恋するわたしはただいま若様護衛中!



「っ紅葉!」

 その時、背後から呼ばれて私と伊吹が振り返る。
 そこには慌てて走ってきたような倫太郎が立っていた。

「倫太郎、どうしたの?」
「俺も……」
「え?」
「俺も、一緒に帰る!」

 そう宣言した倫太郎が、キッと伊吹を睨んだように見えた。
 伊吹に誘われたのは私の方だから、勝手に返事はできない。
 私は伊吹の顔色を窺うように視線を向ける。

「……いいよ。三人で帰ろう」
「っ……」

 伊吹はいつものように笑顔で倫太郎を受け入れた。
 けれど、その声からはひんやりとした冷たさを感じて、私は少しだけ違和感を覚えた。
 やっぱり雛菊さんを巡って二人の仲は劣悪なのでは……という不安を抱えたまま、三人並んで歩き進む。
 気まずい空気が流れている中、伊吹が私に話しかける。

「紅葉が推薦してくれたから、球技大会がんばるね」
「無茶振りしちゃってごめんね。でも二人にサッカー選択してほしくて、つい……」

 そう。私は二人に、昔のように仲良くサッカーしてほしいんだ。
 そのためなら、多少の自己犠牲は払える。
 みんなの前で挙手したのも本当は恥ずかしかったけれど、結果的に二人がサッカーを選択してくれた。
 けれど倫太郎は少し不満そうな顔をして話す。

「ま、今の伊吹とは連携プレーできないけどな」
「え! どうして⁉︎」

 私はひどく驚いて、倫太郎に食いついた。
 編入してきた日、倫太郎は伊吹がサッカーを辞めたことに怒っていたという本心を教えてくれた。
 だから伊吹がまたサッカーを始めたい気持ちになれば、倫太郎の願いは届いたことになるのに。
 今更、連携プレーができないってどういうこと⁉︎

「紅葉は知らなくていい。これは俺と伊吹の、男同士の問題だ」

 倫太郎は立ち止まって、伊吹をじっと睨む。

「そうだね。俺も譲る気はないよ、絶対に……」

 伊吹も同じく、倫太郎を見つめたまま闘志に燃えている様子。
 私は雛菊さんのことを思い浮かべながら、複雑な気持ちを抱いた。

「……二人とも、そんなに好きなんだ。雛菊さんのこと……」

 同じ人を好きになったことで友情が壊れてしまうという話も、聞いたことがある。
 だけど伊吹と倫太郎にはそうなってほしくなくて、私は拳を強く握った。
 すると突然、伊吹が慌てた様子で必死に説明してくる。

「紅葉、誤解だよ! 雛菊は関係ないよ⁉︎」
「え? だって、二人は雛菊さんを……。じゃあ、誰を取り合ってるの?」

 雛菊さんではないらしく、私の考えは白紙に戻ってしまった。
 かといって他の女の子が思い浮かばず首を傾げると、今度は倫太郎が私に迫ってきた。

「ふざけんな! ほんっと鈍感だな!」
「へ⁉︎ ど、どんかん……?」
「あ〜! もうっ!」

 言いたいけれど言えないような苦悩の表情で、倫太郎は歯を食いしばっていた。
 そして何度か深呼吸したのち、少し冷静になった倫太郎が伊吹に提案する。

「伊吹! 球技大会で勝負にしようぜ」
「勝負?」
「あいにく同じチームだから、多く得点をとった方が勝ちってのはどうだ?」

 倫太郎の突然の提案に沈黙した伊吹だけれど、最後はこくりと頷いた。

「……わかった。その勝負引き受けるよ」
「い、伊吹まで……⁉︎」

 困惑している私を置いて、二人は球技大会で勝負をすることになってしまった。
 サッカーを通して二人を仲直りさせようという私の計画が、どんどん崩れていく。
 こんなはずじゃなかったのにと落ち込んでいると、伊吹が私の頭をポンと撫でた。

「ごめんね。紅葉はなにも悪くないのに……」
「え……」
「でも、倫太郎には絶対負けたくないものが、俺にはあるから……」

 そう言って倫太郎を見つめる。伊吹の横顔はとても真剣そのもので、私は声がかけられなかった。
 すると倫太郎は、誇らしげに腕を組んで強気な態度をとる。

「サッカー辞めた伊吹と違って、俺は子供の頃から続けているからな。負けねぇよ」
「そのマウント、負けた時恥ずかしいから言わない方がいいよ」
「くっ! う、うるせぇ! 勝つからいいんだよ!」
「俺だって、倫太郎には絶対負けない」

 いつも冷静な伊吹が、ムキになって倫太郎に言い返す。
 そして伊吹に怒っているはずの倫太郎が、どこかイキイキとしているようにも見える。
 二人を見ていると、同じサッカークラブ時代の二人を見せてもらっている感覚になった。
 それが嬉しくて、私はつい笑い声を漏らしてしまう。

「あはは、ふふ……ごめん、面白くて……!」
「え、紅葉?」
「なに一人で笑ってんだよ!」

 伊吹と倫太郎がサッカーの試合に出場するのを、私は初めて見ることになる。
 それももちろん楽しみだけど、できたら二人の息のあったコンビネーションが見られたら最高。
 笑ったことを謝る私だけど、その顔はきっとニヤついていた。