恋するわたしはただいま若様護衛中!



「別に紅葉をどうにかしようとは思ってねぇよ」
「へ?」
「俺の目的はあくまで伊吹だ。その伊吹を護衛しようとするなら話は別だけどな」

 そんなふうに話す倫太郎くんが、どうしてそこまで伊吹に執着するのか気になった。
 同じサッカークラブのチームで、仲が良かったと聞いている。
 倫太郎くんが転校してから今まで、彼にどんな心境の変化があったのだろう。
 体育館に続く渡り廊下を通過しながら、それとなく問いかけた。

「二人は同じサッカークラブに所属していて、仲が良かったんだんだよね?」
「……伊吹がそう言ってたのか?」
「うん。サッカーが一番得意だってことも教えてくれた」

 私が話すと、倫太郎くんは歩くのをやめてしまった。
 そして神妙な面持ちで独り言のように呟く。

「……じゃあ、なんでサッカー辞めたんだよ」

 拳をぎゅっと握り、悔しそうにしている倫太郎くんを見ていると、問わずにはいられなかった。

「伊吹がサッカー辞めたから、倫太郎くん怒ってるの?」
「っ……そうだよ。あいつは本当にサッカーが上手いのに、なんで簡単に辞めたんだよ」

 そう言ってぷりぷりと怒り出す倫太郎くん。原因がわかった途端、不思議と怖さは無くなっていった。
 むしろ友達思いの良い人に見えてきて、私の警戒心は徐々に解けていく。

「忍者の末裔だからって少し能力が高い俺よりも、あいつはすごいキック技術を持ってるんだ」
「……たしかに、夏祭りの日も倫太郎くんの速いボールを伊吹が蹴り返していたし……」
「だろ? 天性の才能に恵まれているのに、辞めるなんてもったいねぇ!」

 倫太郎くんとの会話で、だんだんわかってきた。
 才能があるのにサッカーを辞めてしまった伊吹を、倫太郎くんは残念に思っていたんだ。
 それが怒りに変わってしまい、攻撃的な方法でしか気持ちを表せなくなった。
 だけど、倫太郎くんは誤解しているよ。
 伊吹がサッカーを辞めたのは、本当の気持ちは――。

「倫太郎くん!」
「うわっ」

 気づいた時には、私は倫太郎くんの手を取って目を見ながら訴えていた。

「私、協力する!」
「な、なにをだよ……」
「伊吹と倫太郎くんが仲直りできるように!」
「はあ⁉︎」

 それを聞いた倫太郎くんは、すぐに私の手をはらって困惑しているような表情をする。
 私は伊吹を護衛する任務があるから、この問題を解決するのも任務の一つだと思った。

「倫太郎くんは伊吹にもう一度サッカーを始めてほしいんだよね⁉︎」
「っ……!」
「だったら私も協力する。その代わり、伊吹を攻撃するのはやめてね!」

 熱意が届いたのか、倫太郎くんは黙ったまま私をじっと見る。
 私は「わかった」という言葉を待っていたのだけれど、倫太郎くんは私が予想していない質問をしてきた。

「……紅葉って、伊吹のこと好きなの?」
「え⁉︎ なななんでそうなるの……!」
「伊吹にそこまでする理由って、それくらいしかねぇだろ」
「ちち、違うよ! もう〜変なこと言わないでよ〜」

 誤魔化したつもりだったけれど、私の顔にはどんどん熱が集まってきた。
 見られないように顔を背けたけれど、倫太郎くんに気づかれたかな?
 不安を抱えながら次の案内場所へと歩き進む。
 すると、倫太郎くんが私にポツリと声をかけた。

「“倫太郎”でいい」
「……え?」
「ただでさえ長い名前なんだ。“くん”付けしなくていい」
「わ、わかった……倫太郎」

 それ以降、倫太郎は素直に私の後をついてきて、校内案内は平和のままに終わった。
 たまに口が悪くなるけれど、やっぱり根っからの悪い人ではない。
 倫太郎が伊吹と同じクラスになったのも、きっと運命なんだ。
 そう思うと早く元の関係に戻ってほしくて、私もやる気がみなぎってきた。



 倫太郎が編入してきた翌日。昼休みに入った直後に、意外な出来事が発生した。

「紅葉、一緒に弁当食お」
「へ⁉︎」

 倫太郎が私の席までやってきて、ランチに誘ってきた。
 私はいつも沙知と二人で食べていたから、どう返事をしようか迷っていた時、横から沙知が顔を出す。

「いいよ!」
「あ、沙知っ」
「ただし私も入れてね。倫太郎くんと話したいし」

 昨日から編入生の倫太郎に興味津々だった沙知が、ニコニコしながら弁当を広げていく。

「ありがと。沙知……って呼べばいい?」
「うん! じゃあ私も倫太郎って呼ぶね。よろしく」
「ああ、よろしく」

 沙知と普通に会話している倫太郎が、なんだか新鮮だ。
 そうして机を三つ寄せて、三人でお弁当を食べはじめる。
 そこへ、意外なもう一人がやってきた。

「俺も、一緒に食べていい?」
「え、伊吹?」

 お弁当袋を抱えた伊吹が、優しく微笑みながら尋ねてきた。
 普段の伊吹は、仲の良いクラスメイトや、雛菊さんを加えた女子と合流して食べたりしていた。
 けれど、今日に限って私たちに声をかけてくるなんて。
 よっぽど倫太郎のことを気にかけているんだと思い、私はすぐにオッケーした。

「もちろん!」
「ありがとう、紅葉」
「みんなで食べると楽しいもんね」

 私が笑って答えると、伊吹も安心したように目尻を下げた。