2度目の初恋はセレナーデのように

 〇教室(放課後)
 陽暁の周りには多くの生徒が群がっていた。


 女子生徒1「せんせー、手ぇおっきい! さすがピアニストって感じ!」

 女子生徒2「先生~。おすすめの練習方法とかありますか?」

 女子生徒3「ていうか彼女いる!?」


 陽暁「はいはい。一人ずつね」



 囲まれて質問攻めを受けてもニコニコと穏やかな笑みを(くず)さずに対応している陽暁。
 それを遠くから眺める歌音の顔はくもっていた。



 歌音(すごい人気。一日中誰かしらついていたからなぁ。話したくても話せないというか……)


 思わずため息がこぼれる。
 しかも陽暁に群がる生徒たちに圧倒的(あっとうてき)に女子が多いのも余計に気分を重たくさせる。


 歌音(陽くんがモテるのは分かっていたけどさ……)


 陽暁はそのルックスと天才と呼ばれるほどのピアノの腕を持ち合わせた超人で、おまけにいつもにこやかで穏やかな人柄。
 モテないわけがなく、陽暁を知る人たちの間では『初恋キラー』と呼ばれている。



 歌音(……私も、そうだし)


 歌音の初恋の相手も陽暁だった。
 というか、陽暁にしか恋をしたことがなかった。



 歌音(ずっと好きだった。格好良くて優しくて、自慢(じまん)の幼なじみだもん)

 歌音(……でも陽くんには)



 中学の頃の苦い記憶が(よみがえ)る。



 【他校の制服をきた美少女が過去の陽暁と仲睦(なかむつ)まじく歩いている。遠くで見ていた歌音は呆然(ぼうぜん)と立っていた】


 歌音「……」



 失恋の痛みを思いだして胸をそっとおさえる。

 告白をしてフラれたわけではないけれど、失恋を経験するには十分すぎる理由だった。


 歌音(……すごくかわいい子だったんだよなぁ)


 もうどんな顔だったかはっきり覚えていないけれど、とても美人さんで衝撃(しょうげき)を受けたのを覚えている。


 歌音(それでもきっぱり諦めることはできなくて……。せめて近くにいたいと思って同じ高校に入学したけれど)

 歌音(飛び級で県外の大学に行っているとか思わないよ……)


 おまけに大学の寮に入ってしまったので、隣の家同士でも意味がなくなってしまった。
 接点がなくなってしまえばどうしようもない。


 歌音(だからもう、いい加減諦めきったと思っていたんだけど)


 ちらりと女子に囲まれた陽暁を眺める。
 穏やかな笑みに、胸が高鳴るのを感じた。


 歌音(だめだ……。全然諦めきれてない……)


 またため息がこぼれた。

 ずっとくすぶっていた陽暁への気持ちが、本人に会ったとたん再燃(さいねん)してしまった。


 歌音(こんなところで諦めの悪さを発揮(はっき)しなくてもいいのに……)


 自分自身に不満顔になった歌音、本日何度目か分からないため息をこぼす。



 歌音「……あーあ。ほんと、イヤになる」


 虎「何が?」
 歌音「うわあ!?」


 突然(とつぜん)話しかけられて飛び上がりそうになる。

 慌てて振り返れば、クラスメイトの男子、山田(やまだ)(とら)(オレンジの髪に黒のメッシュを入れた元気系の男の子。歌音と同じく作曲を第一志望にしている)がいた。


 歌音「び、びっくりした! と、虎くん、どうしたの?」
 虎「悪い、驚かせるつもりはなかったんだけど。……これ」

 歌音「え、なに?」


 虎はげんなりとした顔つきで五線譜(ごせんふ)を渡してきた。


 虎「さっき鬼塚から渡されたんだ。来週までに一曲作ってこいってさ」
 歌音「ええええ!? また!? 夏休みの宿題でも大量にやったのに~! どんだけやらせるのよ~!」

 虎「本当にな~。鬼すぎるっての。いくら作曲を第一志望にしている奴は少ねーからって気合(きあい)入れすぎだろ。……んで?」
 歌音「え?」

 虎「え? じゃなくて。なんか悩んでたんだろ? イヤになるってつぶやいてたし」



 とまどう歌音の前の席に座る虎。
 両腕を机に伏せるように組んで顔を乗せ、歌音を見上げる。


 虎「まあ、なんとなく(さっし)しはつくぜ。久遠先生絡みだろ?」
 歌音「え? な、なんで?」


 ドキリとする歌音に気が付かず、虎は女子に群がられている陽暁へ視線を移した。


 虎「すげー人気だよな。話したくてもできそうにないぜ。……じつはさ、オレもさっき進路の話を聞きたくて近寄ってみたけど……女子の波に弾き飛ばされたわ。あの中に入っていく勇気はオレにはないなー」

 歌音「あー……」



 陽暁の方を見つめる虎は心底(しんそこ)恐ろしそうに自分の肩を抱いた。

 歌音は悩みの種類を見抜かれなかったことにほっとして、陽暁の方を眺める。


 歌音「正直私もあの中に入るのは、ちょっと」


 なんというか、ふつうに怖い。
 だって女子の大半の目がぎらついているから(陽暁を囲む女子の目が光っている描写)。


 歌音(モテるって、大変なんだなぁ)


 虎「だよな!? 怖すぎるって! ……まあでも、お前は隣の家同士なんだろ? なら帰ってからでも話せるんじゃないか?」
 歌音「うーん、そうだといいけど……」


 どうだろう。あの様子だと、いつ帰ってくるかなんてわからないし……。


 虎「でもいいよな」
 歌音「ん?」


 なんて考えていると、突然虎がこっちを向いた。


 虎「隣の家に『ピアノの魔術師(まじゅつし)・リスト』の再来(さいらい)とまで言われる久遠陽暁が住んでいるなんてさ。それじゃなくてもお前ん家、母ちゃんは元ピアニスト、父ちゃんは児童小説家、兄貴はガラス細工職人だろ? いやー、すげえ芸術一家だよな」


 歌音の家族は虎のいう通り芸術一家の娘。

 家族はそれぞれの分野で才能を発揮しているが、歌音は困ったような笑みを浮かべた。


 歌音「私も芸術の才能を継げていたらよかったんだけどね~。残念ながらなかったな~」
 虎「そうかー? お前記憶力いいじゃん。暗譜だって早いしさ。オレ覚えんの苦手だ」


 とてつもなく嫌そうな顔をする虎に苦笑する歌音。


 歌音「虎くんは勉強苦手だもんね。でも虎くん、アレンジとか得意でしょ?」
 虎「まあな。直感と感覚で作ってる」

 歌音「作曲家志望としては、そっちの方が羨ましいな~。私、基礎はできても応用とかアレンジが苦手だからさ。どうしても聞いたことがある様な曲になっちゃうもん」
 虎「あー。お互いないものねだりか」


 やれやれと首を横に振る二人。


 歌音「……さて、じゃあそろそろ帰ろうかな。課題も出ちゃったしね」
 虎「お、そっか。まあお互い頑張ろうぜ! じゃあな!」


 手をふって走っていく虎を見送って歌音も席を立った。