けれど、伊吹の返事には続きがあった。
「クラスのみんなも誘って行こうよ」
「え……」
「大勢で夏祭りなんて、絶対盛り上がるよね」
私が顔を上げると、笑顔で話す伊吹と困惑しているような雛菊さんが確認できた。
多分……いや絶対に、雛菊さんは伊吹と二人きりで夏祭りに行くために誘ったはず。
優秀な伊吹なら、もうとっくに気づいていると思った。だけど、雛菊さんの恋心にはまだ気づいていないのかな?
私まで余計なハラハラを抱えていると、雛菊さんが伊吹に向かってニコリと微笑んだ。
「そうなの。私もクラスのみんなで行こうと思ってたの」
「じゃあ俺、男子に声かけておくよ」
「うん。私は女子のみんなを誘ってみるね」
会話を終えると、雛菊さんは教室を出ていった。
私の勘違いだったのかな?と思っていると、沙知が再び耳打ちしてくる。
「雛菊さんの押し、かわされちゃったね」
「え? 押し?」
「あれは絶対に夏祭りデートのお誘いだったはず。だけど伊吹がさらりとかわしたことで、みんなと行く話にすり替えられた」
洞察力に長けた沙知が、そんなふうに教えてくれた。
私よりも忍者の末裔らしい沙知に、少しだけ嫉妬する。
「でも、伊吹が雛菊さんの気持ちに気づいてないだけかも」
「んなわけないよ。あからさまに伊吹だけを構う雛菊さんだよ? さすがの伊吹も気づくでしょ」
沙知の言葉に、私も少し納得した。
だとしたら、どうして伊吹は雛菊さんとの夏祭りデートをかわしたんだろう?
他人の心はわからない。私がその難しさを痛感しているうちに、沙知はお弁当を食べ終えていた。
「ちょっと飲み物買ってくるねー!」
「え? あ、いってらっしゃ〜い」
お弁当袋を鞄に片した沙知が、財布を持って教室を出ていった。
一階の売店前にある自動販売機に向かったのだろう。
置いてけぼりの私は、急いでお弁当を食べる。
そこへ近づいてきた足元が見えて顔を上げると、伊吹が立っていた。
「っ……⁉︎」
喉が詰まりそうになるくらい驚いた私を、伊吹が気遣う。
「あ、食事中にごめん」
「っ……だ、大丈夫……どうしたの?」
「いや、えと……紅葉は今年の夏祭り、行く予定あるのかなって思って」
「へ?」
伊吹の質問を受けて、頭の中でハテナが浮かんだ。
私が夏祭りに行くか行かないかの情報は、伊吹にとって必要なものなのかな?
「……沙知と、一緒に行こうって話してた」
「そっか。二人仲良いもんね」
「去年は一緒に行けなかったから、今年こそはって……」
正直に答えると、伊吹はなぜか寂しそうに微笑む。
私の心がざわざわしてきた。こういう時、沙知がいてくれたらうまく話してくれたのにと思う。
すると伊吹は、かすかに頬を赤く染めてつぶやいた。
「……俺も一緒に、行けたらいいのに」
「っ……え」
「いや、やっぱりなんでもない、ごめん……」
伊吹はなんでもないと言ったけれど、私には聞こえてしまった。
どう反応をしたらいいのかわからなくて、黙ってしまった。
そこへいつの間にか教室に戻ってきた沙知が、伊吹の背後に立つ。
「さっき廊下で雛菊さんに会って、私と紅葉も夏祭り誘われたよん」
「え⁉︎」
「オッケーしたけど、いいよね? 紅葉」
雛菊さんの声かけを報告してきた沙知が、私に向かってウインクしてきた。
二人で行く予定ではあったけれど、クラスのみんなで夏祭りに行くことにも抵抗はないし。
断る理由がなかった私は、こくりと何度も頷く。
すると、私たちのやりとりを見ていた伊吹が突然、明るい表情に変化した。
「じゃあ夏祭り、一緒に回れるね」
「あ、うん。そうだね。よろしく……」
「うん。すごく楽しみにしてる」
いつになく笑顔が眩しい伊吹は、そうして自分の席に戻っていった。
伊吹も一緒に夏祭り……。嬉しさと同時にやってくる緊張に、私の心は複雑になった。
「沙知、どうしよう……」
「なにが?」
「伊吹と夏祭りなんて、夢にも思ってなかったよ……っ」
小声で助けを求めると、沙知は私の肩をポンと叩いた。
「私は紅葉の恋を応援している身だから、がんばって」
「えー……」
沙知なりに私の恋を応援してくれている。
そう思うと、抱いている緊張も少しだけ勇気に変えられそう。
それに夏祭り中、もしも伊吹に危険が迫った時にはすぐに助けられる。
そうだ、私は伊吹を護衛する任務がある!
伊吹と夏祭りを回るなんて、身の程知らずなことは望んでいない。
でも、今まで通り陰からお守りするくらいは許されるよね?
私は忍者の末裔だから、それが性に合っているのだから。
二週間後の夏祭りが楽しみになってきた私は、顔が緩んだまま授業を受けた。



