恋するわたしはただいま若様護衛中!



 その日の放課後。私は約束通り中庭にやってきた。
 中等部校舎と体育館の建物の間にある中庭は、おとぎ話に出てくる花園のような景観をしている。
 草木が生えていて自然を感じることができ、花壇には秋の花が咲いていた。
 中庭のガーデンベンチに座った私は、期待と緊張で胸をいっぱいにした。
 好きな人を待つ時間が、こんなにも楽しくて嬉しいものなんだと理解する。

「紅葉っ」

 伊吹の声に、私はすぐに立ち上がった。
 これから部活動を控える伊吹は、サッカーの練習ユニフォームを着ていた。
 それがまた似合っていて、私は表情筋を緩めてしまう。

「ありがとう、きてくれて」
「大丈夫だよ。それより、話って……」

 平常を保ちながら尋ねると、伊吹は「うん」と返事をしたまま首根をかいて考え込む。
 そして意を決したように私を見つめる伊吹の瞳は、熱を帯びていた。

「……紅葉と初めて会ったのは入学式なんだけど、覚えてる?」
「え? も、もちろんだよ!」

 私はそれをきっかけに伊吹に一目惚れして以降、ずっと想い続けているのだから。
 返答を聞いた伊吹は、安堵したように微笑んだ。

「良かった、紅葉が覚えていてくれて。少し自信になった」
「え?」
「二年生で同じクラスになると、俺の気持ちはどんどん大きくなっていったんだ……」

 そうして微かに風か吹いて伊吹の髪を揺らした時、それは伝えられた。

「……紅葉が好きだよ」
「っ!!」
「友達としてもだけど、一人の女の子として好きなんだ」

 伊吹の突然の告白に、私は驚きすぎて言葉を失った。
 同時に胸の奥から、今まで伊吹に伝えたくても伝えられなかった想いが溢れ出てきた。

「一緒にいるとドキドキするし、紅葉に守ってもらったり触れられたりすると顔が熱くなる」

 私は今までの行動を思い浮かべた。特に球技大会の時は、飛んできたトタン板から伊吹を守るために覆い被さった。
 それを解いたあとの伊吹が、顔を真っ赤にしていたのを思い出す。
 あれは苦しくて赤くなっていたのではなくて、私のことが好きで赤くなっていたってこと? 

「紅葉が倫太郎と仲良くしているのを見て、すごく嫉妬した。だから挑まれた勝負を引き受けたんだ。お互い言葉にはしていないけど、あれは紅葉への愛を賭けた勝負だと思ったから」
「っ……愛⁉︎」

 そこでようやく、声を出すことができた。
 伊吹と倫太郎が、私への“愛”を賭けて勝負していたなんて。
 あの時、沙知がなんとなく言っていたことは本当だった?
 その勝負は結局引き分けとなったことで収まったけれど、じゃあ倫太郎は私のこと――?

「球技大会のあと倫太郎に言われた。“勝負は初めからついていた”って」
「え? それって……」
「倫太郎は、俺を焚き付けるために勝負を仕掛けたのかもね。真相はわからないけど、今は沙知とも仲良しだし。今の倫太郎が誰を好きなのかは、俺にはわからないから……」

 伊吹がそう話すと、不安げな表情で私に問いかけてくる。

「倫太郎が誰を好きなのか、気になる?」
「え⁉︎」
「俺は、紅葉が誰を好きなのか気になるよ……」

 今まで見たことないくらいに伊吹が不安げな表情をする。
 そうさせているのは私だとわかった途端、恥ずかしさも自信の無さも取っ払うことができた。

「……わ、私は、伊吹が好き!」
「っ!」
「入学式の時から、ずっと伊吹だけを見てきた!」

 ずっと秘めていた想いを必死に告げると、伊吹は目を丸くしていた。
 じわじわと実感してきたのか、頬がほんのり赤く色づいていって照れ笑いする。

「……嬉しい、両想いだねっ」

 そう言って伊吹が私の手をそっと握った。緊張していたのか、その指先は少し冷たくなっていた。
 だから私が、伊吹の手を温めるように両手で包み込む。

「……これからも、伊吹を守らせてね」
「はは、頼もしい紅葉。だけど俺にも紅葉を守らせて」
「え……っわ!」

 すると伊吹は両腕を広げて、私の体ごと包み込んだ。
 突然の、そして初めての抱擁に私の顔は火が出そうなほどに熱くなった。
 伊吹の胸に押し当てられた私の耳からは、心地よい心臓音が聞こえてくる。
 ドキドキとした、通常よりも加速した伊吹の鼓動。私と同じ、恋をしている心臓だった。
 それを知った私は伊吹の全部を受け止めたくて、背中に腕を回しかけた時。
 血が騒いで目を見開いた。

「……っあ! カラス!」
「え?」

 私が指を指した先に、伊吹も視線を動かす。
 そこには木の枝で羽を休めている一羽のカラスが、私たちを見下ろしていた。
 その腹立たしい瞳には見覚えがあった。

「ただの、カラス……?」
「いや、私はあのカラスに二度会っているの」

 そう。一度目は晴れの日の登校時に、伊吹を襲おうとしていたのを私が追い払った。
 そして二度目は、下校中に威嚇してきて睨み合いになった。
 それを追いかけたら、二人組のヤンキーに絡まれたことを私は思い出す。
 カラスはこちらを睨んだまま動かない。私も伊吹を護衛するため、睨み続ける。

「も、紅葉?」
「大丈夫! 伊吹のことは私が絶っ対に守るからね!」

 伊吹を護衛する気持ちに火がついた私は、伊吹の笑い声を背にカラスと対峙した。
 だって私は、忍者の末裔だから。
 時代が変わっても、大好きな人を守れる人になるの!




Fin.