2度目の初恋はセレナーデのように

 〇駅前の喫茶店(きっさてん)
 机にぐったりと突っ伏した歌音は白く灰になっていた。

 向かいの席には陽暁が苦笑いをして座っている。


 歌音「つ、疲れた……」
 陽暁「音羽さんのレッスンは厳しいからね。僕も何回くじけそうになったか……」


 スパルタレッスンを受けた日々を思い出した陽暁は苦い顔に。
 歌音の母は陽暁の師でもある。


 歌音「陽くん、よくずっとママに習っていられたよね。ホントすごいや……」
 陽暁「まあ演奏は楽しかったし、レッスン以外は優しい人だったからね」

 歌音「あー……ママピアノのことになると人が変わるもんね」


 母は普段おっとりとしたふんわりママというイメージだが、ピアノが関係すると覚醒(かくせい)するタイプ。

 二人は幼少期から見てきたそのギャップを思い浮かべて苦笑いで首を振った。


 歌音「進路を決めるのが遅かったから、その分を取り戻すレッスン予定を組んでくれているんだけど、本当にギリギリだよ……」
 陽暁「でもついていけてるんでしょ? 十分すごいと思うよ」

 歌音「まあ頑張るって決めたからね。……それに、こうして陽くんがたまに息抜きに誘ってくれるからさ。本当に助かってるよ。ありがとう」
 陽暁「こちらこそ。僕も会いたかったし、時間を作ってくれるの嬉しいよ」


 陽暁はニコリとほほえんでコーヒーを飲んだ。

 それだけのことなのに様になっており、うっかり見惚れてしまう。


 陽暁「実技は音羽さんに見てもらってるなら心配ないだろうけど、他のは大丈夫そう?」
 歌音「……」

 陽暁「ノンちゃん?」
 歌音「!」


 見惚れていた歌音はハッと我に返る。


 歌音「あ、うん! 学科試験は全然問題ないかな。後は作曲だけど……」


 鞄の中から楽譜(がくふ)を取り出し、陽暁に渡す。


 歌音「今回の作曲のお題は『物語』だったから、パパの小説をもとにしていいか聞いたら(こころよ)く了承してくれてね。好きだと思った話からいろいろ作ってみたの。……どうかな?」
 陽暁「……優しい曲調だね。もしかしてパッヘルベルの『カノン』を意識してる?」


 頷く歌音。


 パッヘルベルのカノン:お風呂の給湯完了時などによく流れている曲。同じようなメロディーが続く優しい音色。(チャンチャラチャンチャラチャラララララララ~)


 歌音「ゆっくりでもちょっとずつ進んでいる感じが好きなの。作曲家の中だと一番好きかな。あとパパって児童小説家だからさ。やっぱり優しい雰囲気(ふんいき)で作りたくて」

 陽暁「ノンちゃんらしいね。僕もカノンは好きだよ。ノンちゃんの名前の由来でもあるし」


 パラパラと楽譜をめくっていく陽暁。


 陽暁「……うん。やっぱりノンちゃんの生み出す曲、僕好きだな」
 歌音「本当!?」

 陽暁「もちろん。音大に入ったらより洗練(せんれん)されるだろうね。ノンちゃんが楽譜を持ってきてくれるのを楽しみにしているよ。……そうなるように僕も協力を惜しまないから、いろいろ聞いてね」
 歌音「うん! 頑張る!!」


 満面の笑みになった歌音は目を輝かせてやる気もみなぎらせた。



 陽暁「とはいえ、無理は禁物(きんもつ)だよ? ノンちゃん昔からムリしがちだから」


 歌音「……はーい」
 陽暁「ふふ」


 (くぎ)を刺されて萎びた歌音をみて思わず笑ってしまう陽暁。


 陽暁「ほら、もうすぐノンちゃん誕生日なんだし、体調崩したら大変でしょ?」
 歌音「そ、そうだった!」

 陽暁「忘れていたの?」
 歌音「だ、だって最近状況がめちゃくちゃ変わっていたし……」

 陽暁「それもそっか。でもうちの両親もノンちゃんの誕生日を心待ちにしていたから、忘れないであげて」
 歌音「え、おばさん達が?」

 陽暁「うん。母さんも父さんも、ノンちゃんのことを本当の娘みたいに思っているからね。特に今年は盛大に祝うって言っていたよ」
 歌音「そうなんだ……。私、いろんな人に支えられていたんだね」


 周りから期待されていないと思っていた歌音だが、家族からも、陽暁の家族からも気にかけられていたことに気が付き照れる。

 陽暁はそんな歌音を優しい眼差しで眺めていた。


 陽暁「プレゼント、期待(きたい)していてって言ってたよ。当日を楽しみにしていてね」
 歌音「うん!」

 陽暁「……まあ午後は僕が貰うんだけど」
 歌音「え?」


 歌音(なんて言ったんだろう……?)


 陽暁がぼそりとつぶやいた言葉は歌音には届かなかった。


 首をかしげる歌音に陽暁はニコリとほほえむ。


 陽暁「ううん。なんでもない。……さて、誕生日を目一杯楽しむためにも、もうそろそろレッスンに戻る時間だよ」
 歌音「あっほんとだ! いかないと!」


 ふと時計を見るともうレッスンが再開される時間が差し迫っていた。

 そのままバタバタと帰っていく歌音。
 感じた疑問は既に忘れていた。


 そうしてまた時間は流れ……