「竜巻……!」
空から伸びてきた渦が、砂埃を発生させながら私たちのいる方に向かってきた。
実際の竜巻を目にした瞬間、現場は一斉にパニックになる。
私と沙知も早く逃げようとした時、グラウンドに一人座り込んでいる男子に気がついた。
「っ⁉︎ 伊吹……!」
左足首を押さえて苦痛の表情を浮かべている伊吹に、竜巻が迫ってきた。
先ほど痛めた足首が今になって激痛に変わり、動けなくなってしまったんだと推測した。
だとしたら、このままでは竜巻が伊吹に直撃してしまう。
私は伊吹を守るために、迷いなく駆け出した。
「え、紅葉! 危ないよ!」
沙知の制止も聞かず、私は伊吹だけを視界に映して走る。
そんな私に、伊吹は首を振って追い払おうとした。
「ダメだ紅葉! くるな!」
自分に危険が迫っているのに、私の心配をしてくれる伊吹。
ありがとう。でも、私は自分の意志で伊吹を護衛すると決めているから。
強い思いを胸にギュッと閉じ込めて、自分の力を信じた。
私の体を流る血が、忍者の末裔としての血が騒いだ。
瞬間、シュン!と姿が見えなくなるほどの速さで、私は伊吹の目の前までやってくる。
そして伊吹が気づかないうちに、その体を俵担ぎしてその場を立ち去った。
竜巻の進路から外れたところに着地した私は、伊吹を地面にそっと置く。
「ふう……またしても間一髪」
「っ……あれ、紅葉! 怪我はない⁉︎」
周囲には竜巻の影響で強風が吹き荒れている。
そんな中、伊吹は瞬きをしたあと驚いた様子で私の体を心配した。
怪我をしているのは伊吹の方なのにと思いながら、私はその場に座って伊吹の左足首を診る。
「私は大丈夫。それより、伊吹の足が心配……」
「……ごめん。整列した時に急に痛み出して立てなくなったんだ」
少し痛めただけの部分を酷使して、大きな痛みとなってしまったのだろう。
竜巻は過ぎていったし、強風は吹くけどひとまず安心。
早く保健室にと思った時。私たち目掛けて物体が飛んできた。
「!!」
竜巻の突風で、どこからか飛ばされてきたトタン板がビュッと勢いよく飛んできた。
今からでは避けられない!
私は衝突を覚悟して、伊吹の全身、特に頭を守るため覆い被さるように抱きしめた。
トタン板がぶつかる直前、ものすごいスピードでサッカーボールが飛んでくる。
バチン!という音を立てて、サッカーボールとトタン板は空中で衝突した。
弾き飛ばされたトタン板は勢いを失い、少し離れた場所に落下する。
サッカーボールも、トントンと小さく跳ねながらグラウンド上に転がった。
「……今の、ボールって……」
ボールが飛んできた方に視線を向けると、やはり倫太郎が駆け寄ってきていた。
トタン板が飛んでくることにいち早く気づいて、サッカーボールを使って軌道修正してくれたんだ。
忍者の末裔である私と倫太郎が、初めての協力プレーで危機を乗り越えた。
そのことに私が感動していると、懐から伊吹の声がした。
「も、紅葉、もう離してくれて大丈夫……」
「え、あ! ごご、ごめん!」
私は慌てて伊吹を解放した。
いつまで伊吹を抱きしめているんだ、という他の女子の声が聞こえそうで反省する。
ゆっくりと顔を上げた伊吹。その頬が真っ赤に色づいていて、余計に申し訳なく思った。
「ごめん、苦しかったよね……」
「ち、違うよ。そうじゃなくて……っ」
伊吹が理由を話そうとした時、倫太郎が到着する。
「倫太郎! ボールで助けてくれたんだね、ありがとう!」
「全く、無茶する奴らだな……」
言いながら、地面に膝をついた倫太郎は伊吹に声をかける。
「……忍法A、覚えてくれてたんだな」
「当然だよ。俺たちが考えた、昔からの作戦名なんだから」
嬉しそうに話す倫太郎に、伊吹も楽しげに応えていた。
忍法Aはサッカークラブ時代の二人が編み出した作戦名らしい。
作戦名を覚えているだけでなく、息もぴったり合わないと成功しないはず。
それを中学の球技大会で再び行い、一発で成功させた二人はチームを勝利へと導いた。
本当にすごいことだと思って、私は胸奥を熱くする。
「伊吹、肩貸してやるから掴まれ」
「うん……」
「わ、私も!」
伊吹の左肩を倫太郎が支え、右肩を私が支えた。
左足を庇うように歩き進む伊吹は、私たちに向けてつぶやいた。
「……二人とも、ありがとう。大好きだよ」
「へっ!」
最後の言葉に驚いて、私が顔を上げる。すると伊吹の横顔は安心しきったような表情をしていた。
今のは私だけに言われた言葉ではないとわかっているけれど、それでもドクンと心臓が大きな衝撃を受けた。
すると倫太郎がやけになったように言いはじめる。
「……得点の勝負も一点差で俺の負けだしな」
「でも最後のは忍法Aによる得点だから引き分けだよ。倫太郎のおかげで試合に勝てたんだから」
「いや、伊吹の得点だ。俺はアシストしただけで……」
多く得点をとった方が勝ち、という勝負をしていた伊吹と倫太郎。
どうしてそんな勝負をしていたかは、結局最後までわからなかった。
けれど、ここへきて譲り合う二人の友達思いな部分を再確認して、私はつい笑ってしまう。
こうして、球技大会は感動と友情とパプニングを起こして幕を閉じた。



