恋するわたしはただいま若様護衛中!



 翌日の朝。籐黄学園の生徒たちが登校してくる中、私は小さな紙袋を持って校門前に立っていた。
 紙袋の中には、昨日持ち帰ってしまったタオルが入っている。
 教室で渡すこともできるけれど、伊吹の家にお邪魔したことがクラスメイトにバレるのを心配した。
 だからここで、伊吹が登校してくるのを待っている。

「あっ」

 こちらに向かって歩いてくる伊吹を見つけた。朝日を浴びる伊吹も相変わらずかっこいい。
 一瞬惚けてしまった私は気持ちを切り替え、伊吹の元に駆け寄り紙袋を差し出した。

「伊吹おはよう! これ、返すねっ」
「え、あ、おはよ……?」

 私の勢いに押された形で紙袋を受け取った伊吹。
 ちらりと中を確認して、それがタオルだとわかってくれたらしい。

「いつでもよかったのに……」
「早い方がいいと思って。勝手に持って帰ってごめんね」
「俺も、昨日は突然家に連れ――」
「ああああ!」

 急に大声を出した私に、伊吹が驚いた表情をする。
 この会話を誰かに聞かれたらマズイ。私は早く切り上げるべきだと思って、伊吹に手を振った。

「じゃ、先に行ってるね」
「え、ちょっ……紅葉っ」

 まだ何か話し足りなさそうな伊吹の呼びかけを、私は聞こえないふりをした。
 あまり長く話していると、錯覚してしまいそうになる。
 伊吹とは住む世界が違う。遠くから見守って、危機が迫ったときに陰から護衛するくらいがちょうどいい。
 だから、これ以上好きの気持ちが大きくならないように、自分でブレーキをかけることを覚えよう。
 代わりに、伊吹の自宅にお邪魔した貴重な思い出は、私の中で大切に保管しようと決めた。



 昼休みに入った。机を隣り合わせにして、沙知と一緒にお弁当を食べる。
 沙知が頬張っていた卵焼きをゴクンと飲み込み、楽しそうに話しはじめた。

「もうすぐ神社の夏祭りだねー」
「あ、もうそんな時期なんだ」
「去年は私が急遽風邪ひいて一緒に行くの中止になっちゃったもんね」

 籐黄学園の近所にある籐黄神社では、毎年夏祭りが開催される。
 神社の周辺には屋台が立ち並び、お祭りのフィナーレは打ち上げ花火で締めくくる。
 地元で一番規模が大きい夏祭りだ。
 去年も二人で行こうと計画していたけれど、沙知が風邪をひいてしまって行けなかった。
 だから今年こそは行けたらいいな。
 夏の思い出を、親友の沙知と一緒に作りたいと思った。
 すると沙知は微笑みながら、私に耳打ちしてくる。

「“若様”と一緒に行けたらいいのにね」
「なっ……⁉︎」

 沙知が突然変なことを言い出して、思わず私は本人を見てしまう。 
 斜め前の席で、クラスメイトと談笑しながらお弁当を食べていた伊吹が確認できた。
 私たちの会話は聞こえていなかったようで、ほっと胸を撫で下ろす。

「一緒に行くわけないでしょ。私は陰から護衛する身なんだから」
「本当欲がないよねー。好きな人がいたら、もっと話したいとか一緒にいたいとか思うはずなのに」
「私は忍者の末裔なので」
「意味わからん。昔の忍者も恋はしてたよ多分」

 色々とごもっともなことを言ってくる沙知。
 私もそんなことはわかっていた。けれど、そもそも手の届かない人を好きになってしまった私が悪い。
 沙知が意地悪に微笑んでくるから、私はじっと睨んで唐揚げを頬張った。
 その時、雛菊さんが伊吹の席に近づいていくのが見えた。

「伊吹くん。今お話いいかな?」
「雛菊、どうしたの?」
「あのね……」

 雛菊さんは照れた様子で指先をもじもじさせていた。
 もしかして告白⁉︎と一瞬思ったけれど、ここはクラスメイトがたくさんいる昼休みの教室。
 そんなはずがないとわかって、私はあまり二人を視界に映さないようにした。

「今度の籐黄神社の夏祭り、一緒に行かない?」
「……夏祭り?」
「うん。どうかな?」

 キュルンとした表情をする雛菊さん。伊吹の周囲にいたクラスメイトは、みんな惚れ惚れとしていた。
 男の子は、雛菊さんのように守ってあげたくなるような女の子が大好きだから。
 私みたいな“お守りします!”的な女の子は、願い下げなんだろうな。
 そんな雛菊さんのお誘いに、伊吹はなんて答えるんだろう。私はいつの間にか、二人の会話に耳を向けていた。
 
「……うん、いいよ」

 伊吹の返事を聞いて、意外にも私の胸奥がズキンと痛んだ。
 今年は沙知と一緒に夏祭りに行けることを楽しみにしていた。
 同時に、伊吹と雛菊さんのツーショットを見かけてしまうリスクが生まれた。
 それは、なんだか見たくないな……と思って、私がそっと箸を置く。