2度目の初恋はセレナーデのように


 〇音楽ホール(時間経過)
 ホールにはたくさんの人がおり、会場の準備をしていた。

 その中にグレーの髪を撫でつけた紳士(しんし)の姿がある。陽暁はその人の姿を見つけると駆けよった。


 陽暁「あれ教授? どうしてここに?」
 教授「おお、久遠(くおん)君。なに。今日の舞台の確認をしていたんだよ。おや、そちらのお嬢さんは?」

 陽暁「ああ、こちら見雪歌音です。前に話していた、あの譜面(ふめん)を作った子ですよ」
 八雲教授「おお、あの」


 二人の話についていけない歌音、二人を見比べて首をひねる。


 八雲(やくも)教授:60歳くらいの男性。好々爺(こうこうや)のようにニコニコとしている。


 陽暁「ああごめん。こちらの方は八雲教授。いろいろと面倒を見てくれていて、とてもお世話になっている方なんだ」
 歌音「きょ、教授!? 初めまして。見雪歌音です。陽くんとは幼なじみで」


 慌てて挨拶をすると教授はカラカラと笑った。


 八雲教授「初めまして。君の話は久遠君から聞いているよ。小さいころに書いたという譜面を見せてもらったが、誰かを励ましたいという気持ちがよく伝わってくるような素敵な曲だった」


 歌音「小さいころに書いた譜面? 陽くんから見せられたって、……私、陽くんに楽譜を書いたのなんて一度しか……」



 自分で言っていてイヤな予感に青ざめた歌音、陽暁の方をギギギっと音を立てながら見る。

 陽暁は「てへっ」という顔をしていた。


 歌音「……え? 陽くん、もしかして……いやまさか、だよね?」


 陽暁「ごめんね。いい曲だったから、つい」
 歌音「な、なんてこった!!」


 顔を覆う歌音。恥ずかしくて真っ赤っかに。


 歌音(まさか基本もできていない頃に書いた曲を音大の教授に見せるなんて~~~~!?)


 歌音「あ、あれは作曲を始めたばかりのころのやつでして! 音楽のプロにみせられるようなものでは……。な、なんかごめんなさい!」


 あまりの恥ずかしさに涙目になる歌音だったが、八雲教授はおっとりと笑った。


 八雲教授「いやいや。確かに基本もないモノではあったが、音楽を全身全霊で楽しんでいると感じられる良いものだったよ。今も作曲は続けているのかい?」
 歌音「え、っと。はい、その、一応は……」


 言いにくそうに頷いた歌音に、八雲教授は「ふむ」と顎を撫でた。


 八雲教授「何やら悩みがある様だね。よければ話してみてくれないかい?」
 歌音「え!? で、でも」

 八雲教授「遠慮(えんりょ)することはない。悩める若者を導くのも先達(せんだつ)役目(やくめ)だからね」
 歌音「……」


 話していいのか分からずに陽暁を見る歌音だったが、頷かれてしまった。
 恐らく話せ、ということだろう。

 歌音はおずおずと口を開いた。


 歌音「その、曲に個性が出ていないと言われていて……なんだかパッとしない曲ばかりになってしまうんです」


 鬼塚先生の困ったような顔を思い出してシュンとする歌音。


 八雲教授「つまり印象に残りにくい、ということかな?」
 歌音「はい……」

 八雲教授「なるほどねえ。確かに覚えてもらえる曲は強いし、入試でも試験官に覚えてもらえるというメリットはあるね」


 八雲教授はちらりと歌音をみて笑った。


 八雲教授「見雪さんは、個性ってなんだと思う?」
 歌音「え?」


 にっこりと笑う教授に、考えてみる。


 歌音(個性……といえば)


 歌音「……他にはないオリジナリティ、でしょうか?」

 八雲教授「それもあるが……ボクはね、個性っていうのは『好き』の先にあるものだと思っているんだ」
 歌音「好きの、先に?」

 八雲教授「うん。出そうとして出てくるものではなくて、抑え込んでもにじみ出てしまうものというイメージかな」
 歌音「はあ……」


 頭の上に「?」を浮かべる歌音。
 その様子を見て教授はにっこりと笑った。


 八雲教授「例えば同じ曲をボクと久遠君が弾いたとしても、力の入れ方や()せ方が全然違ってくるだろう? それって、その曲の中でどこが『好き』で、どうやったらそれを表現できるかって考えた結果なのだよね。だから奏者(そうしゃ)によって曲の印象も変わる。それを個性というんじゃないかな」

 八雲教授「つまりね、個性を出すには自分の『好き』に正直になる必要があるということさ。もしも今君の書く曲に個性が出ていないとしたら、それは君が自分の『好き』を隠してしまっているということなんじゃないだろうか」

 歌音「……!」


 ドキリとした様子の歌音。
 思わずまじまじと教授を見るが、教授は穏やかにほほえむだけだった。


 八雲教授「この後の演奏会、君も聞いていくのだろう? ならいい刺激(しげき)を受けられるんじゃないかな。ここには自分の『好き』と向き合うものたちが集っているからね。そういう人たちの演奏は、聴く方の心を奮い立たせてくれるものさ」


 八雲教授は空気を変えるように手を叩いた。


 八雲教授「さて、そろそろ時間かな。久遠君も準備をしなさい。他の皆が探していたよ」
 陽暁「あ、もうそんな時間でしたか」


 時計を見ると、もう昼過ぎを指している。


 陽暁「じゃあノンちゃん。音合わせしなきゃだから僕はそろそろ行くね。楽しんでいって」
 歌音「あっ、うん。案内ありがとう。頑張ってね」


 去っていく陽暁と教授の背を見送りながら、複雑そうな顔の歌音。


 歌音(私の『好き』、か……)

 歌音(いつからだろう。自分の作曲に自信を持てなくなったのは)


 思い浮かぶのは中学の頃のこと。


 『あんたの好きってくそダサいよね』

 『芸術一家に生まれておきながらこんな曲しか作れないなんて、才能ないんじゃない? 落ちこぼれじゃん』

 『恥かく前にやめた方がいいよ。好きでやっていてこの程度なら、作曲家なんて無理に決まってるじゃん』

 『あんたにはできないよ』



 そんなセリフと笑い声が頭の中を駆け巡りる。


 歌音「……やめよう」


 歌音は記憶を振り払うように頭を振り、指定された席へと向かった。