六月に入り、衣替えの季節となった。
久々に半袖のセーラー服を着た私は、相変わらず伊吹を密かに護衛する日々を送る。
下校時間を迎えて、沙知とは校門前で別れた。
一人で下校している時、空に目を向けると電線に一羽のカラスが止まっている。
「ん? どこかで見たことような……?」
カラスなんてどこにでもいるのに、私が見たカラスはなぜか見覚えがあった。
そうしてハッと思い出す。あれは以前、登校中の伊吹を襲おうとしたカラスだと。
「まさか、伊吹を待ち伏せしている?」
たまたまこの場所で羽を休ませていただけかもしれないけれど、つい警戒してしまう。
私が立ち止まって様子を見ていると、カラスは威嚇するように「カー!」と鳴き声をあげた。
ここで怯んではいけないと思った私は、カラス相手に睨みをきかせる。
人間とカラスの無言の戦いが続いた時、カラスがバサバサと飛び立った。
「あ! 逃げる気ね⁉︎」
山に帰るところを見届けるまでは安心できない。
私は飛んでいくカラスを必死に追いかけた。
自宅とは逆方向の住宅街に突入して、曲がり角にさしかかる。
その瞬間、ドン!と何かに体当たりして、私はその場に尻餅をついてしまった。
「いたた……」
そう、私は伊吹が関わっていない危険や危機は、全く察知できない忍者の末裔。
自分の情けなさに反省して顔を上げると、目の前には他校の制服を着た男の子が二人立っていた。
体が大きいので、多分上級生かもしれない。
一人は髪を明るく染めて襟足が長く、もう一人は短髪で猫のような吊り目をしていた。
いかにもヤンキー風な男の子たちに体当たりしてしまったらしい。
「おいおい、あぶねーだろ!」
「ご、ごめんなさい。急いでいて……」
私は慌てて立ち上がり、内心ヒヤヒヤしながら丁重に謝罪した。
けれど、ヤンキー風な男の子たちは納得していない様子。
襟足が長い男の子は、私とぶつかった腕を押さえながら報告してくる。
「痛てぇなぁ、腕の骨折れてるかもなぁ」
「え……? 折れるほど強くはぶつかっていませんけど」
「うるせーな、痛ぇもんは痛ぇんだよ!」
言いがかりをつけて、私を見下ろしてくるヤンキー二人。
ここで負けてはいけないと、私も毅然な態度でヤンキー二人を見つめた。
すると、吊り目の男の子が意外なことを口にする。
「おまえ、よく見ると可愛い顔してんじゃん」
「……はい……?」
「本当だ。なぁ、俺たちと遊んでくれたら不問にしてやるよ」
そう言って襟足が長い男の子に手首を掴まれた。
すぐに振りはらおうとしたけれど、男の子の力が強くて簡単には離してもらえない。
しかもグイグイ引っ張られると、踏ん張っているはずの私の足が勝手に地面を滑る。
どうしよう、暴力はよくないけど……正当防衛なら許される?
自分の危機は自分で対応しなくちゃ。ヤンキーたちを成敗する決心がついて、私は拳を握った。
「紅葉!!」
「っ⁉︎」
その時、聞き覚えのある声が私の名前を呼ぶ。
振り返ると、慌てた様子でこちらに走ってくる伊吹がいた。
「い、いぶ――」
「何やってるんですか!」
言いながら私の手首を掴むヤンキーの手を、無理やり解いた。
そして私を庇うように、伊吹はヤンキーたちに立ちはだかる。
いつもの優しい印象からは想像つかない。今の伊吹は焦りと困惑でいっぱいのように見えた。
「同級生の登場か? 俺たちは被害者なんだけどなー」
「……被害者?」
「この女の子がぶつかってきたんだよ。それを許すかわりに一緒に遊ぼうとしてただけ」
襟足が長い男の子は、先ほどの出来事を伊吹に説明する。
それを聞いて状況を理解したのか、伊吹はちらりと私を見た。
「……紅葉、怪我はない?」
「う、うん……」
「良かった」
背後に匿う私の返事を聞いて、伊吹は安堵したような表情をする。
そして二人のヤンキーに向かってはっきりと告げてくれた。
「あなたたちに紅葉は渡せません。お互い様ということで和解しませんか?」
「伊吹……」
力技でこの場を切り抜けようとしたのに、伊吹は逃げずに向き合っている。
私を、普通の女の子として守ってくれている。
どこまでも真面目で正直で正義感あふれる伊吹に、胸を打たれた私は顔が熱ってきた。
こんなの、キュン、だよ!
今までよりももっともっと、恋に落ちていくのがわかる。
私が胸を押さえてキュンに耐えていると、吊り目の男の子が伊吹の顔をじっと見た。
そして何かを思い出したようにハッとする。



