2度目の初恋はセレナーデのように



 〇物置の中・真っ暗で何も見えない
 狭い物置のような場所に閉じ込められて顔面蒼白(そうはく)な歌音。



 歌音「ど、どうしよう……」


 さっきバッグは見つけたけれど、スマホは見当たらなかった。


 今から探そうにも、物置の中は真っ暗で何も見えない。

 音も光もないということは、恐らくこの物置の中にはないのだろう。


 歌音「誰か、誰かいませんかー!?」



 声を上げてみるけれど、誰かが答えてくれる気配もない。


 歌音「いたっ」


 手さぐりでいろいろと触ってみるけれど、何があるか分からずに何かに手をぶつけてしまった。
 下手に動くとケガをしそうだ。


 それに何より厄介なのが



 歌音「……寒い」


 会場から出るつもりがなかったため、上着は会場に置いてきてしまった。


 どれだけ時間が経ったか分からないが、12月中旬の夜なのだ。
 冷え込まないわけがなく、夜の寒さは歌音の体温を無情にも奪っていく。



 歌音「本当に、どうしよう……」


 打つ手なしの歌音はその場に座り込み、体を抱えた。



 歌音(バッグをひったくった人、何が目的なんだろう……)



 財布を盗むのが目的ならまだ分からなくもないが、財布はすぐに見つけられた。

 それに盗むのが目的なら物置に閉じ込める必要などなかったはずだ。



 歌音(今にして思うと犯人の動きもおかしかった)


 犯人は歌音を誘い出すように走る速度を調節していたような気がしたのだ。

 まるで誘導のような……。


 歌音「……」

 歌音「やめよう。考えても分からないもの」



 そのときふいに(かす)かなピアノの音が聞こえてきた。



 歌音(選抜、始まっちゃったのかな)


 このピアノの音がどこから聞こえてくるのかなんて分からないけど、もう時間的に始まる頃合いだ。


 このまま閉じ込められていたら陽暁の演奏を聞くことすらできない。


 改めてため息がでる。


 歌音(……罰が当たったのかな)

 歌音(応援したい気持ちはあるのに、陽くんが留学するかもしれないと思うと素直に応援できなかったから……)


 歌音は膝を抱き寄せ、顔を埋める。


 歌音「私……可愛くないなぁ」


 がんばっている人を応援してあげられないなんて、自分が嫌になる。

 本当に相手のことを思っているのなら、離れ離れになろうと応援してあげるべきだ。



 けど、いざその現実を目の前にしたら、できなかった。


 それは置いていかれるのが寂しいという自分の感情を優先してしまっているから。



 身体が震えて、ますます縮こまる。


 歌音(……陽くんの傍にいると決めたあの日から、こうなることを覚悟(かくご)していたつもりだったんだけどなぁ)


 だって陽暁は、将来を渇望(かつぼう)されたピアニストの卵なのだから。

 世界を見据えて動くなら、いずれは自分を置いて羽ばたいてしまうだろう。



 二人の間には明確な時間の期限があるのを、歌音も分かっていた。



 歌音(陽くん、たぶん私がそれを恐れていることも分かってたんだろうな)


 だから陽暁は歌音に選抜の話をするのをためらい、ギリギリまで言わなかったのだろう。
 受験を控えた歌音に余計な不安を抱かせないように。


 陽暁とは、そういう人なのだ。


 歌音(……でも……本当にそれでいいの?)

 歌音(がんばる陽くんをずっとそばで見てきた。私は、そんな陽くんが好きだった)


 母・音羽のレッスンを体験した者として、陽暁がどれほど血のにじむ努力をしたかなんて想像に難くない。


 母のレッスンを受けた者の中には、才能のある子供もたくさんいた。
 けれどほとんどの子供は既にピアノをやめてしまっている。


 どれだけ才能があろうと、目標と不屈(ふくつ)の心がなければ続けられるものではないのだ。


 そんな母のレッスンを陽暁はずっと受け続け、ついには世界に出るきっかけすら掴もうとしている。


 歌音(それなのに……私がジャマなんてできない)


 努力の分だけ報われてほしい。
 その気持ちも紛れもない本心なのだから。


 ……でも。それでも。



 歌音「――やっぱり寂しい。一人は寂しいよ」


 歌音「……陽くん」



 寒くて暗い場所にいるからだろうか。
 いつものように笑顔の裏に寂しさを隠すこともできず、涙が滲んでくる。


 小さな声でつぶやかれた名前が、暗闇に消えていった。