2度目の初恋はセレナーデのように


 そんなとき、歌音に言われたんだ。


 『さいきん陽くんの音、変わったね』と。


 小学生歌音『陽くんのピアノをきいているとね、ときどきものすごく苦しそうなの』
 中学生陽暁『……苦しそう?』

 小学生歌音『うん。なんだかね”僕をみてよ”って言ってる気がするの』
 中学生陽暁『!』



 いわれた瞬間、心臓に冷たい水を掛けられたように凍り付いたのを覚えている。

 歌音は一見ほわほわした子だったけど、本質を見抜いてくるような子供だった。
 たぶん、人の気持ちを感じ取る力がずば抜けているんだと思う。


 小学生歌音『なにかあったの? だいじょうぶ! 私がみてるよ!』


 歌音は今までのにぱっとした笑みをむけてくれたけど、無性に腹が立った。

 それまでため込んでいて不満や不安が、(せき)を切って流れ出してしまったのだ。


 中学生陽暁『分かったようなこと言わないでくれよ! 僕を見てくれるって? どうせ君も僕じゃない「天才」としてしか見ていないくせに!』
 小学生歌音『陽くん? どうしたの?』


 だから差し伸べてくれた歌音の手を振り払ってしまった。


 中学生陽暁『……あ』


 それからすぐあと我に返ったけれど、変なプライドが邪魔をして素直に謝れなかった。

 僕はうつむいて年下の子に八つ当たりをするしかできなかった。



 中学生陽暁『……どうせ君も皆と同じだ! どうせ天才は努力しなくて楽そうだというんだろ! ちがうのに! 僕はずっと頑張ってるのに! どれだけやっても誰も僕を僕として見てくれない! なんで……っ!』


 ただの癇癪(かんしゃく)だった。

 自分より小さな子にそんなことを言ってしまった自分が情けなくて、ただただ拳だけを握りしめた。


 ああ、こんなことを言ってしまったんだ。自分をずっと追いかけてくれていたこの子も、きっと僕の傍から消えていってしまうんだ。


 僕の中にあったのは、そんな諦めだった。



 けれど


 小学生歌音『……前にね、ママが言ってたんだ』
 中学生陽暁『え?』


 彼女は少しの静寂の後、母の教えを口にした。


 ピアノを理解しようと、音楽と真っ直ぐに向き合おうとしている人の演奏にはその人自身がどんな人なのかが現れるのだ、と。
 作曲家として有名な音楽家や、かつて天才とよばれた人もそうだった、と。


 小学生歌音『でもね、それは決して「天才」だからじゃないんだって。どれだけひどいことを言われてもバカにされても、あきらめないでがんばり続けた結果がそう呼ばれるようになっただけだって。だから陽くんが天才と呼ばれているのは陽くんががんばったからだよ』


 中学生陽暁『っ』

 小学生歌音『私、陽くんのピアノ好きだよ! 聞いていると楽しいし、温かい気持ちになる。私知ってるよ。陽くんがピアノを弾くのは、皆に笑顔になってほしいからだってこと。だって陽くんの演奏はそう言っていたもの』


 そういってほほえんだ歌音の顔を、僕は未だに覚えている。

 歌音の言葉は、荒れた僕の心にすっと落ちてきた。


 小学生歌音『でもそれだと、陽くんに笑顔を届ける人がいないから……私、陽くんの応援曲を作ったの!』


 そう言って渡されたのはたどたどしい筆跡で書かれた五線譜(ごせんふ)だった。

 譜面は相変わらず子供のお遊び程度のモノでしかない。


 それでも……


 中学生陽暁『っふ……うぅ……』


 僕には十分すぎる程のものだった。

 その曲は、すべての音が僕へと向けられたものだったから。
 僕のことをまっすぐに見つめ続けた子が作ってくれたものだから。


 誰も傍にいなくなったと思っていたのに、こんなにも近くに僕を認めてくれる人がいたのだと、初めて気が付いた。


 あんなにもたくさんの人に囲まれていたのに、僕を僕と認めてくれた人はいなかった。
 だから遠ざかっていってしまったけど……それでも自分を見てくれている人は確かにいる。

 そしてきっとすぐそばに。


 そう言う人こそ大事にしたいって、強く思った。


 だから僕は弾き続けた。

 歌音が好きだと言ってくれた音を届けるために。
 彼女に見続けてもらうために。


 僕がピアノを続けられたのは、全部歌音がいてくれたおかげなんだ――


 (回想終了)