、大切な選抜を……諦めた?)
歌音は白かった顔をさらに極限まで白くし、パニックを起こす。
歌音「だ、ダメだよ! そんな……早く戻らないと!」
耐えていた涙があふれた。
傍にいたいとは思っていたけれど、陽暁の邪魔をしたいなどとは思っていなかった。
それなのに、将来を左右するかもしれない選抜を、自分を理由に諦めるだなんて……。
歌音「ダメだよ! 陽くんは羽ばたける人なんだから、行かないと……っ!」
陽暁「ノンちゃん」
歌音「陽くんの邪魔になりたいわけじゃないのに」
陽暁「歌音。おちついて」
歌音「そんなの……っ!」
陽暁の制止も聞こえない歌音は涙をこぼし、イヤイヤと頭を振る。
陽暁はそんな歌音の顔を両手で包み込み、目を合わせた。
陽暁「歌音、僕の声を聞いて」
歌音「陽くん……でも」
陽暁「大丈夫だから。ゆっくり息をして」
歌音「……」
陽暁は歌音をあやすようにその頬をもんだ。
促されて共に呼吸をすると、陽暁は優しくほほ笑む。
陽暁「僕がピアノを続けてきたのは、歌音が僕の演奏を好きだと言ってくれたから。君がずっと僕を見てくれていたからなんだ。……だから君に聞いてもらえればそれでいい」
歌音「っでも」
陽暁は焦りを見せる歌音の唇に指を立てた。
黙って聞いてほしいということだろう。
陽暁「でもね、君が僕の演奏を皆に聞いてもらいたいと願うなら。チャンスを掴んでほしいと願うなら。僕はどんな逆境だって乗り越えられる」
陽暁はふわりと笑った。
陽暁「だから安心して。まだ諦めるには早いよ」
陽暁「選抜の演奏時間は一人10分。そのうち半分は演奏しなければ棄権とみなされる決まりだ。けど、今から急いで戻ればギリギリ間に合うかもしれない。……だからね、ノンちゃん」
陽暁は手を差し出した。
歌音はその手と陽暁の顔を交互に見る。
歌音(……この顔)
見上げた陽暁の顔は、自信にあふれたものだった。
もう手遅れかもしれないのに、そんな不安などないというかのように。
陽暁「一緒に戻ろう?」
歌音「……っ!」
それがあまりにまぶしくて目を細める。けれど反らすなどできなかった。
歌音は陽暁の手を取って立ち上がった。



