≪伊吹side≫
紅葉を自宅に送り届けた後、別れ際に言われた。
「帰り道の伊吹を護衛しなきゃ」
「……はは。大丈夫だよ。まっすぐ帰るだけだから」
「車気をつけてね、カラスとか突然の雷雨とか……」
俺に対して、紅葉はすっかり心配性になってしまったらしい。
それも俺がしっかりしていなくて、災難に遭いやすいのが悪いんだけれど……。
少しでも安心させたくて、あることを提案した。
「じゃあ無事帰宅したら、連絡する」
「そっか、さっき交換したもんね」
「うん。夏休み中も、会えない分毎日送るよ」
「……え!」
そう言うと、紅葉は頬を赤くさせて戸惑っている様子だった。
それがまた可愛らしくて、目に焼き付けておきたいと強く思った。
「……迷惑かな?」
「え、全然! でも伊吹はいろんな女の子から連絡来るだろうし、無理しないでね」
俺を気遣ってくれているのは伝わった。けれど、紅葉は俺の気持ちを全然わかっていない。
「そんな女の子いないし、無理もしてないよ」
「そう? ならいいけど……」
「うん……じゃあ、またね」
「送ってくれてありがとう、またね」
名残惜しいけれど、今はこれくらいの熱量が限界だった。
紅葉の視線を背中に感じながら、俺は自宅へと向かって歩きはじめる。
紅葉は俺の気持ちを全然わかっていない上に、その可能性すらも考えてないのだから。
「……特別に接しているつもり、なんだけどな」
紅葉が鈍感なのか、俺のアピールが足りないのか。その手強さを痛感して首根をかいた。
そして紅葉を思わせる色に染まりはじめた空を見ながら、紅葉と初めて出会った日のことを思い出す。
*
入学式の日。桜の花びらに愛されていた一人の女の子。
ピンクブラウンの髪色と、ツインテールが印象的だった。
違うクラスになってしまったけれど、廊下や移動教室の際に紅葉を見かけたら自然と目で追っていた。
楽しそうに沙知と話している紅葉を見ていると、俺まで楽しい気持ちになれる。
そうして二年生に進級して、同じクラスになった時は本当に嬉しかった。
クラスメイトとして話す機会があったら、それを逃さないように紅葉に接近した。
少し照れたように視線を逸らして、けれどちゃんと俺と会話を交わしてくれる。
そんな紅葉が、いじらしくて可愛くて、どんどん心を奪われていった。
まだ名前のなかった気持ちから、恋に成長したことに気づいた。
でも、紅葉との距離はなかなか縮まらなくて、連絡先さえも交換できない。
もどかしさを覚えていた時、夏祭りで急展開を迎える。
夏祭りの日。紅葉のあとを追ってみたら、お面で顔を隠した異様な男子と対峙していた。
それでも紅葉を助けたい一心で、飛んできたサッカーボールを蹴り返した。
お面が取れて、男子の正体が倫太郎だとわかった時は本当に驚いた。
でも、転校した倫太郎がどうして紅葉と……?
その疑念は、紅葉のあの告白で一旦保留になってしまった。
『私、実は忍者の末裔なの。ほんの少しだけ普通の人よりも素早く動けたりするんだ』
今まで、俺の周囲で発生していた不可解な出来事。
確証がないから、気のせいかもしれないと思ってきたけれど、全部紅葉が俺のためにしていたことだった。
俺が起こしたミスや、降りかかる災難から守ってくれていたことは理解した。
同時に、好きな子に危険なことをさせていた自分に絶望する。
決して迷惑だったわけではない。けれど紅葉を盾にして自分が平然としていたことに羞恥心を覚えた。
せっかく紅葉が勇気を振り絞って教えてくれたのに、俺はそんな理由から、つい強がってしまった。
『自分の身は、自分で守るから』
紅葉のためにも、それが一番だと思った。
なのに講演中に起きたスポットライトの落下事故で、また紅葉に救われた。
大口叩いたのに自分の身を守れなかった俺なんて、世界一カッコ悪いはずなのに。
それでも紅葉は、身を挺して守ってくれた。
*
さっきまで手を繋いでいたときの感触がまだ残っていて、手のひらを見つめる。
紅葉を思い出して、俺の胸奥がキュッと音を鳴らした。
「……俺も、紅葉を守れるくらいの力があったらいいのに……」
先祖を調べてみて、実は俺も忍者の末裔だったなんてことないかな。
そうしたら、もっと紅葉と仲良くなれるのかな。
多分、紅葉は気づいていないだろうけれど、ツーショット写真も連絡先交換も俺がしたかったこと。
紅葉のことをたくさん知りたいし、会話も時間もたくさん共有したい。
だから、紅葉を独占できるかもしれないという思いから、再度護衛を頼んでしまった。
本当の気持ちを言葉にできない俺は、ずるくてあざとくて邪心にまみれている。
周囲が思っているほど、俺は綺麗な人間じゃない。
「紅葉に知られたら、嫌われるな……」
そんな不安を吐露すると、いつの間にか自宅前に到着していた。
俺はスマホを取り出して、紅葉に初めてのメッセージを送る。
【無事に帰宅したよ。紅葉は今、何してる?】



