(陽暁の幼少期の回想 モノローグ風に)
僕は物心ついたころから「天才」だと言われて育った。
勉強も運動も、なんでもすぐに覚えてできるようになっていたからだと思う。
【幼い陽暁の周りに笑顔の子供たちや大人が集まっているコマ】
最初のうちは褒められるのがうれしくて、皆が笑顔になってくれることがうれしくて、いろんなことに手を出していた。
ピアノもその一環だ。
親の都合で引っ越した先に、元ピアニストがやっているピアノ教室があったから。
きっかけなんてそんなものだった。
ピアノもやってみればすぐに弾けるようになった。
このときはまだ、ピアノの楽しさや音楽の深さなど分からずにやっていたけど、みんなが笑ってくれたから続けていた。
その教室で、僕は二つ下の女の子、歌音とであった。
僕は6歳で歌音は4歳。ピアノの経験は歌音の方が1年先輩だった。
けれど歌音は先生の娘で才能を引き継いでいるはずなのに、後から始めた僕にあっという間に追い抜かれていた。
悔しがるかと思ったが、歌音は僕のことをすごいすごいと言って後をついてまわるような子だった。
【陽暁の後ろを子犬のようについてまわっては、振り返るとニパッと笑顔を向ける歌音のコマ】
僕は初めのうち、この子はきっとバカなんだと思っていた。
だって僕だったら、きっとそんな環境には耐えられそうになかったから。
悔しくて、恥ずかしくて、ピアノなんてやめてしまうと思ったから。
でもそんな僕の予想を裏切り、歌音はピアノから遠ざかることはなかった。
そしていつしか、父親の小説の世界をイメージした曲を作るようになった。
作曲の基本もなっていないような、お遊び程度の曲だった。
それなのに……。
【少し成長した歌音の周りに集まる笑顔の大人たちのコマ。歌音もその中で笑っている】
彼女の譜面を見た大人たちは、皆彼女を褒めた。
可愛い曲だね。素敵な曲だね。と。
いまならその理由もわかる。
彼女の作る曲には感情があふれていたんだ。
大人になるにつれて忘れていた『好きなもの』への気持ちが。
だからほっとするんだ。
歌音の譜面を見ると、自分にも『好きなもの』に向き合っていたあの頃の気持ちが残っているのだと実感できるから。
そんな彼女の周りは、彼女の人柄を表すように笑顔にあふれていた。
……対して、自分の周りからは人が消えていった。
【陽暁の周りにいた人たちの顔が分からなくなり、陽暁がぽつんと孤立しているコマ】
中学に入る前くらいからだったろうか。
友人だと思っていた子どもたちは、なぜか僕といるのが嫌だといって離れていったのだ。
今にして思えば、単純に嫉妬や諦めだったと分かる。
けれどあの頃はどうして僕の周りから人がいなくなってしまうのか分からなかった。
そして――
【憎しみや悪意、嫉妬の目がたくさん陽暁に向けられているコマ。今まで陽暁の周りにあった笑みはどこにもない】
褒められることがなくなったかわりに、棘のある視線や言葉を受けるようになった。
このころから僕は僕としてではなく「天才」としてだけ見られていることに気が付いた。
『あいつは天才なんだ。俺らが敵うわけない』
『天才はなんでもできていいな』
『あーあ。僕も天才って呼ばれたかった』
その言葉は、視線は、僕がやり込んだからできたとしては見ていない。
僕が「天才」だからできたのだと、「天才」だから初めからできただけで自分たちとは違う生き物なのだと物語っていた。
……まさか、何もしないでできるようになったのだと思われるようになるなんて、思いもしなかった。
本当は違うのに。
いろんなことができるのは、それだけそのことに時間を裂いて、努力をしたからなのに。
「天才」だからじゃない。僕だって頑張って来たんだ。
だから「天才」としてじゃなくて、僕を見てよ。
そんな願いもむなしく、僕の頑張りは誰にも認められることはなかった。
僕が何をしようと、「天才」だからという言葉で片付けられてしまう。
僕はそれが嫌で嫌で仕方がなかった。
努力しても認められない。それどころか嫉妬や悪意を向けられてしまう。
誰も自分を見てくれないのなら、いっそのことすべてをやめてしまいたい。そんな風に思うくらいには。



