(過去の記憶 フラッシュバック)
渡辺『あんた、よくそんなの好きだって言えるわね。くそダサいわ』
渡辺『芸術一家に生まれておきながらこんな曲しか作れないなんて、才能ないんじゃない? 落ちこぼれじゃん』
渡辺『恥かく前にやめた方がいいよ。好きでやっていてこの程度なら、作曲家なんて無理に決まってるじゃん』
渡辺『あんたにはできないよ』
そう言いつつ歌音の書いた楽譜をぐちゃぐちゃに丸めてゴミ箱に投げ捨てるありし日の渡辺の姿。
渡辺が去ると小さな歌音は、ゴミ箱から楽譜を拾い上げうつむいた。
その頬には涙が伝っていた。
(フラッシュバック終了)
トラウマが頭の中を駆け巡り視線が離せない歌音に、渡辺はニヤリと笑った。
渡辺「まさかあんただったとはね。相変わらずイラつく態度じゃない」
ヤンキー「知り合い?」
渡辺「あー、引っ越す前の中学の後輩かな。こいつ昔からイラつく奴でさ。親が元ピアニストとかで、自分にも才能があるとか思っちゃった痛いやつなんだわ」
ヤンキー「へえ」
渡辺「『好きな気持ちをバカにしないで』だったっけ? 実力も才能もないくせに口だけは達者だったんだわ。だから私、恥をかかないように教えてあげたんだよ。あんたには才能なんてないってね。優しいでしょ」
ヤンキー「だはは! ひでーやつ」
冷や汗をかく歌音を見た渡辺はさらに口角を上げる。
すでに標的を店員から歌音に変えていた。
渡辺「てか何? せっかくの日曜日に、あんた一人でこんなところにいんの? ああ、そっか。あんた昔からウザかったから友達もできないボッチちゃんなんだ? あははウケる!」
渡辺「一人なのにそんなめかしこんで痛ったいなぁ~。もしかして落ちこぼれすぎて家にもいられなくなったとか? かわいそ~」
なおも歌音を笑い続ける渡辺。
歌音は心を鎮めるために軽く息を吐きだした。
歌音(……落ち着いて。大丈夫よ。私はもうあのときの歌音じゃない)
陽暁が、家族が、友人が、自分を応援してくれている。
自分の周りの大切な人たちが皆応援してくれているのに気が付けたから。
だから――
歌音(こんな人の言葉で、諦めたりしない……!)
そしてキッと渡辺を睨みつける。
歌音「――渡辺さんにそんなこと言われる筋合いはないよ」
渡辺「は?」
歌音「聞こえなかった? 渡辺さんには関係ないって言ったの」
思っていた反応じゃなかったのか、渡辺の顔が歪む。
渡辺「落ちこぼれの分際であたしに口答え? 偉くなったものね」
歌音「人を笑ったり侮辱したりするような人の言葉は聞かないことにしただけだよ」
渡辺「はああ? 何様なのあんた! ほんっとウザい。死んじゃえよっ!」
歌音「っ!」
青筋を浮かべた渡辺は歌音を突き飛ばした。
衝撃に目をつぶる歌音だったが、どれだけ待っても痛みは来ない。
陽暁「大丈夫ノンちゃん?」
歌音「陽くん……」
声がして目を開くと、歌音は陽暁に支えられていた。
陽暁の顔を見ただけでほっとする。
対する渡辺は先ほどまでの強気が嘘のように顔を青くしていた。
渡辺「な、なんで陽暁くんが……」
陽暁「お前にそう呼ばれる筋合いなんてないんだけど。……で、何をしていたの」
渡辺「っ」
目も、声も、底がないほど冷え冷えとしていて、周囲の空気が凍り付く。
今まで聞いたことがない声色は、歌音までびくっとなってしまう程だった。
渡辺「な、なにって……」
陽暁「この子のこと突き飛ばしていたようだけど?」
渡辺「そ、それは……」
陽暁「僕言ったよね。この子に二度と近づくなって。忘れたの? それともあれ、ばらされたい?」
渡辺「ひっ」
渡辺は助けを求めるように一緒にいたヤンキーに目をむけた。
ヤンキー「人の女にずいぶん威圧的なこというじゃねーか」
陽暁「女? ああ、君そいつの彼氏か何か? だとしたら何番目の男なのか確かめた方がいいよ」
ヤンキー「ああ!? 何言ってんだテメェ!」
陽暁「何ってそのまんまの意味だよ」
陽暁はヤンキーの耳元に近づき、何事かをつぶやいた。
(陽暁のつぶやいた内容 ↓
陽暁「そいつ既婚の男性教師と不倫していたし、他にも複数の男と関係持っていたし、少なくとも一人の時はなかったみたいだよ」
陽暁「それに知ってる? その中にやばいやつがいたらしくて、借金をしているって話。自分じゃ払えないから男をとっかえひっかえしては貢がせているってさ。……はたして君はどうだろうね?」 )
するとすぐにヤンキーは信じられないという顔になり、渡辺を振り返った。
なにか思い当たる節でもあったのか、まじまじと渡辺の顔を見るとそのまま歩き出した。
ヤンキー「…………帰る」
渡辺「は、え!? ちょ、まってよ!」
ヤンキーは渡辺を待たず外へと出て行った。
渡辺は慌てて追いかけたが、外からは言い争う声が聞こえてきた。
歌音(……何がどうなってるの?)
歌音は「?」を頭に浮かべた。
店内全体がそんな雰囲気だったが、遠くなっていく言い争いが聞こえなくなると、陽暁はぼそりとつぶやいた。
陽暁「また釘を刺しておかなきゃ」
歌音「え?」
陽暁「ううん。なんでも。それよりも」
陽暁は店内を振り返り頭を下げた。
陽暁「お騒がせして申し訳ありませんでした。……行こうか、ノンちゃん」
歌音「え? あ、うん」
一応騒ぎに関係した身として、店内に居座るのは気まずいと思ったのだろう。
陽暁はそのまま会計を済ませ、歌音の手を引いていった。



