〇ギャラリー内
会場には色とりどりのガラス細工が飾られ賑わいを見せていた。
歌音「わあ……。やっぱりキレイ。それに結構規模が大きいんだね」
おちょこや食器など実用的なものが飾られている部屋に、壁掛けのアートとしての作品を集めた部屋など規模は大きめ。
来場者はみな口々にガラスの美しさを語っていた。
純粋にガラス細工が好きな人が多いのだろう。
歌音(……でもやっぱりあの話は聞こえてくるなぁ)
何と言われれば『ガラスの靴を持っている王子様』の話である。
歌音(ごめんなさい皆さん。期待しているような王子様は出て来ないんです……)
歌音は心の中で両手を合わせた。
みりあ「この作り込み。曲線のしなやかさ……。やっぱりsouさんは素晴らしい作り手ね」
成り行きで一緒に進んでいたみりあが、うっとりとした表情でつぶやいた。
歌音「そういえば、みりあちゃんもsouの作品が好きなの?」
みりあ「そうね。souさんの作品はどれも魂が込められていて芸術的だから好きよ。せっかく地元で展示が開かれるのだから、絶対に見にこようと思っていたわ」
歌音「souの顔を見るチャンスだからとかではなくて?」
みりあ「そりゃあ顔は気になると言えば気になるけれど、わたしは彼の作品が好きだから堪能しに来ただけよ。それにsouさんの作品からはインスピレーションを受けるし、自分の絵にも落とし込めるかなと思ってね」
歌音「みりあちゃんの絵って……そう言えば絵画専攻だったっけ」
初対面の時を思い出す。
みりあ「そうよ。優れた芸術家の作品は見るものに刺激を与える。souさんはまさにそんな感じよ。わたしも見習いたいものね」
歌音「そうなんだ……。えへへ」
兄を褒められて嬉しくなりにやける歌音に、みりあは怪訝な顔になった。
みりあ「どうしてあなたが満足げなのよ」
歌音「え? そんな顔していた?」
みりあ「変な人ね。まあいいわ。……それから陽暁、さっきからうるさいわよ」
陽暁「別になにもいってないだろ」
みりあ「視線が早くどっかいけってうるさいのよ。いわれなくても別行動するからこっち見ないでくれない?」
陽暁「分かってるならさっさと行けよ」
歌音「ま、まあまあ」
視線で攻防を繰り広げる二人をとりなしていると、聞き覚えのある声が歌音を呼んだ。
奏「歌音! 来てくれたんだな!」
歌音「あ、お兄ちゃん」
手を上げて小走りで近寄ってくる兄は、いつものガテン系の服装ではなくスーツに身を包んでいた。
歌音「お兄ちゃん、スーツなんて持ってたの?」
奏「お前は俺をなんだと思ってるんだ?」
歌音「えー……職人?」
奏「間違ってはないけどさ~。っと、なんだ陽も一緒だったか」
陽暁「ご無沙汰してます」
奏「来てくれて嬉しいぜ。とはいえ結構忙しくてな。かまってやる時間がねえかもしれねぇ。悪いな」
奏はそう言うと歌音の頭をぐしゃぐしゃと雑に撫でた。
歌音「ちょっとやめてよ! セットがくずれるでしょ!?」
奏「ははっ、悪い悪い」
奏「……んで陽」
奏はふと陽暁を振り返り、厳しい視線を向けた。
陽暁「なんですか?」
奏「付き合うのは認めたとはいえ、変なことはすんなよ。歌音を泣かせたら承知しねえからな」
陽暁「それはもちろん、そのつもりです」
奏「ならいい」
奏は陽暁の返事を受けて鋭くしていた視線をゆるめた。
みりあ「……ねえ、ちょっと歌音ちゃん」
歌音「ん?」
そんなやりとりを陽暁たちがしている横で、みりあが声をかけてくる。
見るとみりあはふるふると震え、赤いような青いような顔色をしていた。
みりあ「そ、その方は……? なんだか個展の関係者みたいだけど……」
歌音「あー……。えっと、こちらは私の兄の見雪奏といって……」
何と言ったものか。
この個展の主催者と今ここでいうのは避けたい気もする。
歌音(周りの目も気になるし、お兄ちゃんが迷惑する避けたいし……)
みりあ「奏……sou?」
なんて考えているとみりあは自力で答えにたどり着いたらしい。
体の震えがより大きくなっていた。
兄もそんなみりあに気が付いたらしい。
奏「そちらのお嬢さんは歌音の友達?」
歌音「あ、うん。そうなんだけど……」
歌音(……イメージが壊れちゃったかな)
歌音「あのね、みりあちゃん。お兄ちゃんは……」
こうみえて優しい人なんだよ。
と続けようとした歌音ははたと止まる。
顔を上げたみりあはキラキラとした目をしていたから。
みりあ「……うよ」
歌音「え?」
みりあ「最高よ!!」
歌音「!?」
みりあは陽暁としゃべっていた奏の腕をとると、シャツをまくった。
奏「うおおおお!? な、なんだぁ!?」
みりあ「ああ、このしなやかかつ強靭な筋肉のつき方……。美しいわ。まさに理想。全身くまなく観察してデッサンしたいくらい! 良ければデッサンに付き合っていただけませんこと!?」
奏「はあ!? ちょ、なんだ急に!?」
みりあ「芸術的な肉体ですもの! 書き残さなくては!」
奏「ちょ、お、お嬢さん!?」
歌音「…………ええ~?」
とろんとした顔で奏の腕をさするみりあに動揺を隠せない歌音。
いったいどうしたことだろう。凛とした花のように可憐なみりあが、今ではとろけたメロ顔で兄の腕を撫でている。
歌音(…………いや、どゆこと?)
陽暁「あいつはな、美しいと思ったモノには目がないんだ」
頭の上で「?」を飛ばしていると陽暁が耳打ちをしてきた。
歌音も思わず小声で聞き返す。
歌音「……つまり、お兄ちゃんがみりあちゃんのお眼鏡に適っちゃったってこと?」
陽暁「そうみたい。ああなったみりあとは関わらないのが一番だよ。ということで置いていこう」
歌音「え、ええ!? でも」
みりあに襲わr……手を取られている兄を見ると、助けてと訴えているのが分かる。
助けてあげるべきだろうか。
ちらりとみりあを見る歌音。
みりあの目にはもう奏しか映っていないようだ。
歌音(……うーん。ムリそう)
一つのことに夢中になると周りが見えなくなるというのは、歌音自身も経験がある。
ああなった状態の人には、周りの言葉など届かないのだ。
満足するまでやらせるしかない。
……ということで。
歌音「ごめんお兄ちゃん。がんばって! みりあちゃん。聞こえないかもだけどほどほどにね~」
奏「まって、いかないで! 歌音~~~~!」
憐れな兄を犠牲に、歌音たちはその場をそっと離れたのだった。



